王様と喪女

舘野寧依

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第四章:対抗手段

第45話 劇薬

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 それから、わたし達はちょっとしたやりとりの後、とりあえず会議をする大部屋みたいなところに移動することになった。
 そこには中央に重厚で大きなテーブルがドンと置いてあった。
 ちなみにカレヴィのやるべき執務は、今宰相のマウリスが励んでいるということだ。さすがに決裁はさせないみたいだけど。



「結論から言います。カレヴィ王はここはひとまず引いておいて、はるかと離れた方がいいです」

 千花がはっきりとそう言ったことで、カレヴィ以外の三人の男性はそら見ろといったような顔でカレヴィを見た。

「千花、離れた方がいいって、それ……別れろってこと?」

 わたしが恐る恐る確認すると、千花は首を横に振った。

「ううん。はるかはあっちの世界に帰るの。期間は……そうだね、一ヶ月くらいがいいと思う」
「えっ、わたし帰っちゃうの?」

 千花の案にあまりにもびっくりして、わたしは彼女に確認してしまう。
 すると、千花が真面目な顔で頷いた。

「そのくらいしないと、カレヴィ王ののぼせた状態も冷めないし、元老院も納得しないと思う」

 一ヶ月っていったら、カレヴィとの婚礼が過ぎることになっちゃうんだけど。
 それは延期ってことになるのかなあ。

「のぼせとは口が悪いぞ、ティカ殿」

 カレヴィが千花に抗議するけど、それにはわたしも彼女に同意。

「カレヴィ、元老院のことで意固地になってたでしょ。それに、離宮建築のことだって……」

 でも、離宮の件に関してはわたしも悪いよね。
 カレヴィにいらないとは何度か言ったけど、「絶対にいらない。建てたら嫌いになる」とまで言えば、彼も考えただろうし。

「確かに意地になっていたことは認める。だが、おまえと一月も会えないなんて考えられない。頼む、それだけはやめてくれ」

 カレヴィが耳の垂れた犬みたいな顔になって懇願してくる。
 う、いい歳した大人が、そんな捨てられた子犬みたいな目で見てこないでほしい。

「そうすると我々も彼女に会えないことになるんだね」

 アーネスがやや残念そうに言うと、シルヴィやイアスも不満そうに言った。

「ティカ殿、それは困ります」
「せっかく、ハルカ様と仲良くなるいい機会でしたのに」

 それに対して、千花は聞き流す作戦に出たようだ。

「……それで婚約期間は延ばして三ヶ月ということにします。もちろん、予定していた婚礼は延期です。……調べさせて頂きましたが、この国の婚約期間は少なくとも三ヶ月前、習いは婚礼の一月前からだそうですね」
「えっ、そうなの?」

 初めて聞く事実にわたしはびっくりだ。
 カレヴィを見ると、仕方なさそうに頷いている。

「早く婚礼を済ましてしまいたかったからな。この短い期間だから、離宮建築も問題ないと思っていたが、奴らはそう取らなかった訳だ」

 そう言うカレヴィは憮然としていて、どう見ても納得していない。

「そ、それで一月はあっちで暮らして、あとの二ヶ月のうちの最後の一月が習いになるわけだね?」

 千花に説明されたことを自分なりにまとめてみる。

「ハルカ、なにを言っている。習いは既にしているだろう。おまえが帰ってきたら習いはすぐする」

 ちょっ、カレヴィ、それじゃ離れる意味ない!

 見ると、カレヴィの恥ずかしい発言に、シルヴィとイアスが顔を赤らめている。それを見ていたら、わたしもなんだか恥ずかしくなってきちゃった。

「……カレヴィ王、根本的なところから分かってませんね。元は、あなたがはるかに溺れすぎたところから始まっているんですよ。……ここはしきたり通りにどんなことをしても絶対に習いは一月前にさせてもらいます」

 千花が憮然とした顔で重ねて言うと、カレヴィもその視線を厳しい目で受け止めた。
 う、なんだか二人の間で火花が散った気がする!
 こ、ここは、わたしが収拾つけなくちゃいけないよね。

「カレヴィ、世話になっていて本当に悪いけど、千花の言う通りにした方がいいと思う。少し冷却期間を作って、元老院とかの様子を見るのが一番いいと思う」

 すると、カレヴィがむっとした顔でわたしを見てきた。

「……ハルカはそれでいいのか。おまえは俺につれなすぎるぞ」
「う、うーん、ごめんね。でもこの場合仕方ないと思う。わたしはカレヴィに退位してほしくないし、それにわたしもカレヴィを惑わす悪女扱いされたくないしね」

 悪女云々はあんまり言いたくはなかったけど、カレヴィを納得させるためには仕方ない。
 すると、シルヴィが居心地悪そうに「申し訳ない」と謝ってきた。
 あ、そういえば、シルヴィに国王を誘惑する女性と言われたんだっけ。

「ううん、気にしてないよ。シルヴィの立場ならわたしに怒っても仕方ないし」

 わたしがそう言うと、もう一度シルヴィは申し訳ないと謝ってきた。もう、そんなに気にしなくていいのに。

「……そうか。それでは仕方ないな」

 わたしの意見を聞いて、一気に顔色が暗くなるカレヴィにわたしは慌てて言った。

「で、でもね! 婚約期間は長くなって、一月は帰っちゃうけど、たまには会うことはできると思うんだ。……それで、その間にカレヴィは政務に励んで元老院を見返してやればいいんだよ!」

