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第二章:伝説の姫君と舞踏会
第13話 友達
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「え……と……、わたし……」
なんて、答えたらいいんだろう。
キースにまでプロポーズされると思ってなかったわたしは、真っ赤になってうろたえていた。
「わ、わたし、キースのこと嫌いじゃないけど、結婚とかそんなこと考えられない」
「……嫌いじゃないけど、好きでもないってこと?」
「友達としては好きだよ。それじゃ駄目なの?」
「僕はそんなことを望んでるわけじゃない。君の特別になりたいんだ」
「わ、わたし、わたし……」
いったい、なんて言ったらいいんだろう。軽く混乱していたら、キースに腕をとられた。そのまま彼に抱き寄せられる。
「キース……ッ」
キースがわたしの頤をそっと持ち上げる。
「……このまま君を閉じこめてしまいたいよ。誰にも見せずに、ずっと僕だけのものにしてしまいたい」
キースの瞳の中に狂おしいほどの熱情を見た気がして、わたしはびくりと体を震わす。
「イルーシャ、怖がらないで」
そんなの無理だよ。だって、いつものキースはこんなこと言わないじゃない。今日のキースはまるで別人みたいに見えて、体の震えが止まらない。
「……キース、お願いだから離して」
やっとの思いでそう訴えると、キースの腕が緩んだ。
「ご、ごめん。わたし、もう自分の部屋に戻りたい」
わたし、こういうことに耐性なさすぎ。自分の経験のなさを嘆いても今更しょうがないけど。
「……まいったな。そんなに怖がらせるつもりはなかったんだけど……。君の部屋に送ればいいんだね?」
「……うん、ごめんね」
キースの移動魔法で自分の部屋に戻ったわたしは真っ直ぐに寝室に駆け込んだ。
ぽすんと音を立てて、ベッドにうつぶせに沈むと、こみ上げてくる恥ずかしさに身悶えた。
──わたしは恋がどういうものか知らない。
それなのに二人がわたしにプロポーズしてくるなんて、どうしていいか分からないよ。
日本にいた頃は二十代後半くらいで結婚できたらいいなと漠然と思ってたけど、相手がいたわけでもないし、身近な男の人っていったら、お父さんかバイト先の人達くらいだった。
年齢イコール彼氏いない歴のわたしには、二人からの告白は正直重い。
それなのに、恋愛を通り越して突然結婚してくれなんて二人とも飛躍しすぎだよ。
衝動のままに、手足をばたつかせて暴れていたら、ちょっと落ち着いてきた。
「……二人とも本当にどうかしてるよ……」
わたしはベッドから身を起こすと、溜息をつく。
キースの言葉によると、わたしの性格含めて二人はわたしのことが好きらしい。
今まで好かれているのを容姿のせいにして逃げてきたけど、いい加減わたしも覚悟を決めて認めなきゃいけないのかもしれない。
「……あ、そうだ」
わたし、カディスに言いたいことがあったんだっけ。忘れないうちにカディスのところに行ってこなきゃ。
カディスと二人きりになるのは気まずいから、できれば執務室にイザトさんがいてくれるといいなあ。
「よく来たな、イルーシャ」
カディスの執務室を訪れると、最初に会った時の態度とは雲泥の差の対応をされた。
あの頃はカディス、すごく意地悪だったんだよね。それが、今はこの歓迎ぶりなんだもの。人って変わるものなんだな。
……カディスの場合、変わりすぎって感じだけど。
お茶を出されてカディスと向き合うと、わたしは部屋の中を見回した。
「……イザトさんはいないの?」
「……なんだ、イザトに用だったのか?」
カディスが、心なしがっかりしたような顔になる。
「ううん、そうじゃないけど」
「? おかしなやつだな」
わたしの心労も知らずにカディスが不思議そうな顔をする。
「今日は、カディスにいくつか話があって来たんだ。……時間いいかな?」
「ああ、大丈夫だ。いくらでも時間を空けるぞ」
「……いや、あまり空けられても困るんだけどね……。カディスも仕事あるでしょ?」
「まあ、それはそうだが……」
なんだか歯切れが悪い。……これは仕事がたまってるんだな。
