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第二章:伝説の姫君と舞踏会
第16話 披露式典へ向けて(3)
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ああ、早く終わらないかなあ……。
わたしは溜息が出そうになるのを何度も堪えていた。
「やっぱり、このお衣装にはこの飾りですよ」
「髪型はどうしましょう。結い上げてもいいですけれど、せっかくの美しい御髪が隠れてしまいますものね……」
特注のドレスも出来上がってきて、もう最終的な衣装合わせの段階に入っていた。
わたしとしては、もうどうにでもしてくれという心境だったんだけど、もちろんそんなこと言えるわけがない。わたしは、ただ黙って侍女さん達や衣装屋さんの意見を聞いていた。
「でも、どのお衣装でもイルーシャ様はお美しいですわよねー……」
「それはイルーシャ様ですもの、当たり前ですわ」
ああああ、侍女さんや衣装屋さんのわたし礼賛は、ちょっと勘弁してほしい。外見がいくら絶世の美女でも、中身は褒められ慣れてない庶民なんだよ!
我慢大会にも近かった衣装合わせの時間がようやく過ぎて、わたしはお気に入りの庭園に気晴らしにきていた。
「なに、あれ?」
見慣れたはずの庭園に、謎の球体がふわふわと浮いていて、かなり不思議な光景だ。
「庭園に明かりを灯す魔法器具だよ。これは夜になると自動的に明るくなるんだ」
わたしの護衛についてくれたキースが説明してくれる。
なんでも桜並木の方にもこの魔法器具が設置してあるとか。
うわあ、綺麗だろうなあ。すごく見たい。
最近キースは執務を副団長に任せて、わたしの側にいることが多くなった。
そんなに大げさに護衛しなくてもと言ったんだけど、この時期に来てわたしになにかあったら大変だからということらしい。
キース達には手間をかけさせてしまって、本当に申し訳ないと思う。
わたしがそう言うと、キースは眉を上げた。
「イルーシャは、まだ自分が重要人物だって意識がないのかな? 君は危機意識が薄すぎだよ。普段でも近衛騎士を連れていてほしいのに、一人で行動したりするし」
キースのもっともなお説教にわたしは体を縮ませていた。
……すみません、時々近衛騎士さんを撒いたりしてます。
「ご、ごめんね……。気をつけるよ」
安全なのが当たり前だった日本と比べたら、この世界は魔物も出るし、結構危険なんだそうだ。
わたしはまだ魔物の実物を見たことないけれど、図鑑を見せてもらって説明を受けたりした。おおざっぱなイメージとしては、猛獣を巨大化変形させた感じだろうか。
「あと、たとえ貴族だとしても気をつけること。君のその美貌なら閉じこめてもほしいと思う輩はたくさんいるんだからね」
「……でも、中身知ったら幻滅するんじゃない?」
いい加減浸透してるとは思うけど、わたしは口が悪くて、がさつ。深窓の姫君とは全くの逆を行っている自信がある。……そんな自信、あってどうするよって感じだけど。
「……意思を閉じこめる魔法や薬もあるんだよ。君にはこんなことあまり知ってほしくはないけど」
そんなものまであるのか。さすが異世界。
誘拐の危険性もあるからこんなにピリピリしてるんだな。今までの自分の行動がいかに無謀だったか改めて知って、わたしは冷や汗が出る思いがした。
「そ、そうなんだ。分かった。気をつける」
わたしは顔をひきつらせながらこくこくと頷いた。
「そうしてくれると助かるよ」
ふう、とキースが溜息をつく。その様子で、これはかなり心配かけさせちゃってるんだなとわたしはやっと気づいた。
「あ……でも、近衛の人連れてても、魔術師相手の時はどうするの?」
いくら近衛騎士でも遠くから魔術を施行出来る魔術師相手には苦戦するだろうし。
「近衛騎士は魔術師団に連絡する魔法器具を持ってるから大丈夫だよ。あと、城の結界内で魔法を使われても分かるしね」
ふうん、防犯システムみたいなものかな。それにしても師団同士ですごく連携取れてるんだな。こういうところは、さすが大国と言うしかない。
「そうなんだ、なら安心だね」
素直に感心していたわたしだけど、あることが心に引っかかった。
「あ……、そういえば、わたしがこの間会ったウィルローって人、魔術師団にいなかったみたいだけど、あの人は大丈夫なの?」
いろいろな人に挨拶して回ったけど、彼には庭園で迷子になった時以来出会ってない。
わたしが尋ねた途端、キースは一変して厳しい顔になる。
