王様と喪女

舘野寧依

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第二章:城での生活の始まり

第18話 問題勃発

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「あ、そういえば。今日の礼儀作法の授業が終わったら、千花と向こうに行ってくるね。晩餐の時には帰ってくるから」

 カレヴィに買い物やら、家に取りに行くものがあるからと言ったら、結構簡単に了承してくれた。
 なにか言われるかなあと思っていたので、ちょっと一安心。

「だが、なるべく早く帰ってこいよ」

 うん、まあこれくらいは言われるよね。
 それにきっと心配してくれてるんだろうし、そう考えたらカレヴィって優しいな。
 さっきの暴言はこれで帳消しにしておこう。

「うん、分かった。ありがと、カレヴィ」

 わたしはにっこり笑って彼にお礼を言った。
 でも、千花がいるからなにも心配することはないんだけどね。


 そして、カレヴィとの昼食を終えて迎えた、礼儀作法の初授業。
 ああ、一番恐れていた時間が来ちゃったよ。
 千花からも、礼儀作法の先生は厳しいものと覚悟しておいた方がいいよ、と言われていたので内心どきどきだ。
 でも実際に現れたのは上品で優しい感じの先生だった。名前はシレネだって。

「それではハルカ様、立ったまましばらく静止してみてください」

 そうシレネ先生に言われたので、わたしはその通りにしてみる。
 すると、シレネ先生の細かいチェックが入った。

「ハルカ様、頭が揺れてます。もう少し我慢してください」

 そう言われながら、肩の位置やら、立ち方やらの矯正が入る。

 ……あ、さっきよりは大丈夫な感じ。
 立ち方を直しただけで、結構違うものなんだなあ。

「……はい、今の姿勢がすべての基本ですから忘れないでくださいね。……それでは略式の礼の仕方に入ります」

 略式の礼と言われて、わたしはこっちの礼の仕方をぜんぜん知らないことに気がついた。

 ……本当なら一番最初に習っておくべきものだよね、これって。
 わたしは自分の悠長さに内心冷や汗が出る思いだった。

 シレネ先生に教えてもらった略式の礼は、膝を軽く降り曲げつつスカートの両側を摘んで、小首を右に傾げるというもの。ちなみにこれは大陸共通のものだそうだ。
 わたしはそれを何度か繰り返した後、ようやく合格点をもらえた。


「それでは少し休憩にいたしましょうか」

 その言葉ですっかり安心してしまったわたしは、いつも通りテーブル席に腰掛けたら、シレネ先生から座り方のチェックを受けてしまった。

 う、これも礼儀作法の一環なんだね。
 その後も、カップの持ち方やらなんやら指摘されて、それも正すように言われた。
 ……うーん、シレネ先生は礼儀作法の教師にしては優しい方なのかもしれないけれど、やっぱりチェックは厳しいや。

 そして休憩という名の礼儀作法の時間がすぎて、本日のシレネ先生の授業は終了となった。

「今日習ったことの復習を忘れないでくださいね」
「はい、ありがとうございました」

 シレネ先生の礼に、わたしは習った略式の礼で返す。
 先生に何も言われていないので、たぶんうまくできているはずだ。
 わたしはシレネ先生を笑顔で見送った後、こっそりと溜息をついた。

 一応、あっちでは事務職で接客することもあったから、そういうセミナーを受けたことはあるんだけど、やっぱり一回二回の付け焼き刃じゃ駄目か。
 そこで、テーブルマナーや礼の復習はカレヴィに見てもらいながらやろうとわたしは決意する。……王であるカレヴィなら作法に関しては完璧だろうし。


 そんなことを思いつつ、長椅子に座ってくつろいでいたら千花がやってきた。
 これからあっちの世界で足りない画材の買い物があるのだ。……千花、お世話になります。

 ちなみに、千花に礼儀作法の先生は割と優しかったと言ったら、ずるーい、と返された。なんでだ。
 ……ひょっとしたら、千花の礼儀作法の先生は余程厳しかったのかもしれない。

 それから千花にカレヴィとの例の夜の一件を話しておいた。
 そしたら千花は「……ありえない」とショックを受けたようだった。
 カレヴィとの仲を千花が取り持ったようなものだし、悪いこと言っちゃったかなあ。
 でもその他の条件はすこぶるいいんだから、それくらいはわたしがちょっと我慢すれば……、う、うーん、我慢できるかなあ……。今更ながら不安になってきた。


 わたしは百均と画材屋で画材をしこたま買い込んだ後、スーパーに寄ってスナック菓子やお煎餅を千花と二人でたくさん買った。

「向こうはお菓子って言ったら、甘いものだもんね。だから時々塩気の利いたものが無性に食べたくなるよ」

 千花のその言葉に、確かにあっちでは甘いものしか出てこなかったなと思い返す。
 とりあえず、今日買ったお菓子は明日のお茶受けに出してもらうことにしよう。
 カレヴィやイヴェンヌ達も珍しがるだろうな。ふふ。


 わたしは大量の買い物袋を下げ、ザクトアリア城に戻り、そこで千花と別れた。千花、今日は(も?)ありがと。


 わたしが城に着いたのは既に晩餐の時間に近かったんだけど、カレヴィは共同の間にも部屋にもいなかった。
 まだ執務なのかなと思ったけど、ゼシリアが言うには謁見の間で貴族達と会っているそうだ。

「ハルカ、やっと帰られましたか。すぐに着替えられて謁見の間まで来てください」

 荷物を置いてちょっと一休みしようとしていたら、なぜかシルヴィが現れた。
 いや、彼と会えるのは嬉しいけどさ。わざわざ彼が来るってよっぽどのことなんじゃないの?

