月読の塔の姫君

舘野寧依

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第二章:伝説の姫君と舞踏会

第14話 披露式典へ向けて(1)

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「イルーシャ姫様、動かないでくださいましね」

 わたしは国内外への披露のために着るドレスの寸法を測っていた。

「本当にすばらしいお体ですね」

 採寸の人がしきりに感嘆しながら何度も言う。

「こんなにお美しい方のお衣装を作らせていただくなんて、針子としてなんて幸運なんでしょう。本当に作り甲斐がありますわね」

 布地を当てて、わたしに似合う色合いをみたりしながらその人は言った。

 作るドレスは全部で十着。そんなに必要ないだろうと思ってそう言ったんだけど、なんでも国民への挨拶、パレード、舞踏会用のドレスはそれぞれ違うものを着るらしい。

 おまけに、舞踏会ではドレスをまた何回か着替えるんだとか。残ったドレスは予備分らしい。
 そんなに作って、一月でドレスができあがるのか謎だったけど、王室と契約している衣装屋達が総動員で取りかかるらしい。……大変そうだなあ。



 ドレスの採寸が終わって部屋でのんびりしてると、キースが訪ねてきた。

「さっき衣装屋とすれ違ったよ。今回は随分大がかりみたいだね」
「うん、明日は宝石商が訪ねてくるみたいだよ。あんまり大袈裟な飾りは好きじゃないから、程々にしてくれるといいけど」

 わたしは着飾るのがあまり好きではないので溜息しか出てこない。

「まあ、今回ばかりは我慢するしかないだろうね。国内外の賓客が訪れるわけだから、それなりの支度をしないといけないしね」
「うん、まあ、そうなんだよね……」

 ああ、気が重い。伝説の姫君をやるのは結構大変だ。

「あ、そうだ。舞踏会の件なんだけど、礼儀作法は及第点もらえたけど、ダンスはまだ教わってないんだよね。日もそんなにないし、どうしたらいいかな?」
「なら、僕が教えようか」

 キースの申し出に、わたしは手を叩いて喜んだ。

「本当? 助かる。でも、迷惑じゃない?」
「迷惑なら、こんなこと言ってないよ。僕には遠慮しないでいいから」
「……うん、ありがとう」

 キースは優しいな。……そういえば最初からわたしには親切だったっけ。
 ここまで気を遣ってもらってるのに、なんでわたしはキースの気持ちに応えられないんだろう。

「じゃあ、早速やってみようか」
「うん」

 音楽を流す魔法器具を持ってきてもらってわたし達は練習を開始した。
 キースに差し出された手を取って、わたしはステップの仕方や、ターンのタイミングを教わる。
 キースは教え上手で、もう一つ他のダンスを教えてもらった。

「イルーシャは、飲み込み早いね。あとは練習すれば問題なく踊れると思うよ」
「うん、キース、ありがとう。……あとどのくらい覚えればいいのかな?」
「あと六つだね。それも僕が教えるから心配しなくてもいいよ。じゃあ、明日この時間にまた来るよ」
「うん、本当にありがとうキース。明日またよろしくね」

 忙しいだろうに、彼の親切は本当にありがたい。……なにも返すことができないのがちょっと心苦しいけど。

 とりあえず、今わたしにできることといったら、キースに教えてもらったダンスを完璧にこなすために練習あるのみだよね。
 そういえば、今日はマーティンがわたしの警護に当たってるんだっけ。それを利用しない手はないよね。
 わたしは部屋のドアを開けてマーティンを呼んだ。

「イルーシャ様、どうしたんですか」
「うん、ダンスの練習の相手をしてもらおうと思って。マーティン、ダンスできるよね?」

 わたしがそう言ったら、なぜかマーティンがうろたえた。

「それはできますが、駄目ですよ。警護がありますし」
「警護なら、今わたしがここにいるからいいじゃない。わたしもダンスの練習ができて一石二鳥だよ」

 自分を指さして主張すると、マーティンは溜息をついた。

「……陛下に知られたら、なんと言われるか分かりませんよ?」
「見ての通り、ダンスの練習じゃない。カディスがなにか言うとは思えないんだけど」
「……もう、いいです……」

 マーティンは諦めたように小さく言った。

「もう、友達なんだから遠慮することないのよ。カディスにもきちんと許可を取ったし」
「……本当に許可を取ったんですか?」
「嫌いになるからって言ったら、まだちょっと渋ってたんで、瞳潤ませて『駄目?』って聞いたら許可してくれたよ。そんな目で見るな! って叫んでたけど」
「イルーシャ様、結構打算的ですね。……ちょっと陛下に同情します……」
「だって、そのくらいしないと許可してくれそうになかったんだもの。男は駄目だとか言うし」
「……イルーシャ様は魅力的な方ですから、陛下は心配されてるんですよ」
「そんなのカディスの杞憂でしょ。友達同士でそんなこと心配することないのに」

