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第九章:これからの展望
第99話 温もり
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その異変を聞いたのは、通販サイト宛に見本誌の速達を出した後だった。
ザクトアリアにおいて、あり得ない速度でわたしの描いた漫画本が売れているとのことで、あまりのことにびっくりしてあちらに行ってみれば、もう本は売れ切れた後だった。
……こ、これは、いったいなにごと!?
「まあ、ハルカ様! やりましたわ、完売です!」
売り子をしてくれていたモニーカとイヴェンヌが興奮して報告してくれた。
「陛下は真っ先に購入されましたわ」
「あと、シルヴィ殿下とリットンモア公爵様も買われていきました!」
ええ、カレヴィわざわざ買ってくれたのか。千花と同じくこちらから渡すつもりでいたのに。
シルヴィもアーネスも求婚者のわたしのために買ったんだろうけど、あの中身を読んでどんな感想を持ったんだろう。実に興味深いけれど、二人とも購入したらさっさと自分に与えられた部屋に戻ってしまったそうだ。
「まだまだ本が全然足りませんよ。ハルカ様は早く次の印刷に取りかかってください」
「そうです。とりあえず、次は五百部ほど刷ってください」
「ええ、そんなに刷ったら、在庫が大変だよー」
二人の勢いにわたしが引き気味になっても、モニーカ達の勢いは止まらなかった。
「買えずに帰られた方もたくさんいらっしゃったのですよ」
「そうです。ですから、ハルカ様は早く印刷されてください!」
「わ、分かったよ」
いきなり五百部も在庫を抱えたらと思うと恐ろしいけれど、ザクトアリア王宮なら置き場所には困らないだろう。
そんなわけで、わたしは再び本を印刷することをほぼやけくそで決めた。
……あ、そうだ。わたしカレヴィに言わなきゃいけないことがあるんだった。
「ところで、カレヴィは執務室?」
「あ、はい。陛下はそちらにいらっしゃいます」
イヴェンヌはわたしの質問の意図が分かったらしく神妙な顔をして答えた。
「じゃあ、わたしカレヴィに会うから」
「はい……」
ソフィアやモニーカもわたしが千花に言われた刷り込み云々のことを既に知っているらしく、困ったような顔をした。
でも、いつまでもここに留まっててもいけない。わたしはわたしにできることをしなきゃ。
カレヴィの執務室を訪ねたら、困ったことにまたも元老院のトップ二人がカレヴィに会っているようだった。
どうしよ……。
でも、この調子で毎日二人がカレヴィのところに通い詰めてるようだったら困るし。
もういいや、えい、女は度胸! とわたしは半ばやけになって近衛兵にカレヴィに会いに来たことを伝えた。
すると、あっさりとわたしは部屋に通された。グリード財政大臣やヘンリック内政大臣がいるのにいいんだろうか。
「これはハルカ様。この度の陛下との婚約解消のご英断は誠に喜ばしい限りですぞ」
「グリード」
嫌みったらしい財政大臣に、内政大臣が諫めるような声をあげた。
心配になってカレヴィを見ると、こめかみに青筋を立てている。彼の機嫌が最悪なのは間違いない。
……なんだか、まずい時に来ちゃったなあ。
「婚約解消は時期尚早と踏んだからです。それ以外の意図はありません」
わたしはカレヴィにつられるようにむっとした顔でグリード財政大臣を睨んだ。
「ハルカ様、そのように怖い顔で見ないでください。もっともこの機に陛下に妾妃を娶らせようとしている我らがそう言っても無駄でしょうが」
「え……」
ヘンリック内政大臣の言葉が信じられなくて、わたしは思わず彼を見返した。
「内政大臣、ハルカにそのことを言うなと俺は言ったはずだ。俺の命が聞けないのか」
「国政を考えますれば仕方なかろうかと。陛下がお怒りならどんなお咎めでもわたしは受けましょう」
「内政大臣に咎めがいくなら、わたくしも同罪です。なにとぞ内政大臣と同じ処分をお願いいたします」
「そうかそれなら──」
グリード財政大臣の言葉に激昂したカレヴィが椅子から立ち上がる。
これは非常にまずい展開だ。
わたしは元老院二人とカレヴィの間に体を割り込ませながら言った。
「ちょっと待って、カレヴィ。この二人をいっぺんに処分を科したら、貴族達の反発を受けること必至だよ。ここは思いとどまって」
「だが、俺はおまえ一人と決めている。それなのになぜ、妾妃など娶る必要がある。……そして、それをおまえにわざわざ知らせるなどまったくもって許しがたい」
ああ、カレヴィ本当に怒ってるよ。それも彼への気持ちが偽りかもしれないわたしのために。
「……三日。三日は俺を訪ねてくるな。それをもって俺の命に背いた処分とする」
カレヴィは元老院トップ二人に顔を向けると、厳しい顔で言った。
それは処分としては多分破格のことなのだろう。
