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第一章:喪女ですが異世界で結婚する予定です
第6話 王弟殿下
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婚約も決まったことだし、わたしは婚礼までに王妃らしく見える礼儀作法やこの国の歴史なんかを勉強しなきゃないから、これから大忙しだ。
……漫画描いてる暇あるかなあ。あるといいけど。
「話がまとまったのなら、ハルカに俺の血縁の者を紹介したいが、あいにく父母は諸国を旅している。連絡は入れておくから、まあその内帰ってはくるだろう。後で弟を紹介する」
とりあえず今すぐ先王陛下や王太后陛下にお会いする訳ではないらしいと分かって、心の準備がまだできていなかったわたしはちょっとほっとした。
「ハルカが心配することはなにもないよ。お二人とも気さくな方だし」
千花がわたしの心配を察したかのように、フォローしてきた。
そうか、それならちょっと安心した。
でも一人、会わなきゃいけない方が残ってるんだよね。
「……王弟殿下はどういう方なの?」
「シルヴィは今年十六になった。少し気難しいところもあるが、まあハルカが心配することはない」
……でも、一応近い血縁なら、わたしの歳のこととか言わなきゃいけないんだろうなあ。
それを若い殿下がなんと受け取るか、ちょっと心配だ。なんでも気難しいって言うし。
「ゼシリア、シルヴィを呼んでこい。こういうのは早い方がいいからな」
「かしこまりました」
いつのまにか控えていた地位のありそうな年かさの侍女がスカートを摘んでお辞儀をする。そして、王弟殿下を呼びに出ていってしまった。
うわあああ、こ、心の準備が!
なんだか急に心臓がバクバクしてきたよ。
わたしが胸を押さえて深呼吸していると、それがおかしかったのか、カレヴィが笑った。
「そんなに堅くなるな。ティカ殿も言ったが、おまえはなにも心配することはない。未来の王妃として堂々としていればいいんだからな」
堂々って……、ついさっき決まったことなのに、そんな無茶な。
わたしが不安な面もちでカレヴィを見ていると、彼はわたしの頭を撫でてきた。
……一応、わたしはカレヴィよりも年上なんだけど……。
そんなことを思っているうちに、ゼシリアと呼ばれた侍女が戻ってきて、程なくシルヴィ殿下がお越しになられます、と伝えてきた。
このゼシリアという人、結構地位がありそうだと思ったら、侍女長なんだって。
なるほど、どうりで妙な威厳があると思った。
それからすぐに、シルヴィ王弟殿下が来られたということで、わたしは一気に緊張してしまった。
執務室に入ってきた人は、カレヴィと同じ銀髪と彼よりもやや薄い青い瞳の持ち主の少年というか、青年だった。
褐色の肌のカレヴィと比べて、色素は薄いらしく色白だ。
「お呼びですか、兄王」
十六という年齢にそぐわず、シルヴィ殿下はなんだかしっかりした印象を受ける。
後で知ったことなんだけど、この大陸では十五で成人と見なされるらしい。
「ああ。この度、俺の婚約者となった娘をおまえに紹介したいと思ってな」
カレヴィの言葉に、シルヴィ殿下は瞳を見開いた。
それに構わず、カレヴィは続けた。
「名はハルカ・タダノ。歳は二十歳ということにしてあるが、実は二十七だ」
わたしの実際の歳を聞いて、殿下は黙っていられなかったらしく、少々怒りを含んだ口調で言ってきた。
「兄王、婚礼を挙げる予定だったのは、ディアルスタンの王女では? この方は他の大陸の方に見受けられますが。それに王の花嫁が二十七とはどういうことです」
確かに、彼の憤りは分かる。
それも兄の相手がこんな冴えない女なんだから。
「ティアルスタンとの縁談は残念ながら破談となった。……だが、このハルカはティカ殿の友人だぞ。王妃とするのに不足はあるまい」
「ティカ殿の……」
そこでシルヴィ殿下が千花の顔をまじまじと見つめた。
それに対して、千花はなんだか気乗りしなさそうに頷いている。
……ああ、そうか。
