75 / 108
第六章:魅惑の姫君と幻惑の魔術師
第74話 啓示
しおりを挟む
──アーク、ごめんなさい……。
わたしはキースに責められながら、もういない彼に心の中で謝罪すると、もう何回目になるか分からないけれど、また気を失った。
──イルーシャ。
アークがわたしの大好きな笑顔で笑いかけてくる。
わたしはそれでこれが夢の中の出来事だと知った。
それでも彼に会えるのは嬉しい。汚れてしまったわたしは複雑な気分でもあったけれど。
──イルーシャ。
もう一度アークがわたしの名前を呼んで、その腕を伸ばしてきた。
わたしは彼の胸に飛び込み、縋りついた。
「アーク、ごめんなさい。ごめんなさい」
彼を裏切ってしまったことが申し訳なくて、わたしは震えながら涙を流した。
──イルーシャ、大丈夫だ。おまえは汚れてはいない。
アークはわたしを抱きしめながら、安心させるように優しく背を撫でてくれた。
わたしは彼の言葉が嬉しくて、でも尚更彼に申し訳なくてもう一度彼に謝罪しようとした。
「アーク、でも……」
──大丈夫だ。……はわたしなのだから。
「え?」
彼が言ったことがよく聞こえなくて、わたしはアークを見返す。
そして、なぜかアークはいつの間にかキースになっていた。
次にわたしがはっと気が付くと、身支度を整えたキースがわたしの顔をじっと見つめていた。
「あ……」
わたしはそれで彼に抱かれたことを思い出し、慌てて体にシーツを手繰り寄せた。
「さんざん見たから別に隠さなくてもいいのに」
からかうような口調で彼に言われて、思わずわたしの顔がかっと熱くなる。
キースはそんなわたしの頬を撫でてきたけれど、わたしはなぜかそれを避けようと思わなかった。
それに気づいたキースが、不思議そうに首を傾げた。
「イルーシャ、逃げないんだね。……それとも、もう観念してしまったのかな?」
わたしはキースのその視線から逃げるために、慌てて俯いた。
……きっと、あんな夢を見たからだわ。
キースがアークの生まれ変わりだなんて、そんなことあるのだろうか。
キースがアークからわたしを奪ったというのに、そんな馬鹿なこと。
わたしが顔を手で覆って混乱する思考をなんとか治めようとしていると、当のキースから声をかけられた。
「イルーシャ、避妊薬だよ。飲んで」
「あ……、ええ」
渡された薬の包みの中身をわたしが口に入れると、水差しからグラスに注がれた水をキースに差し出され、わたしは素直にそれを飲んだ。
……キースはわたしが妊娠するとまずいのね。
そう考えると、なぜかわたしは胸がずきりと痛んだ。
キースがわたしを愛してる、妻にしたいと言っていたのは、もはや過去のこと。
今の彼にはわたしは汚れきった存在でしかないのかと、それで再確認してしまい泣きそうになる。
「……無理矢理君を奪ったというのに、君は僕を詰らないんだね、イルーシャ」
わたしが避妊薬を飲むのをじっと見守っていたキースはわたしからグラスを受け取ると静かにそう言った。
「……わたしは……」
確かに彼を殴ってもいいくらいのことをわたしはされた。本当だったら、殺したいくらい憎むだろう。
けれど、わたしはなぜかキースに憎しみを感じることが出来ずに、自分でも戸惑っていた。
……きっと、さっき見た夢のせいだわ。
あれのせいで、わたしはキースを憎めなくなってしまった。
でも、あれは罪の意識からわたしがそう思いこみたいだけの都合のよい夢なのではないかしら。
震えながら彼を見ていると、無言でわたしを見つめていたキースがややして溜息をついた。
それで思わずわたしはびくりと体を震わせてしまう。
もしかして、彼に軽薄な女だと思われただろうか。そう思うと、わたしはとても胸が苦しくなってしまった。
……わたし、変だわ。
キースにどう思われようといいじゃない。
それなのに、彼に軽蔑されることが苦しいなんておかしすぎる。
「……もう帰って。わたしを汚したんだから、これで満足でしょう?」
わたしはキースから顔を逸らしながらそう言う。
「分かった。……でも君はもう少し休んだ方がいいよ」
わたしを陵辱した人物とは思えないほど優しい言葉をかけられ、わたしは堪えていた涙がみるみる瞳に溜まっていく。