「俺も、おまえに話さなければいけないことがあるんだが」
「なに?」
「例のおまえの披露の日取りが決まった。一月後だ」
「そっか、とうとう決まったんだね」
「おまえの礼儀作法も様になってきたし、そろそろ頃合いかと思ってな。周りからももったいぶるなと突かれているしな」
カディスによると、バルコニーで国民に顔見せしてから、馬車で市内をパレード、夜には舞踏会というスケジュールなんだそうだ。
「……なんか、忙しくない?」
「ああ、忙しいぞ。おまえは特に色々準備もあるはずだしな」
「うわあ……。お姫様やるのも楽じゃないねえ……」
殺人的スケジュールに早くも挫けそうなわたし。
「俺も側にいるから心配するな。辛いようなら言え。息抜きさせる時間くらいは作る」
「……ありがとう、カディス」
いつも不器用なカディスの心遣いが嬉しくて、わたしは微笑む。
「無理させておまえに倒れられては困るからな」
カディスが腕を上げてわたしの髪を撫でる。その顔は優しくて、カディスの好意が伝わってきた。
わたしはカディスの気持ちに応えられないことが心苦しくて、彼からそっと視線を逸らす。
「あ、そうだ。桜並木の件なんだけど」
「ああ、見たのか。どうだ、見事なものだったろう?」
「いや……、見事は見事なんだけどね……」
「なんだ、気に入らなかったのか?」
不満そうにカディスがわたしを見る。
「……桜はとっても綺麗で気に入ったよ。でも、あそこまでやられると思ってなかったから、びっくりしたんだけど」
「……やりすぎたか?」
「それはもう。あんな立派な樹じゃなくて、苗木で良かったんだよ。あれ、いったいいくらかかってるの? わたしの言ったことで国民の税金がたくさん使われてるかと思うと申し訳ないよ」
「そうだったのか、おまえが喜ぶかと思ってついやってしまったが……」
「ついっ!?」
そんな気軽にあんなことやらないでほしい。
「い、いや、悪かった。俺が考えなしだった。……それはそうと、イルーシャ、おまえ国民の税金のことまで考えてるのか」
「だって、わたし中身は庶民だもの。どうしたって気になるよ」
そう言うと、カディスは感心したような顔をした。
「おまえはすごいな。贅沢にも慣れず、国民のことを考えられる。……やはり、おまえを選んだのは正解だったな」
「え……、えっと……」
カディスが手放しで褒めるので、わたしは赤くなるしかない。
「だから、あの、気持ちはありがたかったけど、わたしの為にあまりお金使わないでほしいな」
「おまえは本当に欲がないな」
カディスが仕方なさそうに溜息をつく。
「それで、わたしの絵姿発行してるって聞いたんだけど、その売上を桜並木にかかった費用に充てられないかな?」
「……聞いたのか」
「うん、ブラッド達にね」
わたしのその答えが気に入らなかったらしく、カディスは眉を顰めた。
「……あまり他の男と仲良くするな」
「……なんで?」
「俺が嫉妬で狂いそうになるからだ」
「嫉妬って……、カディス大袈裟だよ。ブラッド達は友達だもん。そんなこと心配する必要ないってば」
「おい……、友達とはどういうことだ」
「今日友達になったの。ブラッドとヒューとマーティン」
わたしがそう言うと、カディスは目をむいて叫んだ。
「だ、駄目だ、駄目だ! 男だけは駄目だ!」
「ええーっ、カディス酷いよ。ただの友達だよ?」
「どちらが酷いんだ。おまえが友達と思っていても、向こうがそうだとは限らないだろう」
「そんなことありえないよ。カディス、考えすぎ。そんなに心の狭いこと言うんなら、嫌いになるからね?」
ちょっと首を傾げてにっこり笑うと、カディスは頭を抱えた。
「……俺は今、おまえが悪魔に見えたぞ」
……失礼な。それなら、とことん演技してやるからね。
「友達くらい自分で選びたいじゃない。王族だからみんな遠慮するし、そういうのって結構寂しいもの」
沈んだように下を向いて言うと、カディスはうっと詰まった。どうやら、カディスにも覚えがあるらしい。
「……ねえ、どうしても駄目?」
目を潤ませて上目遣いに見ると、カディスが明らかにうろたえた。
「わ、分かった、認める。認めるから、そんな目で見るな!」
──よっしゃあ!
