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第十一章:障害に囲まれて
第130話 愁いの魔術師
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翌朝。朝食の席でわたしはカレヴィに会えた。
ゼシリアによると、婚約期間中は朝食と晩餐を一緒に取ることになっているらしく、カレヴィも面倒そうながらも、わたしにつきあってくれていた。
「カレヴィ、昨日はごめんね」
おいしそうなチーズオムレツを切りながら、わたしは昨晩習いができなかったことを謝った。
「……まあ、仕方がない。しばらくはこんなものだろう。だが、期限が設けられていることを忘れるな」
「うん、分かってるよ。三ヶ月だね」
そうだ。この婚約期間中になんとか習いができるようにしないと本当にまずい。
下手をしたらわたしはシルヴィのものになってしまうから、なんとしてでもどうにかしないと。
とりあえずはイアスがカレヴィにしたことも含めて千花によく相談しないと。
千花がいてくれて本当によかった。
……これも、甘えに入るのかなあ。でもできるだけのことはしないと後悔する羽目になるし。
そう思いながらチーズオムレツを味わう。外はふわふわ、中はとろとろでおいしい。
昨晩はカレヴィの変わりように驚いて食欲も失せてたけれど、元が図太いのかおなかが空いている。
わたしはポテトサラダをフォークですくうと、ぱくっと食べた。ああ、おいしい。
「……旨そうに食べるな」
わたしに興味ないと言っていたカレヴィがそんなことを言ってきたので、わたしは嬉しくなって笑顔で言った。
「うん、ここの食事はおいしいから」
すると、カレヴィは少し目を見開いてからちょっとうろたえたように言った。
「そ、そうか。それは良かった」
「うん」
ひょっとして少しはわたしに興味もってくれたのかなあ? ……そうだといいな。
今現在わたしに興味なくても、こうやって一緒に過ごしていくうちにだんだんとカレヴィに興味もってもらえばいいし、そう考えれば結構気楽だ。
「……習いの件は、今日千花が調整した薬を持って来てくれるって言ってたから、今夜はもうちょっと頑張れると思う。いろいろ面倒かけるけど、ごめんね」
するとカレヴィが更に目を瞠った後に、わたしから目を逸らした。
「……いや、別に……」
通常のカレヴィなら、ここで頑張れとか言ってくれるんだけど、こうやって会話してくれるだけでも今はありがたい。
けれど、それからカレヴィはわたしの視線を避けるように食事に集中しだした。
うん? わたし、なにかしたっけ?
それで一生懸命話しかければ「ああ」とか生返事。
残念ながら今はカレヴィ、わたしとあまり話したくないようだ。
──そうはうまくいかないか。
内心で溜息をつきながら、わたしも食事に集中することにした。
朝食が済むと、カレヴィはさっさと執務室にこもってしまった。
その後でゼシリアにいいことを教えてもらった。
なんでもカレヴィは朝食前に剣の鍛錬をしているんだとか。
……そうすると、前の習いの時にはそれをカレヴィはしていなかったことになる。
でも、カレヴィいい体してるなあ、と思ったのはその鍛錬のたまものなのか。
かっこいいんだろうなあ、是非見たい。
明日は早起きできるように頑張ろうっと。
それから、わたしはカレヴィにもらったストールと腕輪を着けて庭園に散歩に行った。
今回は気分を変えて恒例の桜の大木ではなくて、薔薇園へ向かった。
香り豊かな色とりどりの薔薇達が落ち込んでいた気分を和らげてくれる。
「やあ、気分の良い朝だね」
「……なにか突然気分悪くなってきた」
聞き覚えのありすぎる声に振り返ると、アーネスとシルヴィ、そしてイアスがいた。
それを確認してわたしはうんざりとする。
「兄王との習いはうまくいっていないようですね」
シルヴィが嬉しそうに言ってきて、わたしは思わずむっとする。
「まだ最初のうちだよ。これからうまくいくから。……そういえば、シルヴィ謹慎中じゃないの?」
「それは昨日のうちに兄王に許されましたよ」
なんだ、こんなことになったのなら三日間くらい謹慎してくれていいのに。
そう思ってわたしがむっとしていると、アーネスが感嘆したように言った。
「……それにしてもさぞかし悲嘆にくれているかと思いきや、さすがハルカだ。強いね」
「おあいにくさま。そうそうそちらの思い通りになってたまるもんですか。カレヴィも元通りにしてみせるんだからね」