そして、わたしはキースに顎を捉えられ、その顔を見られてしまった。
「……イルーシャ」
涙がわたしの頬を転がると、キースはわたしの唇に、次には頬に口づけてきた。
それでわたしは涙が流れるのを止められなくなり困ってしまった。
けれど、次にキースがわたしの額に指を置くとわたしは眠くてたまらなくなる。
「キー……」
キース。彼の名前を最後までわたしは言えず、わたしは彼に体を支えられたように感じた。
そして、わたしの唇に柔らかいものが押しつけられる。
キースにまた口づけられたのかしら。でも彼はわたしを憎んでいるはずなのに、なんだかおかしいわ。
急速に眠気に襲われる中で、それでもわたしは戸惑いを感じていた。
──ああ、でも。
こんなことをされても憎めないなんて、本当にキースがアークの生まれ変わりなのかも知れない──
翌朝、シェリーが起こしに来た時には、いつも通りわたしは綺麗に体を拭き清められ、寝間着もきちんと着ていた。
キースにあれだけ激しく責められたのにも関わらず、気怠さも感じなかった。もしかしたら、キースがわたしに治癒魔法を施していったのかもしれない。
……それにしても。
キースがもしかしたらアークの生まれ変わりかもしれないことを彼に言うべきかしら。
けれど、キースは以前アークのことを憎くてたまらないというようなことを言っていたのよね。
それで、わたしがそう言っても彼が素直に受け取るとは思えない。それどころか、余計に彼を怒らせてしまいそうだ。
それに、まだキースがアークだと確信出来たわけではない。
わたしは無理矢理その考えを気持ちの奥底に押し込むと、朝の支度を終える。
確証の持てないそんなことより、今のわたしにはやるべきことがある。
わたしはこれからカディスを訪ねて、アデルの処遇をなんとかしてもらわないといけないのだ。
キースに陵辱されたことは本当だったら気にすべきことだけれど、どうしても彼を憎むことが出来ない自分の心に蓋をして、わたしはそのことから一時的に目を逸らすことにした。
わたしはキースに責められながら、もういない彼に心の中で謝罪すると、もう何回目になるか分からないけれど、また気を失った。
──イルーシャ。
アークがわたしの大好きな笑顔で笑いかけてくる。
わたしはそれでこれが夢の中の出来事だと知った。
それでも彼に会えるのは嬉しい。汚れてしまったわたしは複雑な気分でもあったけれど。
──イルーシャ。
もう一度アークがわたしの名前を呼んで、その腕を伸ばしてきた。
わたしは彼の胸に飛び込み、縋りついた。
「アーク、ごめんなさい。ごめんなさい」
彼を裏切ってしまったことが申し訳なくて、わたしは震えながら涙を流した。
──イルーシャ、大丈夫だ。おまえは汚れてはいない。
アークはわたしを抱きしめながら、安心させるように優しく背を撫でてくれた。
わたしは彼の言葉が嬉しくて、でも尚更彼に申し訳なくてもう一度彼に謝罪しようとした。
「アーク、でも……」
──大丈夫だ。……はわたしなのだから。
「え?」
彼が言ったことがよく聞こえなくて、わたしはアークを見返す。
そして、なぜかアークはいつの間にかキースになっていた。
次にわたしがはっと気が付くと、身支度を整えたキースがわたしの顔をじっと見つめていた。
「あ……」
わたしはそれで彼に抱かれたことを思い出し、慌てて体にシーツを手繰り寄せた。
「さんざん見たから別に隠さなくてもいいのに」
からかうような口調で彼に言われて、思わずわたしの顔がかっと熱くなる。
キースはそんなわたしの頬を撫でてきたけれど、わたしはなぜかそれを避けようと思わなかった。
それに気づいたキースが、不思議そうに首を傾げた。
「イルーシャ、逃げないんだね。……それとも、もう観念してしまったのかな?」
わたしはキースのその視線から逃げるために、慌てて俯いた。
……きっと、あんな夢を見たからだわ。
キースがアークの生まれ変わりだなんて、そんなことあるのだろうか。
キースがアークからわたしを奪ったというのに、そんな馬鹿なこと。
わたしが顔を手で覆って混乱する思考をなんとか治めようとしていると、当のキースから声をかけられた。
