王様と喪女

舘野寧依

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第二章:城での生活の始まり

第14話 花嫁修業……なのか?

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 めでたく寿退社したわたしは、またザクトアリアに戻ってきていた。

 その前に家に戻って、サイトには私事が忙しいので更新が滞ると告知してあるので、これでしばらくは安心だろう。
 これからわたしには、怒濤の花嫁修業が待っているんだよね。……それを考えると、ちょっと気が重い。
 千花もいろいろ忙しいらしくて帰っちゃったし、これからのことを考えるとかなり不安だ。

 わたしは王と王妃の共同の間でカレヴィと晩餐をとった後、香り高いコーヒーを飲みつつ、少し溜息をつく。
 それを耳聡く聞きつけたカレヴィが言ってきた。

「なんだ、ハルカ。不安なのか?」
「……まあ、不安といえば不安だけど。わたしは庶民だし、ちょっと気が重いよ」

 はたして一ヶ月の間に王妃らしい気品を身につけることができるのか、それさえ不安だ。

「そうか、それもそうだな。だが、おまえは無理をせず、徐々に慣れていけばいい。……そういえばおまえには決まった侍女を付けていなかったな。代々王妃には三名付くことになっているが」
「え、そんなにいらないよ」

 わたしに三人も付くとかそんな大げさな。
 一人でも大抵のことはできるのに。

「そうはいかない。王妃となればそれなりに体裁を整えなければならない」
「そうなの?」

 王妃の体裁とか、なんか面倒だなあ。
 侍女も交代要員を含めて二名もいれば充分だと思うんだけど。

「侍女長と相談して、若くともしっかりした者を選ぶようにしよう。そうすればハルカのいい相談相手になるだろう」
「う、ん。ありがとう」

 ちょっと重いけど、カレヴィはわたしのためを思ってやってくれてるんだから、そこは感謝しなきゃいけないよね。


 カレヴィが侍女長のゼシリアを呼ぶと、彼女は既にわたし付きの侍女を決めてあったらしく、すぐに紹介されることになった。

 新しくわたしに付く侍女は、赤毛で水色の瞳、褐色の肌のイヴェンヌ、日本人のそれよりもずっと濃い黒髪黒目、象牙の肌のモニーカ、白っぽい金髪、緑青色の瞳、白い肌のソフィアと見た目も様々だった。

 この国は他の国よりもいろいろな見た目の人が多いらしいから侍女もそんな感じな人達になったらしいけれど、これだったら名前も間違うこともなさそうなのでよかったのかもしれない。
 それに、この国は陽気な人が多いから三人とのおしゃべりが楽しそうだ。



 侍女達を紹介された後、わたしは自分の居室に戻って、下描きまでしていた漫画のペン入れでもしようかと思っていたけれど、なぜかそれをゼシリア達に止められて、湯殿まで連れていかれた。

 まだ寝るまでに時間はあるし、今はいいよと断ったんだけど、「だからこそです」という謎の言葉を受けて、わたしは首を捻る。
 そんなこんなでわたしはゼシリア達に気持ちいつもよりも丁寧に洗い上げられ、香油を使ったマッサージも丹念にされて絹の寝間着を着せられた。

「それではおやすみなさいませ」
「ハルカ様、頑張ってくださいませ」

 ……頑張るってなにを?
 年若い侍女達から赤い顔で言われた言葉に対して、わたしは天蓋付きのベッドに腰掛けながら首を傾げる。
 そうしているうちに、侍女達は明朝伺いますと言って寝室を出ていってしまった。

 なんだかよく分からないながらも、寝るにはまだ早いし、家から持ってきた漫画でも寝ころんで読むかと、居室に置いてあるそれを取りに行こうとして立ち上がった。
 その時、いきなり寝室のドアを開けてカレヴィが現れたのでわたしはびっくりしてしまった。

「ハルカ」
「カ、カレヴィ? どうしてここに」

 まさかとは思うけど、アレをしにきたんじゃないよね? 
 カレヴィとはまだ結婚している訳ではないし、ただ婚約中というだけなんだから、ぜひそうであってほしい。

「おまえを抱きにきた」

 はいぃ──っ!?

 嫌な予感が的中してしまったわたしは思わず飛び上がってしまった。

「な、なに言って……、だってまだカレヴィとは婚約期間中でしょ!?」

 カレヴィからなるたけ離れようと後ずさったわたしは、自分からベッドにダイブしてしまった。
 思わず悲鳴を上げたわたしをカレヴィは呆気にとられたように見ていたけれど、わたしが体を起こす前に手首を押さえつけられてそれを阻まれた。

「だ、駄目だって! だって、花嫁は清らかじゃないといけないって言ってたじゃない!」

 必死に足をじたばたさせながら訴えたが、カレヴィはまったく気にしたふうでもなかった。

「夫になる俺なら別だ。……それにこれは夜の習いという花嫁修業の一環でもある」

 ──そんなの、聞いてないよ!!
 そう叫ぼうとした途端、カレヴィの唇に口を塞がれた。

「ちょ……、カレ、……ヴィ……ッ」

 文句の一つも言ってやろうと口を開くも、その度にカレヴィの深い口づけを受けてわたしは息も絶え絶えになる。

 こんなことがあるんだったら、なぜ事前に言ってくれなかったの?
 それだったら、心の準備もできたのに。

「こんな、急に……、酷いよ……っ」

 なんとかそれだけ言ったけど、彼から返ってきたのは容赦のない言葉だった。

「おまえは俺の妃になると決めたのだろう。だったら我慢しろ」

 ……そう言われると、わたしはなにも言えなくなってしまう。
 最終的にザクトアリア王妃になることを決めたのは他でもないわたし自身なんだし。

「……分かったよ」

 わたしが諦めて体の力を抜くと、カレヴィは無駄に色気を振りまいてふっと笑った。
 けれど、その笑みは経験ゼロのわたしには恐怖でさえあった。
 思わず息を飲んでしまったわたしをカレヴィは見下ろすと、いらん宣言をしてくれた。

「いろいろと仕込んでやるから覚悟しておけ、ハルカ」

 お願いだから、程々にお願いします。
 なんと言ってもわたしは初めてだし、その点はさすがにカレヴィも考慮はしてくれるだろう。

 ……などと思ったのは実はとんでもなかったと、後にわたしは身を持って知ることになってしまった。
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