わたしは心の中でガッツポーズを作った。
「カディス、ありがとう。とても嬉しい」
「……ああ」
そしてそこには、にこやかに笑うわたしと燃え尽きたようなカディスがいた。
わたしが勝利に酔っていると、執務室のドアがノックされた。カディスが入室を許可すると、入ってきたのはイザトさんだった。
「随分と賑やかですね。イルーシャ様、いらっしゃいませ」
「イザトさん、お邪魔してます。あと少し要件を話したら、カディスにきっちり仕事してもらいますから」
そう言ったら、イザトさんがくすっと笑った。無表情だとばかり思ってたけど、珍しいものを見たなあ。
「さっきの話の続きなんだけど、わたしの絵姿を桜の代金に充てる件、考えてくれないかな?」
「……分かった、そうしよう。エーメの樹の件についてはそれほどおまえが気に病むことはないぞ。おまえの絵姿が飛ぶように売れていて、需要が供給に追いついていないらしいからな」
「うん、騎士さん達もわたしの絵姿持ってる人いるみたいだったね」
そう言うと、なぜかカディスは顔をしかめた。
「……どうしたの?」
「いや、おまえの絵姿を他の男が持っているというのは嫌なものだな」
「変なの、ただの絵じゃない。それをいうなら、不特定多数に絵姿を持たれてるわたしの方が恥ずかしいよ」
わたしは笑って言ったけど、カディスはまだ納得してないようで不満そうだ。
「……ひょっとして、カディスもわたしの絵持ってるの?」
「ああ、俺も何枚か持ってるぞ」
「そんなに持っててどうするの。一枚でいいじゃない」
というか、一枚でも充分恥ずかしい。
「俺の部屋にいくつか飾ってある。それとしん……いや、なんでもない」
「……?」
カディスがなにか言いかけてやめたのを不思議に思いながらも、わたしは椅子から立ち上がった。そろそろカディスに仕事して貰わないとイザトさんが煩そうだ。
「じゃあ、わたしそろそろ帰るね。仕事頑張って」
イザトさんにも挨拶して、わたしは部屋を出る。
「……陛下、嘆かわしいです」
直前にそんなイザトさんの溜息混じりの言葉が聞こえてきたけれど、カディスのなにが嘆かわしかったんだろう。
なんて、答えたらいいんだろう。
キースにまでプロポーズされると思ってなかったわたしは、真っ赤になってうろたえていた。
「わ、わたし、キースのこと嫌いじゃないけど、結婚とかそんなこと考えられない」
「……嫌いじゃないけど、好きでもないってこと?」
「友達としては好きだよ。それじゃ駄目なの?」
「僕はそんなことを望んでるわけじゃない。君の特別になりたいんだ」
「わ、わたし、わたし……」
いったい、なんて言ったらいいんだろう。軽く混乱していたら、キースに腕をとられた。そのまま彼に抱き寄せられる。
「キース……ッ」
キースがわたしの頤をそっと持ち上げる。
「……このまま君を閉じこめてしまいたいよ。誰にも見せずに、ずっと僕だけのものにしてしまいたい」
キースの瞳の中に狂おしいほどの熱情を見た気がして、わたしはびくりと体を震わす。
「イルーシャ、怖がらないで」
そんなの無理だよ。だって、いつものキースはこんなこと言わないじゃない。今日のキースはまるで別人みたいに見えて、体の震えが止まらない。
「……キース、お願いだから離して」
やっとの思いでそう訴えると、キースの腕が緩んだ。
「ご、ごめん。わたし、もう自分の部屋に戻りたい」
わたし、こういうことに耐性なさすぎ。自分の経験のなさを嘆いても今更しょうがないけど。
「……まいったな。そんなに怖がらせるつもりはなかったんだけど……。君の部屋に送ればいいんだね?」
「……うん、ごめんね」
キースの移動魔法で自分の部屋に戻ったわたしは真っ直ぐに寝室に駆け込んだ。
ぽすんと音を立てて、ベッドにうつぶせに沈むと、こみ上げてくる恥ずかしさに身悶えた。
──わたしは恋がどういうものか知らない。
それなのに二人がわたしにプロポーズしてくるなんて、どうしていいか分からないよ。
日本にいた頃は二十代後半くらいで結婚できたらいいなと漠然と思ってたけど、相手がいたわけでもないし、身近な男の人っていったら、お父さんかバイト先の人達くらいだった。
