王様と喪女

舘野寧依

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第五章:新生活

第52話 佐藤邸にて

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 二泊三日の温泉旅行から帰ってきたわたしは、家に帰る前に千花の家に寄り、久しぶりにおばさんと話に花を咲かせた。
 残念ながら、おじさんは会社に行っていて会えなかった。まあ、平日だからそうだよね。
 千花の弟の啓太君にいたっては、家から離れた大学に行っているのでずっと会えずじまい。
 小さい時から可愛がって来たから、もうそうそう会えないと思うと寂しいけど仕方ない。


「……それで、元老院の反対を受けてカレヴィとの婚礼は延びたけれど、戻ったらわたしは王妃としての責務を全うするつもりです」
「まあ、それは……、はるかちゃん、面倒事に巻き込んでごめんね」

 わたしがそう言うと、事の顛末を聞いていたおばさんは千花に似た顔をすまなそうに歪ませた。

 ……いくら気安い仲でも、カレヴィと喧嘩しちゃったなんて、余計なこと言ったのはやっぱりまずかったな。

 「ほら、千花も謝りなさい」とおばさんが言うと、千花が「ごめんね」とすまなそうに謝ってきた。

「え、そんな、謝られることじゃないですっ。だいたいあれは、千花の予想外の出来事でしたし。それに、わたしはあの国でとても良い思いをしてましたし、千花にはすごく感謝してます」

 おかげでカレヴィにも会えたしね。
 ……痛い思いもしたけれど、彼に出会わなければよかったとは思わない。
 それに、彼のおかげで今まで知らなかった感情をいろいろ味わえたんだ。
 それは、それまで狭い人生を送っていたわたしには、まさに奇跡のような出会いだったよ。
 だから、その出会いを作ってくれた千花には感謝こそすれ、恨むなんてとんでもないと思う。

「……はるかちゃんがそう言ってくれて、おばさん嬉しいわ。はるかちゃん、これからも千花の友達でいてね」

 おばさんがどこか哀しげにそう言う。
 なんだか、わたしに負い目を感じてるみたい。やだな、そんな顔しないでほしいのに。

「千花は昔からわたしの大切な友達ですよ。わたしの方こそ千花にはお世話になりっぱなしで悪いと思ってます」
「はるかがわたしに悪いなんて思う必要ないんだよ。ここでははるかみたいな人の方が貴重なんだから」
「え……?」

 わたしが貴重? なんだそれ?
 わたしがきょとんとしてると、千花は寂しそうに笑った。

「わたしがはるかのおじさんやおばさんに力見せたら怯えてたでしょ? だいたいあれが普通の反応なんだよ。はるかみたいに全然動じないのは珍しいの」
「え……」

 そういえば、おとんとおかんが千花が移動魔法使っているのを見て、そんな感じで千花を見てたっけ。
 ……でも。

「千花は、千花だよ。魔法が使えても使えなくても、昔からお世話になってるし、わたしの大事な友達だよ」
「はるか……」

 千花との友情は、わたしの中では大切な宝物だ。
 おとんやおかんに出来の悪い子供とさんざん言われ続けて育ったけど、とくにグレもせずにいられたのは、千花やおばさん達のおかげとも言える。
 だから、千花がちょっと人と違う能力を持っていたって、怯えるなんてわたしには考えられないんだ。
 むしろ、そんな千花が誇らしいくらいだ。

「わたしはそんな千花の苦労なんて全然分かってなかったし、むしろ、いろんな魔法使えるだなんて、すごいなあとしか思ってなかった。千花がそんなこと思ってるなんて全然気がつきもしなかったよ。ごめんね」

 わたしが千花に頭を下げると、千花が瞳を潤ませながら首を横に振った。

「はるかが謝ることなんてないよ。わたしはそんなはるかに救われてるんだよ。……だから、今回のことははるかに悪くてしょうがないんだよ」

 千花、本当に今度のこと気に病んでるんだなあ。
 でも、わたしとカレヴィがうまくいかなくなったのは、カレヴィの暴走やわたしの鈍感さのせいなわけだし、全然千花のせいじゃない。

「……わたし、前にも言ったよね。こうなったのは千花のせいじゃない。悪いのはわたしとカレヴィだよ。だから、本当に千花は気に病まないでほしいんだ。……じゃないと、わたしが千花に申し訳なくて仕方なくなるから」

 わたしがそう言うと、千花の大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。
 千花がこんな風にあからさまに泣いてるのを見るのは本当に久しぶりで、わたしは驚いてしまった。

 ──最強の魔術師なんて言われてるけど、千花もいろいろと辛かったのかもしれない。

 わたしは強い千花の一面ばかり見ていて、それに今まで気づいてあげられなかった。
 ごめんね、千花。

 わたしはバッグからハンカチを取り出すと、千花の涙をそっと拭いた。
 すると、千花がさらに泣き出した。

「わ、泣かないでよ、千花」

 千花の泣き顔を見ていたら、なんだかわたしまで泣きたくなってしまって困ってしまった。

 ……そして、結局千花と二人して抱き合って泣いてしまった。
 そんなわたし達をおばさんが微笑ましそうに見ながら「ありがとう」とわたしに言ってきた。
 ううん。違うよ、おばさん。
 「ありがとう」はわたしの言葉なんだよ。


 千花に出会えて、本当に良かった。
 これからも、どんなことになっても、千花は大切な親友だよ──



 それから、涙で顔中グチョグチョになったわたしと千花は、お互いの顔を見てひとしきり笑いあった後、顔を洗って化粧を落とした。
 腫れぼったい瞼も、おばさんが氷嚢を持ってきてくれたので、それでなんとか治まってくれて一安心だ。


「それで、はるかちゃんはこれから報告に行くのね?」
「はい」

 おばさんの確認にわたしは神妙に頷く。
 おばさんが言ったのは、わたしの両親のこと。
 おばさんは小さい時からわたしがおとんとおかん、特におかんにいい扱いを受けていないのを知っている。
 でも体罰とかは受けたことはないので、お母さんに注意できなくてごめんね、とおばさんから何度も謝られたことがある。
 それを子供心に優しい人だなあ、心配かけてすまないなあと思った覚えがある。

「はるか、大丈夫だよ。わたしがおじさんとおばさんに婚礼延期のこととか説明するから」

 千花が頼もしくそう言ってくれてるけど、でも。

「ううん。わたし、今回は自分一人で二人に報告するよ。たぶんいい顔しないかもしれないけど、自分の家族くらい、自分で説得出来なきゃ駄目だと思うんだ」
「はるか……」

 千花とおばさんは心配そうに見たけれど、わたしの心が変わらないと知ると、やがて微笑んで言った。

「そうね、その方がいいのかもしれないわ。はるかちゃんはいつまでも支配できる子供じゃないってことをあの人達も知るでしょう」
「そうだね。はるか、頑張って」
「うん」

 わたしは二人の応援を受けて、大きく頷いた。

 わたしはいつまでも狭い世界で小さくなっている子供じゃない。
 そのことをわたしはあの世界の人達に学んだ。
 だから、必ずあの二人を説得してみせる。


 その前にわたしは念入りに化粧をし、千花から貰ったブランド物の服装に合っているか姿見を借りてチェックした。
 うん、これなら以前のわたしと大違いだ。

 ──大丈夫、わたしは戦える。


 さて、そろそろおとんが会社から帰ってくる頃だろう。
 いきなり突撃するのもなんなので、わたしはケータイで家に連絡を入れておく。

「あ、わたし、はるか。今からお土産持って帰るね」
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