王様と喪女

舘野寧依

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第十章 再出発

第112話 複雑な関係

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「や、やだ……!」

 そう叫んだ途端、わたしの体は千花のすぐ傍まで移動していた。
 きっと千花が移動魔法を使ってくれたのだろう。

「はるか、大丈夫?」

 千花に心配そうに腕を掴まれて、わたしは思わず涙が出てしまった。

「はるか……」

 千花がわたしの背中を労るように撫でると、ますます涙が溢れてきて止まらなくなり、わたしは困ってしまった。

「ハルカ」

 カレヴィが心配して声をかけてくるけど、申し訳なくてわたしはそちらを見られない。

「ハルカ、泣かないでください」
「──誰のせいなの」

 頬に涙が流れるまま、シルヴィを詰ると、彼は少し動揺したようだった。
 けれど、すぐにシルヴィは先程の冷徹な表情に戻り言った。

「もちろん、俺のせいです。言ったはずですよ。どんなことをしてもあなたを俺のものにすると」
「シルヴィ殿下。殿下の主張はよく分かりましたが、はるかは疲れています。もうこれで部屋に帰らせます」

 千花が有無を言わせずそう言うと、シルヴィも不承不承頷いた。

「……カレヴィ王も、よろしいですね?」

 カレヴィに千花が確認をとると、彼は頷いた。

「ああ。ハルカ、今日は疲れただろう。ゆっくり休め」

 それでまたわたしの涙腺は壊れかけたけれど、その前に千花によってわたしは新たに自分に割り当てられた部屋に移動させられた。

「! まあ、ハルカ様!」

 涙の跡をモニーカにめざとく発見されて、わたしははっと頬に手をやった。

 ──いけない。

「……ハルカは疲れてるから、今日は早く休ませてあげて」
「かしこまりましたわ。ハルカ様、こちらへ」

 わたしはモニーカにお風呂に連れて行かれる前に千花を振り返った。

「千花、今日はいろいろとありがとう。心配かけてごめんね」
「……いいんだよ。それより今日はあれこれ考えないで寝ちゃうんだよ」
「うん……」

 落ち込むことはあったけれど、パーティでたくさんの人と踊ったのもあって、疲れているからすぐにも寝られそうだ。
 わたしが頷くと、千花は「じゃあ、おやすみ」と言って移動魔法で去っていった。


 それから化粧を落として、泡風呂で侍女に体を洗ってもらっていたら、わたしはシルヴィとのキスを思い出してしまった。
 それも、よりにもよってカレヴィに見られるだなんて最悪すぎる。
 今までもアーネスに襲われかけたり、イアスにキスされたりしたことはあったけれど、わたしってとてつもなく危機管理能力が低いんじゃなかろうか。
 そして体を洗った後に、ハーブ風呂に連れて来られて、その香りに触発されたのか、わたしは湯船にいくつも涙を落としてしまった。

「ハルカ様……、どうなさったのです。舞踏会での披露は成功なさったと聞き及びましたのに……」

 モニーカが心配そうにそう聞いてきたので、わたしは慌ててお風呂のお湯で顔を洗った。

「舞踏会は大成功だったよ、大丈夫。これは、ちょっと個人的な理由で先のことが不安になっただけだから、心配しないで」
「……そう、ですか……」

 わたしが話したがらないのを察したのか、モニーカが突っ込んで聞いてこないことがありがたかった。
 モニーカに冷たいハーブティーを渡され、わたしはそれを一口飲んで、やっとひとごこちつく。
 モニーカはわたしがハーブティーを飲み干すのを待ってから、それからマッサージに連れていった。
 やば……、本当に寝ちゃいそうだ。
 実際マッサージの途中で寝てしまったわたしはモニーカに起こされ、寝室まで連れて行かれた。
 そして寝る前の千花の作った安定剤を飲んだ後、わたしは泥のように眠った。



 翌朝。新しい部屋で一人で目覚めたわたしは違和感が半端なかった。
 以前ザクトアリアではカレヴィと一緒に眠っていたし、この違和感はしばらく続くかもしれない。
 そして朝の支度を終えて、朝食の段になって、カレヴィとシルヴィの二人が訪ねてきた。
 できればカレヴィと二人で朝食をとりたいと思ったけれど、そうするにはシルヴィを断らなくてはいけない。だけど、それでは角が立ちすぎるだろう。
 それで仕方なくシルヴィも交えて朝食ということになったけど、わたしは気がとても重かった。
 以前、弟が出来たみたいであんなにも彼との朝食が楽しかったのが嘘みたいだ。
 カレヴィに料理を取り分けてもらったけれど、今日は食事がなんとなくおいしくない。

「──憂鬱そうですね」
「そんなことないよ」

 わたしは無理矢理笑顔を作ってシルヴィに返事を返した。すると、シルヴィは表情を動かさずにそうですか、と返してきた。

「昨夜のことですが、俺は謝りませんよ」

 堂々とそう言われて、わたしはちょっとむっとしたものの、謝られても困るし、わたしがどう返そうか悩んでいると、カレヴィが口を挟んできた。

「ハルカの意思はどうでもいいのか」

 ちらりとカレヴィのことを窺うと、彼はとても厳しい表情をしていた。

「政略なんてそんなものでしょう。兄王もその点は分かり切っていると思いましたが」

 すると、カレヴィは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 その点はわたしもカレヴィも承知の上だったからなにも言えない。

「おまけに兄王は国王としてしてはならない愚を犯しています。ハルカに夢中になるあまり政務をおろそかにしたり、これまでの慣習を無視して離宮建築に踏み切ってみたり」
「それは……」
「けれど、俺は違います。兄王と違って比較的自由もきく。ハルカにのめり込んでも多少は許される立場にある」

 それは確かに彼の言う通りだろう。だけど──

「勝手だよ、シルヴィ」

 けれど、わたしの言葉にも彼は動じなかった。

「ええ、勝手です。ですが、それが分かっていても退くつもりなどありません」

 朝食を終えたシルヴィはそう言うと、おもむろに立ち上がった。

「これから元老院に行ってあなたをもらい受ける算段をつけるつもりです。覚悟しておいてください、ハルカ」
「……そんなのやだよ!」

 カレヴィ以外の人のものになるなんて絶対に嫌だ!

「落ち着け、ハルカ。俺が絶対にそんなことにはさせない」

 大人げなく叫んだわたしをカレヴィが宥めにかかる。それでわたしはおとなしく口をつぐんだ。

「シルヴィ、俺はハルカの意思を尊重しないやり方は許さないぞ」

 カレヴィの言葉に、けれどシルヴィは皮肉げに笑って応えた。

「──彼女の意思を尊重して、子ができなくともですか?」

 すると、カレヴィとわたしは絶句するしかなかった。
 カレヴィを受け入れられない状態のわたしは、彼の子を生むことができない。
 昨日は千花が強化魔法をわたしにかけてくれたから大人数にダンスを申し込まれてもパニくらなかったし、バルコニーでカレヴィと過ごすこともできた。
 だけど、この件でいつまでも千花頼みにするわけにはいかないだろう。
 だから千花も治療には時間がかかるだろうといつも言っているのだ。
 わたし達が黙り込むと、シルヴィは「楽しみにしててください、ハルカ」とわたしには恐怖でしかない台詞を残して朝食の場から去っていった。

「ハルカ……すまない」

 カレヴィが謝ってきても、もう過ぎてしまったことだし、わたし自身でもどうしようもないことで、どう返していいか分からない。
 それよりもシルヴィを追いかけなくていいんだろうか、本当にどうしよう。
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