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第一章:伝説の姫君と王と魔術師
第4話 動揺
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「勉強は仕方ないからやるけど、できれば元の世界に早く帰りたいんだよね……」
溜息をつきながら白身魚のソテーを切り分けていると、突然周囲が静かになった。
あ、でも、目覚めたわたしはこの国にとって貴重な観光資源なんだっけ。
だとしたら、わたしが元の世界に戻るのは彼らにとって不利益なんじゃないかな。
「……もしかして、帰れないってことはないよね?」
言っててだんだん不安になってきた。
ひょっとすると元に戻れずに、ずっとイルーシャのまま、とか……。
「……一応、過去にそういう例がないか調べてみるよ。心配だろうけど、できる限りのことはするから、そんな顔しないで」
キースが慰めるように言う。
わたし、そんなに情けない顔してる?
「しかし、妙な期待を持つより、帰れないと思っておいた方が賢明ではないか? そんなことを考えていたら、いつまでたってもこの環境に順応できないぞ」
「な……」
カディスの言葉は正論だろうけど、酷すぎる。
いきなりこんなことになったわたしの気持ちなんてカディスには分かんないよ。
「陛下……、それはあまりにも……」
ダリルさんがカディスを諫める。
「カディス、言い過ぎだよ。それに帰れないと決まったわけじゃない」
「だがな、キース、おまえも言っていたではないか。この女はこの国にとって貴重な観光資源なのだと。ならば、無理に帰すこともないだろう」
なにそれ、二度と目覚めるなって言ったのはカディスじゃない。それを……今になってそんなこと言うの?
「それは言ったけど、なにもこんな時に言うことはないだろう?」
カディスはすごく意地悪だ。いくらわたしを嫌ってるからって、こんなのって酷すぎるよ。
気が付いたら、わたしはぽろぽろと涙を零していた。
「ユーキ……」
みんなの前でみっともなく泣き出してしまったわたしは恥ずかしくて顔を覆う。
こんなことで泣くなんてどうかしてる。
「ご、ごめんなさい、わたし……っ」
「……なにを泣いている。別に泣くようなことではないだろう」
なぜか動揺したような声でカディスが言う。
「イルーシャ様」
控えていたリイナさんがわたしにハンカチを差し出してくれた。それをありがたく借りて目元に当てる。
「わ、わたし、もう部屋に戻るね。食事ごちそうさま」
いたたまれなくって、わたしは席を立つ。
「……部屋に送るよ。リイナ、ついててあげて」
「かしこまりました」
キースが移動魔法を唱えて、わたしは自分に割り当てられた部屋に戻った。
「……イルーシャ様、なにかお飲みになりますか?」
「ううん、いいです。ごめんなさい、今日はもう休みます」
「……そうでございますか。ではお召し替えを」
着ていたドレスを脱いで、リイナさんに寝間着に着替えさせてもらった。わたしはそのまま寝室に向かう。
「おやすみなさい。……今日はごめんなさい」
「……イルーシャ様が、お気になさることはないのですよ。それではおやすみなさいませ。明日の朝、また参ります」
優しくそう言ってくれて、リイナさんが退出する。
わたしはベッドに沈みこむと、枕に顔を押しつけ声を殺して泣いた。
──会いたい。
普段は空気のように思ってたのに、こんなことになった今になって、無性にお父さんとお母さんに会いたかった。
帰りたい、うちに帰りたいよ。
手抜きでもなんでもいいから、お母さんの料理が食べたい。
これが夢じゃないとしたら、向こうのわたしの体はどうなってるんだろう──
「由希いぃぃ──っ!!」
誰かが絶叫する声で、わたしははっと目が覚めて起き上がる。
まだ起きるには早い時刻らしく、まだ周囲は薄暗い。
なんだか嫌な目覚め方。
あの声、どこかで聞いたことある気がするんだけど誰だっけ……?
