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第六章:虎視眈々
第58話 求婚者達の来訪
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引いていた風邪も四日目にはすっかり全快して、わたしは千花の会社の事務所にいた。
この事務所もわたしの部屋の間取りとは多少違うものの同じ3LDKで、ただ会社らしく多少大きめかなーと感じた。
わたしはそれまでの遅れを取り戻すように、いろいろな印刷会社のサイトを見たり、評判を調べたりと忙しかった。
なにせこの一月の間に通販までもって行きたいので気が焦る。
原稿自体はあるから多少安心感はあるものの、表紙は新たに描きおろさないといけないし、余裕はない。
わたしはどうにかウェブで評判のいい印刷会社一社を見つけ、紙や出来上がりの見本を見に、明日直接そこに行くところまで漕ぎ着けた。
「ふぅ……」
気がついてみれば、午後の三時。おやつの時間だ。
わたしはポットからコーヒーを注ぐと、お茶受けにとっておきのお煎餅を用意した。
さくさくとした食感のサラダ味を基本としたお煎餅は、片面に和三盆がかけられており、塩味と上品な甘みが絶妙に相まって、わたしのお気に入りの一品だ。
まあ、それなりにお高いんだけど、あまりにも気に入ったのでたまに購入してはそのおいしさを再確認している。ちなみにこれは千花もお気に入りだ。
もうそろそろ千花も来るはずなので、ぜひこのお煎餅を食べていってもらおう。
「はるか、おじゃまするね」
そんなことを思っていたら、千花がドレス姿で移動してきた。
移動してくる度に、毎回ご丁寧に靴を玄関に別に移動させてるので千花は本当に芸が細かい。
「あ! 千花、今日はだいたい印刷所絞れたんだ。明日見学に行って来るね」
「そう、よかった」
千花もわたしの風邪で寝込んだ期間のロスが気になっていたらしく、心底安心したように息をついた。
「それはそうと、忙しいところ悪いんだけど、今日ははるかにお客様がいるんだ。ザクトアリアのシルヴィ殿下とリットンモア公爵とイアスなんだけど」
……ああ、一応彼らはまだわたしの求婚者だからだね。
でもわたしはまだカレヴィの婚約者なのに、まだ彼らにはそのこと納得できないんだろうか。
わたしは正直微妙な気持ちになったけれど、千花を通してきているんだから、やっぱり会った方がいいよね。
「あ、うん、分かった。わたし会うよ」
それに彼らの気持ちも、あれから変わったかもしれないしね。
「そう言ってくれると助かるよ。今移動してきて貰うから」
「うん」
ほっとしたように息をつく千花を見て、本当に大変だなあ、と思う。
千花も忙しいのに、わたしにかかずらってさぞかし疲れるだろう。
それに比べたら、わたしなんて甘やかされすぎだよね。わたしももうちょっとキリキリ働こう。
わたしがそう思っていると、千花は彼ら三人を事務所に移動させてきた。
「やあ、ハルカ嬢」
「ハルカ様、お久しぶりです」
「なんだ。思ったよりも元気そうじゃないですか」
三人それぞれの挨拶を受けて、わたしは最後のシルヴィの毒舌に苦笑する。
……まあ、彼はツンデレだから、本気にとったらたぶん彼も困るだろう。
「あ、いらっしゃい。今お茶の支度するからちょっと待ってて」
三人をダイニングテーブルに案内すると、困ったことに椅子が四つしかないことに気がついた。
そこでわたしは自分の席から椅子を持ってきて来ることにした。うん、これで解決。
「そんなことは言ってくだされば、僕がしましたのに」
イアスがそう言ってくれるのはありがたいけれど、お客様にこんなことはさせられないよ。
わたしがそう言うと、三人は微妙そうな顔になった。
「君はもう少し男性を頼ってもいいのにね。今の君なら誰でも喜んで頼まれごとを受けると思うよ」
「そうだね。はるかは割と一人で物事を済ませちゃう傾向があるから、もっと楽をしないと」
アーネスの言葉に千花も頷く。
ええ、それって男性を利用しろってこと?
「そんな悪いよ。それにこんなことは大した手間じゃないし。あんまり甘やかされるのもわたし自身によくないと思う」
あっちじゃ侍女も三人付いていてまさに左うちわの生活だったけど、こっちでは全部自分でやるのが当たり前なんだし。
それにこんな恵まれた環境にいるのに、その上、人を使えとか悪すぎるよ。
気がつかなかったけど、千花もそういうところは昔と結構考え方変わって来てるんだなあ。千花の場合は、美貌で他がほっとかないからだろうけど。
「んー、はるかの言うことももっともなんだけど……。実はカレヴィ王がこっちに侍女を派遣したいって言ってるんだよね」
「えええっ!」
あまりのことにわたしは椅子から立ち上がって叫んでしまった。
ザクトアリアとは生活様式も違うこっちに侍女派遣とか、カレヴィ無茶ぶりすぎ。
「いや、必要ないから。わたしはここでの生活には全く困ってないし」
なにせ、千花が厳選して選んだ物件だ。
二十四時間営業のスーパーが近くにあるし、マンションの一階にはコンビニもある。
……これで、なにを面倒見てもらえと?
