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第八章:月読の塔の姫君
第98話 誓い
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こうなると、独学でも移動魔法を学んでいて良かったと思えてくる。
ただ、実際にこの魔法を試してみたことはない。施行すれば、すぐに魔術師団に感知されるからだ。
……気配を消す魔法も習っておいた方が良かったかもしれない。
ただ、今となってはもう後の祭りだった。
わたしは練習なしのぶっつけ本番で移動魔法を使うしかない状況に内心で頭を抱えた。
……とにかく夜間の今、これを使うことは自殺行為だろう。
決行するとしたら明日の朝早くが一番いい。
キースの居場所は過去視で捉えることが出来たので、あとはそこに行けばいい。
……ただ、一度も練習したことのない難しい魔法を使用しなければいけないだけだ。
無謀と言えば無謀。
けれど、追いつめられたわたしはこの移動魔法に全てをかけるしかなかった。
翌朝、早く起きたわたしは朝の支度を済ませると、再び人払いをした。
ただ、この人払いもそう長くは持たない。
ある程度時間がたてば、侍女が様子を伺いに来るからだ。
わたしはカディス宛に詫びの手紙を書くと、その脇にキースとの婚約誓約書を置いた。
わたしはこれから王族の地位を捨てるので必要ないと踏んだからだ。
そしてわたしは過去視を使って、ヒューの訓練場面を表示させた。
……ああ、いけない。その前に念のため防御魔法を使わないと。
ふと、わたしは自分が全くの無防備になるのを思い出して、わたし自身をぐるりと取り囲むように念入りに防御魔法をかけておいた。
そしていよいよ移動魔法の施行だ。
わたしは移動先のキースの邸宅を思い描きながら、ヒューが唱えたとおりに言葉を紡いでいく。
──ああ、どうにか術が完成して。
その願いがかなったのか、奇跡的にわたしの移動魔法は実行された。
『カディスへ
ごめんなさい、わたしはどうしてもあなたの妃になることが出来ませんでした。わたしはキースの元へ行きます。
伝説の姫君として、これはしてはならないことだとは分かっています。
さんざん世話になっておきながら、不義理なことをして本当にごめんなさい。
イルーシャ』
移動魔法は成功したとは、言いづらかった。
座標はそれほどずれてはいないはずだけれど、わたしが現れた先は木々がうっそうと茂る密林の中だったからだ。
……とにかくもう一度移動魔法を施行しなければ。
いえ、それよりも持ち出してきた腕輪でキースと連絡を取った方が確実だわね。
それで腕輪を操作しようとした途端、目の前の繁みから大きな獣が現れた。
「ひ……」
牙が異様に発達したそれは、どう見ても肉食獣にしか見えない。ひょっとすると、これが今までわたしが目にしたことのない魔獣なのかもしれない。
けれど、わたしには防御壁がある。
これでなんとか時間をかせいで、キースへ連絡を取ろう。
「──これはこれは、なんとも無謀な姫君だ。安全な場所からわざわざこんな危険な場所に移動するとは」
聞き覚えのある声にざわりと鳥肌が立つ。
まさか、彼にも魔力を追う能力があるとは知らなかった。
「ウィ、ルロー」
姿を現したウィルローは、金の瞳を楽しそうに細めながらなぶるようにわたしを嗤った。
魔獣はウィルローを警戒してか襲っては来ない。おそらく、彼なら簡単にしとめられるからだろう。
「この防御壁を解除したら、あなたはこの魔獣の餌食ですね。ただの肉片と化したあなたに、あのキース・ルグランがどれほどの絶望へ陥るか見てみたい気もしますが、王太子にあなたを捧げると約束してしまいましたからね。……どうしましょうか」
「どちらも冗談じゃないわ、ウィルロー。わたしはあなたの思い通りにはならない」
そしてわたしは腕輪を操作すると、キースを呼び出した。
「キース、助けてキース!」
「──イルーシャ」
キースが移動魔法で現れた途端、ウィルローは舌打ちをした。そして逃げる体制に入った。
「逃がさないよ」
そう言うと、辺りを強い稲光が走った。
「ぐあああぁっ」
ウィルローの苦悶の声が辺りに響きわたる。
ちなみに魔獣の方は一瞬で丸焦げになっていた。
ウィルローは魔防壁を施していた分、苦しみが長引くことになったのだろう。
「く……っ、キース・ルグラン、貴様ぁ……っ」
うつ伏せになり、ケロイド状になった恐ろしい顔で、ウィルローはキースを睨みつける。
「このままおまえはガルディアに送る。そこで大罪人として極刑になるだろう」
「……」
ウィルローはもう口をきく気力もないようで、ただただキースを恨めしそうに見つめていた。
そしてキースが短い詠唱を唱えると、ウィルローの姿がその場から消えた。