すると、三人は顔を見合わせた。
「……それならば、また術をかけるまでです」
まったく反省の見られないイアスにわたしはかっとなった。
「それで、また罪を重ねるの? いい加減にして。……あなたのことは尊敬してたのにがっかりさせないでよ」
でももう、カレヴィにあんな魔術をかけた時点でその尊敬は消えてなくなったけどね。
すると、イアスの顔が苦しげに歪んだ。
「イアス」
すると、突然千花の声がして、イアスが吹き飛んだ。
「……うっ」
彼の体は近くの大木に打ち付けられて止まったけれど、口の中を切ったらしく、唇から血を垂らしていた。
「だ、大丈夫?」
憎しみも忘れて思わずイアスに近寄ろうとすると、目の前に千花が現れた。
「はるかは心配する必要なんてないんだから。見損なったよ、イアス」
厳しい表情で千花が言う。千花も彼に目をかけてた分、怒りが大きいのだろう。
ぐい、と手の甲で唇の血を拭うと、イアスはよろりと立ち上がった。
「それでも苦しそうなハルカ様を見ていられなかったのです」
「でも、結果的に習いは続いてるし、はるかはまた発作を起こしたよね。この点はどう説明するつもり」
すると、イアスはわたしをちらりと見てから言った。
「最悪の場合は、ハルカ様に魅了魔法をかけるつもりでした。……いえ、一度かけようとして失敗していますが」
あ、あれ、前にイアスに押し倒されてキスされた時、体の様子がおかしくなったのはその詠唱のせいだったのか。
「イアス、貴様っ」
「殿下は黙っていらしてください。……イアス、そんなことして、はるかの好意を得て虚しいと思わないの」
千花がシルヴィを一睨みしてイアスに掴みかかろうとするシルヴィを足止めする。
「確かに虚しかったですよ。けれど、自分を止められなかったのです」
でも、あれからわたしに魅了魔法をかける時間はあったのに、イアスがそうしなかったのはなぜだろう。
わたしがそう問うと、イアスは自嘲的に笑った。
「やはり偽りの愛情を受けても虚しいと気づいたんですよ。今回のことであなたに憎まれても、最終的には愛されたいと願ってしまった。……そんなことがあるわけはないというのに」
そう言うと、イアスは唇を噛んでうつむいた。
ゼシリアによると、婚約期間中は朝食と晩餐を一緒に取ることになっているらしく、カレヴィも面倒そうながらも、わたしにつきあってくれていた。
「カレヴィ、昨日はごめんね」
おいしそうなチーズオムレツを切りながら、わたしは昨晩習いができなかったことを謝った。
「……まあ、仕方がない。しばらくはこんなものだろう。だが、期限が設けられていることを忘れるな」
「うん、分かってるよ。三ヶ月だね」
そうだ。この婚約期間中になんとか習いができるようにしないと本当にまずい。
下手をしたらわたしはシルヴィのものになってしまうから、なんとしてでもどうにかしないと。
とりあえずはイアスがカレヴィにしたことも含めて千花によく相談しないと。
千花がいてくれて本当によかった。
……これも、甘えに入るのかなあ。でもできるだけのことはしないと後悔する羽目になるし。
そう思いながらチーズオムレツを味わう。外はふわふわ、中はとろとろでおいしい。
昨晩はカレヴィの変わりように驚いて食欲も失せてたけれど、元が図太いのかおなかが空いている。
わたしはポテトサラダをフォークですくうと、ぱくっと食べた。ああ、おいしい。
「……旨そうに食べるな」
わたしに興味ないと言っていたカレヴィがそんなことを言ってきたので、わたしは嬉しくなって笑顔で言った。
「うん、ここの食事はおいしいから」
すると、カレヴィは少し目を見開いてからちょっとうろたえたように言った。
「そ、そうか。それは良かった」
「うん」
ひょっとして少しはわたしに興味もってくれたのかなあ? ……そうだといいな。
今現在わたしに興味なくても、こうやって一緒に過ごしていくうちにだんだんとカレヴィに興味もってもらえばいいし、そう考えれば結構気楽だ。
「……習いの件は、今日千花が調整した薬を持って来てくれるって言ってたから、今夜はもうちょっと頑張れると思う。いろいろ面倒かけるけど、ごめんね」
するとカレヴィが更に目を瞠った後に、わたしから目を逸らした。
「……いや、別に……」
通常のカレヴィなら、ここで頑張れとか言ってくれるんだけど、こうやって会話してくれるだけでも今はありがたい。
けれど、それからカレヴィはわたしの視線を避けるように食事に集中しだした。
うん? わたし、なにかしたっけ?
