王様と喪女

舘野寧依

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第十章 再出発

第120話 デート

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「おはよう、カレヴィ」
「ああ、おはようハルカ」

 快晴の朝、わたしは昨夜ぶりのカレヴィに抱きついて挨拶した。
 それをカレヴィが受け止めてぎゅっと抱きしめてくれた。
 うん、今日も発作は出ないし、いい感じだ。
 これで二ヶ月先の夜の習いまでに少しずつでも改善していくといいんだけど。
 わたしがそう言うと、カレヴィは優しく微笑んでくれた。

「そうだな。だが、無理はするな」
「うん」

 髪を撫でてくれる感触にうっとりしながら、わたしは更に彼にしがみついた。

「ハルカ……」

 愛おしそうな彼の声にわたしが上を向くと、彼のキスが降ってきた。
 幸せな気分で受けていたら、カレヴィが「……いかん」とそれをやめた。
 ……やめないでほしかったのに。
 そんな気持ちでカレヴィを見ると、彼は苦笑した。

「そんな可愛い顔で俺を見るな」

 え、えーと。
 わたしが黙って真っ赤になっていると、朝食の席までカレヴィに案内された。
 あ、そうだよね。朝食冷めちゃうもんね。
 それなのに、寂しく感じるのはわたしのわがままだよね。
 そんなことを考えながら、侍女に椅子を引いて貰ってわたしは席に着く。
 向かい側のカレヴィにいつものように料理を取り分けて貰って、わたしは「いただきます」と呟いた。


「そういえば、ガルディアからなにか返事はあった?」

 わたしはフォークで柔らかいスクランブルエッグを掬いながらカレヴィに尋ねた。

「ああ、シルヴィの遊学の件はやはり断られてきた」
「そうなんだ」

 当然と言えば当然の成り行きにわたしは頷いた。

「俺達の婚礼後、シルヴィの意思でならいつでも歓迎するそうだ。……まあ、あちらもシルヴィに恨まれたくはないようだからな」
「……そっか。それはそうだよね」

 わたしは切ったウィンナーをフォークに突き刺しながら溜息をつく。
 ガルディアもなにが好き好んで他人の恨みを率先して買うものか。たとえそれが千花の推薦だとしてもガルディアとしては避けたいだろう。

「しかし、そうなると婚礼までおまえの求婚者達は追いかけてくることになるな」

 ちぎった焼きたてのパンにバターを塗りながらカレヴィも溜息をつく。
 そうなんだよねえ。対するカレヴィの方も問題はあるし。

「元老院の妾妃攻勢は止みそうかなあ?」
「残念ながら無理そうだな」

 ……だよねえ。いい加減、諦めてほしいけど、こっちは結婚したら止む問題じゃないんだよね。
 だから、一刻も早くわたし達は子を作らなくちゃいけないんだ。

「習いの期間に子作りしちゃいけないのかな」

 わたしがそう呟いたら、スープを飲んでいたカレヴィがむせた。

「だ、大丈夫?」

 今の台詞は大胆すぎたかな。
 でも元老院封じには子は必須だし。

「……ああ、大丈夫だ」

 横を向いてひとしきりせき込んでいたカレヴィがようやく復活して、わたしはほっとした。

「まあ、過去に例がないとは言わないが……随分と大胆だな、ハルカ」

 それでわたしは真っ赤になる。
 やっぱり大胆すぎたか。

「それでハルカに異論がないなら、いい案かもしれないな」

 ふっと目に色気をにじませて見られて、わたしは耳まで真っ赤になった。
 でも異論なんてあろうはずもない。

「もちろん、異論なんてないよ。わたしはカレヴィのこども欲しいし」

 顔が熱いのを承知しながら言うと、カレヴィは席を立ってわたしの頬に口づけた。

「ハルカ、俺もおまえの子が欲しい」



 ゼシリアに、「そろそろ庭園に行かないと執務の時間に間に合いません」と言われて、慌てて朝食を終わらせると、わたし達はガルディア式庭園へと行った。
 そこで向かったのはいつかお花見をした桜の大木がある場所。
 わたしが好きな場所を覚えていて選んでくれるなんて嬉しいな。
 そこの桜はいつでも満開だった。

「わあ、綺麗……」

 爽やかな風にのって、花びらが舞い落ちてくる。

「おまえが気に入ったようでなによりだ」
「うん、この場所好き」
「そうか」

 そう言って笑うカレヴィがいつもよりかっこよく見えて、わたしはどきどきしながら彼の腕に手を回した。
 ちょっと大胆だったかな……?
 でもデートならこのくらいしたい。
 カレヴィはちょっと驚いてたみたいだけど、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。
 それでわたしは力を得て、カレヴィとの一歩を踏み出す。
 カレヴィも優しい笑顔で、わたしの歩調に合わせてくれた。
 ……けれども、その幸せは長いこと続かなかった。

「本当にハルカは桜が好きなのだね」

 恐れ多くも国王のカレヴィが付いているのに声をかけてくる人は稀だ。
 それが出来る人物となればごく一部しかいない。

「アーネス……、それにイアスも」

 脱力するわたしにイアスが話しかけてくる。

「ハルカ様の魔力を追いかけたらここに出ました。本当にここがお好きなのですね」
「うん、好きだけど、でも今わたし達デートなんだよ」
「知っているよ」
「知ってますよ」

 しれっと二人が答えたので、実は急用でもあるのかと逆に心配になってきた。

「分かっていてわざとやっているのか」

 カレヴィが憤慨したように二、三歩二人の方へ歩き出したので、くっついていたわたしも自然とそちらへ向かわされてしまう。

「いや、でもなにか急ぎの用でもあるんじゃないかな」

 わたしがそう言うとアーネスが艶やかに笑った。

「急ぎと言えば、急ぎだね。君達が親密になるのを防ぐ必要があったから」

 それを聞いてわたしは呆れかえった。

「……人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死んじゃうんだからね」
「うん? それはこちらの『人の恋を邪魔すると天罰が下る』と同じ意味なのかな?」

 アーネスが不思議そうにすると、イアスが「そのようです」と頷いた。

「もう、イアスまでなんなの? 仕事は?」

 デートを邪魔されたのもあって、わたしは不機嫌を隠せずにそう問うと、イアスは一言言った。

「今日は非番です」

 ……ああ、それならいっそイアスが今日警護の当番とかなら良かった。
 それならデートの邪魔は公然と出来ないものね。
 ……それはそうと、楽しみにしていたデートをしょっぱなから台無しにしてくれた二人をどうしてくれよう。
 ちらりとカレヴィを窺うと彼もわたしと同じ気持ちみたいで、怒りの表情だった。
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