「あ……」
「あいつはガルディアに送った。もう君が憂えることはなにもない。だから君はガルディアに……」
「嫌よ」
わたしは自分の防御魔法を解くと、キースに抱きついた。
「わたしは王族の身分を捨ててきたし、今更ガルディアには戻れないわ。わたしはあなたの妻になりたい一心でここまで来たのだから」
すると、キースは深々と溜息をついた。
「……君が移動魔法を扱えるとは思っていなかったよ。それに僕の記憶も消えていないようだし」
「生憎ね。そうそうあなたの思い通りにはさせないわ。わたしはわたしの意志を貫くわ」
わたしがそう言うと、キースはほとほと困ったように「参ったな」とぼやいた。
「イルーシャ、まだ間に合う。カディスに謝れば……」
「嫌よ。わたしはカディスを振ってきたのよ。今更どんな顔をして戻れっていうの?」
すると、キースは難しい顔をして唸った。
「それよりも、わたしはあなたと生きていたい。だからここまで来たのよ」
すると、キースがわたしの肩に手を置いて引き剥がした。
「駄目だよ。僕は大罪人だ。君にふさわしくない」
「ふさわしいかどうかは、わたしが決めるわ。わたしはこうしてあなたを選んだ。それが間違いだとも思わない」
そうして、わたしは伸び上がってキースの唇に口づけた。
「イルーシャ」
キースが顔を苦しそうに歪めたかと思うと、息も出来ないほどに強く抱きしめられた。
そして次にはキスの雨が降ってくる。
「本当に君は馬鹿だ。安定を捨てて、自ら茨の道を行くなんて」
苦労してここまでたどり着いたわたしは馬鹿と言われて思わずむっとした。
「それを言うならあなたもじゃない。わたしはあなたを愛してるって言っているのに、わざと突き放すような真似をして──」
そう言っているうちに、過去の哀しい思い出が蘇り、わたしは思わず涙を流してしまった。
「泣かないで、イルーシャ」
焦ったようにキースは言うと、わたしの頬に流れる涙を指で拭う。
「じゃあ、誓って。わたしをガルディアに戻さず、あなたの妻にするって」
真摯にわたしがそう言うと、キースは分かったと返してきた。
「我、キース・ルグランは、今日この日よりイルーシャ・マリールージュを妻とすることを誓う。……これで本当に良かったのかい」
キースはまだわたしが王妃になることに心が残っているようだ。
だから、わたしはキースの首に腕を回して思い切り抱きついた。
「これがいいの。もう、細かいことは言わないで」
……そう、わたしはあなたの傍で生きることをとっくに決意しているのだから──
ただ、実際にこの魔法を試してみたことはない。施行すれば、すぐに魔術師団に感知されるからだ。
……気配を消す魔法も習っておいた方が良かったかもしれない。
ただ、今となってはもう後の祭りだった。
わたしは練習なしのぶっつけ本番で移動魔法を使うしかない状況に内心で頭を抱えた。
……とにかく夜間の今、これを使うことは自殺行為だろう。
決行するとしたら明日の朝早くが一番いい。
キースの居場所は過去視で捉えることが出来たので、あとはそこに行けばいい。
……ただ、一度も練習したことのない難しい魔法を使用しなければいけないだけだ。
無謀と言えば無謀。
けれど、追いつめられたわたしはこの移動魔法に全てをかけるしかなかった。
翌朝、早く起きたわたしは朝の支度を済ませると、再び人払いをした。
ただ、この人払いもそう長くは持たない。
ある程度時間がたてば、侍女が様子を伺いに来るからだ。
わたしはカディス宛に詫びの手紙を書くと、その脇にキースとの婚約誓約書を置いた。
わたしはこれから王族の地位を捨てるので必要ないと踏んだからだ。
そしてわたしは過去視を使って、ヒューの訓練場面を表示させた。
……ああ、いけない。その前に念のため防御魔法を使わないと。
ふと、わたしは自分が全くの無防備になるのを思い出して、わたし自身をぐるりと取り囲むように念入りに防御魔法をかけておいた。
そしていよいよ移動魔法の施行だ。
わたしは移動先のキースの邸宅を思い描きながら、ヒューが唱えたとおりに言葉を紡いでいく。
──ああ、どうにか術が完成して。
その願いがかなったのか、奇跡的にわたしの移動魔法は実行された。
『カディスへ
ごめんなさい、わたしはどうしてもあなたの妃になることが出来ませんでした。わたしはキースの元へ行きます。
伝説の姫君として、これはしてはならないことだとは分かっています。
さんざん世話になっておきながら、不義理なことをして本当にごめんなさい。
イルーシャ』
移動魔法は成功したとは、言いづらかった。
座標はそれほどずれてはいないはずだけれど、わたしが現れた先は木々がうっそうと茂る密林の中だったからだ。
……とにかくもう一度移動魔法を施行しなければ。
いえ、それよりも持ち出してきた腕輪でキースと連絡を取った方が確実だわね。
