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第十一章:障害に囲まれて
第128話 豹変
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ことの顛末はこうだった。
「カレヴィッ」
彼の執務が終わった後、晩餐時にわたしとカレヴィは顔を合わせた。
一刻も早く彼に触れたくて彼の胸に飛び込んだ……はずだったのが、カレヴィに避けられてわたしは前につんのめった。
「カ、カレヴィ……?」
なんかの冗談かと思って呆然とカレヴィを見上げると、彼は冷たく言った。
「悪いが、やたらと抱きついてこないでくれないか」
それがすごく突き放した感じだったので、わたしはうろたえてしまった。
「カ、レヴィ、いきなりどうしちゃったの……?」
わたしは涙目だったけれど、カレヴィはそれに対して動じることもせずにいた。今までだったら、どうしたって尋ねてくるのに。
「おまえに対する興味がなくなった。……しかし元々政略の相手なのだから、おまえもその覚悟はできているだろう」
興味がなくなったって、それって……。
「それって、わたしのこと、もう愛していないってこと……?」
わたしは震えながらカレヴィを見た。
「端的に言えばそうだ」
あまりのことにわたしは衝撃を隠せなかった。ものすごい哀しみが襲ってきて涙が流れる。
「ど、どうして……? わたし、なにかした?」
するとカレヴィがいかにも面倒そうに顔をしかめた。
「泣くな。おまえは別になにもしていない。ただ俺がおまえに興味をなくしただけだ」
その言葉にわたしは目の前が真っ暗になる。
そしてそのまま床に突っ伏して号泣したい気分になった。
けれど、両側から侍女達に支えられて、わたしはそれをするのを止められた。
「ハルカ様、お食事を」
侍女も困惑気味にわたしをカレヴィの向かいの席に案内した。……朝の時点ではわたし達は熱愛中だったのだから、彼女達の当惑も分からないでもない。当のわたしだってなにが起こっているのか訳が分からないのだから。
それでも、カレヴィはいつもの通り、わたしに食事を取り分けてくれた。
「あ、りがとう……」
わたしはハンカチであふれる涙を拭いながら、彼にお礼を言った。
……でも、正直食欲なんてない。
「……食べないのか。そんなことじゃ夜の習いに支障が出るぞ」
……一応夜の習いはやる気なんだね。
「それじゃ、わたしはまだあなたの婚約者なんだね」
「ああ」
つまらなそうにカレヴィが言う。
恋愛感情がなかったはずの、出会ったときすらもっと優しかったのに、本当にどうしちゃったの?
……まさか、イアスがなにかしたのかな?
はっとしてわたしはフォークとナイフを置き、席を立とうとした。
「ハルカ、どこへ行く。まだ話はある」
「話って……」
わたしが戸惑いながらも席に着くと、カレヴィは旺盛に食事をしながら話し出した。
「今のままでは夜の習いも成立しない。そこで、先に出した婚約期間の短縮の申請を破棄して異例として三ヶ月間の習いとする事にした」
「え……、あの申請書はどうしたの?」
ディアルーク様や千花のサインのあるあの書類は、公的に重要な物のはずだ。
「だから、破棄した。あれにはティカ殿の防御魔法はかかっていないからな」
そんな大事な物を簡単に捨ててしまうカレヴィに、わたしは瞳を見開いた。
「うそ……」
「嘘じゃない。それと三ヶ月の期間中に俺と習いができないようならば、おまえはシルヴィに譲り渡す」
カレヴィのものとも思えない言葉にわたしは思わず叫んだ。
「──そんなのやだよ!」
待ってくれるって、いつまでも待つってカレヴィ言ってくれたじゃない!