「まあ、そうだよね……。わたしもそのつもりでかなり気合い入れてここ選んだし。でもカレヴィ王もしつこいのよね」
千花もちょっとうんざりしたように言う。
「な、なんかごめんね、千花」
カレヴィが千花に迷惑かけていると思うと本当にわたしは肩身が狭い。
なんといってもわたしはカレヴィの婚約者なんだし、なにもなければ三ヶ月後には彼の妃になるんだから。
そう思ったら、なぜかカレヴィに告白した時の恥ずかしさが急激に襲ってきて、わたしは思わず真っ赤になった。
「なにをいきなり赤くなっているんです。気持ちの悪い」
う、た、確かにわたしは挙動不審だ。でも、気持ち悪いってシルヴィきついなあ。
「シルヴィ、だから言い過ぎだ。……ハルカ様、シルヴィのことはどうか気にしないでください」
「あ、うん。気にしてないよ。シルヴィが口の悪いのは分かってるし」
わたしがそう言うと、シルヴィがちょっとむっとした顔をした。
あ、口が悪いっていうのは悪かったか。
でも「気持ち悪い」とまで言われれば、そう言ってもおかしくないよね。
「殿下もこの物言いだと、はるかに誤解されますよ。ツンデレもいい加減になさってください」
千花にそう諭された途端、今度はシルヴィが真っ赤になったので、わたしはちょっとびっくりした。
シルヴィ、わたしの萌えに火を付けてどうする。
「いやいや、わたしは気にしてないから。それにしてもシルヴィのそれは反則だなあ」
いてもたってもいられずに、わたしはシルヴィの傍に駆け寄ると、彼の頭を抱き寄せてグリグリしてしまった。
「なっ、なにをするんですか!?」
「いや~、可愛いなあと思って」
うろたえて声がひっくり返る様も、実に可愛らしい。
うん、弟としては満点だ。
「シルヴィ、実にうらやましいな」
「いや、本当に」
アーネスとイアスがわたし達を見て、少し恨めしそうに言う。
……え、なんで?
こんなの弟に対する愛情表現の一つなのに。
黙ってグリグリされているシルヴィを胸に抱きながら、わたしは首を傾げた。
「……それにしても、はるかって時々残酷だよねえ」
とかなんとか、千花がお煎餅をかじりながら言っていたけど、どういうことなんだろうか。
後で千花にしっかり聞いておこう。
この事務所もわたしの部屋の間取りとは多少違うものの同じ3LDKで、ただ会社らしく多少大きめかなーと感じた。
わたしはそれまでの遅れを取り戻すように、いろいろな印刷会社のサイトを見たり、評判を調べたりと忙しかった。
なにせこの一月の間に通販までもって行きたいので気が焦る。
原稿自体はあるから多少安心感はあるものの、表紙は新たに描きおろさないといけないし、余裕はない。
わたしはどうにかウェブで評判のいい印刷会社一社を見つけ、紙や出来上がりの見本を見に、明日直接そこに行くところまで漕ぎ着けた。
「ふぅ……」
気がついてみれば、午後の三時。おやつの時間だ。
わたしはポットからコーヒーを注ぐと、お茶受けにとっておきのお煎餅を用意した。
さくさくとした食感のサラダ味を基本としたお煎餅は、片面に和三盆がかけられており、塩味と上品な甘みが絶妙に相まって、わたしのお気に入りの一品だ。
まあ、それなりにお高いんだけど、あまりにも気に入ったのでたまに購入してはそのおいしさを再確認している。ちなみにこれは千花もお気に入りだ。
もうそろそろ千花も来るはずなので、ぜひこのお煎餅を食べていってもらおう。
「はるか、おじゃまするね」
そんなことを思っていたら、千花がドレス姿で移動してきた。
移動してくる度に、毎回ご丁寧に靴を玄関に別に移動させてるので千花は本当に芸が細かい。
「あ! 千花、今日はだいたい印刷所絞れたんだ。明日見学に行って来るね」
「そう、よかった」
千花もわたしの風邪で寝込んだ期間のロスが気になっていたらしく、心底安心したように息をついた。
「それはそうと、忙しいところ悪いんだけど、今日ははるかにお客様がいるんだ。ザクトアリアのシルヴィ殿下とリットンモア公爵とイアスなんだけど」
……ああ、一応彼らはまだわたしの求婚者だからだね。
でもわたしはまだカレヴィの婚約者なのに、まだ彼らにはそのこと納得できないんだろうか。
わたしは正直微妙な気持ちになったけれど、千花を通してきているんだから、やっぱり会った方がいいよね。
「あ、うん、分かった。わたし会うよ」
それに彼らの気持ちも、あれから変わったかもしれないしね。
「そう言ってくれると助かるよ。今移動してきて貰うから」
「うん」
ほっとしたように息をつく千花を見て、本当に大変だなあ、と思う。
千花も忙しいのに、わたしにかかずらってさぞかし疲れるだろう。
それに比べたら、わたしなんて甘やかされすぎだよね。わたしももうちょっとキリキリ働こう。
わたしがそう思っていると、千花は彼ら三人を事務所に移動させてきた。
「やあ、ハルカ嬢」
「ハルカ様、お久しぶりです」
「なんだ。思ったよりも元気そうじゃないですか」
三人それぞれの挨拶を受けて、わたしは最後のシルヴィの毒舌に苦笑する。
……まあ、彼はツンデレだから、本気にとったらたぶん彼も困るだろう。
「あ、いらっしゃい。今お茶の支度するからちょっと待ってて」
三人をダイニングテーブルに案内すると、困ったことに椅子が四つしかないことに気がついた。
そこでわたしは自分の席から椅子を持ってきて来ることにした。うん、これで解決。
「そんなことは言ってくだされば、僕がしましたのに」
イアスがそう言ってくれるのはありがたいけれど、お客様にこんなことはさせられないよ。
わたしがそう言うと、三人は微妙そうな顔になった。
「君はもう少し男性を頼ってもいいのにね。今の君なら誰でも喜んで頼まれごとを受けると思うよ」
「そうだね。はるかは割と一人で物事を済ませちゃう傾向があるから、もっと楽をしないと」
アーネスの言葉に千花も頷く。
ええ、それって男性を利用しろってこと?
