王様と喪女

舘野寧依

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第二章:城での生活の始まり

第24話 理解不可能

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 小悪魔騒動が一段落して、わたしは高貴な身分のお客様を部屋に招き入れた。

 最初にわたし達の目の前に現れたのは、金色から下の方へ次第に銀に変わっていく豪奢な髪を背中の中程まで延ばした男性だった。
 ……ふうん、この人がリットンモア公爵様か。随分と派手な人だ。

 瞳の色は青みがかった紫。
 繊細かつ優美なんだけれど、どこか男性的なところも持ち合わせている顔立ち。はっきり言って超美形。
 すらりとして見えるけど、鍛えているのがなんとなく窺える体つきをしている。

 ……っていうか、全身から立ち上るような色気が凄い。
 なるほど、ゴージャスっていうのはこういう人のことを言うんだなーとわたしはしみじみ思った。
 漫画描きからしたら、ぜひデッサンさせてくださいと頼みたい人種であることは間違いない。

「ハルカ、見とれるな」

 隣に座ったカレヴィがこっそり声をかけてきた。
 いや、別に見とれてた訳じゃないけど。
 単に人間観察をね……、と思ってたら、あちらもこちらを観察しているようだった。
 ふうん、興味があるのはお互い様ってことだね。

 もう一人の公爵の弟であるイアス様は、兄ほどの派手さはないものの、やはり同じ血を引いていると感じさせる程の美貌を持っていた。たぶん、あと一、二年くらいしたら周りの女性がほっとかないんじゃないかな。
 魔術師なのか、薄い灰色の外套を着ている。それが兄よりも地味な印象を受ける要因なのかもしれない。
 でも、肩につくかつかないかという長さの金髪や落ち着いた紫の瞳はとても綺麗だ。
 正装させたら、ひょっとして兄に負けず劣らずかもしれない。

「お初にお目にかかります、ハルカ嬢。アーネス・クレイル・レグ・リットンモアと申します」

 わたしは公爵様にうやうやしく手に口づけられて、貴婦人への礼を取られる。

「ハルカ・タダノです。よろしくお願いします、リットンモア公爵様」

 この挨拶、普通すぎたかな?

 でも目の前の公爵様は「はい」とにこやかに微笑んでいるので問題ないようだ。

「別によろしくしなくていい」

 隣に座っているカレヴィがむすっとして言った。……ちょっと態度悪いよ。
 わたしがカレヴィにそう言おうとした途端、目の前の公爵様が口を開いた。

「おやおや、カレヴィは噂に違わず随分とハルカ嬢にご執心のようだ。こんな普通の挨拶でご機嫌斜めとは」

 え、王であるカレヴィを呼び捨て?
 それも毒舌付きで。

 わたしが思わず瞳を見開くと、公爵様はわたしの戸惑いに気づいたらしく、ああ、と言った。

「彼とは母親同士が姉妹なんですよ。歳も同じですし、わたしはカレヴィの友人なのです」
「あ、そうなのですか」

 わたしが思わず息をついてにっこりすると、目の前の公爵様もにっこりする。
 ……うーん、目に眩しいぞ。
 彼のこの笑顔を目にしたら、ご婦人方がさぞかし騒ぐんだろうなあ。

「ハルカに色目を使うな、アーネス」
「……ちょっと、カレヴィなんなの? 普通に話してるだけでしょ」

 わたしはカレヴィの態度の悪さに段々いらいらしてきた。彼がこんな調子じゃ、わたしは誰とも普通に話せないよ。

「おまえが無邪気に笑いかけたりすると、こいつが調子に乗る。釘を刺しておいてちょうどよいくらいだ」
「あのねえ。……カレヴィ最近おかしいよ? いったいどうしちゃったの?」

 うぬぼれたくはないけど、まるでカレヴィが嫉妬しているみたいに聞こえる。……でも、まさかわたし相手にそんな馬鹿なことはないよね。

「そ、それは……っ」

 あまりにカレヴィの様子がおかしいので尋ねると、カレヴィはかなり動揺したみたいだ。
 ……本当になんなんだ。
 けど、カレヴィと一緒に彼らに会ったのは実は失敗だったかも。
 そう思ってわたしがカレヴィを目で制していると、やがてくすくすという笑い声が聞こえてきた。

「本当にカレヴィはあなたに骨抜きなんですね。夜の習いのことを彼から聞きましたよ。今のカレヴィは以前の彼とはまるで別人ですね」

 他人、それも男性から「夜の習い」のことを口に出されて、わたしは思わず赤面する。

 ちょっと、カレヴィあちこちでそんなこと言っているのか!?
 い、いや、わたしも千花に最初の夜のことを話したからおあいこではあるんだ。

 でも、この公爵様もそんなことは黙っていてくれればいいのに。
 それに、カレヴィがわたしに骨抜きってなんだ。

「おや、女性個人には興味のなかったカレヴィを落とした方にしては随分と可愛らしい」

 いや、公爵様、それは誤解!
 わたしがカレヴィを落としたりとか無理だから!

