117 / 148
第十章 再出発
第117話 求婚者達の対処
しおりを挟む
それから午後になって、カレヴィとの婚約を聞きつけたらしいアーネスとイアスがわたしの部屋を訪ねてきた。
あれからカレヴィは執務が入ってたし、千花はシルヴィのガルディア遊学のことであちらで詰めた話をするらしい。
両陛下は久々に帰ってきた城の内部巡りをするんだって言って、とりあえずあの方達の部屋に戻っていったし。
わたしが彼らに席を勧めると、二人は席に着き早々、本題に入ってきた。
「ハルカがカレヴィと再婚約したと聞いてね」
「とにかく急なことで驚きましたよ」
まあ、確かに彼らには寝耳に水だろう。
「あ……うん。マウリスにはカレヴィと再婚約したいってこと、あらかじめ伝えてあったんだけどね。今日先王陛下と王太后陛下がお帰りになられたから、婚約誓約書にサインを貰えたの」
わたしが説明すると、二人は同時に溜息を付いた。
「……それでか。急に再婚約なんて、国王の場合は余程特別な事がない限り難しいからね。宰相の署名はもちろん貰ったんだろう?」
「うん、後千花のも」
両陛下もだけれど、この国に貢献する千花の署名はかなり大きいだろう。
「それは強力な誓約書だね。文句の付けようがないくらいだ」
「うん、ついでに千花が誓約書に強化魔法もかけてくれた」
「凄い念の入れようですね」
「うん、万が一にもシルヴィが誓約書を破ると困るからだって」
まさかと思ったけれど、シルヴィのあの剣幕を見ていたら、それも嘘とも思えなくなってきた。
「それはいくらシルヴィでも……いえ、そうとも言えませんか」
「我々だって、君とカレヴィの婚約を阻止したいからね。出来ればそんなものは破り捨ててしまいたいよ」
う、ここにも誓約書の存在を危うくする人達が。
でもわたしがカレヴィを好きだってことはさんざん伝えてあるんだし、もう諦めてほしい。
「で、でも、元老院にはもう提出しちゃったんだし、もうわたしはカレヴィの婚約者だよ」
わたしがそう言うと、二人ともまた溜息を付いた。
「……この婚約は仕方ない。ならば、この期間中に君を口説くしかないね」
アーネスは片手で顔を覆ってその間からちらりと流し目をくれる。それに少々仰け反りながらも、わたしは彼を軽く睨んだ。
「もう両陛下まで出て来られて、婚約解消もないよ」
「さあ、どうかな。君がカレヴィにつくづく愛想を尽かすかもしれないし、わたしに惹かれて婚約解消を願い出るかもしれないよ」
余裕綽々のアーネスにむっとしながらわたしは言う。
「そんなこと絶対にありえないから」
「いえ、一見そんな馬鹿なことが起こり得るのが恋ですよ。……もちろん、僕も諦めていませんから」
まともそうなイアスにまでそう言われて、わたしは絶句してしまった。
けれど、わたしは今朝起こったことを思い出し、それを口に出してみた。
「二人とも、そんなこと言っていると、シルヴィみたいになっちゃうからね」
「シルヴィ?」
「彼がどうかしたのかい?」
しまった、これはまだ秘密なんだっけ。
でもそのうちバレるから──
すると、部屋の外が俄に騒がしくなってきた。
「お、お待ちくださいっ」
「退けっ」
シルヴィが押しとどめようとする近衛を無理矢理どかすと、わたしの部屋の中に入ってきた。
「シルヴィ!」
わたしは椅子から立ち上がって彼と対面した。
「──こんな時に求婚者達とお茶ですか。いい身分ですね」
顎を上げて偉そうに言ってくるシルヴィにわたしは思わずむっとした。
「再婚約の報告会だよ。別にいいでしょ」
「良くないです。……それはそうと、俺を厄介払いさせようと画策しているそうですね。そうは行かせませんよ」
それでわたしは思わずギクリとしちゃった。
「厄介払い?」
「ハルカ様がさっき言ったことと関係あるのですか?」
うわあああっ。
そんなつもりはなかったけれど、ちょっと捻くれた見方をしたら、わたしのさっきの言葉はそう取られても仕方ないことに今更ながら気が付いた。
「厄介払いなんてそんなこと……っ。ただ、シルヴィには少し冷静になってほしくて……!」
大いに焦るわたしに、だけどシルヴィは鼻で笑った。
ああ、あんなに純粋だったシルヴィが、どんどん捻じ曲がって行くようで心が痛い。