「食事中だぞ、静かにしろ。そんなに王妃になりたいのなら、習いができるよう努力しろ。シルヴィが無理なら、アーネスやイアスに身を任せても構わない」
「陛下!」
たまりかねたようにゼシリアが叫ぶ。
それと同時にわたしは席を立って私室に駆けだしていた。
もうこれ以上、カレヴィの話を聞いていたくなかった。
「イアス! 出てきて、いるんでしょ!」
私室に入るなり、わたしはどこかで様子を窺っているだろうイアスを呼び出した。
「──ハルカ様」
わたしの読み通り、イアスはすぐに現れた。
彼はわたしの顔を見ると、秀麗な顔を歪ませた。
「……そのように泣かないでください」
「──誰のせいなの」
「もちろん、僕のせいです。あとこれはシルヴィと兄上、財政大臣と内政大臣の総意です。僕の案に皆が賛意を示したので実行に移しました」
淡々と説明するイアスの顔をわたしは睨みつける。
「カレヴィは、わたしに興味がなくなったって言ってた。国王にそんな魔法だかをかけて無事で済むと思っているの?」
「僕は陛下に今一番意識を持っているものに興味をなくす魔法を施しました。……確かにこれは罪です。しかし、このことに関わった者全員がお咎めなしで済んでいます」
そのことがあまりにも意外で、わたしは叫んだ。
「なんで!? なんでよ!」
「陛下はハルカに傾倒するあまり、あのままでは国を傾けていたかもしれないと言っておられました。僕の魔術を受けたことによって冷静になることができて感謝する、ともおっしゃって……」
イアスは全部言うことはできなかった。なぜならわたしが彼をひっぱたいたからである。
「ハルカ様……」
それでもさほど効いたようではないイアスはわたしを抱き上げると、応接セットの長椅子に押し倒した。
そしてうまく体を動かせないわたしにキスを何度もしながらなにかを唱えてきた。
その途端、体の中心がかーっと熱くなり、わたしはなんとも言えない気分になってきた。
なんなのこの変な気分。ふわふわする。
「──なんだ、さっそく男を引き入れてるのか。一応おまえは俺の婚約者ということになっているんだ。少しは自重しろ」
ふいに冷ややかなカレヴィの声が聞こえてきて、わたしははっと我に返った。
そして、のしかかっているイアスを突き飛ばす。
「ひ、引き入れてなんてっ、わたしは事実を確認しようと……!」
カレヴィに変な誤解はされたくない。
でもこの状況はかなり厳しいと言えた。……それになにが哀しいって、カレヴィがこれを見ても嫉妬の一つもしないことだった。
「まあ、俺にはどうでもいい。イアス、今夜も習いの警護を頼む」
そうして、カレヴィはわたしの部屋から出ていった。
その後になんとも言えない静寂が落ちる。
「ハルカ様……」
呆然とするわたしをことの元凶のイアスが心配そうに見つめてくる。
わたしはいつの間にか涙を零していたらしかった。
「もう出て行って」
「ハルカ様……、分かりました」
イアスは切なげにわたしを見た後にその姿を消した。
そして、わたしはとめどなく流れる涙に顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「カレヴィッ」
彼の執務が終わった後、晩餐時にわたしとカレヴィは顔を合わせた。
一刻も早く彼に触れたくて彼の胸に飛び込んだ……はずだったのが、カレヴィに避けられてわたしは前につんのめった。
「カ、カレヴィ……?」
なんかの冗談かと思って呆然とカレヴィを見上げると、彼は冷たく言った。
「悪いが、やたらと抱きついてこないでくれないか」
それがすごく突き放した感じだったので、わたしはうろたえてしまった。
「カ、レヴィ、いきなりどうしちゃったの……?」
わたしは涙目だったけれど、カレヴィはそれに対して動じることもせずにいた。今までだったら、どうしたって尋ねてくるのに。
「おまえに対する興味がなくなった。……しかし元々政略の相手なのだから、おまえもその覚悟はできているだろう」
興味がなくなったって、それって……。
「それって、わたしのこと、もう愛していないってこと……?」
わたしは震えながらカレヴィを見た。
「端的に言えばそうだ」
あまりのことにわたしは衝撃を隠せなかった。ものすごい哀しみが襲ってきて涙が流れる。
「ど、どうして……? わたし、なにかした?」
するとカレヴィがいかにも面倒そうに顔をしかめた。
「泣くな。おまえは別になにもしていない。ただ俺がおまえに興味をなくしただけだ」
その言葉にわたしは目の前が真っ暗になる。
そしてそのまま床に突っ伏して号泣したい気分になった。
けれど、両側から侍女達に支えられて、わたしはそれをするのを止められた。
「ハルカ様、お食事を」
侍女も困惑気味にわたしをカレヴィの向かいの席に案内した。……朝の時点ではわたし達は熱愛中だったのだから、彼女達の当惑も分からないでもない。当のわたしだってなにが起こっているのか訳が分からないのだから。
それでも、カレヴィはいつもの通り、わたしに食事を取り分けてくれた。
「あ、りがとう……」
わたしはハンカチであふれる涙を拭いながら、彼にお礼を言った。
……でも、正直食欲なんてない。
「……食べないのか。そんなことじゃ夜の習いに支障が出るぞ」
……一応夜の習いはやる気なんだね。
「それじゃ、わたしはまだあなたの婚約者なんだね」
「ああ」
つまらなそうにカレヴィが言う。
恋愛感情がなかったはずの、出会ったときすらもっと優しかったのに、本当にどうしちゃったの?
