王様と喪女

舘野寧依

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第九章:これからの展望

第108話 休養期間最終日

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 それからしばらくは異世界組のみんなの訪問は遠慮したのか、なりを潜めていた。

 その間にわたしは自分のサイトに通販ページを開き、読者の人達からお祝いの言葉をメールフォームから頂いた。
 ……うん、こうやってパソコンの向こうで祝ってくれている人達がいるって事は、わたしってかなり幸せ者なのかもしれない。
 頂いたコメントの返信をサイト上で返しつつ、わたしはにへらとしまりのない笑顔でそう思った。

 そして、相変わらず朝の公園への散歩は続いていた。
 もちろん南條さん親子に会うことは会ったけれど、おしなべて穏やかなひとときだった。……けれど。

「あの、明日あちらに帰ります。今までありがとうございました」

 そうなのだ。休養期間の一ヶ月もたって、とうとうわたしはザクトアリアに帰ることになったのだ。

「え、おねえちゃん、かえっちゃうの?」
「そんなの、やだよおっ」

 途端にゆうき君とまなちゃんが反応して大きな涙をボロボロとこぼす。

「ごめんね。でも最初から決まっていたことだから。……お願いだから、二人とも泣かないで」

 そう言った途端に、ゆうき君とまなちゃんはわたしにしがみついてきた。

「やだ、やだあっ」
「かえっちゃだめえっ」

 二人にわんわん泣きつかれて、わたしはどうしようかと困り果てていたところ、南條さんの助けが入った。

「こら、二人ともはるかさんを困らせるんじゃない」
「だあってぇ」
「ひどいよお」

 ……ゆうき君とまなちゃんがこんなにわたしに懐いてくれていると思うと胸が痛む。

「ごめんね。こっちに来たときに会えることもあると思うけど……」
「それって、いつなの?」

 ゆうき君の鋭いつっこみにわたしは思わず黙り込んでしまった。
 通販のやりとりや、サイトの更新でこっちに来ることはあっても、南條さん親子が散歩している時間帯に公園に行くことは難しいかもしれないのだ。

「……うそなの? おねえちゃん、まなとゆうきにうそついたの?」

 一端泣きやんだ二人が再びしゃっくりあげる。

「嘘じゃないよ。ただ会える時間の調整が難しいかもしれないな、と……」

 そこまで言ってわたしは自分が失敗したことに気がついた。
 こういう場合、突き放した方が優しいこともあるのだ。

「時間の調整なら多少は融通がききます。はるかさんはどうぞわたしに遠慮なく連絡をください」

 うわあ、こう来たか。
 思わぬ展開に、わたしは頭を抱えたくなってしまった。

「でも……」

 わたしはザクトアリアから婚約者を選ばなければいけない身だ。そして、カレヴィを今も愛してる。

「あなたがあの国に縛られる必要はないと佐藤さんからお聞きしました。それならわたしもあの方達と同じ条件ですよね」

 ……確かに、千花がザクトアリアに貢献することが前提だから、そう言われればそうなんだけど。
 でも、今までさんざんお世話になってきてたのを覆すなんてわたしには出来ない。

「……え、えと、そ、それは難しいかもしれません」

 しどろもどろになりながらもそう言うと、南條さんは頷いた。

「もちろん彼らに一日の長があるのは分かっています。そしてこれからもわたしには不利な形勢でしょう。だからこそ、こうして会える時間を大切にしていきたいと思うのです。……はるかさん、昼食をこの間のレストランでみんなととりたいと思うのですが、どうでしょうか」

 昼食会か。わたしはこれでザクトアリアに帰るからさしずめお別れ会といったところだろうか。

「そうですか、そういうことでしたら……」

 わたしがそう言ったら、今まで泣いていたまなちゃんとゆうき君もぱっと顔を輝かせた。

「言っておきますが、お別れ会ではありませんよ。わたし達のこれからの展望を祝う会です」

 ……これからの展望ねえ……。
 予想が外れてがっくりしているところで、ゆうき君とまなちゃんがかわいらしくきらきらとした笑顔で見つめてきた。

「おねえちゃん、おいわいしようねっ」
「おいわい、おいわいっ」

 ……なんだかだんだんドツボにはまってきているように感じるのは気のせいだろうか。



 そして、お昼。
 わたしは南條さん親子とマンションのエントランス前でお昼に待ち合わせする事になった。
 気が重いけど、約束してしまったのは仕方がない。

「お待たせしましたっ」

 春らしい色彩のワンピースに着替えて、同じく外行きの服装をして待っていた彼らにわたしは駆け寄った。

「ああ、はるかさん、急がなくてもいいです」

 南條さんはそう言ってくれてるけど、人を待たせておいて悠々としている訳にもいかない。

「でも……、あっ」
「はるかさんっ」

 わたしはエントランスの出口付近で足をつっかけよろめくと、南條さんに支えられた。

「わあっ、ぱぱとおねえちゃん、だっこだ~」
「ほんとだ~。だっこ、だっこ」

 ゆうき君とまなちゃんにはやされて、わたしは慌てた。

「ち、違うの。これは──」

 すると、言い終わらないうちに南條さんにぎゅっと抱きしめられた。
 けれど、それは長い間ではなく、彼はわたしからすぐに離れた。
 でも、その短い間で、彼がわたしのことを好きなんだということがひしひしと伝わってきた。

 ……困った……。

 立ち尽くすわたしに、南條さんが手を差し出した。

「さあ、行きましょう」

 そこではっとなったわたしは、けれど彼の手は取らずに言った。

「あの、転びそうなところを助けてくださってありがとうございました」
「いえ、いいんですよ。こちらも役得でしたから」

 役得って……。思わずわたしは赤くなる。

「ぱぱ、やくとくってなにー?」
「ん? だっこのことだよ」

 ゆうき君の質問に何気なく答える南條さん。

「ななな南條さんっ」

 小さな子になんていうことを教えるんだ。
 わたしが真っ赤になって慌てていると、南條さんがふっと微笑んだ。

「そんな顔をすると、はるかさんはとても可愛らしいですね」

 このパターン、異世界組にもされたような……。

「おねえちゃん、まっかーっ」
「かわい~っ」

 こんな小さな子にまでからかわれるわたしってどんだけだよ。

「と、とにかく早く行きましょう。道はこっちでしたよね?」
「はい」

 わたしが照れまくっているのが分かり切っているのか、南條さんはくすくす笑いながら先導してくれた。
 わたしはといえば、おこさま二人と手を繋いでその後ろをついて行く。

「わたしはまだまだ諦めませんから」

 南條さんはなんだか決意を新たにしちゃった感じでわたしにそう言ってきた。

 こ、困るよ。わたしはカレヴィが好きなんだから。

 でも今このときにそうは言えなくて、わたしは言葉を詰まらせてしまう。
 ああ本当にもう、みんなわたしのいったいどこがそんなに気に入ったんだ。
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