それでわたしが胸を押さえていると、シルヴィがその腕をとって、わたしを抱き寄せた。
「どんなことをしても離れない。たとえ、それが王命だとしても」
「シ、ルヴィ……ッ」
痛いほどに抱きしめられて、わたしは混乱しながらもなんとか頭を巡らす。
呆気にとられるイアスと目が合うと、彼ははっとしたように短い詠唱を唱えた。
すると、それはシルヴィの動きを止める魔法だったらしくて、わたしは二人がかりで硬直した彼の腕の中から助け出された。
「イアス、この拘束魔法を解け……!」
シルヴィは首から上は動けるらしく、悔しそうにそう叫んだ。
「まだ駄目だよ。もう少し落ち着いたらね」
イアスが首を横に振って、シルヴィの命を拒否する。
「……それはそうと、君がなぜこんな不作法な振る舞いに出たのか知りたいね。こんなことは君がもっとも嫌うことだろう」
アーネスが静かに言うと、シルヴィは少し落ち着いたのか、事情をぽつぽつと話し出した。
その間にイアスの拘束魔法も解かれたようだ。
「兄王からガルディアへ一年間遊学させる予定があると聞かされた。……それは王命ですか、と尋ねたらその予定だと言われた。ハルカと兄王の婚約を強硬に反対したのがまずかったらしい」
がっくりとしながらシルヴィが話す様はいかにも哀れを誘う。……わたしも、さっきから胸が痛くてしょうがない。
「……予定なら、まだ間に合うんじゃないか。ガルディア国王に事情を説明すれば、うまくすれば彼の国に行くことは回避されるかもしれないな」
それを聞いてわたしはぎょっとした。
ちょっ、アーネス恋敵の味方をするの?
こういうのって、一人、二人と蹴落としていくのが常套手段だと思っていたけれど。
「そ、そうか。そうだな! それではガルディア国王に早速書簡を送るようにしよう」
たちまち元気を取り戻してしまったシルヴィにわたしは内心ほっとしながらも、その一方で慌てていた。
彼が「邪魔をした」と言ってすぐに立ち去ってしまったからだ。
それにしても、やろうとしていることは酷いとはいえ、シルヴィにわたしを諦めさせるいい機会だったのに、いったいアーネスはなにを考えているのだろうか。
あれからカレヴィは執務が入ってたし、千花はシルヴィのガルディア遊学のことであちらで詰めた話をするらしい。
両陛下は久々に帰ってきた城の内部巡りをするんだって言って、とりあえずあの方達の部屋に戻っていったし。
わたしが彼らに席を勧めると、二人は席に着き早々、本題に入ってきた。
「ハルカがカレヴィと再婚約したと聞いてね」
「とにかく急なことで驚きましたよ」
まあ、確かに彼らには寝耳に水だろう。
「あ……うん。マウリスにはカレヴィと再婚約したいってこと、あらかじめ伝えてあったんだけどね。今日先王陛下と王太后陛下がお帰りになられたから、婚約誓約書にサインを貰えたの」
わたしが説明すると、二人は同時に溜息を付いた。
「……それでか。急に再婚約なんて、国王の場合は余程特別な事がない限り難しいからね。宰相の署名はもちろん貰ったんだろう?」
「うん、後千花のも」
両陛下もだけれど、この国に貢献する千花の署名はかなり大きいだろう。
「それは強力な誓約書だね。文句の付けようがないくらいだ」
「うん、ついでに千花が誓約書に強化魔法もかけてくれた」
「凄い念の入れようですね」
「うん、万が一にもシルヴィが誓約書を破ると困るからだって」
まさかと思ったけれど、シルヴィのあの剣幕を見ていたら、それも嘘とも思えなくなってきた。
「それはいくらシルヴィでも……いえ、そうとも言えませんか」
「我々だって、君とカレヴィの婚約を阻止したいからね。出来ればそんなものは破り捨ててしまいたいよ」
う、ここにも誓約書の存在を危うくする人達が。
でもわたしがカレヴィを好きだってことはさんざん伝えてあるんだし、もう諦めてほしい。
「で、でも、元老院にはもう提出しちゃったんだし、もうわたしはカレヴィの婚約者だよ」
わたしがそう言うと、二人ともまた溜息を付いた。
「……この婚約は仕方ない。ならば、この期間中に君を口説くしかないね」
アーネスは片手で顔を覆ってその間からちらりと流し目をくれる。それに少々仰け反りながらも、わたしは彼を軽く睨んだ。
「もう両陛下まで出て来られて、婚約解消もないよ」
