月読の塔の姫君

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
22 / 108
第二章:伝説の姫君と舞踏会

第21話 式典の終了

しおりを挟む
 ──外が明るい。

 ああ、もう朝かあ、とわたしは寝返りを打つ。……えーと、朝?

「嘘お!?」

 うわあ、やってしまった!

 予想外の現実に、わたしは焦って飛び起きる。
 披露パーティの途中で眠ってしまってからの記憶がない。きっとあれから眠ったままだったんだ。

 慌ててリイナさんを呼び出したら、すぐに来てくれた。

「イルーシャ様、本日は顔色もよろしいようで良かったですわ。昨夜お倒れになられた時は驚きました」

 う……、きっと大騒ぎだったんだろうなあ。本当に申し訳ない。

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
「ですが、ご無理はなさらないでくださいね。昨日の今日ですから」
「はい。でもちょっとだけ用事があるから、それをすませてからゆっくりします」

 もう、これだけはしておかないとわたしの気がすまない。
 リイナさんはかしこまりましたと頷くと、わたしをお風呂に連れていってくれた。
 わたしはお風呂と朝の支度をすませると、速攻でカディスの部屋へ向かった。


「ほんっとうに、ごめんなさい!」

 一応ノックしてから勢いよくカディスの寝室のドアを開けたわたしは、土下座したい気分で彼の元に駆け寄った。
 ベッドから身を起こしかけていたカディスが呆気にとられた顔をしてわたしを見ている。

「……おまえが本当に悪いと思ってるのは理解できたが、俺の寝室にまで入ってくるな」
「あ! ごめんっ、寝てたのに起こしちゃって」

 気が動転してつい押しかけちゃったけど、カディスはわたしの披露パーティのせいで寝たの遅かったんだ。返す返す、本当に申し訳ない。

 カディスは溜息をつくと、ベッドから身を起こした。

「そういうことじゃない。……おまえが鈍いのは分かっているが、男の寝室に簡単に入るんじゃない」

 あ、姫としての慎みがないって言ってるのかな。この時間帯ならいいかと思ったんだけど。

「ごめんね、朝なら大丈夫かと思ったんだけど、駄目だった?」
「駄目に決まっている。……それとも、おまえは俺に襲われたいのか。それなら歓迎するが」
「いやいや、滅相もない!」

 そんなつもりは毛頭ないから!
 ぶんぶん首を振って否定していると、カディスの枕元に見慣れた物を発見した。

「あれ、わたしの絵」

 一瞬カディスは赤くなると、焦ったようにわたしの絵姿を枕の下に隠した。
 なにをそんなに慌ててるんだろ、変なの。
 わたしが首を傾げてると、カディスが真っ赤な顔で唸るように言った。

「……話なら後で聞いてやるから、おまえはとっととここから出ろっ」
「なに怒ってるの。変なカディス」

 なんでか急に怒りだしたカディスが理解できなくて、まじまじと彼の顔を見る。

「……おまえ、本当に襲うぞ!」
「ごごご、ごめん! わたし隣の部屋にいるから!」

 本当にベッドに引きずりこまれそうな気迫をカディスから感じて、慌ててわたしは寝室から逃げ出した。


 しばらくして支度を済ませたカディスが寝室から出てきた。
 とりあえずカディスがもう怒ってないみたいなので、わたしはほっとした。

「おまえ、朝食はすんだのか?」
「あ……、まだ」

 急いでたから食事はまだいいってリイナさんに断ってたんだよね。
 カディスにそう言われたことで、わたしは急におなかが空いてきた。昨夜もそんな暇なくてなにも食べられなかったし。

