王様と喪女

舘野寧依

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第三章:王の婚約者として

第32話 妥協点

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 その夜はフレイヤから貰った月光蓮華香を焚き、カレヴィの希望でわたしはフレイヤから習ったお化粧をしたまま事に及んだ。

 その結果、カレヴィは大盛り上がりでわたしは大変だった。
 そ、それになんだかいつもよりも激しくない? ちょっと、いやかなりきついんですけど!

「いつもと違って新鮮だったぞ」

 とかなんとかカレヴィはすっきりした顔で言ってたけど、わたしは彼に翻弄されっぱなしでぐったりだ。

 でも、どんなに疲れてても化粧だけは落とさなきゃいけない。
 控えてた侍女を呼んでもよかったんだけど、閨の雰囲気のままそうするのはためらわれて、わたしは一人で洗面所に行って化粧を落とした。

「なんだ化粧を落としたのか」

 幾分カレヴィはがっかりしていたみたいだけど、していた方がよかったのかな?

「カレヴィは普段のわたしじゃ嫌なの?」
「い、いや、そんなことはないぞハルカ」

 ……これで嫌だっていったら口きいてやらないところだけど、カレヴィはどもりながらもわたしの機嫌を取りにかかってきた。

「化粧したまま寝ると、後でニキビとかできたりして大変なんだよ。……そういうわけだから、今後化粧してでは程々にしてね」
「……そうか、それはすまなかった。おまえの希望通り化粧している時は程々にする」

 うーん、素直だなあ。
 この調子なら、時間制限なんてそのうちいらなくなるかも。

「ん、じゃあ、今日はもう寝よっか。わたし疲れちゃった」
「俺はまだ疲れてないぞ。それにハルカは化粧を落としたのだから、もう少し可愛がりたい」
「……っ」

 素直と思ったのは訂正。
 やっぱりカレヴィは野獣だった。

「……だめか?」
 そうやって、少し寂しそうに聞かれると、ものすごく困るんですけど!
 わたしはカレヴィに愛されてて、そしてこれ以上ない待遇の身の上だ。
 なのに彼の愛に応えられないわたしは、こういうところでお返しをするぐらいしか思いつかない。

 それに、カレヴィがわたしに手を出せない真夜中までにはまだだいぶ時間があるから物理的に抵抗できないし。

「わ、分かった。少しならいいよ」

 もしかして流されてるのかもしれないけど、これだけよくして貰ってるんだもの、そのくらいはしなきゃ駄目だよね……?

「そうか」

 カレヴィは嬉しそうに笑うと、早速わたしにのしかかってきた。

 でも、今回は昨日と違って少しどころじゃ済まなかった。
 変な学習をしてしまったカレヴィは、いつもより激しいペースでアレをしてきたのだ。
 どうせ学習するなら、わたしの体を気遣う方向でして欲しい。
 そんなことがあって、次にわたしが気がついたのは朝だった。



「……もうどこが少しなのよ……」
「すまない。おまえがあまりにも可愛すぎて我を忘れた」

 もう恒例となってきた共同の間の朝食時のやりとり。
 治癒魔法をあまりかけられないわたしは、腰に湿布を貼って貰ってなんとか痛みをやり過ごしている。

「そこで思いとどまるのが人間でしょ。カレヴィってば野獣ーっ」

 わたしがそう言うと、周りに控えていた侍女達が一斉に噴き出した。

「……野獣」

 わたしの言葉にカレヴィはショックを受けたみたいだけど、これを野獣と言わなくてなんと言う。

「まあまあ、お二人とも仲のよろしいことで」

 ゼシリアがにこやかに言ってくるけど、本当に仲が良いように見えるんだろうか?
 カレヴィを見ると「そうか?」となんとなくにやけていて、満更でもなさそうだ。
 その顔を見ていてわたしはなんだか脱力してしまう。カレヴィ、わたしの大変さを全然理解してない。

 それにしても、時間制限がある分、カレヴィの責めが激しくなったのはいただけない。
 これじゃ、体に負担がかかるのは一緒じゃないよ。
 ……やっぱり、今後のことを考えると、カレヴィには一服盛った方がいいのかもしれない。
 千花は今日来るって言ってたし、早速相談してみよう。

