王様と喪女

舘野寧依

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第五章:新生活

第50話 手紙と恋情

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 結論として、落ち込んだ後でもご飯はとてもおいしかった。

 香ばしく焼けたあじの開きとお新香、出汁巻き卵、味海苔に納豆、そして炊きたてご飯に味噌汁という旅館の朝食としてはごくオーソドックスなものだったけれど、日本食に飢えていた身としてはそれがとても嬉しかった。

 朝ご飯にすっかり満足したわたしは、それから千花と二人で温泉街をぶらぶらした。
 途中で温泉饅頭を外で蒸かしている和菓子屋さんがあったので、千花と興味深く見ていると、そこの主人らしき人に声をかけられた。

別嬪べっぴんさん二人に特別サービスだ! 食べてってくれな!」

 ……って、ただで出来立てほやほやの温泉饅頭を貰ったけど、いいんだろうか?

「ありがとうございます」

 千花が和菓子屋の主人ににっこり微笑むと、彼は盛大に照れていた。
 千花、和菓子屋の主人を悩殺しすぎだぞ。

「ありがとうございます、いただきます!」

 わたしも彼にお礼を言って、茶色いお饅頭にかぶりつく。
 お饅頭は、皮はしっとりと柔らか、中のあんこがこれまた絶品で、わたしと千花は口々に絶賛した。

「わあ、このあんこおいしーい!」
「本当、この皮もおいしいです」

 そこでご主人は我が意を得たりとばかりに、これはどこそこの大納言小豆を使っていて……等々、材料の話が始まったけど、わたし達はお饅頭を味わって食べるのに夢中であんまりよく聞いてなかった。ご主人、ごめんね。

 あーでも、本当においしいよ、このお饅頭。カレヴィにも食べさせたい。
 そこまで考えて、わたしははっとする。
 わたしは一ヶ月はあの世界に戻らないんだったっけ。

 それにカレヴィとはあんなつれない別れ方したのに、おみやげなんか渡せるわけないじゃない。
 わたしが現実を思い出してどーんと落ち込みかけていると、千花が突然和菓子屋の主人に向かって言った。

「すみません、これを三十個ください」
「え、千花、まだ最終日じゃないのに買っちゃうの?」

 わたしが小声でこっそりと聞いてみたら、千花は向こうの世界の家族にいち早く届けるつもりでいるんだって。

 ……そっか。
 じゃあ、わたしも千花に届けてもらおうかな……。

「あ、すみません。わたしは二十個ください」
「あいよっ!」

 和菓子屋のご主人が威勢のいい声で返事してくれて実に気持ちがいい。

「はるか? まさか……」

 わたしの意図を察したのか、千花が眉を寄せた。
 ごめんね、千花が今、わたしのためにカレヴィに怒っていることはよく分かってはいるんだけど。

「うん、悪いけど後でカレヴィに送ってくれるかな。昨日彼に態度悪かったのは、やっぱり謝らなきゃ。後で手紙を書くから」

 すると、千花は納得できないように、不機嫌そうな顔になる。
 ……うう、これはザクトアリアに届けてくれないかなあ。

「……はるかがそう望むのなら、わたしはあの王を許せないけど届けるよ」
「あ、ありがと、千花。ごめんね?」

 千花が承諾してくれたので、わたしはほっとして笑顔になった。

「まあ、はるかの頼みだからね。仕方なくだよ」

 そう言うと、千花は和菓子屋さんの中に入っていってしまった。

 ……うーん、これは相当怒ってるなあ。
 まさか血の雨は降りはしないだろうけど、千花とカレヴィを二人きりで会わせるのはまずいかもしれない。
 これは、ゼシリアか侍女三人組の誰かに仲介してもらったほうがいいかなあ。

 わたしはそう考えた後、慌てて千花の後を追って店の中に入った。



 千花は和菓子屋の主人に後で取りにくると言って、既にわたしの分まで精算をすませていた。

「ごめん、千花。後で払うから」
「いいよ、わたしの奢り」
「いや、わたしばっかり奢られて悪いよ。今回は絶対払うから!」

 カレヴィに渡すものだし、それまで千花の奢りなのはまずい。

「……分かった。じゃあ、後で精算しよ」
「うん」

 千花が渋々承諾してくれたので、わたしはほっとする。
 千花はお金持ちだから、やたら奢ってくれるけど、やっぱりそれじゃ心苦しい。

 ちなみにここに来る時の服も千花がどこかのブランド物らしいのを何着も持ってきてくれた。あと、靴やバッグも。
 胸のせいで服選びが難しいわたしに合わせてあったから、やっぱりわたしのために買ったんだろうな。
 わたしも千花になにか奢れたらいいんだけど。
 ……よし、この後の昼食は絶対わたしが奢るぞ。

 それからわたし達は、土産物屋をいろいろ物色して回った後、お昼にすることにした。
 ただ、千花が入りたいって言ったのはお好み焼き屋で、すっかり彼女に奢る気でいたわたしはがっくりした。
 千花だったら、お好み焼きくらい向こうでも作れるんじゃない?
 ……それがなぜお好み焼き屋。
 そう思ったけど、千花がどうしてももんじゃが食べたいと言うので、わたしはものすごく納得してしまった。

