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第三章:傾国の姫君
第32話 花畑にて
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村の集団墓地を離れたわたし達は、村長さんと別れて駐屯地に移動するという段になった。
あ、このまま駐屯地行ったら、城に直帰かなあ。そう思ったわたしはブラッドに声をかける。
「あ、ブラッド、話があるんだけど、少しいいかな」
ブラッドが頷くと、わたしはキースに断りを入れる。
「ごめん、キース。ちょっと外してもらってもいいかな」
キースは一瞬眉をひそめたけど、結局は許可してくれた。
「なにかあったら僕を呼ぶんだよ、いいね?」
「うん」
わたしが頷くと、キースと魔術師団の人達は駐屯地に移動した。
「イルーシャ様、景色のよいところがあるのですが、よかったらそちらに行かれませんか」
わたし達の現在いるところが村人の目につくかもしれないところだったので、わたしは一も二もなく頷いた。
ブラッドの案内してくれたところは、村はずれの花畑だった。
「わあ、綺麗」
「ここでは休閑地に花を植えてるんですよ。イルーシャ様は花がお好きでしたよね」
「それで、わざわざ連れてきてくれたの? ありがとう」
うーん、こういうところはさすがタラシ、如才ない。あ、気を使って連れてきてもらったのに、これは失礼か。
「……あの、リューシャのことなんだけど、過去視で告白されてるとこ見ちゃった。ごめんね」
こう言ってみて思ったけど、わたしが過去視自由に扱えるようになったら、他人の個人情報、わたしにだだ漏れってことだよね。使い方には充分気をつけよう。
「たぶん、そんなことだろうと思っていました。あの娘の遺体を見つけられたのもイルーシャ様だそうですね」
「あ……うん」
どこから知られたんだろう。キースかな。……あ、まさか。
「まさか、リューシャの遺体見てないよね?」
「見ていませんよ」
「あ、そうなんだ、よかった」
ブラッドの答えに、わたしはほっとする。できればあのリューシャは見てほしくなかったから。
「……イルーシャ様は、俺を責めないんですか」
「え……なんで?」
思ってもいなかったブラッドの言葉に、わたしは瞳を見開く。
「あの娘が亡くなったのは俺のせいです。……あの娘が傷ついてるのを知っていて、なにもしなかった」
ああ、ブラッドはリューシャの告白を断ったから自分のせいだと言ってるのか。
「で、でも、それはブラッドには仕方のないことでしょ? それを言うならリューシャが亡くなったのはわたしのせいだよ」
「あなたが? なぜです」
ブラッドがわたしの言葉に眉を寄せた。
「だって、わたしがハーメイ国王の妾妃になっていれば、犠牲者が出なくてすんだもの」
「それは敵の讒言でしょう。あなたは関係ない」
「そんなことないよ。わたしのことが口実になったもの。わたしのせいでヒルトリア砦やトリア村の人達が大勢、亡くなったの」
なるべく淡々と話そうと思っていたのに、わたしはついぽろぽろと涙を流してしまった。……ああ、情けないな、わたしはもっと毅然としてなくちゃいけないのに。
そう思って涙を拭ってたら、ブラッドに腕をとられて抱きしめられた。
「ブ、ブラッド……」
「イルーシャ様、ご自分を責めないでください。それに少なくともあの娘が亡くなる原因を作ったのは俺のせいです」
「……違うよ。元々リューシャが襲われたのはわたしのせいだもの」
そう言いながら、わたしはあの最悪なハーメイ兵達の言動を思い出していた。……今思い出しても、胸が悪くなる。
「……ではあの娘が亡くなったのは俺とイルーシャ様、あなたのせいということですね」
ブラッドが苦く笑った。彼にとってもこの結論は妥協点なんだろうな。きっと、わたしのせいと主張しても彼は首を縦には振らないだろう。そこで、わたしも妥協することにした。
「……そうだね、わたしとブラッドの罪」
「俺とイルーシャ様の罪ですか。それではこれは二人だけの秘密にしましょうか」
「うん、そうだね」
誰にも本当の真相を話すことのない秘密。
わたしのせいで純潔を失った少女。
わたしのせいで恋を失った少女。そして命まで絶ってしまった。
……なんて、皮肉で悲しい結末なんだろう。
「二人だけの秘密ね」
わたしがブラッドの腕に抱かれたまま泣き笑いすると、彼はわたしの頤に手をかけた。
「ブラッド……ッ」
わたしはそのままブラッドに口づけられて、慌ててその腕から逃れようとするけれど、それは叶わず何度も角度を変えてキスされる。
ふわりと膝の裏をさらわれたと思ったら、わたしは花畑の上に横たわらされ、花びらが舞い上がる。
「これも二人だけの秘密にしてしまいましょうか」
少し苦しげにブラッドが言う。狂おしいほど情熱的な瞳で見つめられて、わたしは思わず息を止めた。
再び彼にキスされたところで、はっと気がついてブラッドの鎧の胸に手をつく。
「ちょっと……っ、こんなときにブラッドふざけないで……!」
「ふざけてなんかいませんよ。俺はあなたが欲しい。それが罪だとしても」
「や、やだ、リューシャが亡くなってすぐにこんなことができるなんて、ブラッドおかしいよ!」
「そうですね、俺は最低です。でも俺は誰が不幸になろうと、もうこの気持ちを止められないんですよ、イルーシャ様」
わたしは両手を頭の上にまとめられてブラッドに再び口づけられる。
「や、やだ……っ」
わたし、ブラッドのこと、友達以上には考えられないよ。それに、リューシャのお墓参りの後でこんなこと嫌だ!