「ウィルロー……、彼はかつて魔術師団に所属していた人物だよ。才能があって僕も彼には期待していたんだけど、ある日突然師団をやめて長らく行方知れずだった」
「……どうして彼は師団をやめたの?」
「僕の存在が目障りで、我慢ならなかったらしいよ。魔術師学校でも天才ともてはやされていたらしいから。……本人にそう言われたし、なにかと敵意を向けられていたからね」
順風満帆そうなキースにそんな過去があったなんて。それにしても、稀代の魔術師と言われるキースに敵意を向けるなんてすごい自信家だ。
「……そんなの、逆恨みじゃない」
「頭では分かっていても、感情が納得しないってことあるだろう? ……ウィルローはなまじ才能があったから余計そうだったんだろうね」
「……キース……」
苦く笑うキースに、わたしはなんて言っていいか分からなかった。
「ウィルローは、別の地でもう僕のことなど忘れてやっているとばかり思ってたんだけど……、そうじゃなかったみたいだね」
「え」
キースの呟くような、でも真剣な言葉に、わたしは瞳を見開いた。
「ウィルローは君のことを異世界人だと知っていただろう。その機密を調べた形跡があったんだ。……そしてたぶん、彼は君が僕の大切な人だということを知っている。知っていて君に接触した」
わたしはあの時のウィルローの悪意のある笑いを思い出していた。もしかしなくても、あの時彼に害される可能性があったんだ。
わたしはぞっとして、自分の体を抱きしめた。
「ウィルローは以前と比べて格段に力が上がっているし、魔力の隠し方も巧妙になってる。注意しすぎるに越したことはないよ。とにかく、彼に注意して。念のためにこれを渡しておくから」
大小のコイン状のものが連なったデザインの腕輪を渡され、キースに使い方を教わる。
「ありがとう、キース。本当に気をつけるね」
腕輪を身につけたわたしは心の中で使い方を復唱しながら言う。
「いや、逆に君をやっかいごとに巻き込んでしまって申し訳ないと思ってるよ。本当にごめん」
「変なの、キースが謝ることなんてないのに。悪いのはそのウィルローって人でしょ?」
わたしが笑って言うと、キースも少しだけ笑った。
その時風が強まって、花々とわたし達の髪を乱していった。
「……風が強くなってきたね。中に戻ろうか」
「うん」
頷いて、わたし達はキースの移動魔法で部屋へと戻った。
「地位、名誉、才能、見目、全て持っている。……本当に目障りな男だ」
敵意を剥き出しにして、男の人が呟く。
ダークブロンドに金の瞳。……それは間違いなくウィルローだった。
そして、歯ぎしりをする彼の視線の先にはキースがいた。
幾分今よりは年若く感じる。これは数年前の彼だろうか。
憎悪に似たその視線を感じたのか、キースがウィルローを見る。
ウィルローは忌々しそうに舌打ちすると、キースの前から消えた。
そこで、わたしははっと目覚めた。
辺りはもう明るくなっていて、もう起きてもいい頃合いだろう。
……それにしても、さっきのあれは、まるでわたしがそこにいて彼らのことを見ているような感じだったな。
以前、わたしが死んだことを知った時のような既視感。
ひょっとして、これはわたしの能力なんだろうか? 魔力はあるってキースも言ってたし、可能性はなくはないよね。
今日会ったら、キースに聞いてみよう。
「……それは、過去視じゃないかな」
「……かこし?」
朝の支度を終えて、キースを部屋に迎えたわたしは早速彼に聞いてみた。
「うん、過去に起こったことを視る能力。……君の場合は無意識で使っているみたいだけど、かなり珍しい能力だよ」
「……そうなんだ! わたしの能力役に立ちそう?」
珍しいと言われて、わたしはすっかり有頂天になってしまった。
この容姿以外で、ガルディアに貢献できるなら嬉しい。
「訓練すれば、他国の情報を得たりできるかもね。移動魔法を使わないから、諜報活動の危険の可能性も減るし」
「本当!? わたしの力が役に立つなら嬉しい! キース、良かったらわたしの訓練してくれるかな?」
わたしは胸の前で指を組み合わせて喜んだ。
それにしても、ガルディアも諜報活動なんてしてるんだなあ。一見平和そうに見えても、ここの世界情勢は結構物騒なんだ。
「……できれば、訓練はあまりしたくないな」
「え……、なんで?」
思ってもいない返事が返ってきて、わたしは驚いてキースの顔を見返す。
「……僕としては、あまり君に生臭い話に関わってほしくないんだよ。たぶん、カディスも反対すると思うよ」
「……え、だってわたし、お世話になるばかりで申し訳ないよ。せっかく役に立ちそうなのに……」
それが、カディスまで反対するってなんなの?