年齢イコール彼氏いない歴のわたしには、二人からの告白は正直重い。
それなのに、恋愛を通り越して突然結婚してくれなんて二人とも飛躍しすぎだよ。
衝動のままに、手足をばたつかせて暴れていたら、ちょっと落ち着いてきた。
「……二人とも本当にどうかしてるよ……」
わたしはベッドから身を起こすと、溜息をつく。
キースの言葉によると、わたしの性格含めて二人はわたしのことが好きらしい。
今まで好かれているのを容姿のせいにして逃げてきたけど、いい加減わたしも覚悟を決めて認めなきゃいけないのかもしれない。
「……あ、そうだ」
わたし、カディスに言いたいことがあったんだっけ。忘れないうちにカディスのところに行ってこなきゃ。
カディスと二人きりになるのは気まずいから、できれば執務室にイザトさんがいてくれるといいなあ。
「よく来たな、イルーシャ」
カディスの執務室を訪れると、最初に会った時の態度とは雲泥の差の対応をされた。
あの頃はカディス、すごく意地悪だったんだよね。それが、今はこの歓迎ぶりなんだもの。人って変わるものなんだな。
……カディスの場合、変わりすぎって感じだけど。
お茶を出されてカディスと向き合うと、わたしは部屋の中を見回した。
「……イザトさんはいないの?」
「……なんだ、イザトに用だったのか?」
カディスが、心なしがっかりしたような顔になる。
「ううん、そうじゃないけど」
「? おかしなやつだな」
わたしの心労も知らずにカディスが不思議そうな顔をする。
「今日は、カディスにいくつか話があって来たんだ。……時間いいかな?」
「ああ、大丈夫だ。いくらでも時間を空けるぞ」
「……いや、あまり空けられても困るんだけどね……。カディスも仕事あるでしょ?」
「まあ、それはそうだが……」
なんだか歯切れが悪い。……これは仕事がたまってるんだな。
「俺も、おまえに話さなければいけないことがあるんだが」
「なに?」
「例のおまえの披露の日取りが決まった。一月後だ」
「そっか、とうとう決まったんだね」
「おまえの礼儀作法も様になってきたし、そろそろ頃合いかと思ってな。周りからももったいぶるなと突かれているしな」
カディスによると、バルコニーで国民に顔見せしてから、馬車で市内をパレード、夜には舞踏会というスケジュールなんだそうだ。
「……なんか、忙しくない?」
「ああ、忙しいぞ。おまえは特に色々準備もあるはずだしな」
「うわあ……。お姫様やるのも楽じゃないねえ……」
殺人的スケジュールに早くも挫けそうなわたし。
「俺も側にいるから心配するな。辛いようなら言え。息抜きさせる時間くらいは作る」
「……ありがとう、カディス」
いつも不器用なカディスの心遣いが嬉しくて、わたしは微笑む。
「無理させておまえに倒れられては困るからな」
カディスが腕を上げてわたしの髪を撫でる。その顔は優しくて、カディスの好意が伝わってきた。
わたしはカディスの気持ちに応えられないことが心苦しくて、彼からそっと視線を逸らす。
「あ、そうだ。桜並木の件なんだけど」
「ああ、見たのか。どうだ、見事なものだったろう?」
「いや……、見事は見事なんだけどね……」
「なんだ、気に入らなかったのか?」
不満そうにカディスがわたしを見る。
「……桜はとっても綺麗で気に入ったよ。でも、あそこまでやられると思ってなかったから、びっくりしたんだけど」
「……やりすぎたか?」
「それはもう。あんな立派な樹じゃなくて、苗木で良かったんだよ。あれ、いったいいくらかかってるの? わたしの言ったことで国民の税金がたくさん使われてるかと思うと申し訳ないよ」
「そうだったのか、おまえが喜ぶかと思ってついやってしまったが……」
「ついっ!?」
そんな気軽にあんなことやらないでほしい。
「い、いや、悪かった。俺が考えなしだった。……それはそうと、イルーシャ、おまえ国民の税金のことまで考えてるのか」
「だって、わたし中身は庶民だもの。どうしたって気になるよ」
そう言うと、カディスは感心したような顔をした。
「おまえはすごいな。贅沢にも慣れず、国民のことを考えられる。……やはり、おまえを選んだのは正解だったな」