「この度は温情を賜り、誠に欣幸の至りでございます」
グリード財政大臣の礼に、カレヴィは鼻を鳴らした。
「礼ならハルカに感謝するのだな」
「はい、ハルカ様も陛下にお口添えありがとうございます」
ヘンリック内政大臣がわたしにも礼の仕草をする。
「そんなことはいいです。それよりも、お二人とも席を外してくださると助かります」
一刻もカレヴィと二人きりになりたかったわたしは二人を追い出すのに必死だった。
「はい、かしこまりました」
「それでは、また四日後に参ります」
……それでまたカレヴィに妾妃を娶れって言うんだね……。
まあ、カレヴィとわたしの婚約は無くなったし、わたしには求婚者が何人もいる状況だから、バランスを取るために彼らがそう言うのも分からなくはない。
分からなくはないけれど……。
やっぱりカレヴィが妾妃を娶るとなったら胸が痛むよ。
それでもやっぱり、この気持ちは刷り込みなんだろうか。
わたしがそんなことを思っているうちに元老院の二人は執務室を退出していった。
「──ところでハルカは俺になんの用なんだ?」
台風が過ぎた後のカレヴィは穏やかだ。……もっともこれからまた荒れることも考えられるけれども。
「ああ、うん。ちょっと確かめたいことがあって……。その前に、わたしの本買ってくれたんだね。わたし、カレヴィにはあげようと思って持ってきたのに」
「相当に安かったし、やはり待ちきれなかったのでな。国王権限で一番に買ってしまった」
……でも実際は向こうでソフィアとイアスが早々に買ってくれたけれどね。
そうやってイアスの顔を思い浮かべたら、昨日彼にキスされてしまったことを思い出してしまって、わたしは非常に後ろめたかった。
それに加えて、わたしはシルヴィに抱きしめられてキスされかけたし、アーネスに至っては襲われかけている。
もしかしなくても、わたし、カレヴィに申し訳ないことをしているよね。
そう考えると、以前カレヴィに無理矢理襲われたときのことも仕方がないように思えてきた。
「……ねえ、カレヴィ手をつないでくれる?」
そう言ったら、なぜか涙が頬を伝った。
「いいが……なぜ泣いている? あいつらのせいか?」
カレヴィが眉を寄せて心配そうに見てきたけれど、わたしはただ首を横に振るだけだった。
──ごめんね、カレヴィ。
こんなわたしじゃ、元老院のお偉方が言うことも一理ある。
わたしはカレヴィが妾妃を娶っても仕方のないことを求婚者達に許してしまっている。
伝わってくるカレヴィの温もりがなんだか哀しくて、わたしはさらに涙を零し、それをごまかすように彼の腕に抱きついた。
ザクトアリアにおいて、あり得ない速度でわたしの描いた漫画本が売れているとのことで、あまりのことにびっくりしてあちらに行ってみれば、もう本は売れ切れた後だった。
……こ、これは、いったいなにごと!?
「まあ、ハルカ様! やりましたわ、完売です!」
売り子をしてくれていたモニーカとイヴェンヌが興奮して報告してくれた。
「陛下は真っ先に購入されましたわ」
「あと、シルヴィ殿下とリットンモア公爵様も買われていきました!」
ええ、カレヴィわざわざ買ってくれたのか。千花と同じくこちらから渡すつもりでいたのに。
シルヴィもアーネスも求婚者のわたしのために買ったんだろうけど、あの中身を読んでどんな感想を持ったんだろう。実に興味深いけれど、二人とも購入したらさっさと自分に与えられた部屋に戻ってしまったそうだ。
「まだまだ本が全然足りませんよ。ハルカ様は早く次の印刷に取りかかってください」
「そうです。とりあえず、次は五百部ほど刷ってください」
「ええ、そんなに刷ったら、在庫が大変だよー」
二人の勢いにわたしが引き気味になっても、モニーカ達の勢いは止まらなかった。
「買えずに帰られた方もたくさんいらっしゃったのですよ」
「そうです。ですから、ハルカ様は早く印刷されてください!」
「わ、分かったよ」
いきなり五百部も在庫を抱えたらと思うと恐ろしいけれど、ザクトアリア王宮なら置き場所には困らないだろう。
そんなわけで、わたしは再び本を印刷することをほぼやけくそで決めた。
……あ、そうだ。わたしカレヴィに言わなきゃいけないことがあるんだった。
「ところで、カレヴィは執務室?」
「あ、はい。陛下はそちらにいらっしゃいます」
イヴェンヌはわたしの質問の意図が分かったらしく神妙な顔をして答えた。
「じゃあ、わたしカレヴィに会うから」
「はい……」
ソフィアやモニーカもわたしが千花に言われた刷り込み云々のことを既に知っているらしく、困ったような顔をした。
でも、いつまでもここに留まっててもいけない。わたしはわたしにできることをしなきゃ。
カレヴィの執務室を訪ねたら、困ったことにまたも元老院のトップ二人がカレヴィに会っているようだった。
どうしよ……。
でも、この調子で毎日二人がカレヴィのところに通い詰めてるようだったら困るし。
