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第十一章:障害に囲まれて
第129話 甘えや弱さ
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当たり前だけど、カレヴィがおかしくなっても夜の習いは行われることとなった。
ほとんど手を着けなかった晩餐にゼシリアは危惧したのか、サンドイッチを用意してくれて食べるよう言われた。
確かに最中におなかが鳴ったら恥ずかしいし、食欲はなかったけれど、無理矢理わたしはミルクティーで押し込んだ。
それを確認した侍女達はほっとしたように息を付いた。……相当心配かけちゃったんだな、悪かったなあ。心配してくれてありがとう。
それからわたしはいつものように湯殿で磨き上げられて、寝間着を着せられた。
ベッドの端に座ってカレヴィを待っていたらしばらくして彼は現れた。
「カレヴィ」
……でもカレヴィはやっぱり冷たい瞳でわたしを見ていた。
それだけで挫けそうだったけれど、わたしは真摯に言った。
「カレヴィ、愛してる」
けれど、それに対してカレヴィはつれなく言った。
「悪いが、俺はおまえを愛していない」
「うん、分かってる。分かってるよ」
それでも哀しくて涙が頬を流れる。
──いけない、興味ないを越えて嫌いになられたらやっていけないよ。
わたしは慌てて涙を拭うと言った。
「……ごめんね。習いに移って」
すると、所在なげに立っていたカレヴィがベッドに近寄りわたしを押し倒した。
そして、そのままカレヴィに寝間着を乱されたわたしは、彼の行為を遮るように言った。
「……キスしてくれないの?」
「必要ないだろう」
キスまでないのかとわたしはショックを受ける。
「でも、以前はしてくれてた」
「以前は以前だ。今はしない」
はっきり言い切られて、わたしは意気消沈した。
「そう……分かった」
でも唇以外にはキスしてくるんだね。それがなんとも物哀しい。
そしてカレヴィに寝間着をはぎ取られようとしたところでわたしは彼の冷たい目を見てしまった。
その冷たさはまるでカレヴィに乱暴されたあの時のよう──そこまで考えたら、トラウマが発動してしまったらしく、わたしは息が苦しくなってきた。
「かれ、う゛ぃ、待って」
「なんだ」
千花に言って『待て』の魔法の発動範囲を厳密にしてもらったのでカレヴィは動けるようだ。わたしから体を起こすと顔を覗きこまれた。でも相変わらず冷たい瞳だ。
それにたまらず、わたしは発作を引き起こした。
「ハルカ様、大丈夫ですから。すぐ良くなります」
ひっひっと息を吸い込むだけしかできないわたしの背にイアスの手が当てられる。
──触らないで。
そう言うこともできずに、わたしはなすがまま、彼の治癒魔法を受けていた。
すると彼を拒絶する気持ちとは裏腹に、だんだん呼吸が楽になってきた。
「この程度で発症するとはな。……なんだったらイアスを選んだらどうだ。手間がなくてそちらも助かるだろう」
──酷い。
能率一辺倒の彼の言葉にわたしは思わず涙ぐむ。
「でも、わたしはカレヴィが好きだよ。そんなこと言わないでよ」
「その割に体は俺を拒絶するがな」
「これは……」
わたしはなにも言えなくなって、カレヴィを震えながら見つめた。
「分かっている。俺のせいだと言うんだろう? だが、角度を変えてみたら、おまえの甘えや弱さから招いたことだと言えはしないか」
「陛下っ」
イアスが諫めるように言ったけれど、当のわたしは雷に打たれたように動けなかった。
確かに、カレヴィがわたしに乱暴なことをしたきっかけは、打ちひしがれている彼に無神経にも求婚者の話題を振り、挙げ句の果てに「無理にカレヴィを選ばなくていい」と言い放ったことによる。これが甘えや慢心でなくてなんなのか。
その結果が今の状態だ。
これが甘えや弱さから来る症状だとはわたしは言いたくない。
でも、カレヴィがこんなことになるまで、彼が待ってくれるから大丈夫だとわたしは甘えていたのだ。
「わたし……、確かにあなたに甘えてた。ごめんなさい」
