王様と喪女

舘野寧依

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第四章:対抗手段

第39話 元老院

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 わたしとカレヴィのところに、ちょっと面倒なお偉方が訪ねてきたのは、朝食が終わった後のことだった。
 なんでも、元老院の最高責任者とそのナンバー2なんだって。

「なんの用だ、グリード財政大臣、ヘンリック内政大臣」

 カレヴィは彼らのことがあまり好きじゃないみたいで、なんだか不機嫌そうだ。
 でも、わたし達に応対する元老院ナンバー2のヘンリック内政大臣は、短い白髪に穏やかな緑の瞳のまさに好々爺こうこうやと言うのがふさわしい人物だった。
 ただ、もう一方の最高責任者のグリード財政大臣はいかにも頭が固そうな感じ。……それで、一度見たら忘れられないような人物だった。

 ──バーコード落ち武者。

 それがわたしの彼に対する第一印象だった。
 頭はあまり手入れしていないような肩を覆うくらいの黒髪で、てっぺんが禿げていて、ほんの気持ちだけ髪が幾筋か横に流れていた。
 ……それがまさにバーコードそのもの!
 おまけにグリード財政大臣は強面で、これまたあまり手入れしていないような口髭と顎髭を生やしているもんだから、まさに落ち武者という感じ。
 ……だからそれらを総合して、バーコード落ち武者。

 とは言っても、ここで理解してくれる人は皆無だろう。
 ああ、千花がいれば、きっと同意してくれるだろうに。
 わたしは凄く笑いたかったけれど、必死で口を押さえてぷるぷるしていた。

「……わたしの顔を見て噴き出すのを堪えている方は初めてです、ハルカ様」

 本人にそう言われたことで、わたしは堪えきれずについ噴き出して、大声で笑ってしまった。
 カレヴィがわたしの笑いを収めようと、名前を呼んでくるけれど、もー駄目、ツボにはまっちゃって笑いが止まらない!

「すっ、すみませ……っ、わ、たし、失礼……っで……」

 財政大臣がむっとしているけど、初対面でこれだけ笑われれば当然の反応だろう。本当にすみません、失礼で。

 そんなわたしに対して、カレヴィがいきなりキスしてきた。
 ちょっ、こんな偉そうな人達の前で!
 あまりのことに仰天したわたしは、おかげで笑いも引っ込んだ。

「ちょ……っ、なにすんの、カレヴィッ」
「おまえこそ、いきなり大笑いするとはなにごとだ。俺はおまえを止めただけだ。一瞬、気でも触れたかと思ったぞ」

 う……、それを言われちゃうと、なにも言えない。
 わたしの行動は確かに傍目にはかなり怪しく映っただろう。

「ご、ごめん。この方がわたしの国のある人物像に似ていて」

 しかし、落ち武者自体の説明が難しい。
 今度向こうに帰った時にでもネットでイメージ検索して、プリントアウトしたものをカレヴィに見せよう。

「陛下とハルカ様は随分と仲がおよろしいようですね」

 にこにことヘンリック内政大臣がわたし達に話しかけてくる。
 グリード財政大臣はむすっとしたままだ。……そりゃあ、あれだけ笑われた後に、他人のキスシーンなんか見せられたら確かに不愉快だろう。

「そ、そういう訳ではないのですが」
「なにをいう、ハルカ。仲はいいだろう、仲は」

 確かにやることはやっていて、カレヴィには好かれてるから、仲は悪くはないんだろうけど。

「う、うーん」

 申し訳ないけど、わたしからしたら政略だから、そうだねとは言いづらい。

「ハルカ様が陛下を手玉に取っているという噂は本当のようですな。いくら政略とはいえ、これほど寵愛されていらっしゃるようなのに、ハルカ様の方はそうではないと」
「え……」

 相変わらず不機嫌そうなグリード財政大臣にそう言われて、わたしはびっくりして目を瞠った。
 そりゃ、モニーカ達にわたしが小悪魔だって言われたことはあるよ?
 でも、あれはカレヴィをちょっとからかっただけじゃない。

「なにを言っている、グリード財政大臣」

 カレヴィが不愉快も露わに財政大臣にそう言った。
 けれど、彼は全く動じたふうもない。

「陛下が今回あなた様のために離宮を立てられることをお決めになられたそうですが、我々元老院は反対させていただきます」
「なんだと」

 それを聞いてカレヴィは気色ばむ。
 グリード財政大臣にの言葉に、ヘンリック内政大臣が少し困ったように続けた。

「まだ婚約中で、正式に王妃となられた訳でもないのに、そんな多額の費用を使われるのはいくら豊かな我が国といえども、いろいろと問題がありますからね」
「ハルカはいずれ王妃となる。その記念が少し早くなっただけだろう」

 カレヴィの口調がだんだん激しくなる。
 いけない、これは本格的に怒る前に止めないと。

「カ、カレヴィ。わたし、離宮はいらない。だから、そんなにこの人達を怒らないで」
「離宮はもう着工の準備をしてある。それを急に取りやめるのもなんだろう」

 あー、カレヴィ、本当にこういうとこ頑固。わたしでもほとほと手に余っちゃう。

「陛下、ハルカ様がこうおっしゃっておられるのですから、どうかお考え直しを」

 ヘンリック内政大臣がわたしの困った顔を見つめながら、安心させるように笑いかけると、もう一度、カレヴィに進言した。

「──断る」

 なんだかカレヴィ、変に意地になっているみたいだ。

「……それでは私共は、陛下とハルカ様のご婚約について考えさせていただかなくてはなりませんな。どうやら、陛下はハルカ様に骨抜きの様子。そんな陛下に政務がまともに執れるとも思いませぬ」
「なんだと」