「そうか。では、おまえの分も持って来させる」
「うん、お願い。本当にいろいろとごめんね」

 今更だ、とカディスは少し笑うと、侍女さんを呼び出す。カディスが二人分の食事を持ってくるように言うと、既に準備が整っていたようで食事がすぐに運ばれてきた。

「わあ、おいしそう」

 焼きたてのパンに、ふわふわのオムレツ、カリカリに焼いたベーコン。ハムとチーズの入ったサラダに濃いめのミルクティー。

 わたしはカディスの部屋に押しかけた理由も忘れて、にこにこしながらおいしい朝食を堪能した。

「おまえは本当に旨そうに食べるな」
「うん、本当においしいもの」

 食事を終えたわたしは、侍女さんにおかわりのミルクティーを持ってきてもらって一息つく。

「……さて昨日の夜会のことだが」

 カディスにそう切り出されて、わたしは当初の目的を思い出した。

「あっ、本当にごめんね。わたし、途中で具合悪くなっちゃったんだけど、まさか気がついたら朝になってるとは思わなくて」

 本当にすごい失態だ。カディスには何度謝っても足りないくらいだ。

「気にするな。あらかたの重要人物には引き合わせたし、おまえはよくやっていたぞ。……むしろ、あれはおまえの様子に気がつかなかった俺が悪い」
「そんなこと……。カディス、気を遣ってくれてるのかもしれないけれど、こういうときは怒ってくれた方がよっぽどいいよ」

 とんでもない失態をした上に気を遣われたら、申し訳なくて仕方がない。

「いや、本当に大丈夫だ。おまえにあの時退場させてもなんの問題もなかったんだ」
「……それならいいんだけど……」
「それよりも、俺が問題だと思っているのはハーメイ国王のことだが」
「あ……」

 わたしは昨夜ギリング王にされたことを思い出して身をすくめた。

「ヒューイから報告を受けたが、無礼な振る舞いをされた上に、妾妃になってくれと言われたそうだな」
「うん、あの時ヒューが来てくれなきゃ、どうなってたか分からなかったよ」

 本当にヒューが来てくれてよかった。
 後でヒューに助けてもらったお礼言わなくちゃね。

「……そうか。ならば、ハーメイ国王になんらかの抗議はしなければな」

 本当は今すぐにも城から叩き出したいが、とカディスが憮然として言う。
 その時、キースの訪れが告げられて、彼がカディスの部屋に入ってきた。

「イルーシャ、気がついたんだね。昨日意識を失った君を見た時は本当に驚いたよ。僕を呼びだしてくれればよかったのに」

 う、あれだけ言われたのに腕輪使わなかったんだもの、やっぱり言われるよね。

「本当にごめんね。言い訳になっちゃうけど、腕輪を使う間がなくて。……そういえば、わたしが意識を失った後、どうなったの?」
「ウィルローが僕の前に現れて、君が大変なことになってるってわざわざ教えに来たよ」
「ええ? ウィルローが近衛の人を魔法で飛ばしてくれたおかげで、わたしはあんな目にあったわけだけど」

 なんというか、ものすごい嫌味なやり方だ。それって挑発じゃないの?

「うん、あれは挑発、もしくは嫌がらせだね。ウィルローがハーメイに仕官してることも驚きだったけれど」
「仕官……。そうだったんだ」

 それなら彼がギリング王と一緒にいた理由も分かる。

「詳細はヒューイに聞いたよ。イルーシャ、嫌な思いをしただろう?」
「うん、でももう二度と会わないだろうから平気」

 わたしは笑って言ったけど、キースの表情は硬いままだ。

「それで意識のない君を部屋に送って、後はリイナ達に任せたんだけど、本当に具合悪そうだったから心配したよ」
「本当にごめんね。もう大丈夫だから」

 今回の件ではいろいろな人に心配かけちゃたなあ。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「……これまでの疲れが出たんだろうな。おまえの大丈夫は信用ならないから、おまえはもう少し休んでいたほうがいい」

 ……信用ならないって、カディスひどい。

「そうだね、イルーシャは無理しないで、ゆっくりした方がいいよ」
「あ、庭園とか桜並木を散歩するくらいはいいよね」
「禁止」「駄目だ」
「なんで? もう元気だから大丈夫だよ」