それでわたしは気がついてしまった。
わたしを王妃にとカレヴィが言ったのは、最初は腹立ち紛れからだったからかもしれない。けれど、途中でわたしとの結婚に乗り気になったみたいなのは、わたしが千花と友達だったからなんだ。
たぶん、わたしがカレヴィと婚礼を挙げれば、千花はわたしのために最強の女魔術師としてこの国に協力することになるのだろう。
……そっか。
別にわたし自身が必要とされてる訳じゃないと分かってしまって、わたしはなんだかがっくりしてしまった。
そりゃそうだよね。
わたしには王妃にふさわしい美貌も気品も教養もないもの。
でも、元々が喪女だったわたしだ。
わたし自身に期待されないことは慣れきっている。
それでなんとかわたしは気力を持ち直すと、笑顔でシルヴィ殿下に手を差し出した。
「はるかです。よろしくお願いします、殿下」
こっちの礼儀作法は知らないので、彼に笑顔で握手を求めると、困惑しながらも殿下は素直にわたしの手を握り返してきた。
「それとわたしはとうが立ってますが、一応清らかなので王妃となるのは大丈夫ですよ。わたしはこれまで男性にもてなくて恋人もいませんでしたから」
それを聞いて、シルヴィ殿下がなんとも言えない顔をした。
あれ、わたしまた変なこと言ったかなあ。
そしたら、カレヴィが渋い顔をしてわたしに言ってきた。
「ハルカ、そんな余計なことは言わなくていい」
「え、そう? 結構重要な事実だと思うんだけど」
わたしがカレヴィにそう言っていると、シルヴィ殿下は困惑したように言った。
「そ、そうですか。それでは俺のことはシルヴィと呼んでください。それから、あなたの義弟になるわけですから、兄王より丁寧な言葉遣いでは困ります」
「あ、そうだね」
彼の言うことももっともなので、わたしはあっさりといつもの言葉遣いになる。
……じゃあ、お言葉に甘えて、彼のことはシルヴィと呼ばせてもらおう。
「それじゃ、よろしくねシルヴィ」
わたしがにっこり笑うと、それまでいくらかうろたえていた彼がほっとしたように笑った。
……うーん、可愛いな。
実はわたし弟が欲しかったんだ。
彼とは仲良くなれるように、暇を見て時々会いに行こう。
そんなことを考えて、にこにこしているわたしに、カレヴィがいきなりの爆弾発言を発してきた。
「それでだな。挙式の予定だが、一ヶ月後とすることにした」
ええっ、それっていくらなんでも早すぎない?
礼儀作法のこともあることだし、せめて三ヶ月は余裕を見てほしいんだけど。
でも、国民に近々挙式するってことを知らせてあるんじゃやっぱり駄目なのかなあ。
……やっぱり、わたしうまい話に食いつきすぎたかもしれない。
などと思っても、後悔先に立たず。
ちょっと心配そうな千花の視線を受けながら、わたしはひきつり笑いをしていた。
……漫画描いてる暇あるかなあ。あるといいけど。
「話がまとまったのなら、ハルカに俺の血縁の者を紹介したいが、あいにく父母は諸国を旅している。連絡は入れておくから、まあその内帰ってはくるだろう。後で弟を紹介する」
とりあえず今すぐ先王陛下や王太后陛下にお会いする訳ではないらしいと分かって、心の準備がまだできていなかったわたしはちょっとほっとした。
「ハルカが心配することはなにもないよ。お二人とも気さくな方だし」
千花がわたしの心配を察したかのように、フォローしてきた。
そうか、それならちょっと安心した。
でも一人、会わなきゃいけない方が残ってるんだよね。
「……王弟殿下はどういう方なの?」
「シルヴィは今年十六になった。少し気難しいところもあるが、まあハルカが心配することはない」
……でも、一応近い血縁なら、わたしの歳のこととか言わなきゃいけないんだろうなあ。
それを若い殿下がなんと受け取るか、ちょっと心配だ。なんでも気難しいって言うし。
「ゼシリア、シルヴィを呼んでこい。こういうのは早い方がいいからな」
「かしこまりました」
いつのまにか控えていた地位のありそうな年かさの侍女がスカートを摘んでお辞儀をする。そして、王弟殿下を呼びに出ていってしまった。
うわあああ、こ、心の準備が!