もういいや、えい、女は度胸! とわたしは半ばやけになって近衛兵にカレヴィに会いに来たことを伝えた。
すると、あっさりとわたしは部屋に通された。グリード財政大臣やヘンリック内政大臣がいるのにいいんだろうか。
「これはハルカ様。この度の陛下との婚約解消のご英断は誠に喜ばしい限りですぞ」
「グリード」
嫌みったらしい財政大臣に、内政大臣が諫めるような声をあげた。
心配になってカレヴィを見ると、こめかみに青筋を立てている。彼の機嫌が最悪なのは間違いない。
……なんだか、まずい時に来ちゃったなあ。
「婚約解消は時期尚早と踏んだからです。それ以外の意図はありません」
わたしはカレヴィにつられるようにむっとした顔でグリード財政大臣を睨んだ。
「ハルカ様、そのように怖い顔で見ないでください。もっともこの機に陛下に妾妃を娶らせようとしている我らがそう言っても無駄でしょうが」
「え……」
ヘンリック内政大臣の言葉が信じられなくて、わたしは思わず彼を見返した。
「内政大臣、ハルカにそのことを言うなと俺は言ったはずだ。俺の命が聞けないのか」
「国政を考えますれば仕方なかろうかと。陛下がお怒りならどんなお咎めでもわたしは受けましょう」
「内政大臣に咎めがいくなら、わたくしも同罪です。なにとぞ内政大臣と同じ処分をお願いいたします」
「そうかそれなら──」
グリード財政大臣の言葉に激昂したカレヴィが椅子から立ち上がる。
これは非常にまずい展開だ。
わたしは元老院二人とカレヴィの間に体を割り込ませながら言った。
「ちょっと待って、カレヴィ。この二人をいっぺんに処分を科したら、貴族達の反発を受けること必至だよ。ここは思いとどまって」
「だが、俺はおまえ一人と決めている。それなのになぜ、妾妃など娶る必要がある。……そして、それをおまえにわざわざ知らせるなどまったくもって許しがたい」
ああ、カレヴィ本当に怒ってるよ。それも彼への気持ちが偽りかもしれないわたしのために。
「……三日。三日は俺を訪ねてくるな。それをもって俺の命に背いた処分とする」
カレヴィは元老院トップ二人に顔を向けると、厳しい顔で言った。
それは処分としては多分破格のことなのだろう。
「この度は温情を賜り、誠に欣幸の至りでございます」
グリード財政大臣の礼に、カレヴィは鼻を鳴らした。
「礼ならハルカに感謝するのだな」
「はい、ハルカ様も陛下にお口添えありがとうございます」
ヘンリック内政大臣がわたしにも礼の仕草をする。
「そんなことはいいです。それよりも、お二人とも席を外してくださると助かります」
一刻もカレヴィと二人きりになりたかったわたしは二人を追い出すのに必死だった。
「はい、かしこまりました」
「それでは、また四日後に参ります」
……それでまたカレヴィに妾妃を娶れって言うんだね……。
まあ、カレヴィとわたしの婚約は無くなったし、わたしには求婚者が何人もいる状況だから、バランスを取るために彼らがそう言うのも分からなくはない。
分からなくはないけれど……。
やっぱりカレヴィが妾妃を娶るとなったら胸が痛むよ。
それでもやっぱり、この気持ちは刷り込みなんだろうか。
わたしがそんなことを思っているうちに元老院の二人は執務室を退出していった。
「──ところでハルカは俺になんの用なんだ?」
台風が過ぎた後のカレヴィは穏やかだ。……もっともこれからまた荒れることも考えられるけれども。
「ああ、うん。ちょっと確かめたいことがあって……。その前に、わたしの本買ってくれたんだね。わたし、カレヴィにはあげようと思って持ってきたのに」
「相当に安かったし、やはり待ちきれなかったのでな。国王権限で一番に買ってしまった」
……でも実際は向こうでソフィアとイアスが早々に買ってくれたけれどね。
そうやってイアスの顔を思い浮かべたら、昨日彼にキスされてしまったことを思い出してしまって、わたしは非常に後ろめたかった。
それに加えて、わたしはシルヴィに抱きしめられてキスされかけたし、アーネスに至っては襲われかけている。
もしかしなくても、わたし、カレヴィに申し訳ないことをしているよね。
そう考えると、以前カレヴィに無理矢理襲われたときのことも仕方がないように思えてきた。
「……ねえ、カレヴィ手をつないでくれる?」
そう言ったら、なぜか涙が頬を伝った。
「いいが……なぜ泣いている? あいつらのせいか?」
カレヴィが眉を寄せて心配そうに見てきたけれど、わたしはただ首を横に振るだけだった。
──ごめんね、カレヴィ。
こんなわたしじゃ、元老院のお偉方が言うことも一理ある。
わたしはカレヴィが妾妃を娶っても仕方のないことを求婚者達に許してしまっている。
伝わってくるカレヴィの温もりがなんだか哀しくて、わたしはさらに涙を零し、それをごまかすように彼の腕に抱きついた。
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