王様と喪女

舘野寧依

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第九章:これからの展望

第107話 耐性

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「どんなに妾妃を見繕ってきても無意味だというのにな。俺にその気はないからな」
「……え、実際に候補の姫とかに会ったんだ?」

 見繕ってと言うからには実物の姫がいるはずだよね。
 じり、とわたしの心のどこかが焦げる。なんだか嫌な気持ちだ。
 すると、カレヴィは軽く肩を竦めながら返してきた。

「まだ会ってはいないから安心しろ。そして、これからも会う気はない」

 それを聞いて、わたしはなんだかほっとした。けれど。

「甘いよ、カレヴィ。元老院が実力行使に出ることも考えられるよ。たとえば夜這いとか」

 アーネスの言葉にわたしは絶句する。

「よば……」

 う、まさかそこまでしてくるか?
 わたしは思わずカレヴィを見た。すると、彼は大丈夫だ、というように頷いた。

「部屋にはハルカ以外の若い女は通すなと近衛に伝えてある。侍女にも妙な気は起こすなと通達してあるからひとまずは安心じゃないか」
「侍女……あ、そうか」

 侍女もそれなりの貴族の娘だったりするんだよね。いきなり正妃とかは無理かもしれないけれど、妾妃なら問題なくなれる家格の娘が王宮にはたくさんいるんだ。
 わたし、そんな身近に危機が潜んでいるなんて思いもしなかったよ。

「大丈夫だ」

 わたしが心配げにカレヴィを見やると、彼はその腕を上げて、わたしの髪をかき混ぜた。

「うん……」

 わたしはその後にわたしの髪に触れる。

「兄王は求婚者の末席なのですから、そう簡単にハルカに触れないでください。彼女の発作のこともありますし」
「う……、しかしな……」
「しかしもなにもないだろう。カレヴィ、君がハルカになにをしたか思い出すといいよ」

 ……それ、わたしを襲おうとしたアーネスに言われたくないんだけど。
 でも、そんなことは言えないのでわたしは黙っている。

「元婚約者としてけじめは付けるべきではないですか? これでは婚約中と変わりません」

 そうシルヴィが言うと、カレヴィは偉そうに胸を張った。

「そんなことはないぞ、一応自重していて、口づけだけで済ませている」
「カ、カレヴィッ」

 そんな自ら火をつけるような真似を!
 なんで黙っておけないんだ、カレヴィ。……って、わたしもか。

「兄王、ハルカの発作のことについて、なにも考えてないではないですか。それでこの間のように彼女が発作を起こしたらどうするんですか。苦しい思いをするのは、ハルカですよ」

 シルヴィのまったくの正論にカレヴィは居心地悪そうに頷いた。

「う……む、それは確かに……」
「前はたまたまイアスがいたが、毎回発作の度に、ティカ殿やイアスがその場にいるとは限らないのだからね」
「う……む……」

 だから、アーネスには言われたくないんだけれど、それでもだんだんカレヴィの旗色が悪くなっていく。

「確かに兄上の言う通りですね。僕もあんなにつらそうなハルカさんは見たくありません。陛下は自重しているとおっしゃいましたが、更に自重を重ねてほしいものです」
「……」

 カレヴィ、とうとう黙りこんじゃったよ。さすがに三対一じゃ分が悪いみたい。

「だから、それはわたしのせいでもあるんだってば。この気持ちが疑似恋愛か確認しただけだから」

 そう言ったら、今度はわたしにお鉢が回ってきた。

「でもその確認は一度きりでしょう。その話は確か我々に論破されたはずですが」

 う……、確かにそうなんだけど。

「だ、だからカレヴィだけ責めないで。のこのこと確認しに行ったわたしも悪いし」

 するとカレヴィ以外の三人は顔を見合わせ、次には溜息をついた。

「……仕方ありませんね」
「ハルカに頼まれたら嫌とは言えないしな」
「カレヴィ、命拾いしたね」

 ……だから、アーネスが言うなと……。
 でもとりあえず、カレヴィの窮地は救えたようで、わたしはほっとする。

「──そういえば、ハルカのマンガ読みましたよ」

 シルヴィがそう言うと、みんなが我も我もと言ってくる。

「年若い女性に受けそうな話だね。絵も独特だが華やかだ」

 アーネス、お世辞でも嬉しいよ。日頃のあなたの言動はともかくとして。

「実際受けていたな。侍女達が目の色を変えて買い求めていたぞ」

 カレヴィ、目の色を変えてなんて大袈裟だなあ。

「そう? なら想定通りなんだけど、男性には甘ったるい話なんじゃない?」
「確かに甘いことは甘いですが、微笑ましい話ですよ」

 イアスがそう言ってくれて、わたしはほっとする。とりあえず、耐えきれないレベルではないようだ。

「その辺りはなんだかハルカに似ているなと思いましたよ」
「え、ええ?」

 シルヴィのその言葉でわたしはとても恥ずかしくなってしまい、思わず聞き返してしまう。
 かーっと赤くなったわたしへ、わたし以外の全員がふっと微笑んだ。

「可愛い」
「可愛らしい」

 ほとんど同時に四人から発せられた言葉は、わたしを更に真っ赤にさせるのに充分だった。
 ……だから、わたしはそういう方向に褒められ慣れてないんだって!

「だからその顔は反則だと言っているだろう。それに、そんな顔を他の男に見せるな」

 カレヴィにそう言われたので、わたしは熱くなる頬を両手で隠した。

「末席の兄王が言わないでください。……でもそんな仕草も可愛いですよ」
「まったく、カレヴィがこれを独り占めにしていたかと思うと悔しいね」
「ハルカさんは照れ屋なんですね。とても可愛いです」

 うう、褒め言葉なんだけど、わたしにはもう限界。

「そ、それ以上は言わないで。恥ずかしくて死にそうになるから」
「おまえは本当にこういうことは不得手なんだな」

 だから言ったじゃない。
 わたしは全然もてなかった喪女だったって。

「けれど、戻れば貴族連中に美しいと褒めそやされますよ。それで、大丈夫なんですか?」

 シルヴィが心配そうにわたしを見やる。

「あ、それなら大丈夫。社交辞令なら聞き流すから」
「社交辞令じゃなかったら、どうするんですか。実際今のハルカさんはお美しいですし」

 イアスも心配げにわたしを見て尋ねる。

「わたしの素顔は美しくないから、社交辞令なの! もう、この話はおしまい!」

 無理矢理話を終わらせたら、アーネスを除く三人が困った顔になった。

「まあ、そう強く言われたら、もう言えなくなってしまうけれどね」

 おかしそうにアーネスに笑われたけど、わたしは気にしない。
 またおかしな方向に話が行かないかとわたしが気を張っていたのが分かったのか、四人とももう褒め殺しとも言えるような言葉を発しなくなった。
 それで、彼らがザクトアリアに帰るまでに、わたしはかなり消耗してしまったのである。

 ……うん、わたしもちょっとは耐性つけといた方がいいのかもしれない。
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