王様と喪女

舘野寧依

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第九章:これからの展望

第100話 百年の恋

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「ハルカ……」

 カレヴィにそっと抱き寄せられて、わたしはほぅ、と息をついた。
 今のところ、過呼吸の発作が起こる気配はない。

「ハルカ、大丈夫だ。俺は妾妃など娶る気はさらさらない」
「でも、あの様子だと毎日のように言ってきてたんでしょ?」

 カレヴィは苦笑するとぽんぽんとわたしの肩を軽く叩いた。

「まあ、そうだが。やつらも相当しつこいが、こちらも事が事だけに頷く訳にはいかないな」

 それを聞いて、わたしのことをカレヴィが愛してくれているのをわたしはひしひしと感じていた。

「……わたしは婚約解消までしたのになんだか悪いみたい」
「婚約解消した経緯があれだったからな。俺も今回は耐えなければな。だが、おまえにこのことを知られたくはなかった」
「わたしは知ってよかったよ。でなきゃ、のうのうと日々を過ごしてたもの」

 カレヴィの苦労も知らず、他のことばかりを考えてたなんてわたしってば酷すぎるよね。

「おまえはこの期間のんびりするのが役目だ。だから妙な動きはするな」
「しないよ。第一あの二人に対抗するにも気後れしそうだし」
「おまえがあいつらに気後れする必要などどこにもないが。……まあ、いい。おまえはこの件は黙って見ていればいい。どうせ、断り続けるからな」
「うん……」

 カレヴィの腕の中でわたしが頷くと、彼は瞼や頬にキスしてきた。

「やっぱりどきどきする」
「なんだ急にそんなこと言って」

 カレヴィがおかしそうに笑った。でも、その顔はどことなく嬉しそうだった。

「千花に言われたの。わたしのあなたに対する気持ちは、疑似結婚生活による勘違いかもしれないって。そうじゃなきゃ、どこまでもあなたの婚約者としてしがみついてるはずだって」

 するとみるみるカレヴィが真顔に戻った。

「ティカ殿がそんなことを言ったのか?」
「うん。でもなんとなく納得しちゃったよ。婚約解消しなくても、あなたを諫める手はあったわけだし」
「おまえがティカ殿を信頼しているのは知ってはいるが、そこで懐柔されるな。ティカ殿はおそらくおまえの目を他の求婚者に向けさせたいのだからな」
「う……ん……」

 そう言われてみれば、そんなことを千花に言われたかもしれない。
 でも、実際簡単に婚約解消しちゃったのはわたしだし、カレヴィへの愛を疑われても仕方がない。

「もう言っても仕方ないけれど、婚約解消しなければ良かったな」

 わたしがそう言うと、カレヴィは苦笑した。

「おまえにそう言ってもらえるだけで救われる気がするな」
「そ、そう……?」

 こんな時になんだけど、わたしはなんだか恥ずかしくなってきてしまった。
 その隙に、カレヴィが素早くわたしの唇にキスしてくる。

「カ、カレヴィ」
「可愛らしいな、ハルカ」

 わたしを抱きしめながら、くすくすとカレヴィが優しく笑う。
 それでわたしはすっかりうろたえて真っ赤になってしまった。
 うん、この気持ちが疑似恋愛だなんて、とても信じられないよ、千花。
 たぶんだけど、わたしはやり方を間違えてしまっただけだと思う。

「そういえば、ハルカ。妾妃の話を聞いてどう思った」
「嫌な気持ちになったよ。わたしが婚約者であれば、こんな話は出てこなかったのにと、あなたに悪いとも思ったし」
「そうか、それならティカ殿も今回ばかりは外したか」
「え……?」
「まだ見ぬ女に嫉妬したんだろう? 俺にとっては非常に喜ばしいことだが」

 カレヴィの全開の笑顔が近づいてきたと思ったら、また口づけられた。
 それで、わたしはさらに赤くなる。

「そ、それはそうだけど……喜ばしいってカレヴィ酷い」
「悪かった。ハルカ、気を悪くするな」

 今度はよしよしと言うようにカレヴィに頭を撫でられてわたしの羞恥心はいよいよ限界が近づいてきた。


 それから、免疫力のないわたしは、逃げ出すようにカレヴィの執務室から退出した。
 一応やることやってて、どこまでもお子様レベルなわたしだったけれど、それでもカレヴィは満足そうにわたしを解放してくれた。

 それにしても、あー、恥ずかしかった~っ。
 後になって気がついたけれども、一応ソフィアも付いててくれたんだよね。
「陛下ととても仲がおよろしいようで良かったですわ」って言ってくれたけれど、内心ではどう思われてるのかは分からない。

 んー、でも今更か?
 カレヴィは前まではいちゃいちゃしていたし、わたしも侍女の前や元老院のお偉方を前にして彼に抱きついちゃったし。

 出来れば婚約も元に戻したいな。
 問題はカレヴィが以前のようにちゃんと仕事してるかってことなんだけれど。
 宰相のマウリスあたりに聞けばよかったんだけど、もちろん近くにはカレヴィがいたからそうするわけにもいかなかった。
 だとしたら手紙で聞くのが妥当か。

「……そういえば、わたしの今の部屋ってどこなの?」

 それまで使っていた王妃の部屋は、婚約解消を機に使えなくなってしまったので、どこかに移動しているはずだ。

「こちらですわ」

 そうソフィアに案内されたのは、今まで使っていた部屋からそう離れていない場所だった。
 そこでわたしはマウリス宛にカレヴィの仕事ぶりに関しての問い合わせの手紙を書いた。
 そして程なくしてその返事が返ってくる。

『最近の陛下は政務にとても熱心で、ハルカ様が心配なさる必要はございません』

 そっか、カレヴィ真面目にやってるんだ。
 南條さんあたりの件では振り回しちゃった感があったから、その点は心配だったんだけど。
 だったら、この冷却期間が過ぎたら婚約解消も撤回してもいいかもしれない。
 その辺、千花によく相談してみよう。
 いい加減、千花に頼り過ぎなのは分かってるけど、こんな大事なことなにも言わないのは逆におかしいし。

 そんなことを思っていたら、シルヴィとアーネスがわたしに面会を求めているとの事が伝えられてきた。
 わたしもいち早く帰って印刷所に増刷の連絡を入れなくちゃならなかったし、第一、カレヴィとの婚約を回復しなくちゃいけないのに、侍女がいるとはいえ、求婚者達に一対一で会うのはやはり避けたい。
 別々に面会を希望とのことだったけれど、一緒だったらいいよと言ったら、二人とも不承不承承諾したようだった。


「ハルカ」

 昨日会ったばかりだというのに、シルヴィは嬉しそうな顔をしてくる。気のせいかも知れないけれど、アーネスも心なし嬉しそうだ。

「やあ、ハルカ。あれからナンジョーには会ったのかい」
「今日は散歩に行かなかったし、会ってないよ」

 すると、二人ともほっとしたような顔をしてきた。

「行かなかったのですか? それはまたどうしてですか?」

 嬉しそうな顔をしてシルヴィが尋ねてくる。

「うん、単に寝過ごしただけ」

 そう答えると、二人とも落胆したような表情でわたしを見てきた。
 これは多分、南條さんに会いたくないから行かなかったというのを期待してたんだろうなあ。
 これで飲んだくれてそうなったって言ったら、百年の恋も冷めるだろうか。
 でも彼らの場合は、百年の恋というよりも、ただの物好きという感じだから、言っても無駄かもしれない。
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