もがくわたしの首筋をブラッドの唇が伝う。
「! やぁ……っ!」
嫌がる気持ちとは裏腹にわたしがびくんと反応すると、ブラッドが怖いくらい優しく笑った。
「イルーシャ様、とても可愛いですよ」
「やだ、ブラッド、ほんとにやめてよ。わたし、あなたのこと嫌いになっちゃうよ」
「……それは困りますね。でも今更止められません」
とろけそうな声。この声でブラッドに囁いてほしいと思う女の人は何人もいるんだろう。でもわたしは──
「──ブラッドレイ、なにをやっている!」
突然キースの声がして、ブラッドの拘束が外れたと思ったら、彼は数メートル先まで衝撃で飛ばされていた。
キースが傍に現れて、わたしを抱き起こすと彼は厳しい口調で言った。
「イルーシャ、君も警戒心がなさすぎるよ。彼は今手負いの獣なんだよ。戻るのが遅いから気になって来てみたら案の定だ」
「ご、ごめんなさい、キース」
キースが来てくれて本当に助かった。来てくれなかったらきっとあのまま──
「──キース様」
切れた口の端を拭ってブラッドが立ち上がる。
「わたしはイルーシャ様に求婚しています。わたしはこの方が欲しいのです」
「そんなの僕だって同じだよ、ブラッドレイ。だけどね、そう簡単に彼女を奪わせるわけにはいかないね。……最終的に選ぶのはイルーシャだ」
ブラッドははっとしたようにわたしを見るとその瞳を陰らせた。その目をみてわたしは、キースが手負いの獣と言う意味を理解した。彼がリューシャの件で傷ついてないはずがないんだ。
「ブラッド、ごめんねわたし……」
わたしが言いかけたそのとき、キースが魔法でブラッドを移動させた。
「キース!」
わたしが抗議の声を上げると、キースは冷たい瞳でわたしを見た。
「イルーシャ、君はもう城に戻るんだ。ああ、その前に君の求婚者の一人として言っておきたいことがあるよ。いい加減、男を誘うような真似はやめてほしいね」
キースのこの言葉には、本当にわたしは驚いた。わたしに甘いキースがここまで言うからにはかなり怒っている証拠だ。でも、最後の方の言葉には納得できない。
「わ、わたしは誘ってなんかないよ!」
「分かってる。でも君は無自覚で誘ってるよ。もう少し君は自分の言動に注意すべきだ。その証拠に君の求婚者達は君に振り回され通しだからね」
「そんな……」
無自覚で誘ってるって、わたしが……?
彼の言葉が信じられなくて、わたしが呆然としていると、キースが痛いほどに抱きしめてきた。
「キース……ッ」
「僕だって、君を奪ってしまいたいさ。けれど……」
けれど、なに?
