王様と喪女

舘野寧依

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第七章:試行錯誤

第78話 兄弟喧嘩

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 剣呑な空気の中で、わたしはどうしようどうしようとぐるぐる考えていた。
 その時に、手に持っていた紙バッグがかさりと音を立てたので、わたしははっとする。

「カ、カレヴィ、あ、あの!」
「なんだ」

 腕の中で大きな声を上げられたカレヴィがわたしを解放する。……それで、すかさずわたしは紙バッグから手作りクッキーを彼に差し出した。

「あ、あのね、わたしカレヴィにクッキー焼いてきたの。食べてくれたら嬉しいな」
「……おまえが?」

 クッキーを受け取ったカレヴィが心底驚いたというように瞳を見開いて見つめてくる。それでわたしは、なんだか凄く恥ずかしくなってきちゃった。
 こんなこと、本当にわたしらしくないものね。カレヴィが驚くのも無理はない。
 それで下を向いてもじもじしてると、カレヴィが片手でわたしを抱き寄せてきた。

「俺のためにか。嬉しいぞ、ハルカ」

 う、えーと。
 千花とイアスにもあげたから、ちょっと気が咎めるけど、メインはカレヴィにあげるためだから肯定してもいいかな。

「うん。あなたの口に合うといいんだけど」
「いや、おまえのその気持ちだけで、俺はとても嬉しいぞ」

 わたしとカレヴィがそんなことを抱き合いながら話していたら、無理矢理シルヴィに引き離された。……ちょっと、なにすんのっ。
 それでわたしがむっとしてシルヴィを睨んだら、彼も負けじと睨んできた。

「……ハルカ、俺の分はどうしたんです」
「シルヴィのクッキーなんてある訳ないでしょ! 自分のしたこと考えなさいよっ」
「……っ」

 そうしたら、シルヴィが傷ついたような顔をしてきたので、わたしはちょっと可哀想だったかな、と思ってしまった。
 いやいや、いけない、いけない。
 いくら弟のように可愛がってたとはいえ、ここでほだされてちゃ駄目なんだ。
 わたしがぐらぐらしている中で、ふいにカレヴィが感動したように言ってきた。

「うまいぞ、ハルカ」

 いつの間にか袋のリボンを解いて、中のクッキーを食べていたらしい。

「そ、そう……? なら、よかった!」

 本命のカレヴィにおいしいって言って貰えて、わたしは思わずその場で飛び上がって喜んじゃった。

「ああ、本当にうまい。この歯触りも最高だ。……シルヴィ、ハルカ手製の焼き菓子を食べられなくて残念だったな」

 カレヴィはクッキーを口に運びながら、これ見よがしに、ふふんとシルヴィを挑発するように笑った。

「……くっ」

 それにシルヴィが心底悔しそうな反応をする。わたしが心配になるくらい、ぶるぶる震えちゃってるよ。

 ちょっとカレヴィ大人げないよ。相手は年の離れた弟なんだしさ。
 わたしはさっきまでシルヴィに怒っていたことも忘れて、つい同情しそうになってしまったけれど、彼は反撃するかのようにとんでもないことを口走ってきた。

「……それでもいいですよ。ハルカは以前俺の頭を愛しそうに胸に抱きしめてくれましたから」

 ちょっと、シルヴィなに言い出すのーっ!?

「なんだと……?」

 みるみるうちに恐ろしい形相になるカレヴィに、わたしはひいっと叫びそうになってしまった。
 自分がやったこととはいえ、誤解を招くことこの上ない行為を思い出して、わたしはカレヴィとシルヴィを涙目で交互に見つめる。

「ハルカ、今のシルヴィの言葉は本当か? 本当に胸にこいつの頭を抱いたのか」
「え、えっと……」

 カレヴィに厳しく追及されて、わたしの目が泳ぐ。そこにシルヴィは更なる爆弾を落としてくれた。

「本当ですよ。……兄王、ハルカは柔らかくて最高ですね」

 ぎ、やああああっ、あの親愛を表しただけの頭グリグリに対して、当のシルヴィは全然違うことを感じていたのか!

