月読の塔の姫君

舘野寧依

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終章:祝福の姫君

第100話 祝福

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 ──そして時は巡る。

「陛下、キース様は無事エイディル領主に着任されたそうです」

 ガルディア国王の執務室にて現宰相のイザトが報告書を読み上げると、カディスは目の前の書面から顔を上げた。
 キースとイルーシャ夫妻は、この度の国王就任十周年を記念しての恩赦で、長く滞在していたザクトアリアからの帰還が許された。
 そしてキースは新たにエイディル公爵として赴任することが決まったのである。
 甘すぎる処置とも思われたが、愛するイルーシャの為なら臣下の反対も厭わなかった。

「……そうか。子供達も随分大きくなっただろうな」

 イルーシャに見事に振られてから既に随分と時がたってしまっている。
 カディスがしみじみというと、イザトは表情をほとんど動かさずに答えた。

「姫君は六歳で、ご嫡男は三歳におなりとか」
「そうか」

 それを聞いて、もうあれからそんなにたつのかとカディスは複雑な思いだった。

「陛下、これを機に、妃をお迎えになられてはいかがです。あなた様もいい歳なのですし」

 カディスはイルーシャが忘れられず、妃の一人も迎えてはいない。
 もっとも隣のハーメイ国王も同じ事情らしい。この場合、同病相憐れむと言ったところか。

「俺を老人のように言うな」

 カディスがむっとしてイザトを睨んだが、当の彼は全く堪えた様子はない。元々昔から口では適わなかったのだから、なんだか情けないが仕方がないとカディスは諦める。

「俺はイルーシャ以外の妃を迎える気はないぞ」

 カディスがそう言うと、イザトは頭が痛いというように額を押さえた。

「またそんなことを。あなたの後継者の問題はどうするのです」
「ユーインに王位を継がせればいい。伝説の姫君と稀代の魔術師の嫡男だ。国民にとって次期国王として不足はないだろう」
「──それでは、全くの人任せね。あなたは国王の責務を忘れてしまったのかしら?」

 幼いが辛辣な少女の声が執務室に響いて、カディスは思わずイザトと顔を合わせた。
 その一瞬後、小さな少女が姿を現した。
 金髪に緑の瞳。
 その少女は幼いながらもとても整った顔をしていて、その姿にカディスはどこか見覚えがあった。

「まさか、おまえはキースの──」

 少女は母親に似ているところはほとんど見られない。むしろ幼少期のキースに似ていた。

「そう、わたしはキース・ルグランとイルーシャ・マリールージュが娘、エリノア・シアーレ・レグ・エイディル。この度はいつまでも妃を決めないカディスに業を煮やして求婚しに来たの」
「は……?」

 あまりのことにカディスの頭が真っ白になる。ふと見れば、普段無表情のイザトも目を点にしていた。

「……なにを馬鹿なことを言っている。俺に幼女趣味はない」
「もちろん婚礼は成人してからに決まってるでしょ。どうせ結婚しないつもりなら、わたしが十五になるまで待てるでしょう」

 カディスの言葉に憤慨したように、エリノアは腰に手を当て胸を張る。……が年齢が年齢のため、胸は哀しいくらい平坦だ。

「冗談はやめろ。俺はおまえの父親よりも歳が上だ。それに俺はおまえの母親を愛している」
「うーわー、未練がましいぃ」
「なっ!?」

 内心では至高の愛と思っていたのをエリノアに突っ込まれ、カディスは瞠目する。
 こういうところまでキースにそっくりだ。

「確かにお母様はとても素敵だけれども、もう他人のものよ? ここはわたしで妥協しなさいよ、カディス」

 幼い少女のあまりの言いようにカディスは口をぱくぱくさせるしかない。

「確かに、キース様とイルーシャ様の姫君のあなたなら、不足はありませんね」
「でしょう?」

 ふむ、と考え込んだイザトが少女ととんでもない連携を見せる。

「ば……っ」

 馬鹿なことを言うな! と叫びかけたカディスにエリノアが手のひらを向けると、途端に彼は口が利けなくなる。
 どうやらエリノアが言葉を封じる魔法を使ったようだった。
 この辺りはキースの血を引く姫君らしく、相当魔術師としての能力が高いようだ。

「それでは、これからここにお世話になるわ。よろしくね、カディス」

 にっこりと愛らしい笑顔で微笑むとエリノアはカディスに見事な正式の礼をとった。
 それに思わず見とれたカディスははっとすると、慌てて言った。いつの間にか魔法も解けていたらしい。

「まあ、置いてやるくらいならいい。妃として俺をその気にさせられるとは思えんが」
「それは気長に待っていてよ。カディスが夢中になるような姫君に絶対なってみせるから」

 エリノアは不敵に笑うと、カディスに近づきその手を取った。

「わたし、エリノア・シアーレ・レグ・エイディルは、この国ガルディア王国を未来永劫祝福します」

 そして恭しくカディスの手の甲に口づける。
 それは見慣れない仕草だったが、カディスとイザトには分かった。
 これは、未来の国母としての儀式だ。
 少女とも思えない泰然としたエリノアに呆然とするカディスの近くでイザトが微笑む。
 彼にはまるでその祝福が実際に効力を持っているかのように感じられたからである。



「あの、城でうまくやっていけるかしら? 心配だわ」

 一人で城に向かってしまった娘を思い、女性が頬に手を当てて心配そうに言った。
 年齢を重ねてより艶やかになった絶世の容貌がとても麗しい。

「大丈夫、エリノアは僕らの娘だよ。カディスの一人や二人、簡単に落としてみせるさ」

 新しいエイディル公は、こともなげに笑った。

「……そうだといいのだけど」

 なにせ、親子ほどの歳の差があるのだ。
 いくらエリノアが年の割に大人びているとはいえ、イルーシャの心配はある意味当然とも言えた。

「まあ、僕らもこれから忙しくなるだろうし、今が正念場とも言えるだろうね」
「そうね、わたし達でエイディル領の、いいえガルディアの発展の為に尽くしましょうね」

 イルーシャがキースの胸に飛び込むと、彼は優しくそれを受け止めた。

「そうだね、この国を僕たちみんなで祝福しよう。更にこの国が発展し続けるように」
「ええ、ガルディアの更なる発展の為に」

 わたし達はこの国を未来永劫祝福します──

 そして、その言葉通りガルディア王国は更なる発展を遂げることになるのである。



   〈了〉
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