王様と喪女

舘野寧依

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第五章:新生活

第51話 克服への決意

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 なんとかカレヴィへの手紙を書き終えたわたしは、お土産の温泉饅頭にそれを添えて、侍女長のゼシリアを仲介してカレヴィに渡してもらうように千花へ頼んだ。

「わたしもあの王の顔を見たらまた罵倒くらいはしそうだったから、それなら大丈夫かな」

 ……千花、そんなにカレヴィを怒ってるのか。
 千花がわたしを大切に思ってくれているらしいのは嬉しいけど、一国の王に対してあちらでそうするにはちょっと過激じゃない?
 わたしは内心冷や汗を流すような気持ちで千花を見る。
 すると、千花はこちらの不安が分かったのか、ぽんぽんとわたしの肩を叩いた。

「大丈夫、はるかが心配するようなことはしないよ。だから、安心して」
「う、うん。千花、いつも悪いけどお願いします」

 わたしは頷くと、千花を真剣に見つめて頭を下げた。

「やだ、はるか。そんなことやめてよ。ちゃんとザクトアリアに行ってくるから、はるかは安心して待っててよ」
「うん」

 わたしが頷くと、千花は短い詠唱の後、あちらの世界への空間を開いた。
 この向こうには異世界が広がってるんだよね。
 いつ見てもすごいなあ、これ。
 わたしが感心していると、千花がわたしを見て言った。

「じゃあ、行ってくるよ」
「うん」

 そんな短いやりとりの後、千花の姿は消え、やがて空間は閉じられていった。
 それをわたしはなんとなく苦しく思いながら見つめていた。


 ……本当はお土産、カレヴィに直接渡したかったな。


 けれど、彼にあんな冷たい対応したわたしが、今更どの面下げて会えるんだ。
 それに今はまだわたし自身がカレヴィへの感情を持て余してるし、それがまた彼を怒らせることになったらいけないだろう。

 そこまで考えて、わたしは部屋に誰もいないこともあり、ぽろぽろと涙を流してしまった。

 ──彼はわたしを愛してるとは言ってくれた。

 でも、一月も離れていれば、それが熱病みたいなものだったと気づくかもしれない。
 そうすれば、カレヴィはわたしに今まで程関わることもなく賢王として皆にかしずかれることになるだろう。
 それが、彼の本来あるべき姿だ。
 わたしはそれをそっと見守って、自分の責務を全うしよう。


 けど、理性ではそう思っても、感情はまだそこまで付いてこない。

 わたしはみっともなくしばらくぐすぐすと泣いていたけれど、これじゃいけないと思って、洗面所で顔を何度も洗った。
 うん、目は腫れてないし、これなら千花が帰ってきても大丈夫だ。


 とりあえず、わたしはこんな後ろ向きな考えをやめて、なんとかカレヴィへの想いを絶ちきる方法を考えないとな。

 考えてみると、千花が立てたこの後の漫画三昧のスケジュールは良かったのかもしれない。
 趣味に没頭していれば、いろいろ浮かんでくる雑念に囚われずにすむしね。

 ……けど、その前におとんとおかんに婚礼が延びたことを説明するという難題が待ち受けているんだよね。
 正直気が乗らないけど、カレヴィを目の前にしているよりはましかもしれない。
 そう考えたら、目の前の重苦しい空気が少しだけ晴れたような気がした。


 ……うん、そうだよ。
 いくら延びたとはいえ、カレヴィとの結婚がなくなった訳ではないし、その点ではおとんとおかんは文句は言わないだろう。

 とりあえず、明日お土産を買って、家に直行してなんとか二人に説明しよう。
 二人は嫌みの一つや二つは言ってくるかもしれないけれど、わたしもザクトアリアでただその日を過ごしていた訳じゃない。
 趣味の合間に貴婦人の教養を身につけるための勉強をそれなりにしていたし、おとんとおかんくらいなんとか説得してみせる。
 そう考えてわたしがぐっと拳を握っていると、千花が戻ってきた。


「あ、千花。おかえりー!」

 わたしが先程の決意のまま元気良く千花を迎えると、千花がどうしたんだと言う目で見てきた。
 う、確かにわたし、最近感情の波が激しすぎるよね。

「はるか、カレヴィ王に渡してくださいって、侍女長に頼んできたよ」
「あ、ありがとう、千花」

 本当は行くの嫌だったろうに、すまなかったな。

「本当にありがとう」

 わたしは千花に深々とお辞儀をすると、千花にやめてよ、と言われた。

 あれ、しつこかったかな……?
 でも本当にありがたかったし、素直なわたしの気持ちだったんだけど。


 まあこれで、わたしが城から逃げるようにして出てきたことと、カレヴィに冷たく接したことの謝罪は伝えるようにしたわけだけど、それを彼がどう受け取るかまではまだ分からないんだよね。
 それを思うと、ちょっと怖い気がする。


 でも他になにを書いたらいいか分からなかったし、まさか、わたしの正直な気持ちを書くわけにもいかないしね。

 わたし以外の妃を娶らないでなんて、そんなのただの我が儘だ。
 そんなこと書いたら、王としてあるべき道を進むカレヴィの妨げになるだけだろう。


 そんなことを考えて、わたしが深い溜息をついていると、千花にぽんと肩を叩かれた。

「はるか、お風呂行かない? わたし、今日は歩き通しでちょっと疲れちゃったし」
「あ、そうだね」

 それに、ザクトアリアまでのお使いも頼んじゃったしな。
 これだけ働けば、千花もさぞ疲れたろう。

「うん、じゃあ行こうか。千花、後でマッサージしてあげるね」

 大きすぎる胸のために肩こりが酷かったわたしは、それなりにマッサージも研究している。
 それを聞いた千花は綺麗に微笑むと、大きく頷いた。

「うん、じゃあ、久しぶりにはるかに頼もうかな」


 ──本当に千花がいてくれてよかったな。
 それでどうにか、わたしは笑っていられる。


 とりあえず今は、残り少ないこの旅行を気心の知れた千花と二人で楽しもう。
 それで少し落ち着いたら、誰もいないところで思い切り泣くのもいいかもしれない。
 そうやって、少しずつ諦めたこの恋の痛みを癒すんだ。
 今現在愛されているのに自分から失恋するなんて変かもしれないな。
 そう思って、わたしは少し笑いたくなってしまう。
 でも、失恋なんて誰もが通って来た道なんだから、わたしもきっと克服してみせる。
 わたしは決意を新たにすると、わたしは千花とお風呂に行くべく慌てて準備を始めた。


 開いた傷はまだ痛みを訴えていたけれど、わたしはそれに目を瞑って、無理矢理やり過ごすことに決めた。
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