「イルーシャ、避妊薬だよ。飲んで」
「あ……、ええ」
渡された薬の包みの中身をわたしが口に入れると、水差しからグラスに注がれた水をキースに差し出され、わたしは素直にそれを飲んだ。
……キースはわたしが妊娠するとまずいのね。
そう考えると、なぜかわたしは胸がずきりと痛んだ。
キースがわたしを愛してる、妻にしたいと言っていたのは、もはや過去のこと。
今の彼にはわたしは汚れきった存在でしかないのかと、それで再確認してしまい泣きそうになる。
「……無理矢理君を奪ったというのに、君は僕を詰らないんだね、イルーシャ」
わたしが避妊薬を飲むのをじっと見守っていたキースはわたしからグラスを受け取ると静かにそう言った。
「……わたしは……」
確かに彼を殴ってもいいくらいのことをわたしはされた。本当だったら、殺したいくらい憎むだろう。
けれど、わたしはなぜかキースに憎しみを感じることが出来ずに、自分でも戸惑っていた。
……きっと、さっき見た夢のせいだわ。
あれのせいで、わたしはキースを憎めなくなってしまった。
でも、あれは罪の意識からわたしがそう思いこみたいだけの都合のよい夢なのではないかしら。
震えながら彼を見ていると、無言でわたしを見つめていたキースがややして溜息をついた。
それで思わずわたしはびくりと体を震わせてしまう。
もしかして、彼に軽薄な女だと思われただろうか。そう思うと、わたしはとても胸が苦しくなってしまった。
……わたし、変だわ。
キースにどう思われようといいじゃない。
それなのに、彼に軽蔑されることが苦しいなんておかしすぎる。
「……もう帰って。わたしを汚したんだから、これで満足でしょう?」
わたしはキースから顔を逸らしながらそう言う。
「分かった。……でも君はもう少し休んだ方がいいよ」
わたしを陵辱した人物とは思えないほど優しい言葉をかけられ、わたしは堪えていた涙がみるみる瞳に溜まっていく。
そして、わたしはキースに顎を捉えられ、その顔を見られてしまった。
「……イルーシャ」
涙がわたしの頬を転がると、キースはわたしの唇に、次には頬に口づけてきた。
それでわたしは涙が流れるのを止められなくなり困ってしまった。
けれど、次にキースがわたしの額に指を置くとわたしは眠くてたまらなくなる。
「キー……」
キース。彼の名前を最後までわたしは言えず、わたしは彼に体を支えられたように感じた。
そして、わたしの唇に柔らかいものが押しつけられる。
キースにまた口づけられたのかしら。でも彼はわたしを憎んでいるはずなのに、なんだかおかしいわ。
急速に眠気に襲われる中で、それでもわたしは戸惑いを感じていた。
──ああ、でも。
こんなことをされても憎めないなんて、本当にキースがアークの生まれ変わりなのかも知れない──
翌朝、シェリーが起こしに来た時には、いつも通りわたしは綺麗に体を拭き清められ、寝間着もきちんと着ていた。
キースにあれだけ激しく責められたのにも関わらず、気怠さも感じなかった。もしかしたら、キースがわたしに治癒魔法を施していったのかもしれない。
……それにしても。
キースがもしかしたらアークの生まれ変わりかもしれないことを彼に言うべきかしら。
けれど、キースは以前アークのことを憎くてたまらないというようなことを言っていたのよね。
それで、わたしがそう言っても彼が素直に受け取るとは思えない。それどころか、余計に彼を怒らせてしまいそうだ。
それに、まだキースがアークだと確信出来たわけではない。
わたしは無理矢理その考えを気持ちの奥底に押し込むと、朝の支度を終える。
確証の持てないそんなことより、今のわたしにはやるべきことがある。
わたしはこれからカディスを訪ねて、アデルの処遇をなんとかしてもらわないといけないのだ。
キースに陵辱されたことは本当だったら気にすべきことだけれど、どうしても彼を憎むことが出来ない自分の心に蓋をして、わたしはそのことから一時的に目を逸らすことにした。
10
お気に入りに追加
1,021
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる