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第五章:新生活
第54話 新生活
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「こんばんは~」
てっきり怒られると覚悟して行ったにもかかわらず、別の意味で盛り上がられてしまった実家から退散して、わたしはまた千花の家を訪ねた。
「やあ、はるかちゃん、いらっしゃい。綺麗になったねえ」
さっきは会えなかったおじさんが、にこにこ挨拶してくれた。
大企業のお偉いさんなんだけど、そんなことを微塵も感じさせないとても気さくな人だ。
「あ、おじさんお邪魔します」
千花とおばさんも出迎えてくれたので、勝手知ったる家で、気軽に上がり込む。
「千花に話は聞いたけど、ご両親の説得はうまくいったのかい?」
千花とおばさんもそのことが気になって仕方ないようで、テーブルに身を乗り出すようにしている。
「うーん、一応国王との結婚は延期になって、最悪破談になるかもしれないってことは了承してもらったんですけど……。三人から求婚されているって言ったら、その人達からいろいろ搾り取ってこいと言われました」
「ええ?」
そこで千花がびっくりしたように声を上げた。
「はるか、おじさん達に怒られたの?」
「いや、怒られはしなかったよ。なんでも、カレヴィと婚約する際にうちの両親、かなりの祝い金を貰ったらしくて、それに味をしめちゃったみたい」
「……ああ、あれで」
千花がそう言うってことは、その場面を見ていたんだろう。
「千花、そのこと知ってたんだね」
わたしがそう言うと、千花はしまったというような顔をした。
「でも、そのことでカレヴィ王はおじさんとおばさんのはるかへの評価を上げようとしてたから強くは言えなかったんだよ。……実際、おじさん達の態度変わってたでしょ?」
「う、うん……」
そうか、カレヴィ、おとんとおかんを買収したのか。
そう言えば、二人に謁見した時、カレヴィすごく怒ってくれてたものね……。
カレヴィのしたことはあまり褒められたものじゃないけど、うちのおとんとおかんに対しては効果てきめんだったわけだ。
……でも、二人共ちょっと金の亡者みたいにもなったよね。
わたしにも預金通帳の残高を確認して喜ぶ趣味はあるけど、あれに比べたらささやかなものだ。うん。
「二人ともカレヴィと破談になったら、また違う結婚相手から、祝い金貰えるつもりでいるよ。どうしよう……」
わたしが困って千花を見ると、彼女は仕方なさそうに笑った。
「……まあ、婚礼の祝い金を貰えるのは確かなんだし、いいんじゃないかな。三人から搾り取れっていうのは無茶ぶりすぎるけど」
「あ、そうなんだ……。貰えるんだ」
むしろああいうのって持参金を持って行かなきゃいけないのかと思ってたけど、どうやらあちらの世界では逆らしい。
……でも、なんか悪いなあ。
政略結婚なのに、お金使わせちゃって。いや、まだ決まったことじゃないけどさ。
わたしが三人に同情していると、千花がぽん、とわたしの肩を叩いてきた。
「こっちの問題はなくなったみたいだし、それじゃはるか、事務所に移動しようか」
「あ、そうだね」
そう言われて、おとんとおかんを説得できたら、千花の会社に移動する予定だったことをわたしは思い出した。
「あら、もうはるかちゃん帰っちゃうの?」
「うちに泊まっていけばいいのに」
おばさんとおじさんが口々に言ってくれるけど、千花がそれを遮った。
「駄目だよ、はるかは忙しいんだよ。ここにいられる一ヶ月でいろいろやることがあるんだから」
そうだ。この後わたしは本を作ったり、通販の準備をしたり、漫画を描きまくったり大忙しなんだ。
特に本作りはいろいろ凝りたいから、印刷会社とかに出かけていろいろ確認したいしね。
「おじさん、おばさんありがとうございます。わたし、これで失礼します」
わたしは二人にぺこりとお辞儀をすると、千花と二人で玄関まで戻って靴を履く。
「はるかちゃん、頑張ってね」
「はい」
わたしは千花のおじさんとおばさんの優しい眼差しを受けながら、次の瞬間には別の場所へ移動した。
千花の会社は自宅からは相当離れた繁華街のマンションにあった。
それから千花は事務所用の部屋の隣に住居用の部屋まで買っていた。……なんとわたし名義で。