「そんな悪いよ。それにこんなことは大した手間じゃないし。あんまり甘やかされるのもわたし自身によくないと思う」
あっちじゃ侍女も三人付いていてまさに左うちわの生活だったけど、こっちでは全部自分でやるのが当たり前なんだし。
それにこんな恵まれた環境にいるのに、その上、人を使えとか悪すぎるよ。
気がつかなかったけど、千花もそういうところは昔と結構考え方変わって来てるんだなあ。千花の場合は、美貌で他がほっとかないからだろうけど。
「んー、はるかの言うことももっともなんだけど……。実はカレヴィ王がこっちに侍女を派遣したいって言ってるんだよね」
「えええっ!」
あまりのことにわたしは椅子から立ち上がって叫んでしまった。
ザクトアリアとは生活様式も違うこっちに侍女派遣とか、カレヴィ無茶ぶりすぎ。
「いや、必要ないから。わたしはここでの生活には全く困ってないし」
なにせ、千花が厳選して選んだ物件だ。
二十四時間営業のスーパーが近くにあるし、マンションの一階にはコンビニもある。
……これで、なにを面倒見てもらえと?
「まあ、そうだよね……。わたしもそのつもりでかなり気合い入れてここ選んだし。でもカレヴィ王もしつこいのよね」
千花もちょっとうんざりしたように言う。
「な、なんかごめんね、千花」
カレヴィが千花に迷惑かけていると思うと本当にわたしは肩身が狭い。
なんといってもわたしはカレヴィの婚約者なんだし、なにもなければ三ヶ月後には彼の妃になるんだから。
そう思ったら、なぜかカレヴィに告白した時の恥ずかしさが急激に襲ってきて、わたしは思わず真っ赤になった。
「なにをいきなり赤くなっているんです。気持ちの悪い」
う、た、確かにわたしは挙動不審だ。でも、気持ち悪いってシルヴィきついなあ。
「シルヴィ、だから言い過ぎだ。……ハルカ様、シルヴィのことはどうか気にしないでください」
「あ、うん。気にしてないよ。シルヴィが口の悪いのは分かってるし」
わたしがそう言うと、シルヴィがちょっとむっとした顔をした。
あ、口が悪いっていうのは悪かったか。
でも「気持ち悪い」とまで言われれば、そう言ってもおかしくないよね。
「殿下もこの物言いだと、はるかに誤解されますよ。ツンデレもいい加減になさってください」
千花にそう諭された途端、今度はシルヴィが真っ赤になったので、わたしはちょっとびっくりした。
シルヴィ、わたしの萌えに火を付けてどうする。
「いやいや、わたしは気にしてないから。それにしてもシルヴィのそれは反則だなあ」
いてもたってもいられずに、わたしはシルヴィの傍に駆け寄ると、彼の頭を抱き寄せてグリグリしてしまった。
「なっ、なにをするんですか!?」
「いや~、可愛いなあと思って」
うろたえて声がひっくり返る様も、実に可愛らしい。
うん、弟としては満点だ。
「シルヴィ、実にうらやましいな」
「いや、本当に」
アーネスとイアスがわたし達を見て、少し恨めしそうに言う。
……え、なんで?
こんなの弟に対する愛情表現の一つなのに。
黙ってグリグリされているシルヴィを胸に抱きながら、わたしは首を傾げた。
「……それにしても、はるかって時々残酷だよねえ」
とかなんとか、千花がお煎餅をかじりながら言っていたけど、どういうことなんだろうか。
後で千花にしっかり聞いておこう。
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