王様と喪女

舘野寧依

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第九章:これからの展望

第97話 届いた本

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「え、うそっ」

 次に目が覚めたときは、朝の八時を回っていた。
 わたしは大慌てでシャワーを浴びて、昨夜の残骸を片づけ、朝食をとった。
 もちろん、恒例の朝の散歩はなしだ。

 印刷した本が今日の午前中に届く予定なので、わたしは焦って支度をすると、千花の事務所に向かった。
 幸い、まだ宅配便の人は来てないようだった。
 郵便受けを確認してほっとしていると、ソフィアがやってきてお茶を淹れてくれた。

「あ、ありがと」
「イヴェンヌから聞きましたわ。ご本がようやく届くのですものね。本当に待ち遠しいですわね」
「うん」

 わたしはハーブティーを飲みながら、どきどきする気持ちをどうにか抑えようとしていた。
 昨夜は求婚者のことでくだを巻いていたのに、わたしってば現金なものだ。
 とりあえず、通販サイトにすぐ見本誌を送れるように宛名書きした封筒と、送付書はもう準備してある。
 届いたら速攻で速達で送らなきゃ。

 このままじりじりしているのもなんなので、わたしは漫画を描いて本が届くのを待つことにした。
 そうしているうちにチャイムが鳴り、わたしは慌ててドアホンをとった。
 すると期待したとおり宅配便で、わたしは思わず小躍りしたくなった。
 それではんこを持って笑顔で荷物を受け取る。それは予想したとおり、結構な量だった。

 どうしよ……。百部は通販に回すとして、残りの二百部はザクトアリアにとりあえず置いておくか。
 それには千花か、イアスの力を借りることになりそうだ。
 でも千花はともかくイアスは、昨日の今日で正直会いたくない。
 とにかく玄関に荷物を置きっぱなしにするのもなんなので、わたしは重量のある段ボールを事務所まで運び出した。

「まあっ、ハルカ様そんなことはわたくしが……、いえ、イアス様ならすぐに移動してくださいますわ。今お呼びいたしますわね」

 う、えええ!?
 焦るわたしをよそにソフィアはザクトアリアへイアスを呼びにいってしまった。

 ちょっ、いったいどんな顔して彼に会えばいいんだ。
 わたしがそんな心配で右往左往しているうちに、ソフィアはイアスを連れてきてしまった。


「ハルカさん、こんにちは」
「こ、こんにちは……」

 にこやかなイアスに対して、ひきつり笑いで返すわたし。
 それにしても昨日わたしにキスしたっていうのに、イアスは普段とまったく変わった様子がない。さすが、タラシのアーネスの弟だけある。
 それでなんとなくむっとしていると、イアスがわたしに尋ねてきた。

「あれを全部ザクトアリアに運ぶのですか?」

 それでわたしははっとした。
 そういえば、百部は通販に回すんだから、一箱は手元にないとまずい。

「あ、ううん。百部と一箱だけ残してあとはザクトアリアに置いておいてもらおうかなと思ってるんだけど……。そういや、向こうのわたしの部屋ってもうないんだよね」

 以前はカレヴィの隣がわたしの部屋だったけど、婚約解消したものだから、もう王妃の間に荷物を運んでおくわけにもいかない。

「それでしたら、門を作ったザクトアリアの部屋に置いておけばいいんですよ」
「あ、そっか。そうだね」

 あの部屋はあちらとこちらを行き来する用途のためだけに使っているんだから、イアスのその意見は理にかなったものだ。

「じゃあ、この箱九個あちらに移動してくれるかな。あと残った分は事務所の端に置いといて」
「はい」

 イアスはその目を閉じると、魔法の詠唱を始めた。
 その途端、大量の箱が玄関から消え、わたしの言ったとおりの配置に荷物が六箱積まれた。たぶんザクトアリアにも荷物が同じように置かれただろう。

「ありがとう、イアス」

 個人的に引っかかりはあるけれど、わたしは素直に謝辞を表した。

「いえ、あなたのお役に立てて嬉しいですよ」

 本当に嬉しそうにイアスが笑って言ったので、わたしはむっとしていたのも忘れて、彼をまじまじと見てしまった。

「あの……、ハルカさん、なにか?」
「ああ、ごめん、なんでもない」

 本当は言いたいことは山ほどあるけれど、ソフィアがいる前では話せないしね。

「ソフィア、イアスにお茶を出してくれるかな」
「いえ、いいですよ。僕ももうあちらに戻りますから」
「そう……?」

 遠慮しているのか、本当に忙しいのか。多分後者だろうな。

「忙しいところ、本当にありがとうね」

 これだけの荷物を運ぶのを自力でやっていたら相当疲れただろうことを思うと、やっぱりイアスには感謝すべきだろう。
 わたしは無理矢理昨日の彼のキスのことに目を瞑った。

「いえ、ところでハルカさんの本を購入したいのですが、よろしいですか?」
「え、イアス漫画読むの?」

 これについてはザクトアリア側のカレヴィ以外の求婚者達はなにも言わなかったから、興味がないんだろうと思ってたんだけど、びっくりだ。

「はい、実はとても興味があります」
「言っておくけど、少女趣味だよ?」

 いつぞや、カレヴィにわたしには似合わないと言われた内容だ。
 そんなものを興味本位で購入して後悔しないのだろうか。

「あ、見本見せるよ。それで、買うかどうか決めて」

 わたしは事務所の端に置いてあった箱から本を一冊取り出す。
 うわ、これがわたしの本かあ。
 思わずじーんとしてしまいながら、イアスに見本を渡す。

「……絵は可愛らしいですが、残念ながらなにが書いてあるのか分かりませんね。ティカ様の言語疎通の魔法でしたら理解出来るのかもしれませんが」

 あ、そうか。あちらの世界の人がこちらの書物を読むことは普通は出来ないんだった。
 正直困ったなと思っていたところに、からんからんと門のベルが鳴った。

「わたし、千花。入ってもいいかな?」

 あ、千花、いいところに!

「うん、千花。来てくれて助かった。入って」

 わたしがそう言うと、千花が事務所に入ってくる。

「千花、本届いたんだ。でも異世界の人にはわたしの漫画読めないみたいで──」
「うん、分かってる。向こうに届いてる漫画には言語疎通魔法かけておいたから。今こっちにあるのもかけておくよ」

 そう言うと千花は短い詠唱で本当になんでもないふうに本に魔法をかけてくれた。

「あ、これなら理解できます。あなたと同じでとても可愛らしい内容ですね、ハルカさん」

 可愛らしいと言われて、わたしは思わずかっと赤くなってしまった。
 それに対してイアスがにこにことのたまう。

「恥じらうハルカさんもとても可愛らしいですよ」

 いーやーっ、イアス、アーネスが乗り移ったあぁっ。
 思わず両頬を押さえて、わたしは身悶える。

「……二人ともなにかあったの?」

 それに対して千花とソフィアが不思議そうに見てくるので、わたしはそれをなんとかしなくてはならなくなってしまったのだった。
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