月読の塔の姫君

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
17 / 108
第二章:伝説の姫君と舞踏会

第16話 披露式典へ向けて(3)

しおりを挟む
 ああ、早く終わらないかなあ……。
 わたしは溜息が出そうになるのを何度も堪えていた。

「やっぱり、このお衣装にはこの飾りですよ」
「髪型はどうしましょう。結い上げてもいいですけれど、せっかくの美しい御髪おぐしが隠れてしまいますものね……」

 特注のドレスも出来上がってきて、もう最終的な衣装合わせの段階に入っていた。
 わたしとしては、もうどうにでもしてくれという心境だったんだけど、もちろんそんなこと言えるわけがない。わたしは、ただ黙って侍女さん達や衣装屋さんの意見を聞いていた。

「でも、どのお衣装でもイルーシャ様はお美しいですわよねー……」
「それはイルーシャ様ですもの、当たり前ですわ」

 ああああ、侍女さんや衣装屋さんのわたし礼賛は、ちょっと勘弁してほしい。外見がいくら絶世の美女でも、中身は褒められ慣れてない庶民なんだよ!


 我慢大会にも近かった衣装合わせの時間がようやく過ぎて、わたしはお気に入りの庭園に気晴らしにきていた。

「なに、あれ?」

 見慣れたはずの庭園に、謎の球体がふわふわと浮いていて、かなり不思議な光景だ。

「庭園に明かりを灯す魔法器具だよ。これは夜になると自動的に明るくなるんだ」

 わたしの護衛についてくれたキースが説明してくれる。

 なんでも桜並木の方にもこの魔法器具が設置してあるとか。
 うわあ、綺麗だろうなあ。すごく見たい。

 最近キースは執務を副団長に任せて、わたしの側にいることが多くなった。
 そんなに大げさに護衛しなくてもと言ったんだけど、この時期に来てわたしになにかあったら大変だからということらしい。
 キース達には手間をかけさせてしまって、本当に申し訳ないと思う。
 わたしがそう言うと、キースは眉を上げた。

「イルーシャは、まだ自分が重要人物だって意識がないのかな? 君は危機意識が薄すぎだよ。普段でも近衛騎士を連れていてほしいのに、一人で行動したりするし」

 キースのもっともなお説教にわたしは体を縮ませていた。
 ……すみません、時々近衛騎士さんを撒いたりしてます。

「ご、ごめんね……。気をつけるよ」

 安全なのが当たり前だった日本と比べたら、この世界は魔物も出るし、結構危険なんだそうだ。
 わたしはまだ魔物の実物を見たことないけれど、図鑑を見せてもらって説明を受けたりした。おおざっぱなイメージとしては、猛獣を巨大化変形させた感じだろうか。

「あと、たとえ貴族だとしても気をつけること。君のその美貌なら閉じこめてもほしいと思う輩はたくさんいるんだからね」
「……でも、中身知ったら幻滅するんじゃない?」

 いい加減浸透してるとは思うけど、わたしは口が悪くて、がさつ。深窓の姫君とは全くの逆を行っている自信がある。……そんな自信、あってどうするよって感じだけど。

「……意思を閉じこめる魔法や薬もあるんだよ。君にはこんなことあまり知ってほしくはないけど」

 そんなものまであるのか。さすが異世界。
 誘拐の危険性もあるからこんなにピリピリしてるんだな。今までの自分の行動がいかに無謀だったか改めて知って、わたしは冷や汗が出る思いがした。

「そ、そうなんだ。分かった。気をつける」

 わたしは顔をひきつらせながらこくこくと頷いた。

「そうしてくれると助かるよ」

 ふう、とキースが溜息をつく。その様子で、これはかなり心配かけさせちゃってるんだなとわたしはやっと気づいた。

「あ……でも、近衛の人連れてても、魔術師相手の時はどうするの?」

 いくら近衛騎士でも遠くから魔術を施行出来る魔術師相手には苦戦するだろうし。

「近衛騎士は魔術師団に連絡する魔法器具を持ってるから大丈夫だよ。あと、城の結界内で魔法を使われても分かるしね」

 ふうん、防犯システムみたいなものかな。それにしても師団同士ですごく連携取れてるんだな。こういうところは、さすが大国と言うしかない。

「そうなんだ、なら安心だね」

 素直に感心していたわたしだけど、あることが心に引っかかった。

「あ……、そういえば、わたしがこの間会ったウィルローって人、魔術師団にいなかったみたいだけど、あの人は大丈夫なの?」

 いろいろな人に挨拶して回ったけど、彼には庭園で迷子になった時以来出会ってない。
 わたしが尋ねた途端、キースは一変して厳しい顔になる。

「ウィルロー……、彼はかつて魔術師団に所属していた人物だよ。才能があって僕も彼には期待していたんだけど、ある日突然師団をやめて長らく行方知れずだった」
「……どうして彼は師団をやめたの?」
「僕の存在が目障りで、我慢ならなかったらしいよ。魔術師学校でも天才ともてはやされていたらしいから。……本人にそう言われたし、なにかと敵意を向けられていたからね」

 順風満帆そうなキースにそんな過去があったなんて。それにしても、稀代の魔術師と言われるキースに敵意を向けるなんてすごい自信家だ。

「……そんなの、逆恨みじゃない」
「頭では分かっていても、感情が納得しないってことあるだろう? ……ウィルローはなまじ才能があったから余計そうだったんだろうね」
「……キース……」