「さあ、どうかな。君がカレヴィにつくづく愛想を尽かすかもしれないし、わたしに惹かれて婚約解消を願い出るかもしれないよ」
余裕綽々のアーネスにむっとしながらわたしは言う。
「そんなこと絶対にありえないから」
「いえ、一見そんな馬鹿なことが起こり得るのが恋ですよ。……もちろん、僕も諦めていませんから」
まともそうなイアスにまでそう言われて、わたしは絶句してしまった。
けれど、わたしは今朝起こったことを思い出し、それを口に出してみた。
「二人とも、そんなこと言っていると、シルヴィみたいになっちゃうからね」
「シルヴィ?」
「彼がどうかしたのかい?」
しまった、これはまだ秘密なんだっけ。
でもそのうちバレるから──
すると、部屋の外が俄に騒がしくなってきた。
「お、お待ちくださいっ」
「退けっ」
シルヴィが押しとどめようとする近衛を無理矢理どかすと、わたしの部屋の中に入ってきた。
「シルヴィ!」
わたしは椅子から立ち上がって彼と対面した。
「──こんな時に求婚者達とお茶ですか。いい身分ですね」
顎を上げて偉そうに言ってくるシルヴィにわたしは思わずむっとした。
「再婚約の報告会だよ。別にいいでしょ」
「良くないです。……それはそうと、俺を厄介払いさせようと画策しているそうですね。そうは行かせませんよ」
それでわたしは思わずギクリとしちゃった。
「厄介払い?」
「ハルカ様がさっき言ったことと関係あるのですか?」
うわあああっ。
そんなつもりはなかったけれど、ちょっと捻くれた見方をしたら、わたしのさっきの言葉はそう取られても仕方ないことに今更ながら気が付いた。
「厄介払いなんてそんなこと……っ。ただ、シルヴィには少し冷静になってほしくて……!」
大いに焦るわたしに、だけどシルヴィは鼻で笑った。
ああ、あんなに純粋だったシルヴィが、どんどん捻じ曲がって行くようで心が痛い。
それでわたしが胸を押さえていると、シルヴィがその腕をとって、わたしを抱き寄せた。
「どんなことをしても離れない。たとえ、それが王命だとしても」
「シ、ルヴィ……ッ」
痛いほどに抱きしめられて、わたしは混乱しながらもなんとか頭を巡らす。
呆気にとられるイアスと目が合うと、彼ははっとしたように短い詠唱を唱えた。
すると、それはシルヴィの動きを止める魔法だったらしくて、わたしは二人がかりで硬直した彼の腕の中から助け出された。
「イアス、この拘束魔法を解け……!」
シルヴィは首から上は動けるらしく、悔しそうにそう叫んだ。
「まだ駄目だよ。もう少し落ち着いたらね」
イアスが首を横に振って、シルヴィの命を拒否する。
「……それはそうと、君がなぜこんな不作法な振る舞いに出たのか知りたいね。こんなことは君がもっとも嫌うことだろう」
アーネスが静かに言うと、シルヴィは少し落ち着いたのか、事情をぽつぽつと話し出した。
その間にイアスの拘束魔法も解かれたようだ。
「兄王からガルディアへ一年間遊学させる予定があると聞かされた。……それは王命ですか、と尋ねたらその予定だと言われた。ハルカと兄王の婚約を強硬に反対したのがまずかったらしい」
がっくりとしながらシルヴィが話す様はいかにも哀れを誘う。……わたしも、さっきから胸が痛くてしょうがない。
「……予定なら、まだ間に合うんじゃないか。ガルディア国王に事情を説明すれば、うまくすれば彼の国に行くことは回避されるかもしれないな」
それを聞いてわたしはぎょっとした。
ちょっ、アーネス恋敵の味方をするの?
こういうのって、一人、二人と蹴落としていくのが常套手段だと思っていたけれど。
「そ、そうか。そうだな! それではガルディア国王に早速書簡を送るようにしよう」
たちまち元気を取り戻してしまったシルヴィにわたしは内心ほっとしながらも、その一方で慌てていた。
彼が「邪魔をした」と言ってすぐに立ち去ってしまったからだ。
それにしても、やろうとしていることは酷いとはいえ、シルヴィにわたしを諦めさせるいい機会だったのに、いったいアーネスはなにを考えているのだろうか。
0
お気に入りに追加
937
あなたにおすすめの小説
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる