王様と喪女

舘野寧依

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第三章:王の婚約者として

第31話 説得、そして……

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「……それで結局、この化粧はこれからしてもいいのかな?」

 いつまでもキスしてくるカレヴィの腕からやっと逃れて、わたしは聞いてみた。

「駄目だ」
「ええー、なんで?」

 カレヴィだって美しいって言ってくれたじゃない。まあ、お世辞かもしれないけど。

「さっき言っただろう。他の男の目に留まるから駄目だ」
「目に留まったって、わたしなんかにいちいち声なんかかける人いないって!」

 化粧で綺麗にはして貰ってるけど、元が地味女だし、素顔を知ったらがっかりすると思う。

「おまえは自己評価が低すぎるな。俺がおまえを好きだと言っているのになぜそんなことが言える」

 わたしはカレヴィのその言葉に思わず黙り込んじゃった。
 わたしの素顔は綺麗じゃないし、それを補うような行動的な性格でもない。それに飛び抜けた特技もない。
 それは、昔から両親に刷り込まれている呪縛にも似た言葉だ。
 漫画描きはそれなりに自信はあるけれど、それはあくまでも趣味だし、落ちるのが怖くて投稿なんかする勇気すらなかった。

 千花みたいになんでも出来て綺麗だったら自信も持てるのかもしれないけど、わたしはそうじゃない。
 だから、カレヴィがわたしを好きっていうのもなにかの間違いなんじゃないかと今も思ってる。

「……それに、おまえに貴族の者共が群がってくる可能性も話したはずだが」
「あ……」

 そうだった。
 わたしに反発する貴族が、カレヴィと引き離すためにそういう人達を寄越す可能性もあるんだっけ。すっかり忘れてた。
 それに、リットンモア公爵も、カレヴィの言葉を借りればわたしを口説く気満々らしいし。

 なんというか、わたしの意図しないところで、いろいろな思惑が渦巻いていて、ちょっと怖いな。
 ちゃんと、近衛やイアス達のような魔術師が守ってくれてるのは分かるけれど。

「……だから、ハルカは以前のままでいい。間違って貴族の馬鹿共達がおまえに惚れてしまう可能性もあるしな。惜しいが、ハルカはその化粧を落とせ」

 えー、ちょっと化粧で綺麗になったくらいで、そう簡単に惚れた腫れたになるもの?
 なんとなく、カレヴィのその考えは杞憂に思える。

「え、やだよ。王妃になるなら綺麗な方が国民受けもいいでしょ。大体実際にわたしを口説く人に会ってもいないのに、カレヴィ気にし過ぎ」
「そうでございますわねえ。確かにハルカ様のおっしゃる通りですわ」

 今まで楽しそうに傍観ぼうかんしていたフレイヤが頷いて同意してくれた。

「いや、確実にアーネスはおまえに声をかけてくると思うぞ。なるべくなら俺も阻止したいが」
「まあ、確かにあの公爵様ならハルカ様にお声をかけそうですわね」

 フレイヤ……、いったいどっちの味方なの? てっきり一緒にカレヴィを説得してくれると思ったのに。
 でも、わたしのその気持ちを汲んだように、フレイヤは言ってくれた。

「けれど、せっかくお美しくなられる資質がおありですのに、その機会を奪われてしまいますのはハルカ様のおためにもなりませんわ。陛下はハルカ様が美しくないという劣等感にこの先ずっと苛まれてもよろしいんですの?」
「いや、それは……」

 カレヴィはフレイヤの言葉にうろたえている。……よしよし、いい感じだ。

「カレヴィはわたしが国民から不細工な王妃っていうそしりを受けても平気なの? わたしはそれも仕方ないと思ってたけど、化粧で綺麗になれるならその憂いもなくなると思ってたのに」
「ハルカ、おまえはけっして不細工などではないぞ。おまえは普通だ!」

 カレヴィが熱心にわたしを説得にかかってくる。
 うん、カレヴィのその気持ちは嬉しい。嬉しいけど……。

「でも国民は多分そう見ないよ。カレヴィは男前だから、地味なわたしはきっと比べられて不細工って言われるよ」
「おまえが俺を男前と……っ」

 ……カレヴィ、わたしを今まで説得してたんじゃないの? そんなところでなぜ感動してるんだ。

 わたしとフレイヤが乾いた目でカレヴィを見ていたら、それに気づいた彼は咳払いをした。

「た、確かにそんな事態になったらおまえが気の毒ではあるが……」
「でしょ? だからきちんとお化粧して、国民にお似合いのカップルだって分かってもらう必要があると思うんだ。カレヴィだってその方がいいと思うでしょ?」
「それは……、そうだが……」

 カレヴィはすっかりさっきの勢いをなくしてる。よし、もう少しで説得できそうだぞ。

「そうでございますね。その方がハルカ様が国民に歓迎されますでしょうね」

 フレイヤ、ナイスアシスト。
 そこまで言われたら、カレヴィもわたしのこの化粧に反対できないだろう。
 この装いでいれば、反対勢力の貴族達にも醜女とはたぶん言われないだろうし。

「く……っ、分かった。認める、認めればいいんだろう」

 カレヴィが呻くようにそう言うと、頭をかきむしった。
 ……なんだか、すごく不本意そう。
 そんなに、わたしが男の人に口説かれるかもしれないというのが嫌なのかなあ。

 わたしはカレヴィに寄り添うと、その片腕にしがみついた。

「わたしはあなたの婚約者だよ? 少しは信用してよ」
「ハルカ……」

 サービス精神からの行動だったけれど、カレヴィはなんだか感動してくれたようだ。
 ぎゅむっとわたしを抱きしめるとカレヴィはわたしの顔のあちこちにキスをした。

 ……ああ、またこのパターンかあ。
 わたしがそう思っているうちにもカレヴィの口づけは激しくなっていく。

「──やはり、ハルカ様は男殺しですわね」

 いや、フレイヤ、その認識は間違ってるから。
 単に、カレヴィの好みが変わってるってだけだと思うよ。

 ……それにしてもカレヴィはもうちょっと自重して欲しい。
 昼間からこういちゃいちゃされると、城の風紀にも関わるような気がするんだけど。

 ふと、目を他にやると、警護のためか支度部屋の隅でイアスが複雑そうな顔でたたずんでいた。
 イアスも国王が暴走気味できっと困ってるんだろうなあ。
 彼の兄も王の婚約者のわたしを口説くだろうって、カレヴィに断言されちゃってるし、宮廷魔術師のイアスには肩身が狭いんじゃなかろうか。

「ハルカ様……素敵です。陛下とお似合いですわ~……」

 事の次第を見守っていた侍女達がほうっと溜息をついて、やはりカレヴィの暴走を見守っている。
 ……いや、だからイアスもソフィア達も見てるだけじゃなくて助けてよ。


 わたしは惰性でカレヴィのキスを受け続けていたけれど、その後危うく寝室に連れ込まれそうになり、大いに慌てたのであった。
 でも、その時はさすがにイアスが止めてくれたので助かった。

 そういえば、時間制限の魔法は真夜中から有効としたけれど、朝の九時すぎたらカレヴィはわたしに手を出し放題なんだよね。
 いくらカレヴィでもさすがに昼間にわたしを寝室に連れ込むようなことはないと思っていたから、これは盲点だった。
 明日、千花にこのことをしっかりと相談しなくちゃ。

 ……本当に野獣め、昼間っからいい加減にしろー!
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