「え……、えっと……」
カディスが手放しで褒めるので、わたしは赤くなるしかない。
「だから、あの、気持ちはありがたかったけど、わたしの為にあまりお金使わないでほしいな」
「おまえは本当に欲がないな」
カディスが仕方なさそうに溜息をつく。
「それで、わたしの絵姿発行してるって聞いたんだけど、その売上を桜並木にかかった費用に充てられないかな?」
「……聞いたのか」
「うん、ブラッド達にね」
わたしのその答えが気に入らなかったらしく、カディスは眉を顰めた。
「……あまり他の男と仲良くするな」
「……なんで?」
「俺が嫉妬で狂いそうになるからだ」
「嫉妬って……、カディス大袈裟だよ。ブラッド達は友達だもん。そんなこと心配する必要ないってば」
「おい……、友達とはどういうことだ」
「今日友達になったの。ブラッドとヒューとマーティン」
わたしがそう言うと、カディスは目をむいて叫んだ。
「だ、駄目だ、駄目だ! 男だけは駄目だ!」
「ええーっ、カディス酷いよ。ただの友達だよ?」
「どちらが酷いんだ。おまえが友達と思っていても、向こうがそうだとは限らないだろう」
「そんなことありえないよ。カディス、考えすぎ。そんなに心の狭いこと言うんなら、嫌いになるからね?」
ちょっと首を傾げてにっこり笑うと、カディスは頭を抱えた。
「……俺は今、おまえが悪魔に見えたぞ」
……失礼な。それなら、とことん演技してやるからね。
「友達くらい自分で選びたいじゃない。王族だからみんな遠慮するし、そういうのって結構寂しいもの」
沈んだように下を向いて言うと、カディスはうっと詰まった。どうやら、カディスにも覚えがあるらしい。
「……ねえ、どうしても駄目?」
目を潤ませて上目遣いに見ると、カディスが明らかにうろたえた。
「わ、分かった、認める。認めるから、そんな目で見るな!」
──よっしゃあ!
わたしは心の中でガッツポーズを作った。
「カディス、ありがとう。とても嬉しい」
「……ああ」
そしてそこには、にこやかに笑うわたしと燃え尽きたようなカディスがいた。
わたしが勝利に酔っていると、執務室のドアがノックされた。カディスが入室を許可すると、入ってきたのはイザトさんだった。
「随分と賑やかですね。イルーシャ様、いらっしゃいませ」
「イザトさん、お邪魔してます。あと少し要件を話したら、カディスにきっちり仕事してもらいますから」
そう言ったら、イザトさんがくすっと笑った。無表情だとばかり思ってたけど、珍しいものを見たなあ。
「さっきの話の続きなんだけど、わたしの絵姿を桜の代金に充てる件、考えてくれないかな?」
「……分かった、そうしよう。エーメの樹の件についてはそれほどおまえが気に病むことはないぞ。おまえの絵姿が飛ぶように売れていて、需要が供給に追いついていないらしいからな」
「うん、騎士さん達もわたしの絵姿持ってる人いるみたいだったね」
そう言うと、なぜかカディスは顔をしかめた。
「……どうしたの?」
「いや、おまえの絵姿を他の男が持っているというのは嫌なものだな」
「変なの、ただの絵じゃない。それをいうなら、不特定多数に絵姿を持たれてるわたしの方が恥ずかしいよ」
わたしは笑って言ったけど、カディスはまだ納得してないようで不満そうだ。
「……ひょっとして、カディスもわたしの絵持ってるの?」
「ああ、俺も何枚か持ってるぞ」
「そんなに持っててどうするの。一枚でいいじゃない」
というか、一枚でも充分恥ずかしい。
「俺の部屋にいくつか飾ってある。それとしん……いや、なんでもない」
「……?」
カディスがなにか言いかけてやめたのを不思議に思いながらも、わたしは椅子から立ち上がった。そろそろカディスに仕事して貰わないとイザトさんが煩そうだ。
「じゃあ、わたしそろそろ帰るね。仕事頑張って」
イザトさんにも挨拶して、わたしは部屋を出る。
「……陛下、嘆かわしいです」
直前にそんなイザトさんの溜息混じりの言葉が聞こえてきたけれど、カディスのなにが嘆かわしかったんだろう。
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