王様と喪女

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
84 / 148
第八章:怒濤のモテ期

第84話 封印していた言葉

しおりを挟む
 そういう訳で、わたしは今ゲートのザクトアリア側にいる。モニーカ、アーネス、イアスも一緒だ。

「ハルカ様、大丈夫ですか?」

 わたしの体調を気にしてか、心配そうにイアスが声をかけてくる。

「うん、大丈夫だよ。薬も飲んできたし。……でも万が一発作を起こした時はお願いね」
「はい」

 真面目な顔でイアスが頷くのを確認して、わたしはゲート用の部屋から出る。
 ……薬を飲んできたといっても、ほわんとするどころか、むしろカレヴィの暴君ぶりに逆に気分は高揚してしまっている。でも、だからといって、千花の薬が効いてないとは思わない。彼女の薬は、今わたしを下支えしている状態なのだろう。

 ……けれど、カレヴィに出入り禁止を言い渡してほんの一日あまりで、またここに来るとは思わなかった。
 それもこれも、口を酸っぱくして言っても全然わたしの話を聞いてないカレヴィのせいだ。
 そう考えたら、なんだかムカムカして来た。……いや、いけない、いけない。一応話し合いをするんだから、最初から怒りを表面に出してちゃ駄目だ。
 そんなことを考えていたら、わたしが戻ってきたのをどこからか聞きつけたのかシルヴィが現れた。

「ハルカ、どうしたんです、昨日の今日で。やはり兄王が荒れているのと関係があるんですか」

 昨日カレヴィと子供っぽい兄弟喧嘩をやらかしたシルヴィがなぜか嬉しそうに見つめてくる。……まさか、モニーカを巻き込んだことで、カレヴィに苦言を呈しに来たことまでは知らないとは思うけど。

「ハルカ、焼き菓子をありがとうございました。……気にかけてもらって嬉しかったですよ」

 あ、なんだ。そういうことか。
 裏を勘ぐりそうになって、なんだか悪かったな。

「あ、うん。昨日はわたしも随分と大人げなかったから。ごめんね」
「いえ、俺もハルカを物のように扱ってしまってすみませんでした」

 素直に頭を下げてこちらを心配そうに窺いながら見てくるシルヴィは文句なしに可愛らしい。
 ……わたし、アーネスが言った通り、マジで年下趣味な気がしてきた。
 そこまで思って、いやいや、でもわたしは頼れる人が好きなんだ。断じてそんな趣味はない、と思い直した。

「もう気にしてないよ。……それはそうと、カレヴィが荒れてるって……」

 今カレヴィと離れてるシルヴィまでもがその理由を知ってたりしたら、カレヴィはかなり南條さんの件で騒いでることになる。そういうのは、王としてはどうかと思うので、そうなると、かなり厳しく言わなきゃならない。
 わたしが内心そうだったら嫌だな、と思っていたことをシルヴィはこともなげに肯定してくれた。

「はい。なんでも、ハルカがあちらの誰とも知れない者に求婚されそうだということで、兄王はハルカをすぐにこちらへ戻せと騒いでおりました」
「……」

 カレヴィの行動があまりにも想像通りだったためか、わたしは思わず脱力してしまう。

「だ、大丈夫ですか、ハルカ」

 そこをシルヴィに支えてもらってわたしはそこに座り込むことはどうにか防げた。

「あ、うん。ありがとう。もう離してくれて大丈夫だよ」
「なんだか離しがたいですね」

 そう言いながらも、シルヴィはわたしを解放してくれた。
 それにしてもどさくさに紛れて口説くなんてシルヴィらしくないぞ。……いや、本当はそこまではよく知らないけどさ。シルヴィにはやっぱり可愛い弟でいてほしいっていうのは、わたしのわがままでしかないんだろうか。

