王様と喪女

舘野寧依

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第九章:これからの展望

第96話 一人反省会

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 そんなわけで、わたしはカレヴィへの想いを確認すべく、イヴェンヌと一緒にザクトアリアに戻った。

「ハルカ様、どうかされましたか? なにかお忘れ物でも……?」

 すばやくわたしの気配を感知したらしいイアスが目の前に現れて尋ねてくる。

「あ、ううん。ちょっとカレヴィに報告したいことがあったから来ただけ。カレヴィ、手は空きそうかなあ?」

 ただでさえ振り回しているのが分かるから、あまりカレヴィの政務の邪魔をしたくない。
 すると、イアスは少し言いにくそうに言ってきた。

「今は少々まずいかもしれません。陛下は今、元老院のお偉方とお会いになられてますし」
「あ、グリード財政大臣とヘンリック内政大臣?」
「そうです」

 イアスは固い表情でわたしの予想に頷きながら肯定した。

「じゃあ、今日はわたし、カレヴィに会うのやめとくわ。グリード財政大臣あたりにどんな嫌みを言われるか分からないし」

 どうせ明日本が届いたら、またここに来るつもりだったしね。

「それがよろしいかと思います」
「うん、分かった。明日また来る」

 わたしは頷くと今来た道を引き返した。

「あ、イヴェンヌは今日はもういいから戻っていいよ」
「でも……」

 わたしのその言葉に彼女は困惑したような顔をした。
 今ここに来た事情を知っているだけにカレヴィとわたしのことが心配なんだろうな。

「今日はもうやることほとんど終わってたでしょ? だからいいよ」
「かしこまりました。それではわたくしはこれで退出させていただきます」

 イヴェンヌは律儀にも正式の礼をあっちの世界の服装のままでしてきた。

「うん、じゃあね」
「はい」

 わたしがイヴェンヌと別れると、その場にはイアスが残された。

「……本当はなにか大事な用があられたのではありませんか」

 う、イアス鋭い。
 でも今すぐに調べなくてもいいことだし。

「う、うーん、大事な用って言うか……ちょっと確かめたいことがあったんだ」
「確かめたいこと?」
「千花がね、わたしのカレヴィへの想いは疑似結婚生活による刷り込みなんじゃないかって言ってたんだ。わたしはそんなことはないって思ったんだけど、それで一応確かめに来たんだ」
「ティカ様がそんなことを」

 イアスが真剣な顔になるのを見て、わたしは自分の迂闊さに気づき、思わず顔を覆った。
 わたしの馬鹿、イアスはわたしの求婚者なのに、カレヴィに不利になるようなこと言っちゃって。

「あ、あの、イアスあのねっ、千花もたまには間違えるし、わたしはカレヴィのことが本当に好きだし──」
「それが本当のことでしたら、わざわざ確認に来られたりはしないでしょう」

 それでわたしは思わずうっと詰まっちゃった。

「ティカ様がそうおっしゃるなら、僕にも日の目が出て来ましたね」

 う、いけない。
 確かに千花は大抵のことは正しいけれど、目の前のイアスは彼女の弟子で一種の信奉者だった。これで、イアスや他の求婚者達がこのこと信じこんじゃったらどうしよう。
 わたしがそんな風に考えてるうちに、イアスはわたしの手を掴んで引き寄せた。

「イアス……ッ」

 自然と、彼に抱き寄せられる格好になったわたしは大いに焦った。
 けれどイアスはそれにお構いなしにわたしを抱きしめてくる。

「どれだけ僕がこれを望んだか、あなたは知らないでしょう?」

 そんなの知らないよ。わたしは親切で頼りになるあなたしか知らない。

「イアス、離して……」
「嫌です」

 イアスはわたしの顎を指ですくうと、唇にキスしてきた。

「やだやだ、やめてっ」

 わたしが子供のように言うと、イアスはその手を離した。
 解放されたわたしは途端に涙が溢れてくる。

「ハルカ様」
「イアス、信じてたのに酷いよ」

 わたし、イアスだけはこんな無理矢理なことしないって思ってたし、アーネスにもそう言った覚えがある。
 アーネスにはその意見を否定されたけれど、でも本当にイアスにこんなことされるとは思わなかった。

「僕もあなたに異性として意識されたいのです。……ハルカ様っ」

 わたしはイアスの真剣なその言葉を無理矢理無視して、千花の事務所へと続く飾り紐を引っ張る。すると、千花の事務所の景色が目の前に現れてきた。
 そして、すかさずわたしはその中に飛び込んだ。向こうに行ってしまえば、千花の防御魔法に阻まれてイアスはわたしにキスできないから。
 そんなことを考えていたら、わたしの背にイアスの言葉が覆い被さってきた。

「ハルカ様、逃げないで僕も男だと認めてください。……いえ、ハルカ様は陛下以外の誰にでも……」

 それがとても重くのしかかってきて、わたしは一瞬イアスを振り返った。
 すると彼はとても切なそうな顔をしていて、わたしの胸がずきりと痛む。
 わたしは無理矢理彼にキスされたのに、逆になんだか彼を弄んだような気分だ。
 いや、知らずにわたしは求婚者達に対してそんな態度をとっていたのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、ザクトアリアとこちらを隔てる門は閉ざされていく。

 なんだろう、カレヴィのことといい、なんだかだんだんやりきれない気分になってきた。



 わたしはマンションの近くにあるスーパーで食材と赤ワインを買い込むと自分の部屋に戻ってさっそく夕食の支度を始めた。
 ちなみに今夜のメニューは煮込みハンバーグシチューと野菜サラダだ。
 わたしは料理作りに、ひたすら無心で取りくんでいた。だからその間は頭の痛いことにも目を逸らすことが出来た。

「あ、しまった」

 今夜は飲んだくれようと決めていたのに、赤ワイン、結構な量をシチューに入れちゃった。
 ……まあいいか、足りなきゃ下のコンビニにお酒を買いに行けばいい。


 気合いを入れて作ったシチューは我ながら美味しかった。
 でもワインはやっぱり足りなくて、わたしはコンビニに走るはめになってしまった。


「やっぱり喪女のわたしには恋愛事なんて無理だったんだよぉ……」

 ワインとサワーとチューハイでしこたま酔ったわたしは一人でくだを巻いていた。

「第一わたしなんかに求婚て、みんな物好き過ぎ。無謀すぎーっ」

 そんなことを言っているうちになんだか分からないけれど、とても哀しくなってきた。

「わたしがカレヴィのことが好きじゃないなんてそんなことある? だとしたら、わたし最悪じゃない」

 カレヴィはわたしが彼のことを好きだと思っている。だから婚約解消にも比較的穏やかにそれを了承したのだ。
 それをわたしは近々自分でぶち壊そうとしている。
 わたしってば、とんでもない小悪魔、ううん、悪女だ。

「ごめんね、カレヴィ。みんなぁ……」

 ぽろぽろと涙を零しながら、わたしは更に缶チューハイをあおる。
 そしてそのうちにわたしは酔いつぶれていったのだった。
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