わたしが眉をひそめていると、やがてキースは首を横に振ってわたしを離した。
「……城に送るよ。僕が言ったこと、よく考えてみて」
キースが手を振ると、わたしはガルディア城のわたしの部屋まで一気に戻った。
わたしは見慣れた居室を見回してぼーっと考える。
ひょっとしたら、キースはリューシャの件のことを全部知っていたのかもしれない。
そうじゃなければ、たぶんブラッドのことを手負いの獣とは言わなかっただろうから。
あ、このまま駐屯地行ったら、城に直帰かなあ。そう思ったわたしはブラッドに声をかける。
「あ、ブラッド、話があるんだけど、少しいいかな」
ブラッドが頷くと、わたしはキースに断りを入れる。
「ごめん、キース。ちょっと外してもらってもいいかな」
キースは一瞬眉をひそめたけど、結局は許可してくれた。
「なにかあったら僕を呼ぶんだよ、いいね?」
「うん」
わたしが頷くと、キースと魔術師団の人達は駐屯地に移動した。
「イルーシャ様、景色のよいところがあるのですが、よかったらそちらに行かれませんか」
わたし達の現在いるところが村人の目につくかもしれないところだったので、わたしは一も二もなく頷いた。
ブラッドの案内してくれたところは、村はずれの花畑だった。
「わあ、綺麗」
「ここでは休閑地に花を植えてるんですよ。イルーシャ様は花がお好きでしたよね」
「それで、わざわざ連れてきてくれたの? ありがとう」
うーん、こういうところはさすがタラシ、如才ない。あ、気を使って連れてきてもらったのに、これは失礼か。
「……あの、リューシャのことなんだけど、過去視で告白されてるとこ見ちゃった。ごめんね」
こう言ってみて思ったけど、わたしが過去視自由に扱えるようになったら、他人の個人情報、わたしにだだ漏れってことだよね。使い方には充分気をつけよう。
「たぶん、そんなことだろうと思っていました。あの娘の遺体を見つけられたのもイルーシャ様だそうですね」
「あ……うん」
どこから知られたんだろう。キースかな。……あ、まさか。
「まさか、リューシャの遺体見てないよね?」
「見ていませんよ」
「あ、そうなんだ、よかった」
ブラッドの答えに、わたしはほっとする。できればあのリューシャは見てほしくなかったから。
「……イルーシャ様は、俺を責めないんですか」
「え……なんで?」
思ってもいなかったブラッドの言葉に、わたしは瞳を見開く。
「あの娘が亡くなったのは俺のせいです。……あの娘が傷ついてるのを知っていて、なにもしなかった」
ああ、ブラッドはリューシャの告白を断ったから自分のせいだと言ってるのか。
「で、でも、それはブラッドには仕方のないことでしょ? それを言うならリューシャが亡くなったのはわたしのせいだよ」
「あなたが? なぜです」
ブラッドがわたしの言葉に眉を寄せた。
「だって、わたしがハーメイ国王の妾妃になっていれば、犠牲者が出なくてすんだもの」
「それは敵の讒言でしょう。あなたは関係ない」
「そんなことないよ。わたしのことが口実になったもの。わたしのせいでヒルトリア砦やトリア村の人達が大勢、亡くなったの」
なるべく淡々と話そうと思っていたのに、わたしはついぽろぽろと涙を流してしまった。……ああ、情けないな、わたしはもっと毅然としてなくちゃいけないのに。
そう思って涙を拭ってたら、ブラッドに腕をとられて抱きしめられた。
「ブ、ブラッド……」
「イルーシャ様、ご自分を責めないでください。それに少なくともあの娘が亡くなる原因を作ったのは俺のせいです」
「……違うよ。元々リューシャが襲われたのはわたしのせいだもの」
そう言いながら、わたしはあの最悪なハーメイ兵達の言動を思い出していた。……今思い出しても、胸が悪くなる。
「……ではあの娘が亡くなったのは俺とイルーシャ様、あなたのせいということですね」
ブラッドが苦く笑った。彼にとってもこの結論は妥協点なんだろうな。きっと、わたしのせいと主張しても彼は首を縦には振らないだろう。そこで、わたしも妥協することにした。
「……そうだね、わたしとブラッドの罪」
「俺とイルーシャ様の罪ですか。それではこれは二人だけの秘密にしましょうか」
「うん、そうだね」
誰にも本当の真相を話すことのない秘密。
わたしのせいで純潔を失った少女。
わたしのせいで恋を失った少女。そして命まで絶ってしまった。
……なんて、皮肉で悲しい結末なんだろう。
「二人だけの秘密ね」
わたしがブラッドの腕に抱かれたまま泣き笑いすると、彼はわたしの頤に手をかけた。
「ブラッド……ッ」
わたしはそのままブラッドに口づけられて、慌ててその腕から逃れようとするけれど、それは叶わず何度も角度を変えてキスされる。
ふわりと膝の裏をさらわれたと思ったら、わたしは花畑の上に横たわらされ、花びらが舞い上がる。
「これも二人だけの秘密にしてしまいましょうか」
少し苦しげにブラッドが言う。狂おしいほど情熱的な瞳で見つめられて、わたしは思わず息を止めた。
再び彼にキスされたところで、はっと気がついてブラッドの鎧の胸に手をつく。
「ちょっと……っ、こんなときにブラッドふざけないで……!」
「ふざけてなんかいませんよ。俺はあなたが欲しい。それが罪だとしても」
「や、やだ、リューシャが亡くなってすぐにこんなことができるなんて、ブラッドおかしいよ!」
「そうですね、俺は最低です。でも俺は誰が不幸になろうと、もうこの気持ちを止められないんですよ、イルーシャ様」
わたしは両手を頭の上にまとめられてブラッドに再び口づけられる。
「や、やだ……っ」
わたし、ブラッドのこと、友達以上には考えられないよ。それに、リューシャのお墓参りの後でこんなこと嫌だ!
