王様と喪女

舘野寧依

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第二章:城での生活の始まり

第16話 アシスタント

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 わたしは昨夜のカレヴィの所業を千花と侍女達三人に話した。
 とは言っても、侍女三人は未婚者だし、さすがにありのままのことは話せなかった。
 ただ、カレヴィのしたことが初めての夜にしてはやりすぎたことと、そんなわたしの体のことをいたわってくれなかったことだけ話した。
 だけどそれでも、わたしが朝まともに起きあがれなくて、モニーカとソフィアの介助を受けて朝食の席に着いたこともあり、本当の事情を知らなくても彼女達の同情を誘ったようだった。

「陛下、あんまりですわ」
「ハルカ様は初めてだというのに、酷すぎますわ」
「陛下は自分本位で物事を進めすぎですわ。こういうことは殿方の思いやりがあって初めてうまくいくものだと思いますのに」

 ふふふ、そうでしょ、そうでしょ。
 カレヴィったら酷いよね。
 でも、本当はもっと酷かったんだよ。

 あんなことやこんなことされたなんて言ったら、免疫のない彼女達のことだからきっと卒倒しちゃうかもね。
 まあ、千花には後でこっそり本当のことを伝えるつもりだけど。


 そして、昨夜のことをごまかしながらもカレヴィの文句を言いつつ、わたしは居室のテーブルに漫画の原稿を広げていた。

 ちなみにわたしは腕カバー装備、アシスタントの千花は魔法で防御するから腕カバーはいらないと言って綺麗なドレスの格好のままでいた。
 まあ、千花の美貌に腕カバーはちょっとというか、かなり台無しだからそれは正解だったと思う。

「それにしても……、さっきのはるかのカレヴィ王への態度はまずかったんじゃないかなあ」

 千花がペンで枠線引きをしつつそう言ってきたので、ちょっと納得できなかったわたしは反論する。

「だって、あれくらいしないときっと反省しないよ。カレヴィは王だからあまり強く言う人間もいないだろうし」

 カレヴィが昨夜わたしにやったことを正直に言ったら、みんなドン引きすると思う。
 それを怒ってちょっとしかとするくらい可愛いもんじゃない。

「まあ、そうかもしれないけれど……。でも、あまりやりすぎると二人の仲に関わるかなって思って。できればはるかとカレヴィ王は仲良くやって欲しいし」

 ……うーん、そう言われるとなにも言えなくなっちゃうなあ。
 千花はわたしの幸せのためにカレヴィとくっつけようとしているんだし。
 ……仕方ない、ここは譲歩するか。

「分かった。わたし後でカレヴィに謝るよ」

 確かに、結婚生活が始まる前から問題起こしちゃまずいものね。
 カレヴィのしたことには、今回だけは目を瞑ろう。

「うん、そうした方がいいよ」

 わたしの言葉にほっとしたように千花が頷く。
 ……それにしても、千花っていろいろ気遣いの出来るいい友達だなあ。わたしにはもったいないくらい。


「……ハルカ様は見事な技術をお持ちですのね。素晴らしいですわ。わたくしもなにかお手伝いすることができればよろしいのですけれど」

 イヴェンヌがわたしの作業を見ながら溜息をついて言ってきたので、わたしはペン入れをする手を止めてうーん、と考えた。

 まったくの初心者でも枠線引きとか消しゴムかけならできるかも。

「……もしよかったら、やってみる? それじゃ千花、ベタ塗りに変わってくれるかな?」
「うん、分かった」

 千花は頷くと、すでにペン入れし終わった原稿を魔法で乾かし、×印の付いたところを筆で塗りつぶし始めた。

「え……、でもわたくしに出来るのでしょうか。足手まといにならなければよいのですが」

 わたしの提案が彼女にとっては思いもかけないことだったらしくて、イヴェンヌがうろたえる。

 彼女はちょっと自信がなさそうだけど、枠線引き自体はそう難しい作業じゃない。
 そこでわたしは、紙にシャーペンで線を何本か引き、その上をペンでなぞらせて練習させることにした。


「……出来ましたわ!」

 千花の隣に座って、しばらく定規とペンで紙相手に格闘していたイヴェンヌは充実感で瞳をきらきらさせて言った。……うお、ちょっと眩しい。若いっていいね。

 肝心の枠線の出来は……どれどれ。うん、きちんとシャーペンで描いた線の上を一発でなぞれてるし、これなら合格かな。

 それでわたしは原稿を一枚イヴェンヌに渡し、枠線引きを開始してもらった。
 それに時折、彼女の隣に座っている千花の的確なフォローが入り、イヴェンヌは少し緊張しながらも、綺麗に枠線を引いていた。

 ……ありがと、千花。さすが千花は気が利くなあ。
 わたしは千花の存在をありがたく思いながらも、ペンを走らせる。
 千花は仕事が速いから、おちおちしてられないのだ。