震えながらそう言うと、カレヴィは厳しい瞳になった。
「王妃になりたいならば、そういう甘えはなくすのだな。それが嫌なら甘やかしてくれる他の者を選べ」
「分かったよ。甘えはなくす。だから、わたしのこと嫌いにならないで」
泣いてはいけない。
そう思っても涙が一筋頬を零れ落ちていった。
「嫌いもなにも、そこまでおまえのことは興味がない。ところで、習いはここまででいいか。今夜はもう無理そうだしな。それなら執務を少しでも進めておきたい」
それを聞いて、カレヴィは本来実に国王らしい王だったのだとわたしは知った。
「うん、分かった。執務に入って。無理しない程度に頑張ってね」
「ああ」
カレヴィは頷くとベッドから立ち上がって寝室から出ていった。
「……」
わたしはその後ろ姿が扉の向こうに消えるまで見送ってからはた、と現実に立ち返った。
「イ、イアス……」
冷や汗が吹き出るような気分で慌てて寝間着の乱れを直し、シーツを胸元まで上げた。
「隠されなくても大丈夫ですよ。今更ですから」
そういえば、彼には昨夜発作を起こしたときに裸を見られてたんだった。
侍女もいたんだし、シーツなりなんなりで隠しておかなかったことが悔やまれる。カレヴィもすっかりうろたえてたし。
「それに、以前にも警護でお二人が睦みあうところを見ていますから」
それでわたしはかーっと全身が赤くなるのを感じた。
つくづく王室はプライベートがない。
それにそんなところを警護のためとはいえ見ていたというイアスにも同情した。
「そ、そうなんだ。大変だね」
憎むべき対象なんだけれど、とんでもないことを聞かされてうろたえてしまって調子が出ない。
「そうですね。あなたが陛下に抱かれるのを見るのはつらかったですね」
苦しそうなイアスの表情に身につまされ、わたしは黙りこんでしまった。
「……陛下は厳しすぎると思いませんでしたか? 僕ならあなたをそんな扱いにしませんよ」
「確かに厳しいと思ったよ。でも妃には必要なんでしょ。だったら、甘えていられないよね」
出会った頃のわたしだったら、話が違うと言っているところだろう。
でも、今はカレヴィのことが好きだからこの厳しさにも耐えよう。そう思えた。
ほとんど手を着けなかった晩餐にゼシリアは危惧したのか、サンドイッチを用意してくれて食べるよう言われた。
確かに最中におなかが鳴ったら恥ずかしいし、食欲はなかったけれど、無理矢理わたしはミルクティーで押し込んだ。
それを確認した侍女達はほっとしたように息を付いた。……相当心配かけちゃったんだな、悪かったなあ。心配してくれてありがとう。
それからわたしはいつものように湯殿で磨き上げられて、寝間着を着せられた。
ベッドの端に座ってカレヴィを待っていたらしばらくして彼は現れた。
「カレヴィ」
……でもカレヴィはやっぱり冷たい瞳でわたしを見ていた。
それだけで挫けそうだったけれど、わたしは真摯に言った。
「カレヴィ、愛してる」
けれど、それに対してカレヴィはつれなく言った。
「悪いが、俺はおまえを愛していない」
「うん、分かってる。分かってるよ」
それでも哀しくて涙が頬を流れる。
──いけない、興味ないを越えて嫌いになられたらやっていけないよ。
わたしは慌てて涙を拭うと言った。
「……ごめんね。習いに移って」
すると、所在なげに立っていたカレヴィがベッドに近寄りわたしを押し倒した。
そして、そのままカレヴィに寝間着を乱されたわたしは、彼の行為を遮るように言った。
「……キスしてくれないの?」
「必要ないだろう」
キスまでないのかとわたしはショックを受ける。
「でも、以前はしてくれてた」
「以前は以前だ。今はしない」
はっきり言い切られて、わたしは意気消沈した。
「そう……分かった」
でも唇以外にはキスしてくるんだね。それがなんとも物哀しい。
そしてカレヴィに寝間着をはぎ取られようとしたところでわたしは彼の冷たい目を見てしまった。
その冷たさはまるでカレヴィに乱暴されたあの時のよう──そこまで考えたら、トラウマが発動してしまったらしく、わたしは息が苦しくなってきた。
「かれ、う゛ぃ、待って」