わたしは眉を下げてキースを見る。
「役になら立ってるよ。伝説の姫君として、君は毎日頑張ってるじゃないか」
……そういうのじゃないのに。
わたしは首を横に振って言う。
「そうじゃなくて、わたしはイルーシャとしてこの国の役に立ちたいの。どんなつらいことだって、ちゃんと目を逸らさずに見るよ」
「──駄目だよ」
キースが真剣な表情でわたしの意見をはねのける。
「君にそんな思いをさせるわけにはいかない。……訓練の話は諦めて」
キースの手がなだめるようにわたしの髪を梳く。わたしは納得出来ないまま、キースを見つめていた。
「……ちょっと、カディスに報告に行ってくるよ。君はこのまま外出せずにいて」
そう言いおいて、キースが姿を消す。
──せっかく役に立ちそうだったのに、キース酷いよ。
こんなふうに甘やかされるのは嫌だった。
わたしを大切にしてくれているのは分かってる。でも──
納得出来ない思いを抱えて、わたしは憮然として椅子の背もたれに寄りかかった。
わたしは溜息が出そうになるのを何度も堪えていた。
「やっぱり、このお衣装にはこの飾りですよ」
「髪型はどうしましょう。結い上げてもいいですけれど、せっかくの美しい御髪が隠れてしまいますものね……」
特注のドレスも出来上がってきて、もう最終的な衣装合わせの段階に入っていた。
わたしとしては、もうどうにでもしてくれという心境だったんだけど、もちろんそんなこと言えるわけがない。わたしは、ただ黙って侍女さん達や衣装屋さんの意見を聞いていた。
「でも、どのお衣装でもイルーシャ様はお美しいですわよねー……」
「それはイルーシャ様ですもの、当たり前ですわ」
ああああ、侍女さんや衣装屋さんのわたし礼賛は、ちょっと勘弁してほしい。外見がいくら絶世の美女でも、中身は褒められ慣れてない庶民なんだよ!