「おい、アーネス」

 さらに真っ赤になったわたしをカレヴィが横目で見て、公爵様に文句を付けようとする。

「兄上、いい加減にハルカ様をからかうのはおやめください。お可哀想にあんなに恥ずかしがっておられるではありませんか」

 イアス様が公爵様を諫めてくれたので、わたしはほっとした。

「本当に申し訳ありません、ハルカ様。まだ挨拶もしておりませんでしたね。僕はアーネスの弟でイアスと申します。一応、宮廷魔術師をしております」

 イアス様もわたしの手を取って貴婦人への礼をとる。
 それをわたしはぼうっと見つめながら、イアス様が生真面目な態度なのはそのせいかと思った。
 じゃあ、知らないところでいろいろお世話になってるかも知れないんだね。

「そうなのですか。よろしくお願いします、イアス様」

 ふざけた兄と違って弟は真面目で断然感じが良い。
 けど、わたしの言葉にイアス様は困ったような顔をした。

「僕はこの王宮に勤めておりますので、ハルカ様に様付けされると非常に困るのですが。どうか、僕には普段通りお話しください」

 彼にそう言われて、わたしは凄く納得してしまった。
 宰相のマウリスすら様付けしてないのに、いくら公爵家出身でも、一介の王宮付きの魔術師に様付けはまずいか。

「うん、分かった。じゃあ、イアスって呼ぶね」

 わたしがにっこりして言うと、彼も麗しい笑顔で返してくれた。
 うわ、地味な格好してても、元が凄く綺麗だから眩しいや。
 思わず、彼が年下ということも忘れてわたしはちょっと見とれてしまった。
 すると、カレヴィがわたしを肘でつついてきた。

「ハルカ。だから、見とれるな」

 ああ、もう。
 わたしは漫画描きなんだから、綺麗なものに目をとられても仕方ないでしょ。
 別にこれくらい、いいじゃないのよ。
 なにも浮気するわけでもなし。……そもそも向こうがわたしを相手にするわけがないんだから。

「カレヴィはあなたの目に入る男性にいちいち嫉妬しているのですよ。それくらいあなたに夢中なのです」
「おい……」

 勝手ににこやかに話を進めてくれる公爵様の言葉に、カレヴィの顔色が変わる。
 それにわたしはどう返していいか分からず、困惑顔になってしまった。

 ……あれ、イアスは別に兄の暴走を止めることもなくまじめな顔のままだな。
 で、でもそんな馬鹿なことはないから。だって、わたし達は……。
 そう言いかけようとしたら、むっとしていたカレヴィの口が開いた。

「……ああ、そうだ。俺はハルカに夢中だ。ハルカに下心があって近づく奴には我慢ならん」

 え、えええーっ!?
 ちょっ、ちょっとなに言ってるのカレヴィ。
 ひょっとして、頭どうかしちゃったんじゃないの。

 あまりのことにわたしは座っていた席を立ってしまった。
 続けて、カレヴィも席を立つ。

「おまえら、出て行け。俺はこれからハルカに重要なことを伝える」

 しっしっと、カレヴィは片手で公爵様とイアスを追い返す。ちょっと、失礼だよ。

 イアスは少しわたしになにか言いたそうな顔をしたけれど、結局開きかけた口を閉じた。
 ただ一人、超越した様子でこの状況を楽しそうに見ていた公爵様がイアスの肩を叩きながら、「また伺いますよ」と言って部屋を出て行った。

 ……イアス、なにか言いたいことあったみたいだけど、聞かなくてよかったのかな?
 仕方ない。次に会う機会があったら聞いてみよう。
 それで、わたしがシルヴィに望むみたいに、弟みたいに親しくしてもらえたら嬉しいな。


「ハルカ」

 わたしが彼らが消えたドアを見つめていたら、不意に後ろからカレヴィに抱きしめられた。

 あ、そうだった。これから大きな問題に向き合うんだった。
 でも、なにもこんなところで羽交い締めにしなくても……。あれ? なんか違うか。

 侍女達が固唾を呑んでわたし達の様子を窺ってるし、なんだか恥ずかしいよ。
 そしたら、いきなりカレヴィの爆弾発言が落とされた。

「ハルカ、俺はおまえがどうやら好きらしい」
「えっ!?」

 わたしはびっくりしてカレヴィの腕から逃れようとしたけど、強い力で抱きしめられていて、びくともしなかった。

「ハルカ、好きだ。……愛している」

 その様子をソフィア達三人が今にも叫び出しそうな様子でそれぞれ口を押さえている。
 ゼシリアはいつもと変わらなく冷静そのもの。……うん、さすがだ。

 そんなことを悠長に考えていたら、カレヴィの指がわたしの顎をとらえた。
 そしてそのままカレヴィの浅黒くて、でも秀麗な顔が近づいてくる。

 え、え、え、わ、わたし、わたし、まだ、心の準備が……。
 そう言う間もなく、カレヴィの唇がわたしの唇を塞ぐ。

 ──唇に感じるのはとても柔らかい感触。

 夜ならともかく、昼間に彼がこんなことをしてくるとは到底信じられなくてわたしは混乱する。


 な、ななな、いったいなにが起こってるのーっ!?
 ……今のわたしには理解不可能です。
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