「わたしはこれから用があるから、カレヴィはもう執務に入ってよ」

 わたしが昨夜の恨みもあって冷たく言うと、カレヴィはちょっと傷ついた顔をした。

 う、ちょっと気がとがめるけど、カレヴィが一向にわたしの体を気遣ってくれないのが悪いんだからね。

 カレヴィから顔を逸らすと、彼はようやくわたしが本気で怒っていることに気が付いたようだ。

「ハルカ、無理をさせたことは謝る。だから、機嫌を直してくれ」

 焦った様子でカレヴィが言ってきたから、わたしは内心にんまりしてしまった。

「……じゃあ、例の薬飲んでくれる?」

 ちょっと上目遣いにカレヴィを見たら、おもしろいくらいにうろたえた。

「そ、それは……っ」
「そう。じゃあ、やっぱりカレヴィはわたしのことが好きじゃないんだね。本当に好きなら、普通はそのくらい我慢できるものね」

 深く溜息をつきながらわたしが言うと、カレヴィは叫ぶように言った。

「分かった! 飲めばいいんだろう、飲めば!」

 おまえに愛を疑われたらかなわん、とカレヴィはついに根負けした。

 ふふふ、わたしはやったよ、千花!

 ただし、三日に一回は飲まない日をもうけてくれとカレヴィに懇願された。
 そんなに懇願するほど、飲みたくないのか、カレヴィ。
 でも三日に一度くらいならまあいいかな。
 時間制限の魔法も千花に言って解いて貰おう。

 そんなわけで、わたしはにこにこしながら、がっくりと肩を落とすカレヴィを執務室に送り出した。



 そして、カレヴィが執務に入ってしばらくしてから待望の千花がやってきた。

「へえ、よくカレヴィ王に了承させたね」

 感心したように千花が言ってきたので、わたしは夜から朝の経緯を詳しく話した。

「なるほどねえ、それならカレヴィ王も妥協せざるを得ないかな。肝心のはるかに嫌われちゃ元も子もないしね」

 うん、カレヴィの気持ちはこれでなんとなくだけど、分かったような気がする。
 一応、カレヴィは体だけじゃなくてわたし自身も好きなんだ。
 これで、わたしも想いを返せたらいいんだけど、これはどうなんだろうなあ。
 一緒にいるうちにそれなりに愛着は湧くだろうから、それでもいいか。

 なんだかちょっと酷いような気もしたけど、わたしがその気になれないんだからしょうがない。その点はカレヴィに我慢して貰うしかないか。

「それで例の薬だけど、ゼシリアに渡しておくからね」

 考え込んでいたわたしに千花がそう言ってきたので、わたしは驚いてしまった。

「えっ、千花薬作ってきてくれたの?」

 それって、なんだか用意がよすぎない?

「カレヴィ王のことだから、こういうこともあるかと思って、最悪一服盛るつもりで作ってたんだ」
「え、でも、仮にも国王に一服盛るって過激すぎない?」

 わたしはさっき自分がそのことを考えてたことも忘れて、思わず聞いてしまった。
 千花の気持ちは嬉しいけど、カレヴィがそんなこと知ったら激怒しそうだ。

「あ、一応、宰相にも了承取ってあるから大丈夫だよ。未来の王妃が子を成す前に体壊したりしたらまずいからね」
「そうだったんだ。千花、本当にありがとうね」

 わたしは嬉しくて思わず千花に抱きついちゃった。
 本当に千花って友達思いだなあ。
 彼女と友達でいられて、わたしは凄くラッキーだ。

 これで、カレヴィやマウリスの了承も得たことだし、わたしの体の安全は確保したも同然だ。
 それに千花が言うには、薬の効力はたぶん普通の人並みになるくらいっていうから、子づくりの妨げにはならないだろうってことだった。
 それなら、確かにマウリスも喜んで了承するだろうね。世継ぎの心配はこれでなくなるんだから。

 ……それにしても、精力減退の薬服用でようやく人並みって、カレヴィは本当に人間なんだろうか?

 ただ、問題は三日に一度の薬を服用していない時の彼なんだけど。
 それに今までつき合ってたわたしも相当頑丈だから、たぶん大丈夫……と思いたい。
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