「シルヴィ、役得だな」

 後ろにいたアーネスがやや不機嫌そうに言ってきたので、そういえばいたんだなとわたしは失礼ながら思い出す。

「シルヴィは支えてくれただけでしょ。……それはそうと、カレヴィと二人だけで話させてもらえる?」

 わたしがカレヴィの執務室近くでそう言ったら、みんなに反対された。

「それは飢えた猛獣に兎を差し出すようなものだ」
「陛下になにをされるか分かりませんよ」
「いや、十中八九、兄王に襲われるに決まってる」

 あー……みんな、カレヴィは野獣だって認識なんだね。

「恐れながら、わたくしも今の陛下とお二人でお会いするのは危険だと思いますわ」

 モニーカまでもがわたしに対して警告してくる。

「うーん、でも……」

 出来ればみんなの前でカレヴィの面目を潰すような真似は避けたいんだよね。一応国王な訳だし。
 わたしがちょっと悩んでいると、その間にカレヴィの執務室のドアが勢いよく開いた。……どうやら、近衛から報告が行ってしまったらしい。

「ハルカ!」

 カレヴィは怒った顔でわたしの手を引き寄せる。それでわたしはカレヴィの胸に飛び込んでしまった。
 ……あ、あれ、今は発作でないや。
 それでわたしはほっとしてしまったけど、本題はこれからだ。

「カ、カレヴィ、落ち着いて」

 ぎゅうぎゅう締め付けられてわたしは窒息しそうになりながら、カレヴィを見上げる。
 そうしたら、わたしはみんなの前で熱いキスを受けてしまった。

「ちょ、カレ、ヴィ……ッ」

 なんとかそれを避けようと身を捩ったら、今度はお姫様だっこされてわたしは焦る。このままでは本当に野獣の餌食になってしまう。

「は、離して……っ」

 カレヴィの結構逞しい肩や胸を叩いて抵抗するも、彼には効いた様子もない。
 カレヴィが近衛の者に命じてアーネス達を押し退けながら執務室のドアの前で振り向いて彼らに言った。

「これは王命だ。邪魔をするな」

 それからわたしはカレヴィに姫抱きされたまま王の執務室を過ぎていき、彼の寝室へ連れ込まれてしまった。
 わたしはベッドの上にどさりと落とされると、すかさずカレヴィにのしかかられてしまう。
 ちょっ、カレヴィ、本気で襲う気!?

「カレヴィ、ま……って、んんっ」

 わたしはカレヴィに口づけられて制止の声を封じられてしまった。
 やだ、こんなのやだよ。これじゃ、またあの時の繰り返しじゃない。そう考えた途端、心臓が大きく跳ねた気がした。

「ハルカ、おまえは誰にも渡さない」

 ギラギラと嫉妬に狂った目で彼に見られて、わたしは思わず身を竦めてしまった。
 カレヴィ、あれから全然変わってないじゃない。……今もわたしの気持ちなんてまるで無視なんだね。

「ひどい、こんなの酷いよ、カレヴィ……ッ」

 わたしはカレヴィに服を乱されながら、彼の口づけを身に受ける。
 このままじゃ、あの時の二の舞だ。そしたら、わたしはたぶん二度と彼を受け入れられないだろう。
 涙が頬を流れる。
 せっかく冷却期間を入れたのに、これじゃ全て水の泡になってしまう。
 ううん、それどころか、もっと悪い状態になろうとしている。

「泣くな、ハルカ」

 カレヴィがわたしの泣き顔を見て顔を歪める。……でもやめてはくれないんだよね。それでまたあなたは同じ過ちを繰り返そうとしている。

「もうやだ、こんなカレヴィなんて嫌い」

 わたしは子供みたいに泣きじゃくると、決して言うまいと封印していた言葉を言ってしまった。

「もう、カレヴィとの婚約なんて、解消する……っ」
「ハルカ……ッ!」

 そこへ邪魔をするなとカレヴィに命じられたはずの求婚者達が乗り込んできた。
 呆然とするカレヴィの腕が緩んだところでわたしは慌ててシーツを体に巻き付ける。
 シルヴィ達もわたしの言葉を聞いていたらしく、驚いたような顔でわたしを見ている。
 それで、やっぱり言い過ぎたかなとわたしは少しだけ後悔する。……でも。

「このままじゃ、カレヴィ、あなたもこの国も駄目になっちゃうよ。わたしはもうあなたの婚約者の座を降りるから」

 わたしがそう言うと、カレヴィの顔が切なげに歪んだ。──それはまるで彼が泣いているようにも見えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...