王様と喪女

舘野寧依

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第六章:虎視眈々

第69話 絶体絶命

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「……えと。それ、冗談だよね?」

 わたしはアーネスの視線に耐えられなくなって顔を背けて言う。
 ……うん、そうだよ。
 今までアーネスはわたしに対してふざけた言動が多かったし、これもその延長かもしれない。
 第一、アーネスがわたしを好きになる理由が思いつかない。

「君は、今までそうやって男達から逃げてきたのかい? 君は確かに格段に美しくなったけれど、それでなくとも男を寄せ付けるには充分魅力的だ」

 ……アーネスのその意見は、喪女だったわたしにはちょっと受け入れ難いなあ。
 確かにこの胸のせいで、セクハラは数え切れないほど受けてきたけどさ。
 第一、男の人と付き合うなんて面倒だったし、カレヴィと出会ってわたしは恋という感情を初めて理解したんだけど。

「でも、あなたの今までの言動からはふざけて口説いてるとしか思えなかったよ。それに、カレヴィに執務をさせるための手段みたいにも取れたし」

 わたしがそう言うと、アーネスは気障っぽく肩を竦めた。

「……まあ、君がそう受け取っても仕方はないと思うけどね。確かに、最初はカレヴィを籠絡ろうらくした君という人間に興味があって接触したことは認める」

 ……ほら、やっぱり。

 わたしが冷たい目でアーネスを見つめると、彼はわたしの手を掴んできた。……彼の場合は下心がありそうだから、あんまり触れないで欲しいなあ。
 それでわたしが彼から手を引っこ抜こうと試みたけれど、それは残念ながら徒労に終わった。

「けれど、君に接するうちに、君の可愛らしさが段々気になるようになってきた。……この辺りはイアスと同じだな。たぶん、カレヴィやシルヴィもそう感じてると思うよ」
「え……」

 あからさまに褒められて、わたしは羞恥から頬を染めてしまった。

「ほら、そんなところも君の可愛いところだ。君自身は気付いてないのかもしれないけれど、男から見たらとてもたまらないよ」

 ……そうアーネスは言うけれど、今まで喪女だったわたしにはとても信じられない。
 それなら、今までわたしに彼氏の一人や二人はいてもおかしくない。まあ、面倒くさくて、敢えてそれを避けていたってこともあるけれど。

「……でもやっぱり、そんなこと急には信じられないよ。そんなふうに言うのはわたしの化粧が変わったことが大きいんじゃないの?」

 フレイヤに化粧を見直されたことで、わたしは急に綺麗と言われるようになった。
 たぶん、アーネスもそれに惑わされているんだろう。

「確かに君はとても美しくなったよ。けれど、全体からかもし出す空気は化粧では誤魔化しきれない」
「え、わたしから醸し出す空気ってなに?」
 
 アーネスに言われて、わたしは俄にそのことが気になり始めた。
 いったい周りには、わたしはどんなふうに映っているのだろう。

「君の周りには、癒しというのかな、独特の空気がまとわりついている。そういうのに疎いわたしでもそう感じるんだから、優れた魔術師のティカ殿やイアスは相当その空気にやられているだろうね」
「え、でも千花はわたしには魔力はほとんどないって言ってたけど」

 前に明かりを灯す魔法ぐらいしか使えないだろうと千花に言われたのは記憶に新しい。

「いや、魔力関係なく、こういうのは魂の水準で惹かれるらしい。特に魔力の高い者はその傾向が顕著だ」
「……その理論で行くと、あなたもカレヴィもそこそこ魔力は高いってこと?」

 なんか胡散臭いけど、一応尋ねてみる。

「まあ。そうなるね。……もちろん、皆が君に惹かれたのはそれだけじゃないと思うけど。それに、君は相当に人がいいしね」

 ……そうかなあ?

 仮にそうだとしても、みんなわたしを買い被り過ぎだと思う。

「でも、あなたの場合は今までが今までだから、わたしが好きだって言われても信じるのは難しいよ。……今だって無理矢理なことしてるし」

 わたしがきっぱりと言うと、アーネスは珍しく、秀麗な顔を歪ませた。

「では、どうしたら君にこの想いを信じて貰える?」

 アーネスは掴んでいたわたしの手を引き寄せると、大切なものを扱うように口づけてきた。
 う、うーん、そんなふうに真剣に言われちゃうと、なんだかぐらぐらしちゃうな。
 こんなことをカレヴィに知られたら凄く怒られそうだけど。

「……悪いけど、信じるとか信じないとか以前に、わたしはカレヴィが好きなの。だから、あなたの気持ちには応えられない」

 すると、アーネスはわたしの手を引き寄せて、再びわたしを抱きしめてきた。
 そして、胸元の開いたブラウスの隙間から唇を這わせてくる。

 ひえぇぇぇっ! ちょっとーっ!

「それなら、君の体に直接言い聞かせるしかないな。そして、カレヴィよりもわたしの方を選びたくなるようにし向けてみせる」

 そう言うと、アーネスはわたしの膝裏に手を当て、いわゆるお姫様抱っこをしてきた。
 この状況に、さすがに鈍いわたしでも我が身の危機であることははっきり分かった。

 そしてこの事務所には、仮眠用のベッドが設置してある。
 アーネスはわたしを抱き上げたまま、その部屋に向かっている。

「ちょっと、アーネス、ふざけないで! こんなの冗談でしょ?」

 わたしは身の危険を感じながらも、一応彼に確認を取ってみる。
 けれど、返ってきたのはわたしの一縷の望みをぶち壊す答えだった。

「王の婚約者に、いくらなんでもこんなことをするとは思わなかったけれど……、君を得られるならそれもいいかもしれないね」
「……っ」

 わたしは苦笑混じりのそれを聞いて思わず息を呑んでしまった。
 アーネス、本当にどうかしてるよ。
 わたしなんかに構わずとも、いくらでも女の人は選び放題じゃない。
 わたしが絶句している内に、わたしは客間兼、仮眠室のベッドに横たえられてしまった。
 わたしは慌てて起きあがろうとしたけれど、それよりもアーネスがのしかかって来るのが早かった。

「君がカレヴィを好きだという気持ちをわたしに向かわせてみせるよ。……そして、君はそのうちわたしを求めてやまなくなる」

 それはタラシのアーネスの経験に裏打ちされた言葉なんだろう。
 でもそんなのは嫌だよ。そんな体に引きずられた想いなんて。

「そんなこと、絶対にならないよ」

 ……でも、カレヴィもわたしの体に引きずられてわたしのことを好きになったらしいし、アーネスの言葉を心から否定できないのが苦しい。
 わたしの心が揺れるのを感じ取ったのか、アーネスは憎らしいほど余裕の表情で言い放った。

「君には最高の快楽を約束するよ。それこそ、カレヴィ以上のね」

 逃げようにも、両手を頭上にまとめられて身を捩るしかできないわたしに、アーネスは怖いくらい優しい口調でそう言った。
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