月読の塔の姫君

舘野寧依

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第三章:傾国の姫君

第38話 呪いの封印

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「……ここまでですか」

 ロアディールはそう言うと、わたしから離れた。

「……ロアディール?」

 彼の様子がなにかおかしいと感じて、わたしは眉を顰める。
 ロアディールは腰の宝剣を抜くと、それを逆手に持ち変えた。

「ちょっと、なにを……っ!」
「これで、あなたはわたしを忘れられなくなる。愛しています、イルーシャ。わたしの、傾国の姫君……」

 ──なにを勝手なことを!
 ロアディールの剣はまっすぐに彼の心臓へと向かう。

「そんな勝手なことをされては困りますね、ハーメイ国王」

 突然空中からキースの声が聞こえたと思ったら、ロアディールはそのまま動けなくなった。
 次の瞬間、キースが姿を現すと、ロアディールの手から剣をむしりとり、遠くへ投げ捨てた。

「キース」

 わたしが召喚される前に彼を呼び出していたら、こんな事態にはなっていなかったかもしれない。
 それでもわたしをこうして助けに来てくれて、申し訳ないやら、ありがたいやらで、わたしはぽろぽろと涙をこぼしていた。

「……イルーシャ」

 キースはわたしへ向き直ると、抱きしめてきた。
 う、再会の抱擁はいいんだけど、呪いのせいで妙な感覚が……。

「イルーシャに触れるな!」

 ロアディールがこちらを見て叫ぶ。その様子は、さっきまで自殺を図ろうとした人にはとても見えない。

「……それはこちらの台詞です。ハーメイ国王、少し黙っててもらえますか?」

 キースはわたしから体を離すと、冷ややかな視線をロアディールに送る。彼は短く呪文を唱えるとロアディールを黙らせた。

「キース、迷惑かけてごめんね。助けに来てくれてありがとう」

 わたしが申し訳なくて涙を流していると、キースはわたしの涙を指で拭ってくれた。

「もっと早く来れたら良かったんだけどね。……随分嫌な思いをしたろう?」

 わたしはそう言われて、本格的に涙が止まらなくなってしまった。
 ──うん、嫌だったよ。みんなにもなにされたか知られちゃったし。
 しゃくりあげて泣くわたしにキースは少し焦ったようだった。

「ああ、イルーシャ、泣かないで。……って言っても無理だろうな」

 わたしはハンカチを出して涙を拭きながら、なんとか落ち着こうと息をつく。

「みんな、なにがあったか知ってるんだよね。わたし、恥ずかしくて申し訳なくてガルディアに戻れないよ」

 それに、キースがあの一部始終を知っているかと思うと、羞恥から消えてしまいたくなる。

「……そうだね、君には分かってしまうんだったね。君は気になるかもしれないけど、みんな君への気持ちは変わってないよ、大丈夫」

 キースがそう言った途端、謁見の間のドアが開き、カディスとヒュー、ブラッド、マーティンが入ってきた。

「イルーシャ!」「イルーシャ様!」

 魔力の高いヒュー以外の三人はわたしを見て絶句する。……あれ、呪い避けの魔防具があるって聞いてたんだけど、それでも駄目なんだろうか。

「ヒューイ、防御壁と魔防壁を」
「はい」

 ヒューはさすがにわたしを見ても平気みたいで、平然とカディス達に向かって魔法の詠唱をしていた。うわあ、ヒューが魔法使えるって本当なんだ。なんか凄いな。

「さて、イルーシャ。君の呪いを解くのは無理だけど、封印はできるよ」
「ほ、本当?」

 傾国の呪いを受けた身じゃ、ガルディアに戻っても厄介者にしかならないと思ってたのに。
 キースの言葉が信じられなくて、わたしは彼の顔をマジマジと見てしまう。

「うん、具体的には呪いの効果を睡蓮の印に集めてから封印してしまうんだ。同時に呪いを徐々に弱めるために魔力注入もする。……ちょっと嫌な感じがするかもしれないけど、我慢して」

 嫌な感じって、わたしがウィルローに呪いを受けた時みたいな苦しさなのかな。……ちょっと怖いけど、でもこれくらいは我慢しなきゃ。

「うん、わたしなら大丈夫」

 こくりと頷くと、キースはわたしの胸元に手を置いた。うう、大丈夫と言ったけど、やっぱり駄目だ、この感覚。我慢できそうにない。
 わたしが思わず身を捩ろうとすると、キースはわたしの肩を抱いて動けなくした。