我慢大会にも近かった衣装合わせの時間がようやく過ぎて、わたしはお気に入りの庭園に気晴らしにきていた。
「なに、あれ?」
見慣れたはずの庭園に、謎の球体がふわふわと浮いていて、かなり不思議な光景だ。
「庭園に明かりを灯す魔法器具だよ。これは夜になると自動的に明るくなるんだ」
わたしの護衛についてくれたキースが説明してくれる。
なんでも桜並木の方にもこの魔法器具が設置してあるとか。
うわあ、綺麗だろうなあ。すごく見たい。
最近キースは執務を副団長に任せて、わたしの側にいることが多くなった。
そんなに大げさに護衛しなくてもと言ったんだけど、この時期に来てわたしになにかあったら大変だからということらしい。
キース達には手間をかけさせてしまって、本当に申し訳ないと思う。
わたしがそう言うと、キースは眉を上げた。
「イルーシャは、まだ自分が重要人物だって意識がないのかな? 君は危機意識が薄すぎだよ。普段でも近衛騎士を連れていてほしいのに、一人で行動したりするし」
キースのもっともなお説教にわたしは体を縮ませていた。
……すみません、時々近衛騎士さんを撒いたりしてます。
「ご、ごめんね……。気をつけるよ」
安全なのが当たり前だった日本と比べたら、この世界は魔物も出るし、結構危険なんだそうだ。
わたしはまだ魔物の実物を見たことないけれど、図鑑を見せてもらって説明を受けたりした。おおざっぱなイメージとしては、猛獣を巨大化変形させた感じだろうか。
「あと、たとえ貴族だとしても気をつけること。君のその美貌なら閉じこめてもほしいと思う輩はたくさんいるんだからね」
「……でも、中身知ったら幻滅するんじゃない?」
いい加減浸透してるとは思うけど、わたしは口が悪くて、がさつ。深窓の姫君とは全くの逆を行っている自信がある。……そんな自信、あってどうするよって感じだけど。
「……意思を閉じこめる魔法や薬もあるんだよ。君にはこんなことあまり知ってほしくはないけど」
そんなものまであるのか。さすが異世界。
誘拐の危険性もあるからこんなにピリピリしてるんだな。今までの自分の行動がいかに無謀だったか改めて知って、わたしは冷や汗が出る思いがした。
「そ、そうなんだ。分かった。気をつける」
わたしは顔をひきつらせながらこくこくと頷いた。
「そうしてくれると助かるよ」
ふう、とキースが溜息をつく。その様子で、これはかなり心配かけさせちゃってるんだなとわたしはやっと気づいた。
「あ……でも、近衛の人連れてても、魔術師相手の時はどうするの?」
いくら近衛騎士でも遠くから魔術を施行出来る魔術師相手には苦戦するだろうし。
「近衛騎士は魔術師団に連絡する魔法器具を持ってるから大丈夫だよ。あと、城の結界内で魔法を使われても分かるしね」
ふうん、防犯システムみたいなものかな。それにしても師団同士ですごく連携取れてるんだな。こういうところは、さすが大国と言うしかない。
「そうなんだ、なら安心だね」
素直に感心していたわたしだけど、あることが心に引っかかった。
「あ……、そういえば、わたしがこの間会ったウィルローって人、魔術師団にいなかったみたいだけど、あの人は大丈夫なの?」
いろいろな人に挨拶して回ったけど、彼には庭園で迷子になった時以来出会ってない。
わたしが尋ねた途端、キースは一変して厳しい顔になる。
「ウィルロー……、彼はかつて魔術師団に所属していた人物だよ。才能があって僕も彼には期待していたんだけど、ある日突然師団をやめて長らく行方知れずだった」
「……どうして彼は師団をやめたの?」
「僕の存在が目障りで、我慢ならなかったらしいよ。魔術師学校でも天才ともてはやされていたらしいから。……本人にそう言われたし、なにかと敵意を向けられていたからね」
順風満帆そうなキースにそんな過去があったなんて。それにしても、稀代の魔術師と言われるキースに敵意を向けるなんてすごい自信家だ。
「……そんなの、逆恨みじゃない」
「頭では分かっていても、感情が納得しないってことあるだろう? ……ウィルローはなまじ才能があったから余計そうだったんだろうね」
「……キース……」
苦く笑うキースに、わたしはなんて言っていいか分からなかった。
「ウィルローは、別の地でもう僕のことなど忘れてやっているとばかり思ってたんだけど……、そうじゃなかったみたいだね」
「え」
キースの呟くような、でも真剣な言葉に、わたしは瞳を見開いた。
「ウィルローは君のことを異世界人だと知っていただろう。その機密を調べた形跡があったんだ。……そしてたぶん、彼は君が僕の大切な人だということを知っている。知っていて君に接触した」
