王様と喪女

舘野寧依

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第六章:虎視眈々

第70話 一応回避?

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 わたしが息を呑んでいる内に、スカートの中にアーネスの手が侵入してきた。
 それに対して、わたしの背筋に寒気とは違った感覚が走ってぞわりとする。

「や、やだやだやだっ」

 こんなふうにわたしに触れていいのはカレヴィだけだ。……ただ、今は彼に乱暴に扱われた後遺症で受け入れることはできないんだけど。

「……ハルカの世界の服はなかなか煽情的だね。わたし達には誘ってるとしか思えないよ」

 わたしは今、膝丈のスカートを履いている。ザクトアリアでは女性はくるぶしまである衣装だし、アーネスがそう受け取っても仕方ないのかもしれない。
 ……そう考えると、ザクトアリアの男性陣には少し刺激の強い服装だったかも。
 そんなことを考えている内に、アーネスの手がわたしの太腿の柔らかい場所を撫で、ブラウスを押し広げて肌に所有の印を付けていく。

 ちょっと、やだああぁっ!

 嫌だという感情に対して、それが心地よいという感覚がじわじわと押し寄せてきて、わたしはそんな自分が許せなくて、涙を流した。

「いや、こんなの嫌だよ、カレヴィッ!」
「こんな時に他の男の名前は呼ばないで欲しいな」

 アーネスがわたしのブラを押し下げ、ふくらみに唇を押しつけた。
 それだけでもの凄く自分が汚れてしまった気がする。
 アーネスはわたしの柔らかい太腿の内側を撫で上げながら、更にその上を目指していく。

「いや、いや、いやっ! カレヴィ、助けて!」

 わたしは半狂乱になりながら、ここにはいないカレヴィに助けを求めた。

「……無駄だよ、ハルカ。カレヴィはそうそうこの世界には来られない。……いい加減覚悟するんだね」

 口角を上げて、余裕さえ感じさせるアーネスにわたしの怒りは爆発した。
 好きならなんで、こんなわたしの意思を無視したことするの?

 ──アーネスなんて大嫌いっ!

 わたしはアーネスの愛撫に声を堪えながら、彼を涙目できっと睨んだ。

「おやおや、そんな可愛らしい顔で睨んでも、わたしを煽るだけだよ」
「わたし、こんなアーネスは嫌いっ。もうあっちに帰ってよ!」

 わたしがそう叫ぶと、彼は顔を歪ませた。
 こんな稚拙なわたしの言葉でも彼は傷つくんだろうか……?
 でもわたしの嫌がることを無理矢理しようとしているんだから自業自得だよね。

「な……っ!?」

 次にアーネスが驚いた声を上げたので、わたしは今の事態も一瞬忘れて彼を見つめた。
 すると、どうだろう。彼の輪郭が徐々に薄れ始めている。

「……ティカ殿の施した魔術はあれだけではないということか。道理で彼女にしては甘い処置だと思った」

 え、どういうことだろう。
 そういえば、わたしアーネスに今帰れって言ったよね。
 それが、この世界から向こうへと強制送還する引き金となったんだんだろうか?
 わたしが呆然と、段々薄れていくアーネスの輪郭を眺めていると、彼は消える直前に言った。

「わたしはこのくらいで諦めないよ。ハルカ、心して置くことだ」

 いや、いい加減諦めて欲しいんだけど。
 それに婚約している訳でもないのに、アーネスの言動は危なすぎる。

 ──これは絶対に彼と二人きりでは会えないな。

 そうこうするうちに、アーネスは完全に消えて、どうやら向こうに帰ったようだ。
 それでわたしはベッドから起きあがって乱れた服装を正した。
 そのうち千花も安定剤を作って持ってくる頃だろう。


 わたしはすっかりうろたえた自分を安定させるべく、再びハーブティーを飲んで気分を落ち着かせていた。

 でも、おふざけでわたしに求婚していると思っていたアーネスはどうやらわたしに本気らしいし、気分が重い。
 それに彼の場合はわたしの身の危険まで考慮しなきゃならないから非常に厄介だ。

 わたしが好きなのはカレヴィなのに、どうしてそれを分かってくれないんだろう。
 ……それは求婚者三人にも言えることなんだけどさ。

 でも、元老院がわたしとカレヴィの仲を認めていない限り、それは仕方のないことなのかもしれない。
 それにわたしはこのままではカレヴィの子をつくることが難しいときている。
 そのことをあの三人が知ったら、もっと激しい攻勢に出てくることも考えられる。
 それに、それを元老院が後押ししたらと考えると、とても恐ろしい。
 そんなことをちょっと落ち込みながら考えていたら、なんの予兆もなく千花が現れた。

「はるか! 大丈夫!? アーネス殿になにかされなかった?」

 ダイニングでぼんやりしていたわたしの両腕を掴んで千花が焦ったように言ってきた。
 きっと向こうでアーネスと会うとかしたんだろう。

「あ、うん。押し倒されたけど、なんとか大丈夫だったよ」

 すると、千花が呆れたように言ってきた。

「はるか、それ、ぜんぜん大丈夫じゃないよ……」

 うん、まあそうだけど。

「でも、身の危険は一応回避したから」

 わたしが心配そうに見てくる彼女を安心させるように笑って言うと、千花はほっとしたように息を付いた。

「まあ、大事にならなくてよかったけれど。はるかはアーネス殿一人の時は簡単に入室を許可しちゃ駄目だよ。あの方は女性に手が早いことで有名なんだから」
「うん、千花ごめんね。これからはちゃんと確認してから許可するよ」

 アーネスが手が早いのは身を持って経験したから、千花の言う通り、本当に注意しないといけないな。

「……それで、はるかはアーネス殿に帰れって命令したんだね?」
「うん、あれ千花の魔法だよね。おかげで助かった」

 もしそれがなかったら、今頃アーネスの餌食になっていたかもしれないと思うと、ちょっと寒気を覚えてわたしは自分の体を抱きしめて、ぶるりと身を震わせた。

「まあ、アーネス殿も珍しく自分の思い通りにならなくて焦ったんだと思うけどね。……とりあえず、はるかはアーネス殿に関わらず、あの四人に無理矢理迫られたら、今みたいに帰れって叫ぶこと。イアスはちょっとその点面倒だけど、そうそう破れないように魔法を強化しておくから」

 ……あの四人って、カレヴィも入ってるってことだよね。
 はたしてわたしがカレヴィにそんなこと言えるんだろうか。
 そもそもカレヴィはわたしに触れられない訳だしさ。
 そんなことを悶々と考えていたら、千花にぽんっと肩を叩かれた。

「とりあえず、安定剤作ってきた。これではるかの症状も少しは良くなると思う」

 それで、わたしは今までの憂鬱な気分も忘れて顔を輝かしてしまった。

「本当!? 千花、ありがとう!」

 これで、カレヴィに触れられるかもしれないんだよね。嬉しい!
 すっかり有頂天になって喜ぶわたしに、だけど千花はその気分を地に墜とすようなことを言ってきた。

「でも、これで簡単にカレヴィ王に触れられると思っちゃ駄目だよ。……そうだね、まずは手を繋ぐところから試してみた方がいいね」

 ……それって、どこの中学生、いや、小学生ですか。

 千花の言った通り、これは本当に治療に時間がかかりそうだ。

 でも、少しずつだけど、大好きなカレヴィに近づくことが出来そうだと分かって、わたしはそれでも嬉しかった。
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