 その途端、カレヴィとグリード財政大臣の間で見えない火花が散った気がした。

「それに、この期間で政務がかなり滞っているようですが」

 皮肉げにグリード財政大臣が言うと、カレヴィの顔が一瞬歪んだ。

「婚約期間中なんだ。それくらい配慮しろ」
「それでも、陛下はハルカ様に溺れすぎです。これほどお美しければそのお気持ちはわからないでもないですが、このままでは我々元老院としては、最悪の通達をしなければなりません」

 今まで温厚そうだと思っていたヘンリック内政大臣まで厳しいことを言ってくる。……なんだか、これは本格的にやばそうだ。

「カ、カレヴィ」

 なにやら不穏な空気を感じて、わたしは思わずカレヴィの腕にしがみついてしまう。
 カレヴィはわたしの肩を抱き寄せながら、目の前の二人を睨みつけた。

「元老院は、陛下とハルカ様との婚礼を反対いたします。ハルカ様に溺れた陛下は、このままでは国を傾けてしまわれるかもしれませんからな」

 グリード財政大臣の思いの外静かな声に対して、カレヴィは激昂した。

「──馬鹿なことを申すな! そんなことを俺が許すと思っているのか!」

 わたしも痛いほどにカレヴィに肩を掴まれながら、息を呑んだ。
 わたし、この国にとって、そんなに厄介な存在なわけ?

 確かにわたしのために離宮建築はやりすぎだと思っていたけれど、それがこんな大騒ぎになるなんて思ってもいなかった。
 とんでもないことになってわたしが震えていると、カレヴィが二人に対して厳しい調子で言った。

「二人とも出て行け。俺はそんなことに聞く耳は持たん。それにハルカは政略的価値もある。離すわけにはいかない」

 それをグリード財政大臣が受けて、皮肉げに笑った。

「なにもハルカ様の相手は陛下でなくてもよろしいのです。たとえばシルヴィ殿下ですとか──」

 え、なんでここにシルヴィの名前が? と思ったけれど、財政大臣は最後まで言うことが出来なかった。
 カレヴィが近くのテーブルにその手を思い切り叩きつけたからだ。

「……これは王命だ。その口を閉じて、さっさと出て行け」

 カレヴィにそこまで言われたら、二人はもう退出するしかなかった。
 ……でも絶対諦めてないよね。
 せめてカレヴィが離宮建築を諦めてくれれば、こんなに話がこんがらがることはなかったと思うんだけど。

「カレヴィ……」
「俺は、なにがあってもおまえだけは離さないぞ、ハルカ」

 そう言って、カレヴィが痛いほどに抱きしめた。
 カレヴィ、あなたのその気持ちはわたしには重すぎるよ。
 でも、そんなことカレヴィの気持ちを考えたら言えないよね。
 けれど──

 そんなことを思っていたら、今度はアーネスの来訪が告げられた。
 カレヴィはかなり鬱陶しそうだったけれど、結局はそれを受け入れた。
 それで、わたしはようやくカレヴィの腕から抜け出した。



「やあ、元老院のお偉方に随分手厳しくやられたようだね、カレヴィ」

 皮肉ともとれるアーネスの言葉に、カレヴィが唸った。

「おまえはこの現状を笑いにきたというのか」
「……笑うなんてとんでもない。わたしもこの現状には憂えているよ、君はこの女性に溺れすぎてる。このままだと元老院のお偉方の言うとおりハルカ嬢は傾国の妃になりかねないぞ」

 わたしが傾国の妃ってなに?
 わたしは絶対そんな柄じゃないから。
 ただ、今はカレヴィがちょっとおかしいだけで。

「そんなことはない。これは婚約期間中だからだ」
「この期間中で済めばいいけどね。それに、まだ婚礼も挙げていないうちから婚約者のために離宮建築なんて聞いたこともない。カレヴィ、君はもう少し自重すべきだ」

 そ、それは確かに自重すべきだよね、うん。わたしにそんなお金かけないでほしい。

「カ、カレヴィ、わたし本当に離宮なんていいよ」

 思わずカレヴィにしがみついてしまいながら、わたしは彼に懇願する。

「なにを言う。ハルカ、俺は約束しただろう」
「わたしはそんな贅沢したいわけじゃないよ。今のままで充分良くして貰ってるし」
「それでは俺が納得しないと言っただろう。おまえは物を欲しがらなさすぎる」
「え、でも……、この間、高価たかそうな腕輪とか、ストールとか貰ったし」

 そう、なんだかんだ言って、カレヴィはわたしに贈り物をしてくる。
 普段の衣装とかでも結構使っているみたいだし、婚礼でも相当お金がかかるんだから、これ以上の散財は正直やめて貰いたいんだけど。

「……だが、おまえが実際に欲しがったのは腕カバーだ」

「……腕カバー?」

 アーネスはカレヴィの言葉に瞳を見開くと、次には体を折って大爆笑した。
 ……ちょっと笑い過ぎじゃない?
 腕カバーのどこが悪いんだ。

「な、なるほど、ハルカ嬢に物欲がないのはよく分かったよ」
「分かったのならこれで引け、アーネス」
「……いや、でも引けないね。カレヴィが離宮を今から建てる気でいるのは本当だし。彼女に溺れすぎているのも事実だしね」

 ようやく笑いを収めたアーネスが真面目な顔になる。
 そうすると、緊迫した空気がこの場に流れた。
 アーネスはその中で溜息を一つ付くと、カレヴィを真っ直ぐに見据えて言った。

「カレヴィ、君がこのまま政務をおろそかにするなら、わたしは彼女を君から奪うよ」
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