 もんじゃ焼きって見た目アレだものね。
 それは確かに向こうで作れなそう。

 それでわたし達はお好み焼き屋に入って、明太もちチーズもんじゃと海鮮お好み焼きを注文した。
 昼間からお酒はまずいので、飲み物は二人ともウーロン茶で。
 ……そういや、わたしもお好み焼き屋自体久々だわ。

 温泉旅行でもんじゃとか食べるっていうのも不思議な気分だけど、こういうのも悪くないかもしれない。
 そんなことを千花とおしゃべりしていると、もんじゃのどんぶりが運ばれてきた。

「じゃあ、わたし焼くね」

 千花が張り切って手を挙げる。
 うん、ここはうまい人にお任せするよ。

 千花はどんぶりから具材だけを油を引いた熱した鉄板の上に出すと手際よく炒めてからヘラでリズミカルに細かく切って、それからドーナツ型の土手を作った。
 そしてその中央にウスターソースを入れた生地を流し、ぐつぐつ煮立たせると、わたしには分からないタイミングでばばっとかき混ぜ、薄く丸い形を作った。
 そしてその上に溶けるチーズを散らしていく。

 それにしても、こんなとこまでさすが千花。
 相変わらずの手際の良さに感心しながらわたしは漂ういい匂いに思わず生唾を呑み込む。

「そろそろいいかなー」

 そこでようやく千花の許可が出たので、早速わたしはもんじゃ用の小さいヘラはがしで縁をかきとり、鉄板に押しつけて焦げ目をつけた後、ふーっと息を吹きかけ、そのままぱくり。

「あ、おいしーっ」
「でしょ?」

 千花ももんじゃをおいしそうに食べながらにこにこする。

 あー、これは確かに向こうじゃ食べられないや。こんなにおいしいのにもったいない。
 第一、あっちには明太子やお餅自体ない。もち米はあるらしいんだけどね。

 わたしと千花はあっという間にもんじゃを完食して、次のお好み焼きに取りかかる。
 もちろん、焼きは千花担当。
 これも見事な出来映えで、わたしは久々のお好み焼きに舌鼓を打つ。

 二人で見事に完食してお腹がいっぱいになったところで、わたしは千花に言い張ってここの代金を支払った。
 それでも、お好み焼き屋だから代金なんてたかがしれてるんだけどさ。
 わたしだって、たまには千花に奢りたいんだもの。

「おいしかったね。はるか、ごちそうさま。……さ、お饅頭取りに行こう」

 千花に言われてそのことを思い出したわたしは、慌てて彼女の後を追った。



 それからわたしは宿に戻って、カレヴィへ手紙を書いた。
 千花は気を遣ってか、ちょっと離れたところで荷物の整理をしている。

『カレヴィへ

 挨拶もせずに突然こっちに帰ってきてしまってごめんなさい。それから、昨日はそっけない態度を取ってしまってごめんなさい。
 わたしはあのままザクトアリアにいることが苦しかった。
 だから、わたしはその辛さから逃げてしまったんです。本当にごめんなさい。
 カレヴィ、この文面で済ませて悪いけれど、予定通り一月ほどわたしにお休みをください。
 帰ってきたら、わたしは自分の役目をきちんと果たします。
 そしてザクトアリアの発展のために尽くします。

 こちらのお菓子をそちらに送ります。
 わたしが持ってきた緑茶を淹れて食べてくださいね。

 はるか』

 書きながら、あんなに冷たく彼を突き放しておきながら本当に自分勝手だな、とわたしはくすりと笑った。
 これを読んで、カレヴィはどう思うだろう。
 呆れるだろうか。それとも、しょんぼりするかな。どっちだろう。

 彼はわたしの帰りを待っていると、愛しているとも言ってくれた。
 でも、わたしがいない一月の間に、彼に妾妃の話題が出てきて、わたしのことなんて気にもとめなくなっているかもしれない。
 そこまで考えて、わたしは思わず胸元を掴んだ。

 ──胸が苦しい。だけど、これは自業自得だ。
 さんざん良くしてもらったにも関わらず、恩知らずなことをわたしは言ったのだし、わざわざ謝りに来た彼をけんもほろろに追い返したのだから。
 せめてカレヴィがお土産だけでも食べてくれたらいいと思ってたけど、虫が良すぎたかもしれない。

「う……」

 いけない、涙が出てきた。
 こんなところで泣いたら、千花に心配かけちゃうよ。
 わたしは慌てて目を擦ると、自分の署名の後にこう付け加えた。

『これは最初からの契約ですから、わたしも己を捨てて覚悟を決めます。』

 ──そう、初めてカレヴィに身を任せた夜のように。

 そう考えれば、少しは気が楽になる気がした。

 ただ、あの時のわたしは知らなかった。
 ……こんな、恋という激しすぎる感情なんて。
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