ドキドキしている胸を押さえながら考えて、あれがお母さんの声だということに気が付いた。
家族のこと考えながら眠ったから、あんな夢見たのかな。
今頃わたしの体、どうなってるんだろ。
イルーシャ姫みたいに眠ったままか、最悪、意識不明とか……? そうだとしたら早く帰らないと。
いくら放任の両親でも、心配かけてるだろうな。
溜息をついてから、もう一度寝ようと横になる。けれど眠気はもう訪れず、周囲が明るくなるまで、まんじりともしないでわたしはただ時間が過ぎるのをベッドの上で待った。
「失礼いたします。イルーシャ様、起きていらっしゃいますか?」
「あ、はい。起きてます」
リイナさんに声をかけられて、わたしは豪華な天蓋付きのベッドから這い出た。
「キース様からお花が届いておりますよ」
キースって本当にまめな人だな。
花瓶に生けられた青を基調とした花を見て、ちょっと気持ちが浮上する。
今日はシェリーさんにお風呂に入れてもらった。ちなみにシェリーさんは淡い栗色の髪と瞳の美人。
シェリーさんと呼んだら、シェリーとお呼びくださいと言われて戸惑った。
「ユーニスやわたくしも是非そうお呼びください。イルーシャ様、わたくし達には普段通りの口調で良いのですよ」
リイナさんにそう言われたので、わたしと歳が近いシェリーさんとユーニスさんは、さん付けをやめることにした。
さすがにリイナさんを呼び捨てにはできないと言ったら、苦笑されながら承諾してくれた。……ああ、良かった。
朝の支度と食事を終えて、アッサムミルクティーに似た感じのお茶を飲んで一息入れる。
ころんとした丸い形の茶葉はスパイスやミルクと一緒に煮込んでチャイみたいなお茶にすることもあるそうだ。
コーヒーはないんだろうかと思ってリイナさんに聞いてみたら、どうやらないらしい。残念。
「イルーシャ様、ブラッドレイ様とヒューイ様がいらしてますが、いかが致しますか」
ああ、昨日会った騎士団長の人達か。
「あ、お通ししてください」
しばらくして、花束を手にした二人の騎士団長が現れた。
「イルーシャ様、ご機嫌はいかがですか」
「あ、はい。今日は大丈夫です」
そう返しながら、それぞれの団の名を表す花束を受け取った。……それにしても、紅薔薇と白百合ってすごい団名だよね。
わたしが二人に座ってもらうように促すと、シェリーが頬を赤く染めながら新たにお茶を淹れて持ってきてくれた。
ブラッドレイさんがお礼を言うと、シェリーはさらに真っ赤になって慌てたように退出していった。いやはや美形の威力はすごいなとわたしは妙な感心をしてしまった。
「あの……、ブラッドレイさん、ヒューイさん、昨日はすみませんでした」
わたしが昨日の非礼を詫びると、二人は微笑んだ。
「いいのですよ。イルーシャ様が気になさることではありません」
「あと、我々に敬語は必要ございません。どうぞ、ヒューイ、ブラッドレイとお呼びください」
その美貌にあまり似合わない堅い口調でヒューイさんが言う。
「え……、でも、わたし中身は庶民ですし」
年上のいかにも貴族然とした二人を呼び捨てにするのは気が引けた。
「陛下に敬称をつけていらっしゃらないのに、我々に丁寧な言葉遣いはまずいでしょう。……聞きましたよ、なんでも陛下を馬鹿と言われたとか」
ブラッドレイさんが多少砕けた口調で冗談めかして片目を瞑る。
「あ、あれは……っ」
確かにあれは自分でも暴言だったと思う。
カーッと顔に血が上るのを感じて、わたしは頬を押さえた。
「あれは、カディスが失礼なこと言うから……っ」
「……失礼なことですか?」
「なんでも、わたしはカディスにとって迷惑な存在らしいですよ。とっとと塔に戻って眠りにつけ、そして二度と目覚めるなと言われました」
「それは……酷いですね」
ヒューイさんが額に手を置いて唸るように呟いた。
「陛下も物言いが少しきついところがありますからね」
「……少しですか?」
「いえ、かなりですね」
わたしの疑問にブラッドレイさんが苦笑いを浮かべて訂正する。
「イルーシャ様、先程も言いましたが、我々に丁寧な言葉はいりませんから。できればブラッド、ヒューと呼んでいただけると嬉しいですね」
「分かりま……、う、うん、分かった。じゃあ、わたしにももう少し砕けた口調で話してくれると嬉しいな」
「イルーシャ様がそう言うのでしたら。公式の場では無理ですけどね」
「うん」
堅苦しいのは苦手なので、わたしはほっとする。
「あ、そういえばカディスのことなんだけど、よりによってなぜ俺の代で目覚めるんだって言ってたけど、どういう意味なのかな?」
わたしがそう聞くと、二人は一瞬の間を置いて、お互いの顔を見合わせる。……いったいなんだ?