「イヴェンヌばかりずるいですわ。わたくしもお手伝いしたいです」

 ソフィアがそう言うと、モニーカも負けじと言う。

「わたくしもハルカ様のお役に立ちたいですわ」


 うーん、彼女達の気持ちは嬉しいけど、道具もそんなにないから枠線引きの練習してもらうわけにもいかないし。後は消しゴムかけぐらいしか残ってないな。
 ……今度元の世界に帰ったときは、もう少し、ペンとか定規とかも補充しておこう。

「……じゃあ、ソフィアは消しゴムかけして。モニーカは悪いけどイヴェンヌとソフィアの分の腕カバー持ってきてくれるかな。あとみんなのお茶淹れて。あ、モニーカの分もね」

 わたしがそう言うと、ソフィアはぱっと顔を輝かせ、モニーカはがっかりしたような表情になった。
 う、あちらを立てればこちらが立たず。
 でもモニーカには悪いけど、本当にやってもらうことがないんだよ。ごめんね。

「ごめんね。モニーカにも明日手伝ってもらうから。ソフィアは、わたしの隣に座って。今から消しゴムかけしてもらうけど、紙を破らないように、文字の書いてあるところだけは残して綺麗に消して。……こんなふうに」

 わたしは千花がベタ塗りして乾かしてくれた原稿に慎重に消しゴムをかけて手本を示した。

「分からなかったら、声かけてね」
「はい、かしこまりました」

 ソフィアは使命感に燃えた瞳で頷くと、教えた通り綺麗に消しゴムをかけてくれている。さすがに王宮付きの侍女だけあって、仕事が丁寧だ。


「腕カバー、頂いてまいりましたわ!」

 そこで、一時わたしの居室から出ていたモニーカが戻ってきて、侍女二人に腕カバーを渡した。
 すると、二人はわたしが指示するまでもなく、腕カバーを装着した。
 見ると、モニーカも自分の分を確保しているようだ。腕カバーを大事に居室の隅っこに置いていた。

 それで、モニーカにお茶を淹れてもらってみんなでほっこりと一休み。
 そこで、今描いている話の前の話の原稿はないのかと侍女達に聞かれた。

「うん。あるけど、向こうの世界に置いたままなんだ。できるだけ早く持ってくるね」

 三人がわたしの漫画を読みたいって言ってくれてるのはすごく嬉しいけど、次はいつ向こうに帰れるかなあ。

「それなら、今日はるかの礼儀作法が終わった後に向こうに行こうか。いろいろ入り用のものもあるだろうし」

 千花がわたしの意向をくみ取って、そう言ってくれたからすごく助かった。

「あ、うん。ありがと、千花」
「お礼なんていいって。わたしも向こうに用があるしね」

 それでわたしは千花のありがたい言葉に乗ることにして、向こうに一時的に帰ることにした。

「じゃあ、家から原稿持ってくるからね」

 わたしが侍女達にそう伝えると、「まあ、嬉しいですわ」「楽しみですわー」「ええ、本当に」とうきうきしながらまた作業に入っていった。

 それを眺めていて、わたしはあることに気が付いた。
 ……そうすると、カレヴィにも向こうに一度帰るって言っておかないといけないんだよね。

 んー、お昼の時に彼に断っておけばいいかなあ。……わたしが無視したことでカレヴィの機嫌が悪くなければいいけど。
 わたしが手を止めてちょっと考え込んでいると、消しゴムかけまで終わった原稿を眺めていたモニーカが聞いてきた。

「ハルカ様、これで完成なのですか?」
「ああ、まだ。トーン貼りとか写植とかが残ってるよ」

 わたしが簡単にトーン貼りと写植の説明をすると、侍女三人が感嘆したように溜息をついた。

「ハルカ様は随分と細かい作業がお得意ですのね」
「絵もお上手ですし」
「お話も素敵ですわ」
「……ありがとう」

 侍女三人が口々に褒めてくれるので、わたしはちょっと照れながらも礼を言った。
 いやー、恥ずかしいけど、やっぱり褒められるのは素直に嬉しいね。
 それに、三人の新たなアシスタント候補が増えたことも嬉しいし。
 わたしがそう言ったら、千花にすかさず突っ込まれた。

「……はるか、王の婚約者付きの侍女だよ。そこは間違えちゃ駄目だよ」

 う、そうだった。彼女たちは王宮付きの侍女だった。だとしたら、そうそう荒使いはできないよなあ。
 わたしがそう思っていたら、ソフィアが言った。

「まあ、ティカ様、わたくしは侍女兼アシスタントがよいですわ」

 そうするとイヴェンヌも言う。

「わたくしもそれがよいです。なんだかおもしろそうでわくわくしますわ」
「わたくし、ゼシリア様に正式に許可をいただきますわ。そうすれば、なにも問題ないでしょう」

 モニーカもわたしや千花ににっこり笑いかけながら言う。


 ……この三人、マジだよ。
 マジでわたしのアシやる気だ。


 わたしは感動しながら、千花はちょっと呆れながら三人を見ていた。

 でもまあ、これで効率が上がって趣味のサイトの更新頻度も上がってめでたしめでたし、なのかなあ?

 けど、その前にカレヴィの花嫁修業という難関が立ちふさがってるけどね。
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