「ハルカ、おまえは俺の婚約者なんだぞ。それをなんだ。他の男を誘うような真似をして」
「誘ってない!」

 わたしはぶんぶんと頭を振りながら、必死になって否定した。ここでカレヴィに変な誤解をされてしまったら立ち直れない。

「まあまあ。わたしもその場に居合わせましたが、はるかにはそんな意図は露ほどもないように見えましたよ」

 見かねたらしい千花がそこで助け船を出してくれたので、本当に助かった。

「けれど、アーネスとイアスには羨ましがられましたよ」

 優越感の浮かぶ表情でそう告げるシルヴィに、カレヴィの頬がひきつった。

 ううう、まだ言うかーっ。

「シルヴィはちょっと黙ってて!」

 シルヴィに飛びついて手で口を塞ごうとしたら、わたしはなぜか彼に抱きしめられてしまった。

「……やはりハルカは抱き心地がとてもいいですね」

 ちょっと、そんなカレヴィを煽るような真似するなー!

「ハルカは俺の婚約者なんだぞ。シルヴィ、離せ!」

 気色ばんだカレヴィがシルヴィからわたしを引きはがそうとしたけれど、わたしは反対側の腕をシルヴィに掴まれたままだった。ちょっ、二人とも痛い、痛い!

「それも空前の灯火でしょう。すぐに兄王もハルカの求婚者の一人になられますよ」
「なんだと! ハルカは俺のものだ!」

 あからさまなシルヴィの挑発に年甲斐もなく乗ってしまったカレヴィが激怒してわたしの腕を引っ張る。……ちょっと!
 すると負けじとシルヴィも反対側のわたしの腕を引っ張った。……おい!

「ハルカの体に拒絶されていて、よくそんなことが言えますね!」


「──いい加減にしろーっ!!」


 キレたわたしはとうとう二人に怒鳴ってしまった。
 それに驚いたらしい彼らは反射的にわたしの腕から手を離してきた。

「なんなの、二人とも小さい子の喧嘩みたいに! わたしはこんな馬鹿馬鹿しい兄弟喧嘩に巻き込まれに来たんじゃないからっ!」
「ハルカ、馬鹿馬鹿しいとはなんだ」

 カレヴィがむっとした顔で言い返してくる。

「本当に馬鹿馬鹿しいから、そう言ったの! カレヴィもいい大人でしょうが! いつまでもあなたがそんなんだったら、わたし嫌いになるからね!」

 わたしがそう怒鳴ったら、カレヴィは衝撃を受けたように凍り付いた。

「ハ、ハルカ……ッ」
「ハルカ、俺も大人ですよ」

 不満そうに言ってくるシルヴィを一睨みして、こちらも黙らせる。

「あ、それから、侍女の派遣は交代で一人来て貰えればいいから! それと、二人ともしばらくあっちに来ないでいいからね!」

 兄弟喧嘩なんてされたら、癒しどころの話じゃない。
 大声を張り上げたわたしはぜいぜいと息を切らせると、心配した千花が宥めるように背中を撫でてくれた。
 それで息が楽になるとともに、わたしも大人げなく怒鳴ってしまったことを心の中で恥じた。
 ……でもこの二人には、これくらい言ってやった方がいい気もする。

「それじゃあね、千花帰ろっ」

 呆然とするカレヴィとシルヴィを置いて、わたしは千花とともに執務室を出た。
 それで待機していた侍女三人に事情を話して、とりあえず今日はイヴェンヌに向こうにいて貰うことにした。


 だけど、なんでこんなことになっちゃうかなあ。
 カレヴィ、全然大人になってないし、これでまたシルヴィに処罰を与えるかもしれないよね……。シルヴィはシルヴィで嫌っていたらしい元老院側についちゃうし。


 ──ただわたしはカレヴィに喜んで貰いたくてクッキーを焼いたのに。
 それが全くの逆効果になってしまって、つくづく慣れないことはするもんじゃないなとつい溜息をついてしまった。
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