王様と喪女

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
34 / 148
第三章:王の婚約者として

第34話 修羅場

しおりを挟む
 翌日はとても気持ちのいい朝だった。
 わたしは、ふわふわのオムレツとかカリカリに焼いたベーコンとか、香辛料の効いたハムやチーズ、焼きたてのパンを前にして、にこにこしながらカレヴィがそれを皿に取り分けてくれるのを待っていた。

「わあ、おいしそう。いただきまーす」

 わたしは両手を重ねて挨拶した後、さっそく、おいしそうに湯気を立てるオムレツにナイフを入れる。
 うん、思った通りふわふわでおいしい。
 おいしい朝食ににっこりするわたしとは違って、カレヴィはやや不機嫌そうだ。

「……俺がこんなに落ち込んでいるのに、おまえは薄情だな」
「えー、そんなことないよ」

 一応、そう言ってみたけれど、わたしの満面の笑顔がそれを裏切っている。

 千花の作った精力減退の薬の威力は絶大だった。
 だって、カレヴィのアレが馬並から人になったんだよ。
 この場合、つい嬉しくて笑顔になっちゃったって仕方ないと思う。
 カレヴィはなんか変なトラウマみたいになっちゃったみたいだけどさ。
 でも、普通の人はあれぐらいらしいんだから、カレヴィもちょっとは我慢しないと。

「でも、カレヴィがあの薬飲んでくれて嬉しかった。ありがとう」

 わたしがにこにこしてカレヴィに言うと、彼は立ち上がってわたしの隣の席まで移動してきた。
 ……なんだ? と思ってると、カレヴィはわたしの頬にキスをしてきた。
 うーん、薬飲んでてもこういうことはするんだね。
 人にさんざん見られて生活していたから、侍女達がいてもカレヴィは全然平気なんだよね。
 でもシルヴィなんかは、赤くなってて可愛かったけど。

 でも、あれは侍女達を気にして赤くなったわけじゃないから、王族関連の人はこういう傾向があるって覚悟しておいた方がいい気がする。
 わたしもそのうちこれに慣れるのかなあ。
 そういえば、お風呂とかも侍女達に入れて貰うの平気になったし。

 だけど、夜は近衛兵とか控えの侍女とかがアレを聞いているらしい。
 これは思い起こすたび、顔から火が出るほど恥ずかしい!
 カレヴィなんかは、「ああ……」とか呟いて、わたしに警護上の問題もあるから、そういうものだと割り切れと言ってくる。

 うう、王族にはプライベートってものはないって言うんだね。
 まったくの庶民には、そういう部分が未だに慣れないよ。
 そんなことを考えていたら、カレヴィのキスが段々激しくなってきた。

「ちょっと、カレヴィ……ッ」

 まだ食べてる途中なんだし、ちょっとは遠慮してほしい。
 そんなことを考えながら息を切らしていたらカレヴィは一応満足したらしく、またわたしの向かいの席へと移動していった。

「もう、朝食の途中なのに酷いよ」
「いや、おまえの笑顔が可愛くてついな」

 ……どうやらカレヴィは基本的な部分で、我慢ってことを知らないみたいだ。
 これは、そのうち矯正する必要があるかもしれないな、とわたしはちょっと呆れながらも思う。

 精力減退の薬を飲ませてても油断がならないなんて、さすが野獣。
 侍女達に言わせれば、「愛されている」かららしいけど、でも、やっぱりご飯の時くらい落ち着いていて欲しいと思うのはわたしの贅沢なんだろうか?



 平和だと油断していた朝食を終わらせて、カレヴィが執務室に入るのを見送ると、わたしは腹ごなしに庭園に行くことにした。

 今回わたしが行ったのは、ガルディア式庭園のほう。
 なんというか、桜がすごく見たかったんだよね。
 周囲との違和感はまだあるけど、桜の花びらが舞い散る光景はやっぱり綺麗で、わたしは思わず日本のことを思い出してしまう。

 あの朝食もおいしかったけど、そろそろ納豆とか、あじの干物とか日本的なものが恋しくなってきた。
 うーん、わたしホームシックか?
 あじの干物はともかく、納豆はきっとカレヴィは駄目だろうな。
 それに炊き立ての白いご飯が食べたい。
 キュウリのぬか漬けや、柴漬け、焼き海苔が恋しい。

 ……そういうところ、千花はどうしてるのかなあ。今度聞いてみよ。
 そう思いながら桜の傍で溜息を付いていると、どこかで聞いたような美声が聞こえてきた。

「おや、美しい人が花の傍で、そんな切なげな溜息をついて。……なにか思い悩むことでもあるのかな?」

 きらびやかな容姿のその人は、リットンモア公爵だった。
 うーん、相変わらず目に眩しい人だ。

「いえ、たいしたことではないんです。ただ日本のことを少し思い出してしまって」

 まさか、桜を見て納豆のことを思い出していたとは言えないから、わたしはちょっとだけごまかした。

「……ハルカ嬢はカレヴィとの婚約を少し後悔しているのかな?」
「え……」

 この公爵様、冴えないわたししか知らないはずだけど、なぜかわたしだと分かったみたい。
 あ……でも確か、公爵様はフレイヤに紹介状を渡したんだっけ。

「どうして、わたしだって分かったんですか?」

 あれからわたしはかなり変わったはずだ。
 それなのに、どうしてだろう。

「君がハルカ嬢だってことは付いている侍女や近衛兵で分かるよ。君の顔立ちに面影が残っているし」

 あ、そうか。言われてみれば、納得。
 今日はソフィアが付いてるからね。
 私の顔のこともだけど、付いている侍女の顔まで覚えてしまうこの公爵様の記憶力はちょっと凄いよ。