 わたしが必死になって言うと、それに千花が頷いてうまくフォローを入れてくれた。

「そうすれば、はるかが王の障害と言われることはなくなりますね。……ああ、それから離宮建築の件は既にマウリス殿に言って着工を中止してあります」

 千花、仕事が素早すぎる。
 内心で惚れ惚れしてると、カレヴィは「そうか」と頷いた。
 さすがにこうなっては、離宮には手を着けられないと諦めたのだろう。

「ハルカの習いは延期になってしまうのか……。しかし、今夜くらいは王妃の間に留まるのだろう?」
「それでは、冷却期間にならないです。もちろん習いなどありませんよ。二ヶ月後までお待ちください」
「そうか……」

 千花がはっきりとそう言ったことで、カレヴィが目に見えてしょんぼりしている。
 ああ、慰めたいけど、こういう場合はやめておいた方が賢明なんだろうな。

「じゃ、じゃあ今日の晩餐までわたし、カレヴィと過ごすことにする。……それくらいならいいでしょ?」

 わたしが周りを見回すと、みんなも仕方なさそうに頷いてくれた。

「まあ、それくらいなら」
「仕方ないですね」

 もしかして反対を受けるかもしれないと思っていたから、これは本当によかった。
 わたしはみんなの同意を受けられたことでほっとする。
 さすがに、元老院に反対を受けたからいきなり態度を翻すような真似はしたくないし、それじゃあまりにもカレヴィが可哀想だしね。

「そうだね、それでカレヴィは別れを惜しむといいよ」
「別れじゃない!」

 アーネスにからかわれて、カレヴィが憤慨して椅子から立ち上がった。
 ああもう、こんな分かりやすい挑発にのっちゃって。
 してやったりと、くすくすとアーネスがおかしそうに笑っている。

「これで、カレヴィが我慢とか覚えてくれれば、いつか頭の固い元老院もわたしとの仲を認めてくれるよ。……わたしが言うのもなんだか変だけど、カレヴィ頑張ってね」
「……ああ」

 わたしはなるべく力付けるように言ったつもりなんだけど、対するカレヴィは寂しそうな顔で微笑んだ。

 確かにすごく残酷なことを言ってるような気もするけど仕方ない。
 わたしは今現在カレヴィに恋愛感情はないし、これくらいしか言えないよ。……ごめんね。

「……それにしても、俺はそんなに辛抱が足りないか?」

 カレヴィのこの言葉に周りの人間は思わず苦笑した。
 なに、カレヴィ自分で自覚ないの?
 なら、わたしがここで引導を渡しとこう。

「はっきり言って、まったくない」



 わたしの言葉に少しの間、落ち込んでいたカレヴィだけど、事が決まったことで覚悟ができたらしく、結局は婚約期間延長を受け入れた。……ただ、時々向こうを訪ねることは条件に入れていたけどね。

 そこで一応会議はお開きとなってみんな退席していったんだけど、わたしは千花に呼び止められて、なにかと思ったら一応避妊薬を飲んでおくように言われた。
 ……なんでも、やけになったカレヴィが既成事実を作ることで無理矢理わたしを王妃にかつぎあげることも考えられるからだそうだ。

「……でも、この期間中はカレヴィ避妊薬飲んでるって言ってたけど」
「普通のは効力は一日だけで、今日飲まなければいつでもできるよ。用心にこしたことはないから」

 いくらカレヴィでもそんなことしないって! と笑い飛ばそうとしたけれど、いくつかの暴走例があるからわたしは千花の言葉に素直に従っておくことにした。
 わたしが今カレヴィの子供を妊娠しちゃったりしたら、それこそ元老院を刺激しかねないからだ。

「はるか、飲んで。それは三日くらいは効いている強力なやつだから」

 千花がどこからか出してきた薬の包みを開けて、それを水で流し込む。
 ……これでひとまずカレヴィが暴走しても彼の子供ができることはない。
 わたしはほっとして、薬の包みとグラスを千花に返すと、出してきた時と同じように千花はまたそれをどこかへとしまった。

「ごめんね、はるか。カレヴィ王はもうちょっと冷静な人だと思ったんだけど」

 千花がすまなそうに謝ってくるのをわたしは体の前で両手を振って否定した。

「ううん、千花が謝ることはないよ。カレヴィが実はああいう人で楽しかったことも事実だし」
「そう……?」

 千花はまだすまなそうにわたしを見てくるけど、本当に気にしないでほしいな。
 こんな事態になったのは千花の想像外の出来事だろうし。


「おい、ハルカ。そろそろいいか?」

 女同士の話があるからと言って扉の前で待たせていたカレヴィが待ちくたびれたように顔を出した。

「あ、うん、ごめん。話はすんだから」

 心配そうな千花の視線を受けながら、わたしはカレヴィに返事をする。

 とりあえずは、今日でカレヴィとはひとまず一ヶ月ほどお別れなんだ。
 できるだけ、今日は彼の期待に添えるようにしよう。

 わたしはこんな事態になったことへの申し訳なさに少し胸が痛んだ。
 もしかしたら、カレヴィとずっと穏やかに過ごすことことができるやりようがあったかもしれない。
 でも、実際はそうはならなかった。

 こんなことになった原因の恋という感情はわたしはまだ知らない。
 でもこれはとんでもない劇薬なのかもしれないのかもしれないな、と感じながらわたしはカレヴィの方へと歩きだした。
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