月読の塔の姫君

舘野寧依

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第三章:傾国の姫君

第28話 非道

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 微かな明かりの灯る室内。
 窓に鉄格子のはめられた豪華な部屋。貴人用の牢獄だろうか。そこにギリング王はいた。

「やれやれ、せっかく想いを遂げさせる機会を作って差し上げたというのにこの体たらくですか」

 ギリング王しかいない室内に、いないはずのウィルローの声が響く。

「ウィルロー!? おまえ、部屋に結界を施すと言っていたのに、あれはどういうことだ!」
「ああ、ちょっとした手違いです」
「なんだと!?」

 気色ばむギリング王が空中に向かって叫ぶ。

「怒鳴らないでくださいよ。見張りが気づくじゃないですか」
「とりあえず、わしを城に帰せ!」
「……お断りします。あなたはもう用済みです。わたしが仕えるのは新しい王」
「なに!?」

 その途端、ギリング王の首が血飛沫をあげて飛んだ。

 ──やああああっ!

 こんな場面は何度見ても慣れない。……慣れたくもないけど。
 それにしても、やっぱりギリング王を殺したのはウィルローだったんだ。
 ギリング王の首がコロコロと床に転がる。
 その恨めしそうな顔を見てしまって、わたしは悲鳴を上げそうになってしまった。



 ──場面は変わって、夜。家屋のあちこちに火が付いているのが見える。
 村──だろうか。それもこじんまりとした村。
 普段はたぶんのどかであろう村のあちこちで悲鳴が上がっている。


 敵の兵士にいたぶられるように浅く剣で何度も切りつけられ、衣服を赤く染めるおじさん。
 勝手に家に上がり込んだハーメイの兵士達が下品な笑い声をあげながら飲み食いをしている部屋の隅で、子供を抱きしめながら怯えているおばさん。
 酷い物だ。これが仮にも国に所属している軍隊の所業なんだろうか。



「アデル、逃げなさい!」
「駄目だよ、リューシャ姉ちゃん、もう囲まれてる」
「へへへ、そのようだなあ。もう逃げられねえぜ」

 一国の兵とは思えない下品な声を上げた男はリューシャと呼ばれた女の子を見ると、ニヤリと笑った。

「こんな辺鄙へんぴな村には珍しい別嬪べっぴんじゃねえか。こりゃ、楽しめそうだな」
「なんだ、ディック。おまえばかり楽しむなよ。こっちにも回せ」
「分かってるよ。へへ、姉ちゃん、こっちに来なって」

 ディックと呼ばれた男に腕を取られた女の子は叫び声をあげる。

「い、いやっ!」
「! 姉ちゃんに触るな!」
「ガキはどいてな!」

 果敢に男に飛びついた男の子は、腕の一振りで部屋の隅の壁に叩きつけられる。
 アデルと呼ばれた男の子の体は、そのままずるずると壁を滑る。


「……ねえ、ちゃ……」
「! アデル!」
「うるせえ!」


 リューシャは男に頬を殴られて一瞬気が遠くなったようで、途端に動かなくなる。

「へへ、楽しもうぜえ」

 床に倒されたリューシャの上に、男が馬乗りになる。

 ──このままじゃ、リューシャが!

 男に服を破られて気が付いたリューシャが悲鳴を上げる。


「いや、いやああっ!」
「へへ、そそられるねえ。おい、ちょっと腕を押さえといてくれよ」

 ディックと呼ばれた男はもう一人の男に声をかける。

「おお、いいぜ。すんだら俺に回すのを忘れるなよ」
「分かってるって」

 もう一人の男に腕を押さえられたリューシャは叫ぶことしか出来ない。

「いや、誰か助けて! いやあああっ」


 荒々しく男に体中を触れられて、リューシャが半狂乱になって泣き叫ぶ。
 誰か、誰か早く助けてあげて!


「もう観念しなって。へへ、行くぜえ」
「! きゃああっ、痛い、痛いーっ!」


 ──ひどい、こんなのって!


「へへえ、初物か。これはなかなかだなあ」

 男は下卑た笑いをしながら、リューシャの脚を抱え込む。

「あぅ、くぅ……っ」

 男は歯を食いしばって痛みをこらえているリューシャの上で激しく動いた。

「くう……っ!」
「い、いやあああっ!」

 男はやがてふーっと大きく息を付くとあれなものをズボンに納めた。……うええ、もろに見ちゃったよ!

「おい、交代しろよ」
「分かってるって」

 今度はディックと呼ばれた男はリューシャの腕を押さえつける。
 別の男にのしかかられたリューシャはショック状態で叫ぶことも出来ないようだ。

「や、いや……」
「それにしても姉ちゃん、災難だったなあ。イルーシャ姫が素直にうちの王さんの妾になってりゃ、こんな目に遭わずにすんだのに」

 ディックと呼ばれた男が楽しそうにリューシャに言う。
 な……っ、わたしのせい? わたしのせいでリューシャがこんな酷い目に遭ってるの!?

