月読の塔の姫君

舘野寧依

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第三章:傾国の姫君

第23話 カディスの忠告

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 ……ちょっと寝すぎたかなあ……。

 次にわたしが目が覚めた時にはすでに夕方になっていた。

「まあ、イルーシャ様お目覚めですか。陛下が隣のお部屋でお待ちです」

 嘘っ、カディス、あれからずっとわたしの部屋で待機してたの? まずいなあ。
 慌てているうちに、リイナさんがわたしの身支度を整えてくれた。

 リイナさんによると、これから陽の間でカディスとキースの二人と一緒に晩餐の予定だけど、キースがまだ来てないそうだ。
 キースならすぐにハーメイ国王を説得できると思ってたけど、かなり時間がかかってるみたい。

「カディス、ごめん。爆睡しちゃった」

 持ち込んだらしい書類をテーブルで決裁しているカディスに近寄ると、わたしはまず謝った。
 カディスは仕事してるのに、わたしは散歩で疲れて暢気に寝てたんだもんなー……。うう、立場がない。

「ああ、起きたのか。今は顔色もよさそうだな」
「ごめんね、こんなに長く寝るつもりはなかったんだけど」

 ああ、きまり悪い。
 舞踏会でのことといい、わたし最近やらかしすぎな気がする。

「気にすることはない。とにかくおまえは無理はするな。……しかし、おまえ体が弱かったんだな」
「うん、そうみたい。それでも、最初の頃よりはだいぶマシになってきたと思ったんだけど……」
「そういえばおまえ、口づけだけでふらふらになっていたな」
「そ、それは関係ないでしょ!?」

 わたしが思わず真っ赤になってカディスに抗議すると、カディスがテーブルに頬杖をついて楽しそうに笑った。

「関係あるぞ。そんなことではこの先が思いやられるからな」
「カディスとそんなことにはならないし!」
「……おまえ、そこで思い切り否定するな」
「あ……」

 求婚されてるのにこれはちょっと酷かったか。ちらりとカディスを窺うと、心なしかちょっと寂しそうに見えた。

「ご、ごめん。で、でも、カディスが恥ずかしいこというからっ」

 わたしが赤くなった頬を両手で隠しながらそう言うと、カディスが苦笑した。

「おまえのそういうところは、とても可愛いし、正直他の男にその姿は見せたくないと思っていた。……が、俺以外の男に見せるなと言っても無駄なのが今日分かったぞ」
「え……?」
「ヒューイのことだ。おまえに求婚したと言うから、おまえのどこが好きなんだと質問したら、その恥ずかしがるところが好きだと言っていた」
「そ、そうなんだ。でも、ヒューも結構照れ屋だよね?」

 わたしがそう言うと、カディスが不思議そうな顔をした。……あれ、違うの?

「ヒューイが照れ屋? あいつはどちらかというと冷淡な人間だぞ。氷の騎士と呼ばれているくらいだ」

 カディスの言ったことが信じられなくて、わたしは思わず笑ってしまった。

「……嘘でしょ? 冷淡な人間がちょっと褒めただけで赤くなるわけないじゃない。それに最初の晩餐の席でキースに絶世の美少女と呼ばれていたってからかわれてた時も赤くなってたじゃない」

 そんな人が氷の騎士? そっちの方がわたしには違和感があるんだけど。

「ああ、あれは珍しいことがあるものだと俺も驚いた。あれは思うに、その席におまえがいたからじゃないか? もしかするとあれが地なのかもしれんが」
「うーん、わたしはそっちがヒューの地だと思うけど。わたしの中では、ヒューは綺麗だけど、すぐ赤くなるおもしろい人だよ」
「おもしろい人か。とりあえず男としては見ていないわけだな」

 なにがおかしいのかカディスは笑いをこらえている。

「だって、友達だと思ってたもん。いきなり告白すっ飛ばして求婚されて、わたしもびっくりだよ。一目惚れに近かったって聞かされたときも驚いたけど、ヒュー、そんな素振り全然見せないんだもの」
「……見せても、たぶんおまえなら気がつかないだろうな。あり得ないほど鈍いしな」