それで一生懸命話しかければ「ああ」とか生返事。
残念ながら今はカレヴィ、わたしとあまり話したくないようだ。
──そうはうまくいかないか。
内心で溜息をつきながら、わたしも食事に集中することにした。
朝食が済むと、カレヴィはさっさと執務室にこもってしまった。
その後でゼシリアにいいことを教えてもらった。
なんでもカレヴィは朝食前に剣の鍛錬をしているんだとか。
……そうすると、前の習いの時にはそれをカレヴィはしていなかったことになる。
でも、カレヴィいい体してるなあ、と思ったのはその鍛錬のたまものなのか。
かっこいいんだろうなあ、是非見たい。
明日は早起きできるように頑張ろうっと。
それから、わたしはカレヴィにもらったストールと腕輪を着けて庭園に散歩に行った。
今回は気分を変えて恒例の桜の大木ではなくて、薔薇園へ向かった。
香り豊かな色とりどりの薔薇達が落ち込んでいた気分を和らげてくれる。
「やあ、気分の良い朝だね」
「……なにか突然気分悪くなってきた」
聞き覚えのありすぎる声に振り返ると、アーネスとシルヴィ、そしてイアスがいた。
それを確認してわたしはうんざりとする。
「兄王との習いはうまくいっていないようですね」
シルヴィが嬉しそうに言ってきて、わたしは思わずむっとする。
「まだ最初のうちだよ。これからうまくいくから。……そういえば、シルヴィ謹慎中じゃないの?」
「それは昨日のうちに兄王に許されましたよ」
なんだ、こんなことになったのなら三日間くらい謹慎してくれていいのに。
そう思ってわたしがむっとしていると、アーネスが感嘆したように言った。
「……それにしてもさぞかし悲嘆にくれているかと思いきや、さすがハルカだ。強いね」
「おあいにくさま。そうそうそちらの思い通りになってたまるもんですか。カレヴィも元通りにしてみせるんだからね」
すると、三人は顔を見合わせた。
「……それならば、また術をかけるまでです」
まったく反省の見られないイアスにわたしはかっとなった。
「それで、また罪を重ねるの? いい加減にして。……あなたのことは尊敬してたのにがっかりさせないでよ」
でももう、カレヴィにあんな魔術をかけた時点でその尊敬は消えてなくなったけどね。
すると、イアスの顔が苦しげに歪んだ。
「イアス」
すると、突然千花の声がして、イアスが吹き飛んだ。
「……うっ」
彼の体は近くの大木に打ち付けられて止まったけれど、口の中を切ったらしく、唇から血を垂らしていた。
「だ、大丈夫?」
憎しみも忘れて思わずイアスに近寄ろうとすると、目の前に千花が現れた。
「はるかは心配する必要なんてないんだから。見損なったよ、イアス」
厳しい表情で千花が言う。千花も彼に目をかけてた分、怒りが大きいのだろう。
ぐい、と手の甲で唇の血を拭うと、イアスはよろりと立ち上がった。
「それでも苦しそうなハルカ様を見ていられなかったのです」
「でも、結果的に習いは続いてるし、はるかはまた発作を起こしたよね。この点はどう説明するつもり」
すると、イアスはわたしをちらりと見てから言った。
「最悪の場合は、ハルカ様に魅了魔法をかけるつもりでした。……いえ、一度かけようとして失敗していますが」
あ、あれ、前にイアスに押し倒されてキスされた時、体の様子がおかしくなったのはその詠唱のせいだったのか。
「イアス、貴様っ」
「殿下は黙っていらしてください。……イアス、そんなことして、はるかの好意を得て虚しいと思わないの」
千花がシルヴィを一睨みしてイアスに掴みかかろうとするシルヴィを足止めする。
「確かに虚しかったですよ。けれど、自分を止められなかったのです」
でも、あれからわたしに魅了魔法をかける時間はあったのに、イアスがそうしなかったのはなぜだろう。
わたしがそう問うと、イアスは自嘲的に笑った。
「やはり偽りの愛情を受けても虚しいと気づいたんですよ。今回のことであなたに憎まれても、最終的には愛されたいと願ってしまった。……そんなことがあるわけはないというのに」
そう言うと、イアスは唇を噛んでうつむいた。
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