「イルーシャ姫って、すげえいい女なんだろ? 一度でいいから抱いてみてえなあ、そんな女」

 ……吐き気がする。なんて下卑げびたやつらなんだ。

「おいおい、目の前の女で我慢しろよ。俺たちじゃそんな女拝むこともできないんだぜえ?」

 なんてやつらだ! こんな目に遭ってるリューシャに失礼すぎる。

「そりゃ、そうだな」

 下品な笑いを浮かべると、リューシャに覆い被さっている男が激しく動いた。

「や……、や……っ、たす、けて、だれ、かぁ……っ」
「誰も助けになんか来ないさあ。来ても全てが終わった後だ」

 男達がぎゃはは、と聞くに耐えない笑い声をあげる。

 その次の瞬間、赤いマントがひるがえるのが見えて、リューシャに覆い被さっていた男が蹴られて転がった。

「な……っ」

 ディックと呼ばれていた男が慌てて剣に手をかける前に、その右肩に剣が突き刺さる。

「いてえっ!」
「……この下衆げすが」

 ──ブラッド!

 赤黒い髪に赤い瞳。それは確かに紅薔薇騎士団団長ブラッドレイだった。
 ブラッドはマントを素早く外すと、リューシャの上に被せた。

 慌てて逃げようとする男達を後から入ってきた騎士団の人達が素早く取り押さえて引き立てる。

「……立てますか?」

 手を差し出すブラッドにリューシャはびくりと体を震わせた後、おずおずとその手を取って頼りなく立ち上がった。
 ブラッドはリューシャを椅子に座らせた後、部屋の隅にいるアデルを抱き起こした。

「わたしはまだ村を見回らなければいけないので、これで失礼します。戸締まりはしっかりなさってください」
「あ、あの、ありがとうございました」
「とんでもない。もっと早く我々が着いていればこんなことにはなっていなかった。お詫びいたします」

 悲痛に顔をしかめ、ブラッドがリューシャに頭を下げる。

「そ、そんな、騎士様のせいではありませんからっ」

 真っ赤な顔でリューシャが否定する。

「そう言っていただけると助かります。後で女性の魔術師を寄越しますので突然現れてもびっくりなさらないでください」
「はい」

 リューシャが頷くと、ブラッドが「それでは」と立ち去ろうとする。

「あ、お待ちくださいっ。あの、あなたのお名前をお聞かせください」

 ブラッドは戸口で振り返ると、月明かりを浴びながら名乗った。

「わたしはブラッドレイ。紅薔薇騎士団の団長です」
「……ブラッドレイ様……」

 そうしてブラッドが立ち去った後もリューシャは赤い顔をして戸口を見つめていた。……もしかして、ブラッドのこと好きになっちゃたんだろうか。

 その後、ブラッドの言葉通り女性の魔術師が現れて、リューシャに避妊薬を飲ませ、お風呂に入れさせていた。



「ブラッドレイ様、昨日はありがとうございました」

 昨日と言っていたからこれは今日の出来事か。騎士団の駐屯地にリューシャが現れた。

「いえ、わたしは当然のことをしたまでですから」

 そう返すブラッドをリューシャは真っ赤な顔で見つめる。うーん、もしかしなくてもブラッドのこと好きなんだろうな。

「あのっ、お菓子を焼いたんです。良かったら召し上がってくださいっ」

 必死な様子で焼き菓子の入った袋を差し出すリューシャは、傍目にも可愛かった。

「団長、もてますねーっ」

 ヒューヒューと口笛を吹いて周りの騎士さん達がブラッドをからかう。

「おまえら、うるさい」

 ブラッドは騎士さん達に向かってそう言うと、リューシャの差し出した菓子を受け取った。

「ありがとうございます。これはありがたく皆で頂きます」
「……え」

 ちょっ、ブラッド、それはリューシャがあなたのために焼いた菓子なんだって!
 その証拠に、リューシャが一瞬哀しそうな顔になる。

「は、はい、皆さんで食べてください。……あ、お借りしたマントはきちんと洗濯してお返ししますから」
「ああ、はい。駐屯地の誰でもいいですから渡しておいてください。すぐに分かりますから」
「はい」

 リューシャが泣きそうな顔で頷くのをわたしは気の毒に思いながら見ていた。
 ブラッドって、女の扱いにはたけてそうだったけど、それはわたしの勘違いだったみたいだ。……ちょっとはリューシャの気持ちに気がつけってーの!
 ああ、ここにブラッドがいたら、女の子の扱いについて懇々と説教してやりたい。



「ブラッドの馬鹿ーっ!!」

 わたしは盛大な自分の寝言で目が覚めた。
 我ながらちょっと激しすぎる寝言だったなあ。赤面。

 ちょうどその時、ブラッドの来訪が告げられた。うわ、タイミング良すぎ。
 人を迎えるには、応接セットにものが散らばって……と思ったら、すでにシェリーによって片付けられていた。うーん、さすがに有能だわ。
 そこでわたしはブラッドに入室してもらって、彼から騎士の礼を受けた。うん、相変わらず気障っぽい。

「イルーシャ様が襲われたと聞きましたので。心配しましたよ」

 それで、ブラッドも忙しいのにわざわざ立ち寄ってくれたんだろうか。悪いことしちゃったなあ。

「ごめんね。でも大丈夫だったから」

 わたし、いろいろな人に心配かけてるんだなあ。なるべく心配かけないためにも、本当にしばらくはおとなしくしてよう。

「ところで、さっき『ブラッドの馬鹿』と叫んでるのが聞こえたんですけど、いったいなんだったんですか」

 いたずらっぽくブラッドが笑うのをわたしは冷や汗が出そうな気分で聞いていた。
 あ、ははは……、しっかり外まで聞こえてたんだね。これからは寝言にも気をつけよう。
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