もがくわたしの首筋をブラッドの唇が伝う。
「! やぁ……っ!」
嫌がる気持ちとは裏腹にわたしがびくんと反応すると、ブラッドが怖いくらい優しく笑った。
「イルーシャ様、とても可愛いですよ」
「やだ、ブラッド、ほんとにやめてよ。わたし、あなたのこと嫌いになっちゃうよ」
「……それは困りますね。でも今更止められません」
とろけそうな声。この声でブラッドに囁いてほしいと思う女の人は何人もいるんだろう。でもわたしは──
「──ブラッドレイ、なにをやっている!」
突然キースの声がして、ブラッドの拘束が外れたと思ったら、彼は数メートル先まで衝撃で飛ばされていた。
キースが傍に現れて、わたしを抱き起こすと彼は厳しい口調で言った。
「イルーシャ、君も警戒心がなさすぎるよ。彼は今手負いの獣なんだよ。戻るのが遅いから気になって来てみたら案の定だ」
「ご、ごめんなさい、キース」
キースが来てくれて本当に助かった。来てくれなかったらきっとあのまま──
「──キース様」
切れた口の端を拭ってブラッドが立ち上がる。
「わたしはイルーシャ様に求婚しています。わたしはこの方が欲しいのです」
「そんなの僕だって同じだよ、ブラッドレイ。だけどね、そう簡単に彼女を奪わせるわけにはいかないね。……最終的に選ぶのはイルーシャだ」
ブラッドははっとしたようにわたしを見るとその瞳を陰らせた。その目をみてわたしは、キースが手負いの獣と言う意味を理解した。彼がリューシャの件で傷ついてないはずがないんだ。
「ブラッド、ごめんねわたし……」
わたしが言いかけたそのとき、キースが魔法でブラッドを移動させた。
「キース!」
わたしが抗議の声を上げると、キースは冷たい瞳でわたしを見た。
「イルーシャ、君はもう城に戻るんだ。ああ、その前に君の求婚者の一人として言っておきたいことがあるよ。いい加減、男を誘うような真似はやめてほしいね」
キースのこの言葉には、本当にわたしは驚いた。わたしに甘いキースがここまで言うからにはかなり怒っている証拠だ。でも、最後の方の言葉には納得できない。
「わ、わたしは誘ってなんかないよ!」
「分かってる。でも君は無自覚で誘ってるよ。もう少し君は自分の言動に注意すべきだ。その証拠に君の求婚者達は君に振り回され通しだからね」
「そんな……」
無自覚で誘ってるって、わたしが……?
彼の言葉が信じられなくて、わたしが呆然としていると、キースが痛いほどに抱きしめてきた。
「キース……ッ」
「僕だって、君を奪ってしまいたいさ。けれど……」
けれど、なに?
わたしが眉をひそめていると、やがてキースは首を横に振ってわたしを離した。
「……城に送るよ。僕が言ったこと、よく考えてみて」
キースが手を振ると、わたしはガルディア城のわたしの部屋まで一気に戻った。
わたしは見慣れた居室を見回してぼーっと考える。
ひょっとしたら、キースはリューシャの件のことを全部知っていたのかもしれない。
そうじゃなければ、たぶんブラッドのことを手負いの獣とは言わなかっただろうから。
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