 ……カディス、わたしに喧嘩売ってる?
 わたしが拳を握って口の端をひくつかせていると、カディスが苦笑した。

「ヒューイはおまえの泣き顔を見て恋に落ちたと言っていた。出来ることなら俺は過去の自分を殴りたいぞ」
「……え?」

 カディスがなにを言いたいのか分からなくてわたしは首を傾げる。

「おまえを泣かせたのが俺だからだ。あれで、あの場にいた何人がおまえに惹かれたのだろうな」
「……ヒューがたまたまそうだっただけでしょ?」

 そんな簡単に惚れた腫れたがあってたまりますかって。カディス、考えすぎと言おうとしたら、カディスが自嘲するように笑った。

「俺もその一人だからだ。おまえの涙を見てから、イルーシャ、おまえが欲しくて仕方なくなった」

 カディスは椅子から立ち上がると、腕を伸ばしてわたしの頬に触れる。それに対してわたしは不自然なほどにびくりとしてしまった。

「俺が怖いか? イルーシャ」

 ……なんて返したらいいんだろう。
 正直に怖いって言うべき? でもそうしたらカディスが傷つくような気がして言えない。

「……答えられないのか、イルーシャ」

 少しカディスの口調が厳しくなって、わたしはあっと思った時には彼に抱きしめられていた。

「カ、カディス……」
「出来ることなら、早くおまえを王妃にしてしまいたい。……妃にしてしまえば、誰も手を出せないからな」

 その言葉にわたしは大きく体を震わすと、カディスから逃れようとした。けれど、カディスの腕は緩まない。

「……わ、わたし、そんなの嫌だよ。……カディス、どうかしてるよ」
「そうだな、どうかしてるな。そんなことをしたらおまえに嫌われる、そのことだけが俺を留まらせているんだ」

 ぎゅっとカディスの腕に力がこもった。

「カ、ディス……ッ」

 痛いほどに抱きしめられて、自然と体がのけぞる。
 カディス、どうしちゃったの? おかしいよ。

「イルーシャ、おまえは俺がおまえに対してどんなことを思っているか分からないんだろうな。……おまえに触れたい。おまえに口づけたい。おまえを抱きたい。そんなことばかりを俺は考えている」
「や、やだ、カディスやめて……っ」

 嫌だ、そんなこと聞きたくないよ。
 聞いてしまったら、友達でいられなくなってしまいそうで、わたしは首を振る。

「駄目だ、イルーシャよく聞け。おまえに求婚したということはそういうことだ。これはキースやヒューイもそう変わらんだろう」
「やめてよ、聞きたくない!」

 わたしは泣きそうになりながら、カディスに懇願する。

「イルーシャ、どんなに優しくされても男には気を許すな。親切そうに見えても腹の中ではなにを考えているか分からんぞ、俺のようにな」

 そこでようやくカディスから解放されて、わたしは部屋の隅で控えていたリイナさんに駆け寄って抱きついた。

「……っ」

 リイナさんが抱きしめ返してくれたことでわたしは安心してしまって、それでつい子供のようにしゃくりあげて泣いてしまう。

「……陛下、イルーシャ様はなにもご存じではないのです。それなのに、今のおっしゃりようは酷うございますわ」

 リイナさんが慰めるようにわたしの背中を撫でながら、カディスに抗議してくれる。

「……分かっている。俺は先に陽の間に行っている。キースが戻ったら通せ」
「……かしこまりました」

 カディスが部屋を出てしばらくすると、キースがようやく戻ってきた。

「……イルーシャ、どうしたの?」

 リイナさんにしがみついたまま離れないわたしを不思議に思ってかキースが尋ねてくる。なにも言えないわたしに代わって、リイナさんが手短に答えてくれた。

「……そう、カディスが。求婚者が増えたことで焦ってるんだろうな。……なんにしても、イルーシャに聞かせるようなことじゃないよ」

 わたしは涙をハンカチで拭いながら、少しいらいらした様子のキースを見ていた。
 カディスの言ったこと、本当なんだろうか。キースもカディスの言うようにわたしを抱きたいと思ってるんだろうか。……信じたくない。

「とにかく移動するよ。イルーシャ、気まずいだろうけど我慢して」

 わたしが頷くと、次の瞬間、わたしとリイナさんはキースと一緒に陽の間に移動した。
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