王様と喪女

舘野寧依

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第八章:怒濤のモテ期

第81話 プロポーズ

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「ちょっと、はるか。南條建設のお偉いさんと知り合いになったって本当なの!?」

 たくさんのマドレーヌを焼いて、どうにか一段落というところになって、興奮したおかんからスマホにそうかかってきた。
 まさか南條さん、わたしの実家にまで連絡を入れたのか。……でも、なんだってまた?

「あーうん、こっちで散歩してしている時にたまたま知り合ったんだ。彼の子供達は人懐こくて可愛いし」

 わたしが戸惑いながらもそう言うと、おかんは畳みかけるように言ってきた。

「あんたとあの王様……南條さんはどこぞの貴族と思っているらしいけど、それも婚約してるって知ってたわよ」

 ……それ、どこかの調査会社にでも依頼して調べさせたんだろうか。まあ、わたしの実家に連絡している時点でそう考える方が妥当だろう。

「……それで、なんて言ってくれたの?」

 おかんのこの浮かれようから、なんだか嫌な予感しか思い浮かばない。

「南條さんには、一応婚約者はいるけれど、もしかしたらそれが壊れる可能性が出てきたって言っておいたわよ」
「えええっ!?」

 わたしはびっくりして思わずスマホを落としそうになってしまった。
 なんだって、そんな余計なこと言うかな!

「だって、南條建設っていったら、超一流企業だし、あんたが彼の嫁になったら自慢できるわ。あの王様はとんでもないお金持ちだけど、その点は弱いしねえ」

 おかんにとっては超一流企業のネームバリューはとても魅力的なようだ。……いや、だけどさ。

「嫁って、わたしは南條さんに会ったばかりだし、そもそもプロポーズも受けていないんだけど」
「そのうちするって言ってたわよ。男性遍歴も殆どないし、前の会社の評判もいいから嫁にするには一族の反対も受けないだろうって言ってたわよ。良かったわねえ、今までモテなくて」

 ちょっ、おかん、褒めてるのか貶してるのか分かんないよ。

 ……それにしても、南條さんがわたしにプロポーズするつもりっていったい……。
 それに、どうやらわたしのこと調査会社かなにかで調べたらしいし。
 そりゃ、いい所の人が嫁を取ろうとするのにそれくらいはしないと周りも煩いだろうけどさ……。

「ああ、後あんたの携帯の番号教えといたわよ」
「えっ」

 なんで、そんな余計なことするかな! まだ千花にも相談できていないっていうのに。
 わたしはあまりのことに呆然としてしまった。

「じゃあね、これだけのチャンス掴まないと駄目よ。はるか、頑張ってよね」
「え、え……」

 わたしがうろたえている内におかんは言いたいことを言って、さっさと携帯を切ってしまった。


 そ、そんなこと言われても困るよーっ!
 わたしが好きなのはカレヴィだし、ただでさえ求婚者が他にもいるのに、これ以上プロポーズなんかされても困る。

 そんなことを思っていると、また携帯が鳴った。知らない番号だ。

「只野さんの携帯でしょうか? わたしは南條と言いますが……」

 うわあ、まだ心の準備ができていないのに、早速本人から電話が来たよ。

「はい、そうですが。あの、南條さん……」
「すみません、いきなり不躾に電話なんてして。携帯の番号はあなたの親御さんから伺いました」

 うん、それはおかんから聞いてるから分かってるけど。

「いきなりですみませんが、夕方二人でお会いできませんか? ぜひお話したいことがあるんです」
「困ります。南條さんとはまだ会ったばかりですし、わたしには婚約者がいるんです」

 まだ、ゆうきくんやまなちゃんがいるならともかく、暗くなってから男性と二人きりで会うなんて、カレヴィに対する裏切り行為だ。

「知っています。……その婚約者とあまりうまくいっていないことも」

 おかん、本当に余計なことを。恨むよ。

「遅くなってからが駄目でしたら、今からならどうですか。よろしかったら昼食をご一緒しましょう」

 うー、どうしよう。南條さん、かなり強引だ。
 これは一度でも会わないと、いくら説明しても納得してくれないかもしれない。

「……じゃあ、今からでしたら」

 それでもカレヴィに対する後ろめたさを感じるけれど、彼にきっぱり断るためには仕方ないだろう。

「それでは、一時間後にあなたの部屋にお迎えに上がります。いきなり無理を言ってすみません」

 いや、無理を言ってると思うなら、婚約者がいると知った時点で思いとどまって欲しかったんだけど。
 わたしがそう思っているうちに、それではと言って、南條さんは携帯を切った。
 混乱したわたしがその場をうろうろしていたら、モニーカに声をかけられた。

