王様と喪女

舘野寧依

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第十章 再出発

第117話 求婚者達の対処

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 それから午後になって、カレヴィとの婚約を聞きつけたらしいアーネスとイアスがわたしの部屋を訪ねてきた。
 あれからカレヴィは執務が入ってたし、千花はシルヴィのガルディア遊学のことであちらで詰めた話をするらしい。
 両陛下は久々に帰ってきた城の内部巡りをするんだって言って、とりあえずあの方達の部屋に戻っていったし。
 わたしが彼らに席を勧めると、二人は席に着き早々、本題に入ってきた。

「ハルカがカレヴィと再婚約したと聞いてね」
「とにかく急なことで驚きましたよ」

 まあ、確かに彼らには寝耳に水だろう。

「あ……うん。マウリスにはカレヴィと再婚約したいってこと、あらかじめ伝えてあったんだけどね。今日先王陛下と王太后陛下がお帰りになられたから、婚約誓約書にサインを貰えたの」

 わたしが説明すると、二人は同時に溜息を付いた。

「……それでか。急に再婚約なんて、国王の場合は余程特別な事がない限り難しいからね。宰相の署名はもちろん貰ったんだろう?」
「うん、後千花のも」

 両陛下もだけれど、この国に貢献する千花の署名はかなり大きいだろう。

「それは強力な誓約書だね。文句の付けようがないくらいだ」
「うん、ついでに千花が誓約書に強化魔法もかけてくれた」
「凄い念の入れようですね」
「うん、万が一にもシルヴィが誓約書を破ると困るからだって」

 まさかと思ったけれど、シルヴィのあの剣幕を見ていたら、それも嘘とも思えなくなってきた。

「それはいくらシルヴィでも……いえ、そうとも言えませんか」
「我々だって、君とカレヴィの婚約を阻止したいからね。出来ればそんなものは破り捨ててしまいたいよ」

 う、ここにも誓約書の存在を危うくする人達が。
 でもわたしがカレヴィを好きだってことはさんざん伝えてあるんだし、もう諦めてほしい。

「で、でも、元老院にはもう提出しちゃったんだし、もうわたしはカレヴィの婚約者だよ」

 わたしがそう言うと、二人ともまた溜息を付いた。

「……この婚約は仕方ない。ならば、この期間中に君を口説くしかないね」

 アーネスは片手で顔を覆ってその間からちらりと流し目をくれる。それに少々仰け反りながらも、わたしは彼を軽く睨んだ。

「もう両陛下まで出て来られて、婚約解消もないよ」
「さあ、どうかな。君がカレヴィにつくづく愛想を尽かすかもしれないし、わたしに惹かれて婚約解消を願い出るかもしれないよ」

 余裕綽々のアーネスにむっとしながらわたしは言う。

「そんなこと絶対にありえないから」
「いえ、一見そんな馬鹿なことが起こり得るのが恋ですよ。……もちろん、僕も諦めていませんから」

 まともそうなイアスにまでそう言われて、わたしは絶句してしまった。
 けれど、わたしは今朝起こったことを思い出し、それを口に出してみた。

「二人とも、そんなこと言っていると、シルヴィみたいになっちゃうからね」
「シルヴィ?」
「彼がどうかしたのかい?」

 しまった、これはまだ秘密なんだっけ。
 でもそのうちバレるから──

 すると、部屋の外が俄に騒がしくなってきた。

「お、お待ちくださいっ」
「退けっ」

 シルヴィが押しとどめようとする近衛を無理矢理どかすと、わたしの部屋の中に入ってきた。

「シルヴィ!」

 わたしは椅子から立ち上がって彼と対面した。

「──こんな時に求婚者達とお茶ですか。いい身分ですね」

 顎を上げて偉そうに言ってくるシルヴィにわたしは思わずむっとした。

「再婚約の報告会だよ。別にいいでしょ」
「良くないです。……それはそうと、俺を厄介払いさせようと画策しているそうですね。そうは行かせませんよ」

 それでわたしは思わずギクリとしちゃった。

「厄介払い?」
「ハルカ様がさっき言ったことと関係あるのですか?」

 うわあああっ。
 そんなつもりはなかったけれど、ちょっと捻くれた見方をしたら、わたしのさっきの言葉はそう取られても仕方ないことに今更ながら気が付いた。

「厄介払いなんてそんなこと……っ。ただ、シルヴィには少し冷静になってほしくて……!」

 大いに焦るわたしに、だけどシルヴィは鼻で笑った。
 ああ、あんなに純粋だったシルヴィが、どんどん捻じ曲がって行くようで心が痛い。
 それでわたしが胸を押さえていると、シルヴィがその腕をとって、わたしを抱き寄せた。

「どんなことをしても離れない。たとえ、それが王命だとしても」
「シ、ルヴィ……ッ」

 痛いほどに抱きしめられて、わたしは混乱しながらもなんとか頭を巡らす。
 呆気にとられるイアスと目が合うと、彼ははっとしたように短い詠唱を唱えた。
 すると、それはシルヴィの動きを止める魔法だったらしくて、わたしは二人がかりで硬直した彼の腕の中から助け出された。

「イアス、この拘束魔法を解け……!」

 シルヴィは首から上は動けるらしく、悔しそうにそう叫んだ。

「まだ駄目だよ。もう少し落ち着いたらね」

 イアスが首を横に振って、シルヴィの命を拒否する。

「……それはそうと、君がなぜこんな不作法な振る舞いに出たのか知りたいね。こんなことは君がもっとも嫌うことだろう」

 アーネスが静かに言うと、シルヴィは少し落ち着いたのか、事情をぽつぽつと話し出した。
 その間にイアスの拘束魔法も解かれたようだ。

「兄王からガルディアへ一年間遊学させる予定があると聞かされた。……それは王命ですか、と尋ねたらその予定だと言われた。ハルカと兄王の婚約を強硬に反対したのがまずかったらしい」

 がっくりとしながらシルヴィが話す様はいかにも哀れを誘う。……わたしも、さっきから胸が痛くてしょうがない。

「……予定なら、まだ間に合うんじゃないか。ガルディア国王に事情を説明すれば、うまくすれば彼の国に行くことは回避されるかもしれないな」

 それを聞いてわたしはぎょっとした。
 ちょっ、アーネス恋敵の味方をするの?
 こういうのって、一人、二人と蹴落としていくのが常套手段だと思っていたけれど。

「そ、そうか。そうだな! それではガルディア国王に早速書簡を送るようにしよう」

 たちまち元気を取り戻してしまったシルヴィにわたしは内心ほっとしながらも、その一方で慌てていた。
 彼が「邪魔をした」と言ってすぐに立ち去ってしまったからだ。

 それにしても、やろうとしていることは酷いとはいえ、シルヴィにわたしを諦めさせるいい機会だったのに、いったいアーネスはなにを考えているのだろうか。
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