なんだか急に心臓がバクバクしてきたよ。
わたしが胸を押さえて深呼吸していると、それがおかしかったのか、カレヴィが笑った。
「そんなに堅くなるな。ティカ殿も言ったが、おまえはなにも心配することはない。未来の王妃として堂々としていればいいんだからな」
堂々って……、ついさっき決まったことなのに、そんな無茶な。
わたしが不安な面もちでカレヴィを見ていると、彼はわたしの頭を撫でてきた。
……一応、わたしはカレヴィよりも年上なんだけど……。
そんなことを思っているうちに、ゼシリアと呼ばれた侍女が戻ってきて、程なくシルヴィ殿下がお越しになられます、と伝えてきた。
このゼシリアという人、結構地位がありそうだと思ったら、侍女長なんだって。
なるほど、どうりで妙な威厳があると思った。
それからすぐに、シルヴィ王弟殿下が来られたということで、わたしは一気に緊張してしまった。
執務室に入ってきた人は、カレヴィと同じ銀髪と彼よりもやや薄い青い瞳の持ち主の少年というか、青年だった。
褐色の肌のカレヴィと比べて、色素は薄いらしく色白だ。
「お呼びですか、兄王」
十六という年齢にそぐわず、シルヴィ殿下はなんだかしっかりした印象を受ける。
後で知ったことなんだけど、この大陸では十五で成人と見なされるらしい。
「ああ。この度、俺の婚約者となった娘をおまえに紹介したいと思ってな」
カレヴィの言葉に、シルヴィ殿下は瞳を見開いた。
それに構わず、カレヴィは続けた。
「名はハルカ・タダノ。歳は二十歳ということにしてあるが、実は二十七だ」
わたしの実際の歳を聞いて、殿下は黙っていられなかったらしく、少々怒りを含んだ口調で言ってきた。
「兄王、婚礼を挙げる予定だったのは、ディアルスタンの王女では? この方は他の大陸の方に見受けられますが。それに王の花嫁が二十七とはどういうことです」
確かに、彼の憤りは分かる。
それも兄の相手がこんな冴えない女なんだから。
「ティアルスタンとの縁談は残念ながら破談となった。……だが、このハルカはティカ殿の友人だぞ。王妃とするのに不足はあるまい」
「ティカ殿の……」
そこでシルヴィ殿下が千花の顔をまじまじと見つめた。
それに対して、千花はなんだか気乗りしなさそうに頷いている。
……ああ、そうか。
それでわたしは気がついてしまった。
わたしを王妃にとカレヴィが言ったのは、最初は腹立ち紛れからだったからかもしれない。けれど、途中でわたしとの結婚に乗り気になったみたいなのは、わたしが千花と友達だったからなんだ。
たぶん、わたしがカレヴィと婚礼を挙げれば、千花はわたしのために最強の女魔術師としてこの国に協力することになるのだろう。
……そっか。
別にわたし自身が必要とされてる訳じゃないと分かってしまって、わたしはなんだかがっくりしてしまった。
そりゃそうだよね。
わたしには王妃にふさわしい美貌も気品も教養もないもの。
でも、元々が喪女だったわたしだ。
わたし自身に期待されないことは慣れきっている。
それでなんとかわたしは気力を持ち直すと、笑顔でシルヴィ殿下に手を差し出した。
「はるかです。よろしくお願いします、殿下」
こっちの礼儀作法は知らないので、彼に笑顔で握手を求めると、困惑しながらも殿下は素直にわたしの手を握り返してきた。
「それとわたしはとうが立ってますが、一応清らかなので王妃となるのは大丈夫ですよ。わたしはこれまで男性にもてなくて恋人もいませんでしたから」
それを聞いて、シルヴィ殿下がなんとも言えない顔をした。
あれ、わたしまた変なこと言ったかなあ。
そしたら、カレヴィが渋い顔をしてわたしに言ってきた。
「ハルカ、そんな余計なことは言わなくていい」
「え、そう? 結構重要な事実だと思うんだけど」
わたしがカレヴィにそう言っていると、シルヴィ殿下は困惑したように言った。
「そ、そうですか。それでは俺のことはシルヴィと呼んでください。それから、あなたの義弟になるわけですから、兄王より丁寧な言葉遣いでは困ります」
「あ、そうだね」
彼の言うことももっともなので、わたしはあっさりといつもの言葉遣いになる。
……じゃあ、お言葉に甘えて、彼のことはシルヴィと呼ばせてもらおう。
「それじゃ、よろしくねシルヴィ」
わたしがにっこり笑うと、それまでいくらかうろたえていた彼がほっとしたように笑った。
……うーん、可愛いな。
実はわたし弟が欲しかったんだ。
彼とは仲良くなれるように、暇を見て時々会いに行こう。
そんなことを考えて、にこにこしているわたしに、カレヴィがいきなりの爆弾発言を発してきた。
「それでだな。挙式の予定だが、一ヶ月後とすることにした」
ええっ、それっていくらなんでも早すぎない?
礼儀作法のこともあることだし、せめて三ヶ月は余裕を見てほしいんだけど。
でも、国民に近々挙式するってことを知らせてあるんじゃやっぱり駄目なのかなあ。
……やっぱり、わたしうまい話に食いつきすぎたかもしれない。
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