「公爵様、記憶力いいんですね」

 わたしが感心してちょっと息を付くと、公爵様は笑いながら人差し指を立てて、横に振った。
 うわ、こんな気障な仕草まで似合うなんて、ちょっと凄い。さすが、並外れた美形だ。

「わたしのことはアーネスでいいよ。君にはかしこまった話し方をされたくないから、普段通りの話し方で頼みたいな」
「……じゃあ、アーネス」

 柔らかいけれど、有無を言わせない話し方をされて、わたしはつい彼の言うとおりにしてしまう。
 すると、アーネスはその麗しい顔で微笑んだ。
 そうしたら、なぜか近くにいたソフィアが赤くなって両手で頬を覆ってしまう。
 
 うーむ、さすがにタラシの異名を持つ人だ。意図してないのに侍女までたらしこむとは。

「それはそうと、先程の話だけれど。君はカレヴィとの婚約をどう思ってるんだい?」
「どうって……」

 わたしはアーネスに突っ込まれて聞かれて、少し戸惑ってしまう。
 ……いけない。これじゃ、変に誤解されちゃうよ。

「自分で選んだことだから、後悔はしていないよ。ここのみんなはとても良くしてくれるし。これで文句なんて言ったらばちが当たるよ」
「けれど、君のことを反対している者達もいるね。それは、どう思うんだい?」

 わたしはそれを聞いて、もしかしてアーネスがそっちの回し者かと思って思わず警戒してしまった。

 だって、カレヴィも言い寄る男には注意しろって言ってたし。女性を落とすにはこのアーネスなんかはもの凄く最適なんじゃない?

「いや、そんなにわたしを警戒しないで欲しいね。別にわたしはあの者達とは関係ないよ」

 そうなんだろうか?
 でもそう言われて簡単に信じちゃうのも、まずいような気がするし。
 それでわたしがちょっと困っていると、アーネスは「困ったね」と苦笑してきた。
 うーん、一応カレヴィの従兄で友人なんだから、あまり疑うのも悪い気がする。

「……ごめんね。カレヴィに気をつけろって言われたばかりだから、ちょっと神経質になりすぎたよ。ごめんなさい」

 わたしが反省して謝ると、アーネスは安心したようにちょっと息を付いた。

「それは良かった。確かに君はとても美しくなったし、警戒するに越したことはないけれど、わたしにまでそうされたら困るからね」

 そう言ってちょっと笑うと、アーネスはわたしの右手を取って指先に口づけた。
 そうすると、アーネスの豪奢な髪がさらりと肩から滑り落ちて、わたしはそれにちょっと見とれてしまった。

 綺麗な人はこんな普通の淑女への礼でも様になって得だよね。
 ああ、この場でアーネスと会うと分かっていたら、スケッチブックとか持って来るんだった。
 これからは臨機応変に対応できるように出かけるときは待ち歩くようにしよう。
 それに、庭園で風景画とか描くのもいいしね。

「……それで君はカレヴィ自身のことをどう思ってるんだい?」
「どうって……、わたしのことをこれ以上ない待遇で迎えてくれたし、とても感謝しているよ」

 わたしはアーネスの更に突っ込んだ質問に戸惑いを隠せない。
 いったい、なにが言いたいの?

「けれど、カレヴィは政略ではなく、君をとても愛しているよ。……でも君自身はどうなのかな?」

 ああ、一番聞かれたくないことを聞かれてしまった。
 カレヴィがわたしを好きって言ってくれるのは、嬉しいよ。嬉しいけど……。

「彼には申し訳ないけど、わたし、カレヴィのことは利害関係としか思えない。……あんなにわたしを愛してるっていうのも、正直ちょっと重いよ」

 わたしが常々思っていたことを吐露してしまったその時だった。


「……ハルカッ」

 ここにいないはずのカレヴィがなぜか現れて、わたしは思わず身を竦ませる。
 あの発言、もしかして聞かれちゃったかな。
 いや、カレヴィ、怒った顔してるし間違いなく聞かれたよ。どうしよう。

「おやまあ、カレヴィ。なにもこんな時に来なくてもいいのに」

 緊迫する空気の中で、ことの発端のアーネスはのんびりと笑って言う。

 その顔を見ていたら、なんだかちょっと一発くらい殴りたくなってきた。
 そういえば、わたしカレヴィにアーネスに気をつけろって言われてたんだよね。

 それより、今のわたしの発言、巻き戻らないかな。……無理だろうけど。


 あああ、この後のカレヴィの言動が怖すぎる!
 もしかしなくても、これは修羅場ってやつですか!?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

処理中です...