「もちろんこれはザクトアリアから出ているから、はるかは遠慮なく使っていいからね」
わたしは部屋に入ってすぐに、その広さにびっくりした。
わたし一人に3LDKなんて贅沢過ぎる。
もちろん、客間用のベッドもあるって言ってたから、千花も使うとは思うんだけど。
それに全体的に落ち着いた品のいい内装で、わたしはとても気に入った。
たぶん千花が決めたんだろうけど、センスいいなあ。
住居用のクローゼットにはわたし用と思われるブランド物の服がたくさん詰まっていて、バッグや小物類もしっかりあった。
シューズボックスにも靴がぎっしり入ってて、これ、本当にいいんだろうか、とわたしはだんだん心配になったきた。
「これくらいなら、あの国は大した出費でもないよ。それにはるかはあの王に酷い目に遭わされたんだから、慰謝料と思って大いばりで使っていいんだからね」
そう言うと千花は少し怒った顔で腰に手を当てて胸を張った。……う、うーん、千花、まだカレヴィのこと相当怒ってるよ。
とりあえず生活必需品は揃っているし、食材とかは明日二十四時間開いているスーパーに買いに行けばいいだろう。
「それにしても、いい物件だね」
いったいいくらかかってるのか聞くのは怖いけれど、カレヴィの離宮建築からしたら、たぶん可愛いものなのだろう。
「でしょ? 大きなショッピングセンターや病院もあるし、交通も便利だからかなり生活しやすいと思うんだ。はるかは、この期間が終わっても時々ここに気晴らしに来るといいよ」
嬉しそうにそう言う千花は、きっとわたしのために苦労してここを探してくれたんだろうなあ。わたしって、本当に凄く恵まれてる。
「本当にありがとね、千花」
わたしは感謝を込めて、彼女に抱きついた。
「いいんだよ。わたしも選んでて楽しかったから。……それより今日は遅いから、はるかはもう休んだ方がいいよ。明日は買い出しと、事務所の案内をするからね」
すごく忙しいだろうに、わたしにつき合わせちゃって千花には本当に申し訳ないな。
でもせっかく千花がここまでしてくれてるんだから、わたしもカレヴィへの想いを吹っ切るように努力しよう。
とりあえず、その第一歩として本作り頑張らないとね。
てっきり怒られると覚悟して行ったにもかかわらず、別の意味で盛り上がられてしまった実家から退散して、わたしはまた千花の家を訪ねた。
「やあ、はるかちゃん、いらっしゃい。綺麗になったねえ」
さっきは会えなかったおじさんが、にこにこ挨拶してくれた。
大企業のお偉いさんなんだけど、そんなことを微塵も感じさせないとても気さくな人だ。
「あ、おじさんお邪魔します」
千花とおばさんも出迎えてくれたので、勝手知ったる家で、気軽に上がり込む。
「千花に話は聞いたけど、ご両親の説得はうまくいったのかい?」
千花とおばさんもそのことが気になって仕方ないようで、テーブルに身を乗り出すようにしている。
「うーん、一応国王との結婚は延期になって、最悪破談になるかもしれないってことは了承してもらったんですけど……。三人から求婚されているって言ったら、その人達からいろいろ搾り取ってこいと言われました」
「ええ?」
そこで千花がびっくりしたように声を上げた。
「はるか、おじさん達に怒られたの?」
「いや、怒られはしなかったよ。なんでも、カレヴィと婚約する際にうちの両親、かなりの祝い金を貰ったらしくて、それに味をしめちゃったみたい」
「……ああ、あれで」
千花がそう言うってことは、その場面を見ていたんだろう。
「千花、そのこと知ってたんだね」
わたしがそう言うと、千花はしまったというような顔をした。
「でも、そのことでカレヴィ王はおじさんとおばさんのはるかへの評価を上げようとしてたから強くは言えなかったんだよ。……実際、おじさん達の態度変わってたでしょ?」
「う、うん……」
そうか、カレヴィ、おとんとおかんを買収したのか。
そう言えば、二人に謁見した時、カレヴィすごく怒ってくれてたものね……。
カレヴィのしたことはあまり褒められたものじゃないけど、うちのおとんとおかんに対しては効果てきめんだったわけだ。
……でも、二人共ちょっと金の亡者みたいにもなったよね。
わたしにも預金通帳の残高を確認して喜ぶ趣味はあるけど、あれに比べたらささやかなものだ。うん。