「ハルカ様、どうなされました?」
「う、うん、こっちで知り合った男性に、これから会わないかって。なんだか、その人わたしにプロポーズするつもりでいるみたい」

 馬鹿正直に話してしまったわたしに、モニーカは両頬を覆って目を瞠った。

「まああ、大変ですわ。これは陛下にお知らせしませんと」
「うん、でもカレヴィはしばらく出入り禁止になってるから、こっちに来れないと思う」

 千花もしっかりその点では、転移門を強化していたし。

「それでも、お知らせだけはしませんと。わたくし、あちらに戻って陛下にお伝えしてきますわ」

 うーん、カレヴィがこんなこと知ったらたぶん怒りそうな気がする。出来ればその前に千花に相談したかったんだけど、彼女が忙しいなら仕方ない。

「うん、まあ……お願い」

 気乗りしないけど、まあモニーカの任務上しょうがない。
 なんとかここを乗り越えて、カレヴィに報告することはしないといけないだろうし。

 
 それでモニーカを送り出すと、わたしは外出する準備をした。
 お化粧を軽く直して、ワンピースにジャケットを羽織る。

 そのうちにインターホンが鳴って、わたしは不承不承それに出た。
 そこにはスーツを着た南條さんが映し出されていて、しっかりわたしの部屋も把握済みなんだね、と彼の行動力に舌を巻いた。
 こうなったらじたばたしても仕方ない。
 わたしは「今出ます」と返事をして、ショルダーバッグを取った。



 お昼の時間、南條さんに案内されて入ったのは洒落たイタリアンレストランだった。
 お昼時にも関わらず、常連らしい南條さんと一緒にいたら、すぐに特等席らしき場所に通された。
 南條さんが慣れた様子でウェイターに注文すると、すぐに食前酒と前菜が運ばれてくる。

「突然、こんな無理を言ってすみません。でも、あなたはそのうちフランスに行ってしまうらしいと聞いて、いてもたってもいられなかったんです」
「はあ……」

 確かに一ヶ月したらザクトアリアに帰る約束だったから、そうするつもりだったんだけど、そういえばカレヴィはフランスの旧家の出ということになってたんだよね。

 印刷所に頼んでた本もそろそろ出来上がって来る頃だろう。
 食前酒を頂きながら、わたしはこれからどうしようかと考える。きっと南條さんはわたしにプロポーズをするつもりでいるはずだ。

「今日、こんな無理を通してしまったのは、あなたにどうしても言いたいことがあったからです。……はるかさん、どうかわたしと結婚してください」

 真摯な表情で南條さんがわたしの危惧した通りの言葉を言ってくる。

「……すみません、それはできません」

 真面目にプロポーズしてくれている南條さんには悪いけど、わたしにはカレヴィがいる。

「あなたがそう言うのは分かっていました。けれど……、ああ、どうぞ食事を進めてください」
「あ、はい」

 促されてわたしがおいしい前菜を食べ終えると、蟹のクリームパスタが運ばれてきた。うん、生パスタに蟹とクリームが絡んでとてもおいしい。
 その次には、仔牛のローストが運ばれてきたけど、うーん、コース料理はちょっと量が多いかなあ。
 でも、それにナイフを入れて口に運ぶと、とても柔らかでジューシーな風味が広がった。これもおいしい。うーん、いいお肉使ってるなあ。
 わたしのその様子を見ていたらしい南條さんがふいに言った。

「なんだか、あなたは仕草がとても洗練されていますね」
「ああ、それはあちらで花嫁修業をした成果だと思いますよ。それまでわたしは全くの庶民でしたから」

 ザクトアリアでの礼儀作法で、少しはわたしも上品に見えるようになったんだろうか。だとしたら、嬉しいな。

「あちらというと、あなたの婚約者の家でということですね?」

 南條さんはなんだか少し悔しそうな顔でこちらを見てきた。……なんなんだろ?

「ええ、そうですけど」
「けれど、あなたは婚約者とうまくいってないと聞きましたよ。今離れてあのマンションに住んでいるのもそのせいですよね?」

 いや、カレヴィとはうまくいってると思うよ。体は彼を拒否して、今出入り禁止にしてるけど。

「婚約者とはうまくいってますよ。ただ……、こう言ってしまうと自慢に取られてしまうかもしれないんですが、彼がわたしに溺れすぎて仕事を疎かにしたので、その分家の方が反発してしまって結婚が延びてしまっただけなんです」
「……そうなのですか。しかし、旧家ともなると色々と面倒なものですね」
「……ええ」

 それは南條さんの家も似たようなものだろうと思ったけれど、言わないでおいた。

「……けれど、わたしならこんなふうにあなたを一人で放っておいたりしませんよ」
「いえ、それは彼と少し冷却期間を置いた方がいいと判断したからで、決して冷たくされているわけではないんです」

 たとえ直接カレヴィを知らないとしても、彼を誤解されたら困る。カレヴィはとてもわたしを愛してくれている。

「そうですか。でもそんな期間を作ってこんなに魅力的なあなたを一人にしておくなんて不用心ですね。……はるかさん、ここは考え直してその婚約者からわたしに乗り換えたらどうでしょう」
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