 思わずむぅっとしてわたしは聞き返す。

「念の為だよ。また君に倒れられたら困るからね」

 それを言われると弱いけど、でも。

「……夜の庭園とか見てみたかったのに」

 庭園や桜並木に設置されたあのライトもどき、いつまであるんだろう。
 心配してくれるのは嬉しいけど、ここまで強堅に反対されると、夜の花見は諦めるしかないか。

「あの魔法球はしばらく設置しておく。あと二、三日は我慢しろ」

 本当に仕方なさそうにカディスが言う。隣でキースも苦笑いしている。

「お花見できるの? カディスありがとう」

 披露式典の準備中も結構楽しみにしてたから、嬉しくてわたしはにこにこしてしまった。

「おまえが楽しみにしていたからな。そのくらいはする」
「心配だから、花見には僕が付いていくよ」

 キースがそう言うと、カディスが張り合うように言った。

「俺も付いていくぞ」
「カディスは執務があるだろう?」
「夜なら大丈夫だ。意地でも付いていくぞ」
「カディス、子供みたい」

 一国の王らしくないことを言うカディスに、わたしは噴き出した。



 思えばこの披露式典、準備期間からいろいろあったけれど、とても充実していたな。
 ただ、舞踏会が最後まで参加できなかったことと、そのことでみんなに迷惑かけちゃったのがちょっと心残りだけど。

 忙しかった一月もようやく終了して、これからは少しゆっくりできるかな。……あ、そういえば、わたしの能力の訓練があったっけ。うん、それはそれで、また頑張ろう。

「……この式典で、ガルディアの経済効果上がったかな?」
「ああ、景気は上々だぞ。おまえのおかげだ、イルーシャ」
「イルーシャ、頑張ったね」

 二人が褒めてくれるのを、照れくさい気持ちと、誇らしい気持ちの両方でわたしは聞く。

 ──うん、それならよかった。

 伝説の姫君としての初仕事が一応成功したことにわたしは安堵して、二人に微笑んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

道産子令嬢は雪かき中 〜ヒロインに構っている暇がありません〜

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「レイシール・ホーカイド!貴様との婚約を破棄する!」 ……うん。これ、見たことある。 ゲームの世界の悪役令嬢に生まれ変わったことに気づいたレイシール。北国でひっそり暮らしながらヒロインにも元婚約者にも関わらないと決意し、防寒に励んだり雪かきに勤しんだり。ゲーム内ではちょい役ですらなかった設定上の婚約者を凍死から救ったり……ヒロインには関わりたくないのに否応なく巻き込まれる雪国令嬢の愛と極寒の日々。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

麗しの勘違い令嬢と不器用で猛獣のような騎士団長様の純愛物語?!

miyoko
恋愛
この国の宰相であるお父様とパーティー会場に向かう馬車の中、突然前世の記憶を思い出したロザリー。この国一番の美少女と言われる令嬢であるロザリーは前世では平凡すぎるOLだった。顔も普通、体系はややぽっちゃり、背もそこそこ、運動は苦手、勉強も得意ではないだからと言って馬鹿でもない。目立たないため存在を消す必要のないOL。そんな私が唯一楽しみにしていたのが筋肉を愛でること。ボディビルほどじゃなくてもいいの。工事現場のお兄様の砂袋を軽々と運ぶ腕を見て、にやにやしながら頭の中では私もひょいっと持ち上げて欲しいわと思っているような女の子。せっかく、美少女に生まれ変わっても、この世界では筋肉質の男性がそもそも少ない。唯一ドストライクの理想の方がいるにはいるけど…カルロス様は女嫌いだというし、絶対に筋肉質の理想の婚約相手を見つけるわよ。 ※設定ゆるく、誤字脱字多いと思います。気に入っていただけたら、ポチっと投票してくださると嬉しいですm(_ _)m

処理中です...