……まさか、イアスがなにかしたのかな?
はっとしてわたしはフォークとナイフを置き、席を立とうとした。
「ハルカ、どこへ行く。まだ話はある」
「話って……」
わたしが戸惑いながらも席に着くと、カレヴィは旺盛に食事をしながら話し出した。
「今のままでは夜の習いも成立しない。そこで、先に出した婚約期間の短縮の申請を破棄して異例として三ヶ月間の習いとする事にした」
「え……、あの申請書はどうしたの?」
ディアルーク様や千花のサインのあるあの書類は、公的に重要な物のはずだ。
「だから、破棄した。あれにはティカ殿の防御魔法はかかっていないからな」
そんな大事な物を簡単に捨ててしまうカレヴィに、わたしは瞳を見開いた。
「うそ……」
「嘘じゃない。それと三ヶ月の期間中に俺と習いができないようならば、おまえはシルヴィに譲り渡す」
カレヴィのものとも思えない言葉にわたしは思わず叫んだ。
「──そんなのやだよ!」
待ってくれるって、いつまでも待つってカレヴィ言ってくれたじゃない!
「食事中だぞ、静かにしろ。そんなに王妃になりたいのなら、習いができるよう努力しろ。シルヴィが無理なら、アーネスやイアスに身を任せても構わない」
「陛下!」
たまりかねたようにゼシリアが叫ぶ。
それと同時にわたしは席を立って私室に駆けだしていた。
もうこれ以上、カレヴィの話を聞いていたくなかった。
「イアス! 出てきて、いるんでしょ!」
私室に入るなり、わたしはどこかで様子を窺っているだろうイアスを呼び出した。
「──ハルカ様」
わたしの読み通り、イアスはすぐに現れた。
彼はわたしの顔を見ると、秀麗な顔を歪ませた。
「……そのように泣かないでください」
「──誰のせいなの」
「もちろん、僕のせいです。あとこれはシルヴィと兄上、財政大臣と内政大臣の総意です。僕の案に皆が賛意を示したので実行に移しました」
淡々と説明するイアスの顔をわたしは睨みつける。
「カレヴィは、わたしに興味がなくなったって言ってた。国王にそんな魔法だかをかけて無事で済むと思っているの?」
「僕は陛下に今一番意識を持っているものに興味をなくす魔法を施しました。……確かにこれは罪です。しかし、このことに関わった者全員がお咎めなしで済んでいます」
そのことがあまりにも意外で、わたしは叫んだ。
「なんで!? なんでよ!」
「陛下はハルカに傾倒するあまり、あのままでは国を傾けていたかもしれないと言っておられました。僕の魔術を受けたことによって冷静になることができて感謝する、ともおっしゃって……」
イアスは全部言うことはできなかった。なぜならわたしが彼をひっぱたいたからである。
「ハルカ様……」
それでもさほど効いたようではないイアスはわたしを抱き上げると、応接セットの長椅子に押し倒した。
そしてうまく体を動かせないわたしにキスを何度もしながらなにかを唱えてきた。
その途端、体の中心がかーっと熱くなり、わたしはなんとも言えない気分になってきた。
なんなのこの変な気分。ふわふわする。
「──なんだ、さっそく男を引き入れてるのか。一応おまえは俺の婚約者ということになっているんだ。少しは自重しろ」
ふいに冷ややかなカレヴィの声が聞こえてきて、わたしははっと我に返った。
そして、のしかかっているイアスを突き飛ばす。
「ひ、引き入れてなんてっ、わたしは事実を確認しようと……!」
カレヴィに変な誤解はされたくない。
でもこの状況はかなり厳しいと言えた。……それになにが哀しいって、カレヴィがこれを見ても嫉妬の一つもしないことだった。
「まあ、俺にはどうでもいい。イアス、今夜も習いの警護を頼む」
そうして、カレヴィはわたしの部屋から出ていった。
その後になんとも言えない静寂が落ちる。
「ハルカ様……」
呆然とするわたしをことの元凶のイアスが心配そうに見つめてくる。
わたしはいつの間にか涙を零していたらしかった。
「もう出て行って」
「ハルカ様……、分かりました」
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