 苦く笑うキースに、わたしはなんて言っていいか分からなかった。

「ウィルローは、別の地でもう僕のことなど忘れてやっているとばかり思ってたんだけど……、そうじゃなかったみたいだね」
「え」

 キースの呟くような、でも真剣な言葉に、わたしは瞳を見開いた。

「ウィルローは君のことを異世界人だと知っていただろう。その機密を調べた形跡があったんだ。……そしてたぶん、彼は君が僕の大切な人だということを知っている。知っていて君に接触した」

 わたしはあの時のウィルローの悪意のある笑いを思い出していた。もしかしなくても、あの時彼に害される可能性があったんだ。
 わたしはぞっとして、自分の体を抱きしめた。

「ウィルローは以前と比べて格段に力が上がっているし、魔力の隠し方も巧妙になってる。注意しすぎるに越したことはないよ。とにかく、彼に注意して。念のためにこれを渡しておくから」

 大小のコイン状のものが連なったデザインの腕輪を渡され、キースに使い方を教わる。

「ありがとう、キース。本当に気をつけるね」

 腕輪を身につけたわたしは心の中で使い方を復唱しながら言う。

「いや、逆に君をやっかいごとに巻き込んでしまって申し訳ないと思ってるよ。本当にごめん」
「変なの、キースが謝ることなんてないのに。悪いのはそのウィルローって人でしょ?」

 わたしが笑って言うと、キースも少しだけ笑った。
 その時風が強まって、花々とわたし達の髪を乱していった。

「……風が強くなってきたね。中に戻ろうか」
「うん」

 頷いて、わたし達はキースの移動魔法で部屋へと戻った。



「地位、名誉、才能、見目、全て持っている。……本当に目障りな男だ」

 敵意を剥き出しにして、男の人が呟く。
 ダークブロンドに金の瞳。……それは間違いなくウィルローだった。
 そして、歯ぎしりをする彼の視線の先にはキースがいた。

 幾分今よりは年若く感じる。これは数年前の彼だろうか。
 憎悪に似たその視線を感じたのか、キースがウィルローを見る。
 ウィルローは忌々しそうに舌打ちすると、キースの前から消えた。


 そこで、わたしははっと目覚めた。
 辺りはもう明るくなっていて、もう起きてもいい頃合いだろう。

 ……それにしても、さっきのあれは、まるでわたしがそこにいて彼らのことを見ているような感じだったな。
 以前、わたしが死んだことを知った時のような既視感。
 ひょっとして、これはわたしの能力なんだろうか? 魔力はあるってキースも言ってたし、可能性はなくはないよね。
 今日会ったら、キースに聞いてみよう。



「……それは、過去視じゃないかな」
「……かこし?」

 朝の支度を終えて、キースを部屋に迎えたわたしは早速彼に聞いてみた。

「うん、過去に起こったことを視る能力。……君の場合は無意識で使っているみたいだけど、かなり珍しい能力だよ」
「……そうなんだ! わたしの能力役に立ちそう?」

 珍しいと言われて、わたしはすっかり有頂天になってしまった。
 この容姿以外で、ガルディアに貢献できるなら嬉しい。

「訓練すれば、他国の情報を得たりできるかもね。移動魔法を使わないから、諜報活動の危険の可能性も減るし」
「本当!? わたしの力が役に立つなら嬉しい! キース、良かったらわたしの訓練してくれるかな?」

 わたしは胸の前で指を組み合わせて喜んだ。

 それにしても、ガルディアも諜報活動なんてしてるんだなあ。一見平和そうに見えても、ここの世界情勢は結構物騒なんだ。

「……できれば、訓練はあまりしたくないな」
「え……、なんで?」

 思ってもいない返事が返ってきて、わたしは驚いてキースの顔を見返す。

「……僕としては、あまり君に生臭い話に関わってほしくないんだよ。たぶん、カディスも反対すると思うよ」
「……え、だってわたし、お世話になるばかりで申し訳ないよ。せっかく役に立ちそうなのに……」

 それが、カディスまで反対するってなんなの?
 わたしは眉を下げてキースを見る。

「役になら立ってるよ。伝説の姫君として、君は毎日頑張ってるじゃないか」

 ……そういうのじゃないのに。
 わたしは首を横に振って言う。

「そうじゃなくて、わたしはイルーシャとしてこの国の役に立ちたいの。どんなつらいことだって、ちゃんと目を逸らさずに見るよ」
「──駄目だよ」

 キースが真剣な表情でわたしの意見をはねのける。

「君にそんな思いをさせるわけにはいかない。……訓練の話は諦めて」

 キースの手がなだめるようにわたしの髪を梳く。わたしは納得出来ないまま、キースを見つめていた。

「……ちょっと、カディスに報告に行ってくるよ。君はこのまま外出せずにいて」
 そう言いおいて、キースが姿を消す。


 ──せっかく役に立ちそうだったのに、キース酷いよ。


 こんなふうに甘やかされるのは嫌だった。
 わたしを大切にしてくれているのは分かってる。でも──

 納得出来ない思いを抱えて、わたしは憮然として椅子の背もたれに寄りかかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

処理中です...