「……それは、世論があなたを陛下の妃にと推すからだと思いますよ」
……はあ? なにそれ?
想像を超えた話にわたしはぽかんとする。
「……この国では結婚歴のある人間を王妃にできるの? 普通無理だよね」
「……そうですね、普通は無理ですね」
ヒューがわたしの言葉に頷く。
「わたしの世界の他の国の話だけれど、離婚歴のある女性と結婚するために退位した国王がいるよ。王冠を賭けた恋と呼ばれてるけど」
「王冠を賭けた恋か、なんとも情熱的な話ですね」
ブラッドが意味ありげに流し目をくれる。
……なんだろ?
「ブラッド、イルーシャ様にまで色目を使うのはやめろ」
あ、そういうことなんだ。
「気にしてないから、大丈夫だよ」
「……いえ、少しは気にしてもらえると嬉しいのですが」
こころなし肩を落としたようにブラッドが呟いた。それを無視してヒューが続ける。
「……話を戻しますが、この国は他の国と違って特殊な事情があるんです。イルーシャ姫が目覚めたら、その代の王か王子が姫と結ばれると言われています」
「へえ、そうなんだ」
……あれ、今なにか変なこと言わなかった?
もう一度、ヒューの言葉を思い返す。
イルーシャ姫と、王か王子が結ばれるとかなんとか。
──イルーシャ姫はわたし。王はカディス。……ってことは、カディスとわたしが結婚するってこと?
「え、ええええ?」
「イルーシャ様、反応が遅すぎます」
ヒューのその突っ込みにも激しく動揺したわたしは言い返すことができなかった。
溜息をつきながら白身魚のソテーを切り分けていると、突然周囲が静かになった。
あ、でも、目覚めたわたしはこの国にとって貴重な観光資源なんだっけ。
だとしたら、わたしが元の世界に戻るのは彼らにとって不利益なんじゃないかな。
「……もしかして、帰れないってことはないよね?」
言っててだんだん不安になってきた。
ひょっとすると元に戻れずに、ずっとイルーシャのまま、とか……。
「……一応、過去にそういう例がないか調べてみるよ。心配だろうけど、できる限りのことはするから、そんな顔しないで」
キースが慰めるように言う。
わたし、そんなに情けない顔してる?
「しかし、妙な期待を持つより、帰れないと思っておいた方が賢明ではないか? そんなことを考えていたら、いつまでたってもこの環境に順応できないぞ」
「な……」
カディスの言葉は正論だろうけど、酷すぎる。
いきなりこんなことになったわたしの気持ちなんてカディスには分かんないよ。
「陛下……、それはあまりにも……」
ダリルさんがカディスを諫める。
「カディス、言い過ぎだよ。それに帰れないと決まったわけじゃない」
「だがな、キース、おまえも言っていたではないか。この女はこの国にとって貴重な観光資源なのだと。ならば、無理に帰すこともないだろう」
なにそれ、二度と目覚めるなって言ったのはカディスじゃない。それを……今になってそんなこと言うの?