 わたしは不安になりつつも、急いで支度をしてシルヴィの後についていく。
 わたし達が謁見の間の控えの間に入ると、シルヴィに片手を差し出された。
 それをわたしはおずおずと取ると、シルヴィに先導されて謁見の間の王妃の席がある場所まで連れてこられた。

 ……これはここに座れってことなのかな?
 ちらりとカレヴィを窺うと、彼は肯定するように頷いた。
 席に腰を掛けると、シルヴィが数歩退いて静止する。
 落ち着いて周りを見てみると、貴族らしい人物が五名程怒りの表情でこちらを見ていた。

 ……え、え? これはなに?
 なんでわたしは見ず知らずの人達に敵意も露わに見られているの?

「これはこれは、こちらが陛下の婚約者殿ですか。これはまた……醜女しこめをお選びとは陛下もお遊びが過ぎますぞ」

 いきなり悪意を浴びせられて、わたしはびっくりしてしまった。
 しかも、会ったばかりの人間のことを醜女って酷すぎない?

「いきなりなんだ、バルア侯爵。それにハルカは醜女などではない」

 隣のカレヴィが不愉快そうに顔をしかめる。

「しかし、わたくしの家の姫はその者が足下にも及ばないほど美しいですよ」
「わたしの姫もです」
「もちろん、わたくしの姫も」
「我が姫も負けませんよ」
「なんの、わたしの姫は花のように美しい」

 口々に貴族のおじさん達がわたしを汚らわしいものでも見るかのようにして、自分の娘を自慢する。

「無礼な。ハルカは兄王が選んだ女性だ」

 シルヴィが憤慨して、貴族のおじさん達を睨みつける。
 ああ、わたしのために怒ってくれてるんだね。いい子だなあ。

「俺は花嫁に美しさなど求めてはいない。……それにハルカはあの最強の女魔術師の親しい友人だ。これほどの良縁もあるまい」

 ちょっと酷い言いようにも聞こえるけど、カレヴィにしたらこれが事実なんだろうな。
 まあ、わたしも趣味三昧のために彼の王妃になることを決めたんだから、おたがいさまだ。

「しかし……! この者は異世界の卑しい出ですぞ!」
「そうです! 陛下がディアルスタンの王女と婚礼を挙げられると伺っていたからこそ、我々も堪え忍んできましたのに……っ」

 確かにわたしはただの庶民だ。
 それに隣国のリリーマリー王女の代役でカレヴィの婚約者になったから、王妃にふさわしい気品なんかも全然ない。
 わたしが思わず下を向くと、カレヴィがおとんとおかんに謁見した時みたいにわたしの手をそっと握ってきた。
 それで、思わずわたしはカレヴィの顔を見返してしまう。

「──なにを言うか。このハルカはそこらの姫とは比べものにならないくらい良い女だぞ」

 ……はあ?
 この事態にカレヴィがどうにかしちゃったのかと思って、わたしは思わず惚ける。
 見ると、シルヴィもあっけに取られているじゃないか。
 対する貴族のおじさん達も笑いを堪えるような表情をしている。

「陛下、ご冗談を……」
「冗談ではないぞ。昨夜のハルカとの習いは最高だったぞ。それも今まで抱いたどの高級娼婦よりもな。おまえ達の姫がハルカにかなうとはとても思えんがな」

 ちょっ、カレヴィいきなりなにを言い出すかー!!

 わたしはびっくりしすぎて思わず席を立ってしまった。
 シルヴィも真っ赤な顔でこっちを見てるし。うう、気まずい。

「なっ、なっ、な……っ」

 貴族のおじさん達もカレヴィのあまりの発言に顔を真っ赤にしている。
 あれは怒りのためだろうか、それとも羞恥かな? ……たぶん、両方だろう。

「分かったら帰れ。いい加減目障りだ」

 冷たくカレヴィに告げられた貴族のおじさん達が、その身を屈辱に震わせながら声を張り上げる。

「わっ、わたくし達はまだ諦めませんぞ!」
「必ずや卑しい娘から陛下をお救い致します!」

 ……ちょっと、それじゃわたしがカレヴィをどうにかしているみたいじゃない。
 どっちかっていうと、わたしはカレヴィの方をなんとかしたいと思ってるって言うのに。

 その他、叫びたいだけ叫んで、貴族のおじさん達は鼻息も荒く謁見の間から出ていった。


 途端に静かになった謁見の間で、わたしはカレヴィの前に立つ。そして腰に手を当て顎を少し上げた。

「……ちょっと聞いていい?」
「……なんだ?」

 ちょっと偉そうなわたしに、カレヴィが引き気味になる。
 こんなことより、さっきのカレヴィの発言の方がよっぽどドン引きでしょうがぁっ!
 怒鳴りつけたいのを堪えつつ、わたしはなるべく静かに彼に尋ねる。

「花嫁候補の姫って他にもいたんだ?」
「いや……、あれはやつらが勝手に言っていることで、俺にはその気はない」

 でも、その気になれば妃はいくらでも娶れるんだよね。
 わたしは昨夜の苦労を思い出して、思わず震え出す。
 それをどう勘違いしたものか、カレヴィが焦ったように言った。

「どうした、ハルカ。俺は、おまえ以外の妃は娶らないぞ。だから、おまえが王妃だ。安心しろ」

 そう、なら安心……できるかーっ!

 カレヴィがあの調子で、わたしがずっとその相手をすることになるかと思うと、目の前が暗くなるような気がする。

 カレヴィもめんどくさがらずに妾妃を二、三人くらい娶ってくれれば、わたしは体力の限界に挑まなくてもすむんだよね。
 そしたらあの貴族のおじさん達に変に敵視されずにすむかもしれないし。

 ……などと、わたしは千花が聞いたら「甘い、甘すぎる!」と突っ込みが入りそうなことをつらつらと考えていた。
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