王様と喪女

舘野寧依

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第十一章:障害に囲まれて

第125話 キス

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 それからわたしはディアルーク様とニーニア様と一緒にカレヴィの執務室へ押しかけた。千花は薬を調合するとのことで一時的に帰っていった。
 カレヴィはわたし達の顔を見て不思議そうな顔をしたけれど、ディアルーク様が申請書を提出すると顔色を変えた。

「こ、これは……。だが、ハルカは体は平気なのか?」
「うん、千花が薬を新たに作ってくれるから平気。それに、発作が出そうだったら、『待て』って言えば、手を出せなくなるって言ってたし」

 すると、案の定カレヴィは複雑な顔をした。

「カレヴィ、これはシルヴィにハルカを諦めさせるためでもあるのです。そのくらいは我慢なさい」
「はあ……」

 きっぱりと言うニーニア様に対して、カレヴィはらしくなくはっきりしない返事をした。
 ひょっとして、嫌なのかな?
 そう思ってカレヴィに聞いてみたら、そんなことはない、と首を横に振った。

「おまえを早く手に入れられるのなら、願ったり叶ったりだ」

 そしてカレヴィは申請書にサインを入れた。

「嬉しい。これで一緒にいられる時間が増えるね」

 わたしが胸の前で指を組んで感激していると、カレヴィが優しく微笑んでくれた。

「ああ、そうだな。……ハルカ、今日から王妃の間を使え」
「あ、うん」

 そう言われて、わたしはなんだか恥ずかしくなって赤くなる。

「それではわたくしも署名いたしましょう」

 マウリスは今回も味方になってくれるようだ。さらさらと申請書にサインすると、元老院に届けに行った。

「これで決裁されたってことだよね?」
「ああ、そうだ。これでシルヴィが諦めるとも思えないが、一種の牽制にはなる」

 ……できればこれで諦めてほしいんだけどなあ。あんまり傷ついたシルヴィは見たくないし。

「一月後には婚礼だしね」
「そうだな。そうしたら、もうやつらは手出しできないな」

 カレヴィは椅子から立ち上がると、わたしをそっと抱きしめた。

「うん……そうしたらわたしはあなたのものになるんだよね」

 わたしもカレヴィの背に腕を回しながら、抱きしめ返す。
 そのままうっとりしていたら、後ろから咳払いが聞こえてわたしは慌ててカレヴィから離れた。
 ……そうだった。ディアルーク様達と一緒に来たんだった。

「悪いが続きは習いの時にでもしてくれ」
「は、はい。すみません」

 わたしがかーっと赤くなってる傍で、カレヴィががっかりしたように言った。

「父上、もう少し待っていただけたら良かったのに」
「甘えるんじゃねえ。おまえの今やるべきことは別にあるだろ」

 そうすると、カレヴィはやれやれと言うように溜息を付いた。

「分かりましたよ。夜まで我慢します」
「そうしろ」

 前も思ったけど、ディアルーク様達に対するカレヴィの口調が新鮮でどきどきする。

「そ、それじゃ、カレヴィ執務がんばってね」
「ああ、おまえは血を流したんだしゆっくりしておけ。無理するんじゃないぞ」
「うん、分かった。ありがとう」

 前のわたしだったら、カレヴィ大袈裟すぎだよ、と思うところだけど、今は素直に話を聞ける。
 それどころか、彼が心配してくれるのが分かって胸がきゅんとする。

「それではハルカ、王妃の間に引っ越しましょうね」
「はい」

 ニーニア様が嬉しそうに言われてきたので、わたしも微笑みながら頷いた。
 とにかく、またあの部屋へ帰れるのは嬉しい。
 そうして、わたしとディアルーク様達はカレヴィの執務室を退室した。



 それから、わたしはディアルーク様達と別れ、王妃の間に来ていた。
 荷物やらは侍女達がわたしが前にいた部屋から運び込んでるけれど、手伝うと言ったら笑顔でみんなにお断りされてしまった。

「王妃になる予定のハルカ様はゆったりとしていらしてください」

 イヴェンヌにそう言われ、わたしは申し訳なく思いながらも、彼女が淹れた紅茶を飲んでいた。
 そのうちに、その騒ぎを聞きつけてきたらしいシルヴィが訪ねてきた。
 でもわたしは彼を部屋に入れることはしなかった。
 暴走したシルヴィがわたしになにかをしないということが言い切れなかったからだ。

「朝のことは謝ります。ハルカ、どうか俺と会ってください」
「ごめん、あなたとは二人きりにならない方がいいと思うんだ。だから会えないよ」

 侍女を介してドア越しに会話しているうちにじれたのだろうシルヴィが無理矢理部屋に侵入してきた。

「……シルヴィ!」
「殿下!」

 あまりのことに、わたしとイヴェンヌが叫ぶ。
 シルヴィはわき目もふらずにわたしへと向かってきた。

「ハルカ!」

 それをわたしは避けることもできずに、シルヴィに抱きしめられてしまった。

「殿下、おやめください。ハルカ様は陛下の婚約者です!」

 近衛兵から諫められて、シルヴィはちらりとそちらを見たけれど、わたしへの拘束がゆるむ気配はなかった。

「ハルカは兄王に抱かれるのか。……そんなことは許さない」
「シ、ルヴィ……ッ」

 息ができないくらい強く抱きしめられて、わたしは仰け反る。

「殿下……!」
「うるさい」

 近衛が必死に声をかけるも、シルヴィは冷たくそう返しただけだった。

「……ハルカ、愛している」

 そうしてわたしは動けないまま、シルヴィのキスを受けた。

「やめ……っ、シルヴィ……ッ」

 何度も繰り返される望まないキスに、わたしは涙を流した。

「助け、て……っ、カ、レヴィッ」

 嫌だよ、こんなの。
 お願い、誰か、カレヴィ!

「ご無礼いたします。殿下落ち着かれてください」

 ようやく近衛がシルヴィからわたしをひきはがしてくれる。

「離せ!」

 近衛の腕から逃れたシルヴィが、またわたしへと向かってくる。
 わたしは恐怖でその場を動くことができなかった。
 すると、シルヴィが突然吹き飛んだ。

「ハルカ、大丈夫か」

 カレヴィのその声で、ようやくわたしは彼がシルヴィを殴りつけたことを理解した。

「カ、レヴィ」

 震える手を伸ばしたら、カレヴィはわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
 ──違う人にキスされてしまって、ごめんねカレヴィ。
 カレヴィの腕の中で涙を流していたら、ふいに彼に頤に手をかけられた。
 そして、彼のキスの雨が降ってくる。
 それはどきどきして、かつ安心できるキスだった。
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