わたしはあの時のウィルローの悪意のある笑いを思い出していた。もしかしなくても、あの時彼に害される可能性があったんだ。
わたしはぞっとして、自分の体を抱きしめた。
「ウィルローは以前と比べて格段に力が上がっているし、魔力の隠し方も巧妙になってる。注意しすぎるに越したことはないよ。とにかく、彼に注意して。念のためにこれを渡しておくから」
大小のコイン状のものが連なったデザインの腕輪を渡され、キースに使い方を教わる。
「ありがとう、キース。本当に気をつけるね」
腕輪を身につけたわたしは心の中で使い方を復唱しながら言う。
「いや、逆に君をやっかいごとに巻き込んでしまって申し訳ないと思ってるよ。本当にごめん」
「変なの、キースが謝ることなんてないのに。悪いのはそのウィルローって人でしょ?」
わたしが笑って言うと、キースも少しだけ笑った。
その時風が強まって、花々とわたし達の髪を乱していった。
「……風が強くなってきたね。中に戻ろうか」
「うん」
頷いて、わたし達はキースの移動魔法で部屋へと戻った。
「地位、名誉、才能、見目、全て持っている。……本当に目障りな男だ」
敵意を剥き出しにして、男の人が呟く。
ダークブロンドに金の瞳。……それは間違いなくウィルローだった。
そして、歯ぎしりをする彼の視線の先にはキースがいた。
幾分今よりは年若く感じる。これは数年前の彼だろうか。
憎悪に似たその視線を感じたのか、キースがウィルローを見る。
ウィルローは忌々しそうに舌打ちすると、キースの前から消えた。
そこで、わたしははっと目覚めた。
辺りはもう明るくなっていて、もう起きてもいい頃合いだろう。
……それにしても、さっきのあれは、まるでわたしがそこにいて彼らのことを見ているような感じだったな。
以前、わたしが死んだことを知った時のような既視感。
ひょっとして、これはわたしの能力なんだろうか? 魔力はあるってキースも言ってたし、可能性はなくはないよね。
今日会ったら、キースに聞いてみよう。
「……それは、過去視じゃないかな」
「……かこし?」
朝の支度を終えて、キースを部屋に迎えたわたしは早速彼に聞いてみた。
「うん、過去に起こったことを視る能力。……君の場合は無意識で使っているみたいだけど、かなり珍しい能力だよ」
「……そうなんだ! わたしの能力役に立ちそう?」
珍しいと言われて、わたしはすっかり有頂天になってしまった。
この容姿以外で、ガルディアに貢献できるなら嬉しい。
「訓練すれば、他国の情報を得たりできるかもね。移動魔法を使わないから、諜報活動の危険の可能性も減るし」
「本当!? わたしの力が役に立つなら嬉しい! キース、良かったらわたしの訓練してくれるかな?」
わたしは胸の前で指を組み合わせて喜んだ。
それにしても、ガルディアも諜報活動なんてしてるんだなあ。一見平和そうに見えても、ここの世界情勢は結構物騒なんだ。
「……できれば、訓練はあまりしたくないな」
「え……、なんで?」
思ってもいない返事が返ってきて、わたしは驚いてキースの顔を見返す。
「……僕としては、あまり君に生臭い話に関わってほしくないんだよ。たぶん、カディスも反対すると思うよ」
「……え、だってわたし、お世話になるばかりで申し訳ないよ。せっかく役に立ちそうなのに……」
それが、カディスまで反対するってなんなの?
わたしは眉を下げてキースを見る。
「役になら立ってるよ。伝説の姫君として、君は毎日頑張ってるじゃないか」
……そういうのじゃないのに。
わたしは首を横に振って言う。
「そうじゃなくて、わたしはイルーシャとしてこの国の役に立ちたいの。どんなつらいことだって、ちゃんと目を逸らさずに見るよ」
「──駄目だよ」
キースが真剣な表情でわたしの意見をはねのける。
「君にそんな思いをさせるわけにはいかない。……訓練の話は諦めて」
キースの手がなだめるようにわたしの髪を梳く。わたしは納得出来ないまま、キースを見つめていた。
「……ちょっと、カディスに報告に行ってくるよ。君はこのまま外出せずにいて」
そう言いおいて、キースが姿を消す。
──せっかく役に立ちそうだったのに、キース酷いよ。
こんなふうに甘やかされるのは嫌だった。
わたしを大切にしてくれているのは分かってる。でも──
納得出来ない思いを抱えて、わたしは憮然として椅子の背もたれに寄りかかった。
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