「それは言ったけど、なにもこんな時に言うことはないだろう?」
カディスはすごく意地悪だ。いくらわたしを嫌ってるからって、こんなのって酷すぎるよ。
気が付いたら、わたしはぽろぽろと涙を零していた。
「ユーキ……」
みんなの前でみっともなく泣き出してしまったわたしは恥ずかしくて顔を覆う。
こんなことで泣くなんてどうかしてる。
「ご、ごめんなさい、わたし……っ」
「……なにを泣いている。別に泣くようなことではないだろう」
なぜか動揺したような声でカディスが言う。
「イルーシャ様」
控えていたリイナさんがわたしにハンカチを差し出してくれた。それをありがたく借りて目元に当てる。
「わ、わたし、もう部屋に戻るね。食事ごちそうさま」
いたたまれなくって、わたしは席を立つ。
「……部屋に送るよ。リイナ、ついててあげて」
「かしこまりました」
キースが移動魔法を唱えて、わたしは自分に割り当てられた部屋に戻った。
「……イルーシャ様、なにかお飲みになりますか?」
「ううん、いいです。ごめんなさい、今日はもう休みます」
「……そうでございますか。ではお召し替えを」
着ていたドレスを脱いで、リイナさんに寝間着に着替えさせてもらった。わたしはそのまま寝室に向かう。
「おやすみなさい。……今日はごめんなさい」
「……イルーシャ様が、お気になさることはないのですよ。それではおやすみなさいませ。明日の朝、また参ります」
優しくそう言ってくれて、リイナさんが退出する。
わたしはベッドに沈みこむと、枕に顔を押しつけ声を殺して泣いた。
──会いたい。
普段は空気のように思ってたのに、こんなことになった今になって、無性にお父さんとお母さんに会いたかった。
帰りたい、うちに帰りたいよ。
手抜きでもなんでもいいから、お母さんの料理が食べたい。
これが夢じゃないとしたら、向こうのわたしの体はどうなってるんだろう──
「由希いぃぃ──っ!!」
誰かが絶叫する声で、わたしははっと目が覚めて起き上がる。
まだ起きるには早い時刻らしく、まだ周囲は薄暗い。
なんだか嫌な目覚め方。
あの声、どこかで聞いたことある気がするんだけど誰だっけ……?
ドキドキしている胸を押さえながら考えて、あれがお母さんの声だということに気が付いた。
家族のこと考えながら眠ったから、あんな夢見たのかな。
今頃わたしの体、どうなってるんだろ。
イルーシャ姫みたいに眠ったままか、最悪、意識不明とか……? そうだとしたら早く帰らないと。
いくら放任の両親でも、心配かけてるだろうな。
溜息をついてから、もう一度寝ようと横になる。けれど眠気はもう訪れず、周囲が明るくなるまで、まんじりともしないでわたしはただ時間が過ぎるのをベッドの上で待った。
「失礼いたします。イルーシャ様、起きていらっしゃいますか?」
「あ、はい。起きてます」
リイナさんに声をかけられて、わたしは豪華な天蓋付きのベッドから這い出た。
「キース様からお花が届いておりますよ」
キースって本当にまめな人だな。
花瓶に生けられた青を基調とした花を見て、ちょっと気持ちが浮上する。
今日はシェリーさんにお風呂に入れてもらった。ちなみにシェリーさんは淡い栗色の髪と瞳の美人。
シェリーさんと呼んだら、シェリーとお呼びくださいと言われて戸惑った。
「ユーニスやわたくしも是非そうお呼びください。イルーシャ様、わたくし達には普段通りの口調で良いのですよ」
リイナさんにそう言われたので、わたしと歳が近いシェリーさんとユーニスさんは、さん付けをやめることにした。
さすがにリイナさんを呼び捨てにはできないと言ったら、苦笑されながら承諾してくれた。……ああ、良かった。
朝の支度と食事を終えて、アッサムミルクティーに似た感じのお茶を飲んで一息入れる。
ころんとした丸い形の茶葉はスパイスやミルクと一緒に煮込んでチャイみたいなお茶にすることもあるそうだ。
コーヒーはないんだろうかと思ってリイナさんに聞いてみたら、どうやらないらしい。残念。
「イルーシャ様、ブラッドレイ様とヒューイ様がいらしてますが、いかが致しますか」
ああ、昨日会った騎士団長の人達か。
「あ、お通ししてください」
しばらくして、花束を手にした二人の騎士団長が現れた。