それで腕輪を操作しようとした途端、目の前の繁みから大きな獣が現れた。
「ひ……」
牙が異様に発達したそれは、どう見ても肉食獣にしか見えない。ひょっとすると、これが今までわたしが目にしたことのない魔獣なのかもしれない。
けれど、わたしには防御壁がある。
これでなんとか時間をかせいで、キースへ連絡を取ろう。
「──これはこれは、なんとも無謀な姫君だ。安全な場所からわざわざこんな危険な場所に移動するとは」
聞き覚えのある声にざわりと鳥肌が立つ。
まさか、彼にも魔力を追う能力があるとは知らなかった。
「ウィ、ルロー」
姿を現したウィルローは、金の瞳を楽しそうに細めながらなぶるようにわたしを嗤った。
魔獣はウィルローを警戒してか襲っては来ない。おそらく、彼なら簡単にしとめられるからだろう。
「この防御壁を解除したら、あなたはこの魔獣の餌食ですね。ただの肉片と化したあなたに、あのキース・ルグランがどれほどの絶望へ陥るか見てみたい気もしますが、王太子にあなたを捧げると約束してしまいましたからね。……どうしましょうか」
「どちらも冗談じゃないわ、ウィルロー。わたしはあなたの思い通りにはならない」
そしてわたしは腕輪を操作すると、キースを呼び出した。
「キース、助けてキース!」
「──イルーシャ」
キースが移動魔法で現れた途端、ウィルローは舌打ちをした。そして逃げる体制に入った。
「逃がさないよ」
そう言うと、辺りを強い稲光が走った。
「ぐあああぁっ」
ウィルローの苦悶の声が辺りに響きわたる。
ちなみに魔獣の方は一瞬で丸焦げになっていた。
ウィルローは魔防壁を施していた分、苦しみが長引くことになったのだろう。
「く……っ、キース・ルグラン、貴様ぁ……っ」
うつ伏せになり、ケロイド状になった恐ろしい顔で、ウィルローはキースを睨みつける。
「このままおまえはガルディアに送る。そこで大罪人として極刑になるだろう」
「……」
ウィルローはもう口をきく気力もないようで、ただただキースを恨めしそうに見つめていた。
そしてキースが短い詠唱を唱えると、ウィルローの姿がその場から消えた。
「あ……」
「あいつはガルディアに送った。もう君が憂えることはなにもない。だから君はガルディアに……」
「嫌よ」
わたしは自分の防御魔法を解くと、キースに抱きついた。
「わたしは王族の身分を捨ててきたし、今更ガルディアには戻れないわ。わたしはあなたの妻になりたい一心でここまで来たのだから」
すると、キースは深々と溜息をついた。
「……君が移動魔法を扱えるとは思っていなかったよ。それに僕の記憶も消えていないようだし」
「生憎ね。そうそうあなたの思い通りにはさせないわ。わたしはわたしの意志を貫くわ」
わたしがそう言うと、キースはほとほと困ったように「参ったな」とぼやいた。
「イルーシャ、まだ間に合う。カディスに謝れば……」
「嫌よ。わたしはカディスを振ってきたのよ。今更どんな顔をして戻れっていうの?」
すると、キースは難しい顔をして唸った。
「それよりも、わたしはあなたと生きていたい。だからここまで来たのよ」
すると、キースがわたしの肩に手を置いて引き剥がした。
「駄目だよ。僕は大罪人だ。君にふさわしくない」
「ふさわしいかどうかは、わたしが決めるわ。わたしはこうしてあなたを選んだ。それが間違いだとも思わない」
そうして、わたしは伸び上がってキースの唇に口づけた。
「イルーシャ」
キースが顔を苦しそうに歪めたかと思うと、息も出来ないほどに強く抱きしめられた。
そして次にはキスの雨が降ってくる。
「本当に君は馬鹿だ。安定を捨てて、自ら茨の道を行くなんて」
苦労してここまでたどり着いたわたしは馬鹿と言われて思わずむっとした。
「それを言うならあなたもじゃない。わたしはあなたを愛してるって言っているのに、わざと突き放すような真似をして──」
そう言っているうちに、過去の哀しい思い出が蘇り、わたしは思わず涙を流してしまった。
「泣かないで、イルーシャ」
焦ったようにキースは言うと、わたしの頬に流れる涙を指で拭う。
「じゃあ、誓って。わたしをガルディアに戻さず、あなたの妻にするって」
真摯にわたしがそう言うと、キースは分かったと返してきた。
「我、キース・ルグランは、今日この日よりイルーシャ・マリールージュを妻とすることを誓う。……これで本当に良かったのかい」
キースはまだわたしが王妃になることに心が残っているようだ。
だから、わたしはキースの首に腕を回して思い切り抱きついた。
「これがいいの。もう、細かいことは言わないで」
……そう、わたしはあなたの傍で生きることをとっくに決意しているのだから──
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