王様と喪女

舘野寧依

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第十章 再出発

第111話 バルコニーにて

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 月明かりの元、わたしとカレヴィは場所を二人で座れるベンチに変えていた。
 そしてわたしはカレヴィの胸に静かに寄り添い、そして彼はわたしの肩を抱き寄せていた。

「……財政大臣が選んだ姫はどうだったの? みんな美人だったけれど」

 ちらりと見ただけだけれど、いつか見た姫もいたような気がする。

「心配しなくても、おまえが一番美しいぞ」
「あ、ありがとう……」

 そこでわたしは恥ずかしくなって黙り込んでしまった。
 カレヴィはこの件に関しては、本当に気が乗らないみたいだ。そのことがわたしは素直に嬉しい。

「ハルカ、おまえはどうだった。バルア侯爵、リシィズ伯爵の子息達とも踊っていた様だったが」

 その二人って以前にわたしが王妃になることを反対していた人達だよね。

「うーん、成り行きで仕方なく踊ったけれど、特にいい印象も悪い印象もないよ。たぶん、親にわたしと踊ってこいとでも言われたんだろうね」

 うるさそうな親と違って、その息子達は礼儀もなってたし、言葉も控えめだった。

「なるほど、親は親でも、子は別物か。二人とも恋人がいるという話だしな」
「そうなんだ」

 そうと知ってわたしはほっとした。
 これで妙な攻勢から二人は外れたことに安心したのだ。

「わたしにダンスを申し込んできた人も、興味本位だったみたいだし、ひとまずは安心だね」

 わたしがカレヴィの胸に頭を預けながら言うと、彼はなぜか溜息を付いた。

「甘いぞ、ハルカ。おまえと踊った貴族達はおまえの美しさを絶賛していたぞ」
「え、そう? でも、化粧と衣装がよかったんだよ」

 この化粧の前では、冴えない元のわたしじゃきっと彼らも同一人物と気づかないだろう。
 そう言ったら、カレヴィはなぜか眉をひそめた。

「体型で気づく者もいるだろう。不愉快なことに、おまえを眺め回していた奴もいたからな」

 確かにそういった視線は受けてたけど、元の世界でも慣れっこになってたからわたしはあまり気にしてなかった。

「それにおまえの笑顔には愛嬌がある。それでまいる奴もいるだろう」
「そうかなあ……」

 いまいち信じきれずにわたしが呟くと、カレヴィが大いに頷いた。

「経験者の俺が言ってるんだ。信じろ」
「うーん。それなら信じてみようかな。……それはともかくとしてここまで着飾ったのは失敗だったのかなあ?」
「妃候補の牽制には大いに役に立ったぞ。俺に挨拶してきた姫はおまえの美しさに驚愕していた。代わりに男共は驚喜していたがな」

 それって、いいも悪いも半々てこと?
 うーん、微妙だなあ。

「……なかなか思うようにはいかないものだね」

 わたしが溜息を付きながらそう言うと、カレヴィは低く笑った。

「おまえがこの舞踏会で美しさを披露したことは、長い目で見てみれば大いに良いことだろう。この美しさでは俺がおまえにはまりこむのも無理はないと周知させたしな。財政大臣も苦虫を噛み潰すような顔をしていたぞ」
「……そうなんだ。じゃあ、結果的には良かったのかなあ」
「そうだな。……俺には多くの恋敵が増えたがな」

 そこで不意に頬にキスされて、わたしは赤くなってしまった。

「……それが本当だとしても、わたしの好きなのはあなただけだから大丈夫だよ」
「ハルカ」

 わたしはそこでカレヴィに抱き寄せられて、唇にキスされた。

「ハルカ、愛している」
「カレヴィ、わたしも……」

 わたしはカレヴィに何度も何度もキスされてすごく幸せだった。
 ああ、カレヴィも同じ気持ちだといいけどな。……それにしても。

「今更なんだけど、婚約解消しなきゃよかった。そうすれば今頃こんな風に思いわずらう事もなかったのに」

 わたしが溜息を付きながら言うと、カレヴィは苦笑いをした。

「まあ、仕方がない。あれで俺の目も覚めたことだしな」
「目が覚めたって……、王らしくあろうって思ったってこと?」

 そうであるなら、大変喜ばしいことだ。

「そうだ。むやみやたらに嫉妬せず、ハルカ、おまえをもっと信じようと思った。……おまえに苦しい思いももうさせたくないしな」
「カレヴィ……」

 笑顔のカレヴィがなんとも頼もしく見えて、わたしは大胆にも彼の首に抱きついてキスしてしまった。

「ハルカ」

 するとカレヴィが驚いたように目を瞠った後に、今度は苦しげに顔を歪めると、わたしを折れそうなくらい強く抱きしめる。

「ハルカ、ハルカ」

 そしてまたキスの雨が降ってきた。


「──お取り込み中のところ失礼いたします。約束の時間が過ぎましたのではるかを迎えに来ました」

 ああ、もう一時間なのか。
 楽しい時間は過ぎるのが速すぎる。
 見ると、千花の後ろにシルヴィもいる。その彼はカレヴィを睨みつけていた。
 ああ、駄目だよ。そんな顔しちゃ。
 あなたはカレヴィを尊敬していたじゃない。
 その痛いくらいの視線をカレヴィは静かに受け止めていた。

「兄王、あなたは勝ったつもりでしょうが、俺はまだ諦めていませんよ。どんなことをしてもハルカを俺の妃にするつもりです」

 それでわたしは黙っていられなくなり、ついつい叫んでしまった。

「シルヴィ、わたしはカレヴィが好きなの! だからあなたの気持ちには応えられな」
「──黙りなさい」

 凍えそうな冷たい声でシルヴィはわたしの口を閉じさせた。

「あなたの意見は聞いていない。いえ、聞かない」
「……シルヴィ」

 厳しい顔で言われて、わたしは身を堅くした。
 彼の頑なな心を溶かすことは難しいのだろうか。

「……ハルカ、もう舞踏会を退場しましょう。随分長いことこちらで休んでいたようですし」

 手をすっと差し出されて、わたしはカレヴィを振り返った。

「あ、うん。それならカレヴィと……」

 その途端、わたしは手を引かれてシルヴィの胸に飛び込んでしまった。
 そして、唇を無理矢理合わされる。

「! シルヴィ、おまえ!」

 わたしはカレヴィにシルヴィとのキスを見られて頭ががんがんしてしまった。

 ──嫌だ。カレヴィになんて思われただろう。
 いっそのこと時間が巻き戻ればいいのに。

 万能に近い千花でも無理なことを考えながら、わたしはシルヴィの腕の中をなんとか抜け出そうと必死になっていた。
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