「なんだ」
千花に言って『待て』の魔法の発動範囲を厳密にしてもらったのでカレヴィは動けるようだ。わたしから体を起こすと顔を覗きこまれた。でも相変わらず冷たい瞳だ。
それにたまらず、わたしは発作を引き起こした。
「ハルカ様、大丈夫ですから。すぐ良くなります」
ひっひっと息を吸い込むだけしかできないわたしの背にイアスの手が当てられる。
──触らないで。
そう言うこともできずに、わたしはなすがまま、彼の治癒魔法を受けていた。
すると彼を拒絶する気持ちとは裏腹に、だんだん呼吸が楽になってきた。
「この程度で発症するとはな。……なんだったらイアスを選んだらどうだ。手間がなくてそちらも助かるだろう」
──酷い。
能率一辺倒の彼の言葉にわたしは思わず涙ぐむ。
「でも、わたしはカレヴィが好きだよ。そんなこと言わないでよ」
「その割に体は俺を拒絶するがな」
「これは……」
わたしはなにも言えなくなって、カレヴィを震えながら見つめた。
「分かっている。俺のせいだと言うんだろう? だが、角度を変えてみたら、おまえの甘えや弱さから招いたことだと言えはしないか」
「陛下っ」
イアスが諫めるように言ったけれど、当のわたしは雷に打たれたように動けなかった。
確かに、カレヴィがわたしに乱暴なことをしたきっかけは、打ちひしがれている彼に無神経にも求婚者の話題を振り、挙げ句の果てに「無理にカレヴィを選ばなくていい」と言い放ったことによる。これが甘えや慢心でなくてなんなのか。
その結果が今の状態だ。
これが甘えや弱さから来る症状だとはわたしは言いたくない。
でも、カレヴィがこんなことになるまで、彼が待ってくれるから大丈夫だとわたしは甘えていたのだ。
「わたし……、確かにあなたに甘えてた。ごめんなさい」
震えながらそう言うと、カレヴィは厳しい瞳になった。
「王妃になりたいならば、そういう甘えはなくすのだな。それが嫌なら甘やかしてくれる他の者を選べ」
「分かったよ。甘えはなくす。だから、わたしのこと嫌いにならないで」
泣いてはいけない。
そう思っても涙が一筋頬を零れ落ちていった。
「嫌いもなにも、そこまでおまえのことは興味がない。ところで、習いはここまででいいか。今夜はもう無理そうだしな。それなら執務を少しでも進めておきたい」
それを聞いて、カレヴィは本来実に国王らしい王だったのだとわたしは知った。
「うん、分かった。執務に入って。無理しない程度に頑張ってね」
「ああ」
カレヴィは頷くとベッドから立ち上がって寝室から出ていった。
「……」
わたしはその後ろ姿が扉の向こうに消えるまで見送ってからはた、と現実に立ち返った。
「イ、イアス……」
冷や汗が吹き出るような気分で慌てて寝間着の乱れを直し、シーツを胸元まで上げた。
「隠されなくても大丈夫ですよ。今更ですから」
そういえば、彼には昨夜発作を起こしたときに裸を見られてたんだった。
侍女もいたんだし、シーツなりなんなりで隠しておかなかったことが悔やまれる。カレヴィもすっかりうろたえてたし。
「それに、以前にも警護でお二人が睦みあうところを見ていますから」
それでわたしはかーっと全身が赤くなるのを感じた。
つくづく王室はプライベートがない。
それにそんなところを警護のためとはいえ見ていたというイアスにも同情した。
「そ、そうなんだ。大変だね」
憎むべき対象なんだけれど、とんでもないことを聞かされてうろたえてしまって調子が出ない。
「そうですね。あなたが陛下に抱かれるのを見るのはつらかったですね」
苦しそうなイアスの表情に身につまされ、わたしは黙りこんでしまった。
「……陛下は厳しすぎると思いませんでしたか? 僕ならあなたをそんな扱いにしませんよ」
「確かに厳しいと思ったよ。でも妃には必要なんでしょ。だったら、甘えていられないよね」
出会った頃のわたしだったら、話が違うと言っているところだろう。
でも、今はカレヴィのことが好きだからこの厳しさにも耐えよう。そう思えた。
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