「イルーシャ様、ご機嫌はいかがですか」
「あ、はい。今日は大丈夫です」
そう返しながら、それぞれの団の名を表す花束を受け取った。……それにしても、紅薔薇と白百合ってすごい団名だよね。
わたしが二人に座ってもらうように促すと、シェリーが頬を赤く染めながら新たにお茶を淹れて持ってきてくれた。
ブラッドレイさんがお礼を言うと、シェリーはさらに真っ赤になって慌てたように退出していった。いやはや美形の威力はすごいなとわたしは妙な感心をしてしまった。
「あの……、ブラッドレイさん、ヒューイさん、昨日はすみませんでした」
わたしが昨日の非礼を詫びると、二人は微笑んだ。
「いいのですよ。イルーシャ様が気になさることではありません」
「あと、我々に敬語は必要ございません。どうぞ、ヒューイ、ブラッドレイとお呼びください」
その美貌にあまり似合わない堅い口調でヒューイさんが言う。
「え……、でも、わたし中身は庶民ですし」
年上のいかにも貴族然とした二人を呼び捨てにするのは気が引けた。
「陛下に敬称をつけていらっしゃらないのに、我々に丁寧な言葉遣いはまずいでしょう。……聞きましたよ、なんでも陛下を馬鹿と言われたとか」
ブラッドレイさんが多少砕けた口調で冗談めかして片目を瞑る。
「あ、あれは……っ」
確かにあれは自分でも暴言だったと思う。
カーッと顔に血が上るのを感じて、わたしは頬を押さえた。
「あれは、カディスが失礼なこと言うから……っ」
「……失礼なことですか?」
「なんでも、わたしはカディスにとって迷惑な存在らしいですよ。とっとと塔に戻って眠りにつけ、そして二度と目覚めるなと言われました」
「それは……酷いですね」
ヒューイさんが額に手を置いて唸るように呟いた。
「陛下も物言いが少しきついところがありますからね」
「……少しですか?」
「いえ、かなりですね」
わたしの疑問にブラッドレイさんが苦笑いを浮かべて訂正する。
「イルーシャ様、先程も言いましたが、我々に丁寧な言葉はいりませんから。できればブラッド、ヒューと呼んでいただけると嬉しいですね」
「分かりま……、う、うん、分かった。じゃあ、わたしにももう少し砕けた口調で話してくれると嬉しいな」
「イルーシャ様がそう言うのでしたら。公式の場では無理ですけどね」
「うん」
堅苦しいのは苦手なので、わたしはほっとする。
「あ、そういえばカディスのことなんだけど、よりによってなぜ俺の代で目覚めるんだって言ってたけど、どういう意味なのかな?」
わたしがそう聞くと、二人は一瞬の間を置いて、お互いの顔を見合わせる。……いったいなんだ?
「……それは、世論があなたを陛下の妃にと推すからだと思いますよ」
……はあ? なにそれ?
想像を超えた話にわたしはぽかんとする。
「……この国では結婚歴のある人間を王妃にできるの? 普通無理だよね」
「……そうですね、普通は無理ですね」
ヒューがわたしの言葉に頷く。
「わたしの世界の他の国の話だけれど、離婚歴のある女性と結婚するために退位した国王がいるよ。王冠を賭けた恋と呼ばれてるけど」
「王冠を賭けた恋か、なんとも情熱的な話ですね」
ブラッドが意味ありげに流し目をくれる。
……なんだろ?
「ブラッド、イルーシャ様にまで色目を使うのはやめろ」
あ、そういうことなんだ。
「気にしてないから、大丈夫だよ」
「……いえ、少しは気にしてもらえると嬉しいのですが」
こころなし肩を落としたようにブラッドが呟いた。それを無視してヒューが続ける。
「……話を戻しますが、この国は他の国と違って特殊な事情があるんです。イルーシャ姫が目覚めたら、その代の王か王子が姫と結ばれると言われています」
「へえ、そうなんだ」
……あれ、今なにか変なこと言わなかった?
もう一度、ヒューの言葉を思い返す。
イルーシャ姫と、王か王子が結ばれるとかなんとか。
──イルーシャ姫はわたし。王はカディス。……ってことは、カディスとわたしが結婚するってこと?
「え、ええええ?」
「イルーシャ様、反応が遅すぎます」
ヒューのその突っ込みにも激しく動揺したわたしは言い返すことができなかった。
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