「おい! キース、どこを触っている!」
「キース様!」
「……それじゃ、始めるよ」
「う、うん」

 うるさい外野を無視して、キースの言葉に頷く。
 その途端、胸元に衝撃が来てわたしは思わず叫んでしまった。

「きゃあっ!」
「イルーシャ!」
「イルーシャ様!」

 今、わたし『きゃあ』って言ったよ。わたしでも女らしい叫び声が出るんだ。びっくり。
 キースが目を瞑って詠唱をする。その詠唱に合わせて、両手足の端々から妙な感覚がじわりじわりと胸元へと移動するのが自分でも分かる。

「ん……っ、や、だ……っ」

 妙な声が出てしまいそうで、わたしはおかしな感覚から逃れるために首を振る。

「……イルーシャ様」

 傍にいるヒューがわたしを見て頬を染めている。傍目からはわたし、どう映ってるんだろ。
 キースの詠唱はまだ続いている。ほとんどが省略したものか、無詠唱でも魔法を使えるキースにしてみたらこれは珍しい事だと言えた。それほどこの呪いは厄介なものなんだろう。

「う、くっ、あ……ぅんっ」

 なんとか声を我慢しようとしてるけど、妙な感覚は未だに治まらない。わたしは思わずキースの服を掴んでしまいながら涙を浮かべていると、突然全身を支配していた妙な感覚が消えた。

「あ、あれ……?」
「呪いは封印したよ。これから魔力注入する。これはそんなにかからないから」
「あ、うん」

 わたしは思わずほっとして笑った。
 キースの言葉通り、これは短い詠唱の後、胸元がふんわり暖かくなる感覚がしたと思ったら終わっていた。

「イルーシャ、気分はどう?」
「うん、変な感覚もないし大丈夫みたい。ありがと、キース」

 わたしはキースの腕の中から出ると、久々に体の自由がきくようになったことが嬉しくて微笑んだ。

「おい、いつまで俺達を足止めしているつもりだ」

 カディスのその言葉で、キースは彼らの存在を思い出したらしい。

「ああ、ヒューイ、解除してやって」
「はい」

 ヒューが魔法を解除すると、いきなり三人がかなりの勢いでわたしに駆け寄ってきて、わたしはびっくりして叫んでしまった。

「ああ、少し呪いの影響を受けてるね。やっぱり一時的に足止めしておくよ」

 キースが短い詠唱をした途端、三人は動かなくなった。

「おい、キースッ」
「キース様」
「ああ大丈夫、魔力を注げばすぐに影響はなくなるよ」

 キースはカディス達の顔の前で掌を向けると、本当に三人とも元に戻ったようで、さっきまであった狂おしいような雰囲気は消え去っていた。
 足止めを解かれたカディスはわたしを抱きしめると、額にキスしてきた。

「……イルーシャ、いろいろあっただろうが、俺がおまえを妃にしたいというのは変わってないぞ」
「わたしもあなただけの騎士になりたいということは変わってませんよ」

 カディスの腕から逃れたわたしの手を取ってヒューが騎士の礼を取る。

「こんなことで気持ちが変わるほど簡単な想いではありませんよ、イルーシャ様」

 ヒューに続いて、ブラッドが騎士の礼を取る。

「う、うん、えと、助けに来てくれて、ありがとう……」

 三人から出た口説き文句に若干戸惑いながらも、わたしはお礼を言う。

「あ、えーと、イルーシャ様を救出することができて良かったです」
「うん、ありがと。マーティン、これからも友達でいてね」

 ああ、やっぱり恋とか愛とか関係ない友達って気楽でいいね。口説かれたりしたら、どうしたらいいか分かんないもん。

「は、はい。イルーシャ様がそう望まれるのでしたら」

 そう言いながら、マーティンはどことなく消沈している。……あれ?

「……おまえ、本当に鈍いな」
「相変わらず残酷ですね」
「まあ、これ以上恋敵が増えるのもなんですし、いいんじゃないでしょうか」

 三人が好き勝手に話してるけど、鈍いとか残酷とか恋敵とかって、えー……?

「イルーシャ!」

 キースによって呪いの影響を断ち切られたロアディールがわたしに近寄ってきた。
 四人がわたしを守って前に立つけど、わたしはそれをすり抜けてロアディールへとつかつかと歩を進めた。

「イルーシャ、謝って済むことではないですが、今回のことはすみませんでした」

 苦悩に端正な顔が歪むけど、わたしはそんなことで許してなんかやらないんだからね。

「ロアディール」

 彼の名を呼ぶと、ロアディールはわたしを見返した。その次には、わたしは彼に向かって思い切り手を振りあげていた。
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