王様と喪女

舘野寧依

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第九章:これからの展望

第101話 疫病神

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「まあ、それでもナンジョーと会わなかったという事実だけでも喜ばしいですね」

 一時期ツンデレ状態だったシルヴィは素直に感情を表してにっこりと微笑んだ。

「うーん、そうは言っても、これからも散歩の度に会うだろうし」
「ハルカは実はナンジョーと会いたいと思っているのかい? 散歩するにしても時間をずらすとかあるだろう」

 確かにその案も考えたことはなきにしもあらずだけど──

「南條さんはともかく、あの子達とは会いたいな。それに、南條さんはこれからザクトアリアと貿易する相手なんだから、わたしが避けたらまずいよ」
「子供を利用して君との距離を縮めようというのがナンジョーの狙いだ。君がザクトアリアのことを思うのは当然の事かもしれないが、注意が必要だよ」
「うん、まあ注意はするよ。ありがとう」

 でも、わたしには侍女が付いてるからそんなには危機感がないんだよね。
 けど、せっかく言ってくれてるんだから、ここはありがたく聞いておこう。
 すると、二人はほっとしたかのように息をついた。

「けれど、ハルカはおっとりしているから不安ですよ」

 シルヴィ、それはわたしが抜けているということか。

「そんなこと言って、シルヴィだって南條さんの前でカレヴィのこと兄王って呼んでたじゃない」
「う、まあ、そうですが」

 わたしのツッコミにシルヴィがひるんだ。

「だが、そのおかげでこの国との貿易話が出たわけだし、怪我の功名かな」
「でもあの話のせいで、ナンジョーにだいぶ分が出てきてしまった」

 分って言われても……、わたしの好きなのは相変わらずカレヴィだし。
 そう言ったら、二人から反撃を食らった。

「それでも、兄王は求婚者の末席です。あなたに会う権利も一番低い」
「そうだね。今でも会いすぎなくらいだ」
「ええ!? だってカレヴィは国王なんだし権利が一番低いってことないでしょ?」
「王だからですよ。婚約が一度解消されて、そうそう元婚約者と会っていたら、王の威信にも関わる」
「君達が元の鞘に戻って、カレヴィがよい政治をするとは限らないしね。元老院もその点は厳しく見ると思うよ」

 でも、宰相のマウリスはカレヴィはよくやってるって言ってたのに。

「よい政治をすることも考えられるでしょ? 一度駄目になったからって元に戻すことが不可能ってことにはならないと思うし」

 すると、シルヴィはわたしを睨んできた。

「ハルカは婚約解消を破棄する気ですか? あなたは兄王の子を生むことが出来ないというのに」

 う、それを言われちゃうと厳しいな。

「でも、今日は一緒にいて発作は起きなかったよ。症状も徐々に良くなって来ているのかもしれないし」

 そんなに簡単に病状が良くなるとは思わないけれど、千花の作ってくれた薬が効いていることは確かだ。
 このまま薬を飲みながらでも、やがてはカレヴィを受け入れることが出来るんじゃないかなあとわたしは思っている。

「ハルカ」

 ぎらぎらとした目で更にシルヴィが睨んでくる。アーネスも厳しい表情だ。

「ハルカ、君はようやく立て直してきたカレヴィの邪魔をする気かい?」

 いきなりアーネスにそんなことを言われてわたしは唖然とした。

「わ、わたしはそんなつもりはないよ」
「でも元老院はそうは見ないよ。今日財政大臣と内政大臣に会ったと思うけれど、彼らもそう思ったんじゃないかな」
「確かにあの二人には会ったけど……でも、そんなこと一言も言ってなかったよ。カレヴィに妾妃を娶らせたいとは言っていたけど……」

 う、わたし馬鹿。こんな自分が不利になるようなこと言っちゃって。

「直接ハルカに知らせたことがその理由になってるじゃないですか。一種の牽制ですよ」

 ……他の人からもそう取れるんだ。
 本当に元老院の存在は脅威だなあ。

「それで、ハルカは本当にカレヴィとの婚約を回復する気かい? わたしとしてはこのままでいてくれる方が助かるが」
「婚約解消は破棄するつもりでいるよ。カレヴィも最近は真面目にやってるみたいだし」
「そんなのは駄目だ」

 シルヴィがいきなり近くに寄ってきたかと思ったら、わたしは彼に腕を取られ、息も出来ないくらいに強く抱きしめられた。

「駄目だよ、シルヴィ」

 アーネスによってすぐに引き剥がされたけれど、わたしは既にヨロヨロだ。
 それで応接セットの椅子に半ば倒れ込むようにして再び座る。

「……確かにカレヴィは最近は真面目にやっているようだけどね。再び婚約したらまた君に溺れるんじゃないかい」
「……」

 そんなことはない、と言えないところが哀しい。できれば今のままでカレヴィにはやってほしいけど……。

「他の者ならともかく、国王がそうなったら国が傾きます。ハルカは兄王以外の求婚者を選ぶべきです」
「……」

 でも、わたしが好きなのはカレヴィだ。他の人のところへなんて嫁ぎたくない。

「カレヴィが君を傷つけた時に、君は書簡に書いたはずだよ。これは契約だから、ザクトアリアの誰かと結婚はしなければならないとね」
「それはそうだけど──」

 確かに千花とザクトアリアの関係を強化するためにも、たとえ他の誰かとでも結婚はしないといけないとは言った。

 でも、わたしとカレヴィは両想いなのに──

 そう思ったら、次には涙が頬を転がっていった。
 あ、まずいな、と思ったけれどもう遅くて、二人が眉をひそめてわたしを見ていた。

「ハルカ……」

 わたしは慌ててポケットからハンカチを取り出すと目に当てた。

「君にとって酷く残酷なことを言っていることは自覚しているよ。でもこれが、わたし達や元老院の総意なんだ」
「……アーネスやイアスも元老院派なの?」

 既にシルヴィはこのことでは元老院についてしまっている。

「いや、そういうわけではないが、ことこの件に関しては元老院側に協力を申し出られている。イアスも多分そうだ。そして我々にもちろん異論はない。そして今は、お互い利害が一致した形だ」
「……そう。じゃあ、今はカレヴィ以外の全員、元老院と協力関係というわけだね」
「一応そういうことになるかな」

 ──なんてことだ。
 いつの間にかわたしが一番恐れていた事態になってしまった。
 そして、頼みの千花さえもカレヴィとの婚約を望んでいない節が見受けられるのだ。
 この状況でカレヴィが再びわたしと婚約したら、どんな状況になるのか火を見るより明らかだ。
 最悪、カレヴィは国を傾ける愚王として元老院に退位させられかねない。

 ──それは駄目だ。
 絶対にそんなことにはさせられない。
 わたしがなりたいのはカレヴィの妃であって、決して疫病神なんかじゃないんだ。

「……二人の話は分かったよ。わたしもこれからどうするか考える」

 流れる涙を拭いながらそう言うと、二人は心配そうながらもほっとしたようだった。

「悪いけど、二人とももう帰ってくれるかな。わたし、これから向こうでしなきゃならないことがあるから」

 目の前の問題はさておいて、とりあえず早急に本の増刷を印刷所に頼まないとまずい。

「──分かりました。これで退出します」

 二人は頷くと椅子から立ち上がり、そして部屋を出る直前にアーネスが言ってきた。

「……ハルカ、くれぐれも熟考を頼むよ」

 それに対して被せるようにシルヴィも言ってくる。

「そうだな。ハルカ、決して早まった決断などはしないようにお願いします」
「……分かったよ」

 わたしが頷くと、二人はそれを確認するかのように見つめて、そして部屋から去っていった。


「……ハルカ様」

 今まで黙って見ていたソフィアがそっと声をかけてくる。
 ああ、心配かけちゃったな。

「さっき言ったとおり、わたしはこれから向こうに戻る。悪いけど、ソフィアとは今日はここでお別れ」
「ですが──」

 なおも言い募ろうとするソフィアにわたしは無理矢理笑って言った。

「ごめんね、今日はもう一人で考えたいんだ」
「ハルカ様……」

 たぶんわたしは泣き笑いのような顔になってしまったのだろう。
 ソフィアは「かしこまりました」と言った後、わたしの部屋をそっと出て行った。
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