「二人ともカレヴィと破談になったら、また違う結婚相手から、祝い金貰えるつもりでいるよ。どうしよう……」
わたしが困って千花を見ると、彼女は仕方なさそうに笑った。
「……まあ、婚礼の祝い金を貰えるのは確かなんだし、いいんじゃないかな。三人から搾り取れっていうのは無茶ぶりすぎるけど」
「あ、そうなんだ……。貰えるんだ」
むしろああいうのって持参金を持って行かなきゃいけないのかと思ってたけど、どうやらあちらの世界では逆らしい。
……でも、なんか悪いなあ。
政略結婚なのに、お金使わせちゃって。いや、まだ決まったことじゃないけどさ。
わたしが三人に同情していると、千花がぽん、とわたしの肩を叩いてきた。
「こっちの問題はなくなったみたいだし、それじゃはるか、事務所に移動しようか」
「あ、そうだね」
そう言われて、おとんとおかんを説得できたら、千花の会社に移動する予定だったことをわたしは思い出した。
「あら、もうはるかちゃん帰っちゃうの?」
「うちに泊まっていけばいいのに」
おばさんとおじさんが口々に言ってくれるけど、千花がそれを遮った。
「駄目だよ、はるかは忙しいんだよ。ここにいられる一ヶ月でいろいろやることがあるんだから」
そうだ。この後わたしは本を作ったり、通販の準備をしたり、漫画を描きまくったり大忙しなんだ。
特に本作りはいろいろ凝りたいから、印刷会社とかに出かけていろいろ確認したいしね。
「おじさん、おばさんありがとうございます。わたし、これで失礼します」
わたしは二人にぺこりとお辞儀をすると、千花と二人で玄関まで戻って靴を履く。
「はるかちゃん、頑張ってね」
「はい」
わたしは千花のおじさんとおばさんの優しい眼差しを受けながら、次の瞬間には別の場所へ移動した。
千花の会社は自宅からは相当離れた繁華街のマンションにあった。
それから千花は事務所用の部屋の隣に住居用の部屋まで買っていた。……なんとわたし名義で。
「もちろんこれはザクトアリアから出ているから、はるかは遠慮なく使っていいからね」
わたしは部屋に入ってすぐに、その広さにびっくりした。
わたし一人に3LDKなんて贅沢過ぎる。
もちろん、客間用のベッドもあるって言ってたから、千花も使うとは思うんだけど。
それに全体的に落ち着いた品のいい内装で、わたしはとても気に入った。
たぶん千花が決めたんだろうけど、センスいいなあ。
住居用のクローゼットにはわたし用と思われるブランド物の服がたくさん詰まっていて、バッグや小物類もしっかりあった。
シューズボックスにも靴がぎっしり入ってて、これ、本当にいいんだろうか、とわたしはだんだん心配になったきた。
「これくらいなら、あの国は大した出費でもないよ。それにはるかはあの王に酷い目に遭わされたんだから、慰謝料と思って大いばりで使っていいんだからね」
そう言うと千花は少し怒った顔で腰に手を当てて胸を張った。……う、うーん、千花、まだカレヴィのこと相当怒ってるよ。
とりあえず生活必需品は揃っているし、食材とかは明日二十四時間開いているスーパーに買いに行けばいいだろう。
「それにしても、いい物件だね」
いったいいくらかかってるのか聞くのは怖いけれど、カレヴィの離宮建築からしたら、たぶん可愛いものなのだろう。
「でしょ? 大きなショッピングセンターや病院もあるし、交通も便利だからかなり生活しやすいと思うんだ。はるかは、この期間が終わっても時々ここに気晴らしに来るといいよ」
嬉しそうにそう言う千花は、きっとわたしのために苦労してここを探してくれたんだろうなあ。わたしって、本当に凄く恵まれてる。
「本当にありがとね、千花」
わたしは感謝を込めて、彼女に抱きついた。
「いいんだよ。わたしも選んでて楽しかったから。……それより今日は遅いから、はるかはもう休んだ方がいいよ。明日は買い出しと、事務所の案内をするからね」
すごく忙しいだろうに、わたしにつき合わせちゃって千花には本当に申し訳ないな。
でもせっかく千花がここまでしてくれてるんだから、わたしもカレヴィへの想いを吹っ切るように努力しよう。
とりあえず、その第一歩として本作り頑張らないとね。
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