 わたしがそう言うと、マーティンは複雑そうな顔をした。

「イルーシャ様は警戒心がなさすぎです。いくら友人とはいえ、異性なんですよ。男には魔が差すことだってあるんですから」
「……魔が差すって……、マーティンも?」

 そう聞き返すと、マーティンはしまったというような顔をした。
 近くに控えていたユーニスはなぜか期待に満ちた目でこちらを見ている。

「……分かりませんが、絶対にないとは言い切れませんね」
「……そういうものなの?」
「……そういうものです」

 はっきりとそう言われてしまったので、わたしも強く言えなくなってしまった。

「分かった。友達と思ってても、一応気をつけた方がいいんだね」
「……そうしてくださると、助かります」

 なんというか、面倒だなあ。
 妙な空気になってしまったのを払拭ふっしょくするためにわたしは努めて明るい声を出す。

「じゃあ、早速練習しよっか」

 ユーニスに音楽をかけてもらって、キースに教わったダンスをマーティンと踊る。

 ──ええと、ここで右にステップ二回。一歩下がってターン。

「イルーシャ様、踊れるじゃないですか」
「うーん、教わったばかりだからだよ。うっかり当日忘れないか心配なんだよね。体に覚えさせれば問題ないと思うんだけど。あと、二回繰り返していいかな?」
「いいですよ」

 わたしは今日教わった分のダンスを完璧にするべく、わたしはマーティンを巻き込んで必死に練習した。ちょっと怪しいところもあったけれど、そこは後でメモして自分で練習しよう。……いくら友達とは言え、警護中のマーティンを使うのも悪いし。

「ありがとマーティン、助かった。今日の分はなんとかなりそう」

 にっこり笑って言うと、マーティンも破顔した。

「それはよかったです。じゃあ、俺はこれで……」
「あ、ちょっと待って。お茶くらい飲んでいってよ。動いて喉乾いてるでしょ」
「しかし、警護がですね……」
「警護対象がそう言ってるんだから、遠慮しないの」

 わたし達は応接セットに向き合って腰を下ろし、ユーニスにさっぱりした冷たいお茶を持ってきてもらって喉を潤した。
 やっぱり、運動の後のお茶はいいなあ、なんて思ってると、カディスの訪れが告げられた。
 マーティンは素早く立ち上がると、直立不動で敬礼した。

「なんだ、マーティン、ここで油を売っているのか」
「申し訳ありません。わたしはここで失礼します」

 カディスの言いぐさにむかっときたわたしは、つい言ってしまった。

「ちょっと、そんな言い方ないじゃない。マーティンはわざわざわたしのダンスの相手してくれたんだから。マーティン、席外さなくていいからね」
「しかし……」
「いいから、いいから。まだお茶飲んでる途中でしょ?」
「マーティン、警護中だろう。さぼってるんじゃない」
「カディス、うるさい」

 わたしがにっこり笑って言うと、ユーニスが頬を押さえて「ひゃああ」と小さく叫んだ。

「マーティンもお茶、ちゃんと飲んで行ってよね。……それとも、わたしのお茶が飲めないっていうの?」

 正しくはユーニスの淹れたお茶だけど。
 わたしはくだを巻く酔っぱらいのようなことを言いながら、マーティンに座るように強制した。

「あ、はい、飲みます。飲みますからっ」

 最後の方はやけくそになりながら、マーティンはお茶を飲み干した。

「それでは警護に戻ります。失礼いたしました」
「ああ」

 マーティンの敬礼しながらの言葉に、カディスはそっけなく言い返す。
 マーティンが再びドアの外での警護に戻ると、カディスはわたしの前の席にどさりと腰を下ろした。
 なんだか、すごく不機嫌そうだ。

「ちょっと、なに怒ってるのよ。感じ悪いよ」
「……おまえ、キースに舞踏を習っているそうだな」
「うん。それがどうしたの?」
「なぜ、俺に教わらないんだ」

 なに、ひょっとして拗ねてるわけ?

「だって、カディスは執務で忙しいでしょ? わざわざ時間さかせるわけにいかないじゃない」
「そのくらいの時間は作る。第一、マーティンまで連れ込んでなんだ。おまえは毎回男をとっかえひっかえするつもりか」
「ちょっと、誤解を生むような表現はやめてよね。ダンスの練習してるだけじゃない」

 その時、ユーニスがカディスの分のお茶を持ってきた。カディスはそれを一気に飲み干す。

「それなら、俺が付き合ってやる。近衛騎士を巻き込むのはやめろ」
「酷いよ。カディス横暴っ。だいたい本当にカディスの時間が取れるかどうか分からないじゃない。結構遅くまで仕事してるのわたし知ってるんだからね」

 これは図星だったらしく、カディスは言葉に詰まった。

「……それなら、時間が取れたらおまえの相手をするということでどうだ」

 カディスにしては、これはかなりの譲歩なんだろうな。仕方ない、認めるしかないか。

「分かった。……でもカディスが時間取れないようなら、練習できないから他の人に頼むよ?」
「……分かった。どんなことがあっても俺は来るぞ」
「じゃあ、ダンスを教えてもらうのはキースで、練習の相手はカディスってことでいいんだね?」
「……仕方ない。キースにおまえを任せるのは癪だが、それでいいだろう」

 この取り決めのせいで、カディスは自分の首を絞めることになるんだけど、この時のわたしはそんなこと知る由もなかった。
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