魔法の国のティカ

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
54 / 54
第四章:魔術師の師匠と弟子

第53話 舞い落ちる花びら

しおりを挟む
「それは本当にめでたいですね。……ですが、カイルあなたは仮にも師匠なのですから、ティカさんに溺れすぎは注意ですよ」

 笑顔のアルフレッドの言葉に、千花はますます真っ赤になった。カイルはと言えば、真面目にその言葉を受け止めて頷いている。

「分かっている。自重はしているし、これからもそのつもりでいる」

 それを聞いて、カイル自重してたんだ……、と千花は内心で驚く。
 男性の心理はよく分からないながらも、キス以上のことをしてこないこともカイルの自重の現れなのだろう。

「──それなら、ティカさんも安心ですね」
「え? え、ええ、そうですね」

 赤くなる頬を両手で隠しながらも千花は頷いた。
 それをカイルが複雑そうな笑顔で見ている。

 ──悪いこと言っちゃったかな。でも、カイルとそうなるのは早すぎる気がするし。


「ティカ、他の店にも行ってみよう。さ、行くぞ」
「あ、うん。アルフレッドさん、また来ます」
「はい。お待ちしていますよ」

 ごく自然にカイルに手を繋がれて、ティカはアルフレッドの店を出た。


「ティカ、甘いものでも食べないか?」
 カイルがクレープに似たデザートの露店を親指で示しながら言う。
 露店からは甘い良い匂いがしてきて、千花は一も二もなく頷いた。



「ほら、ティカ」
「ありがとう」

 カイルから苺と生クリームのクレープもどきを受け取った千花は、彼と一緒に露店の近くのテーブルセットに腰を落ち着けた。

「あ、ほんとにクレープだ。おいしい~」

 千花は一口食べて感激して言った。

「似たものがおまえの世界にもあるのか?」

 千花が嬉しそうに食べているのを見て、カイルも嬉しげに問う。

「うん。結構こことわたしの世界とで共通した料理もあるしね。これも異世界召喚魔法のおかげかなあ」

 するとカイルがその瞳を見開いた。

「そうだな……。考えたこともなかったが、そう言われてみると、異世界召喚魔法が編み出されたことが大きいのだろうな」
「そうなんだ。稀代の魔術師の功績は大きいんだね」

 千花は魔力は無尽蔵と言われるが、彼のようにそれだけの素晴らしい功績を上げられるか、彼女には疑問だった。

「わたしも頑張るよ」

 元の世界に帰るつもりだったのに、いつのまにか千花は魔術に心を惹かれている自分に気が付いた。
 カイルもそれに気が付いたのか嬉しそうに千花の黒髪を撫でた。

「そうか、頑張れ」
「うん」

 カイルに愛しそうに髪を梳かれていると千花はなんとなく照れくさくてしょうがなかった。

 ──うん、帰っても頑張ろう。

 家に帰ったらそうそうこの世界に来られないだろうが、出来れば休日の度に来て魔術を勉強しようと千花は思った。



「きゃー、ティカちゃんいらっしゃい!」

 ちょっと早いかなと思ったが、千花達は花屋で小さな可愛い花束を購入してからラヴィニア達の天幕を訪ねた。すると、ラヴィニアは嬉しそうに千花に抱きついて迎えてくれた。

「今日がここでの最終公演なのよ。会えて良かった」
「え……っ、そうだったんですか?」

 思いもかけないことを聞いて、千花はびっくりした。
 しかしラヴィニアとシルヴァンは旅の踊り子と吟遊詩人だ。いずれこうなることは予想はできた。

「なんだか寂しいです。……次はどちらに行かれるんですか?」
「うん、北上してハーメイに行こうかな、と。あそこでしか出来ない演目もあるし。それが向こうでは大人気なのよ」
「ハーメイでしか、出来ない演目って……ああ、そっか」

 千花はラヴィニアの言うそれが、最初の演目のトゥルティエール王の略奪愛のハーメイ王視点の物語だと思い至った。
 気にせずればいいと思うが、ハーメイ以外の国でやるには大国トゥルティエールの目が気になるのだろう。

「まあ、トゥルティエールでは黒歴史でもあるから。変に目を付けられないように一応配慮しないとね」
「そうなんですか。観たかったです。……あ、でも移動魔法使えるようになったから、そのうち観に行きますね」

 一瞬千花はがっかりしかけたが、便利な魔法を覚えたことを思い出して笑顔になった。
 すると、それまで一歩引いていたカイルが口を開いた。

「その時は俺を連れて行け。俺はおまえの護衛でもあるからな」
「あ、うん。ありがとう」

 千花がカイルににっこりすると、カイルも微笑み返してきた。
 すると、なにかに気が付いたらしいラヴィニアが嬉しそうに千花に話しかけてきた。

「あら? ティカちゃん達、なんだかいい雰囲気ねえ。今までたむろしていた方達もいないし、あなたたち、もしかして……?」
「ああ、そうだ。俺とティカは恋人同士になった」
「カイル……」

 またしても知り合いに知らされて、千花はかーっと赤くなる。

 千花が熱くなった頬を手で隠すと、ラヴィニアは瞳を見開いた。それから、彼女は極上の笑顔になった。

「まあ、そうだったの! 祝福するわ、おめでとう!」

 ラヴィニアは千花の両手を握って上下にぶんぶんと振った。

「あ、ありがとうございます……」

 千花が今度こそ真っ赤になっていると、それまで見守っていたシルヴァンが笑顔で言った。

「そうか、おめでとう。俺達がいる間に祝えて嬉しいよ」
「ああ、ありがとう」

 カイルも珍しく礼を言った。余程嬉しかったのだろう。
 千花も二人に祝福されて、とても幸せな気分になった。

 自分の恋を人に祝われるのはこんなに嬉しいものなのかと千花は思った。そしてカイルの腕に縋ると、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、次には嬉しそうに、千花の髪を愛しそうに撫でた。


「ティカちゃん、今日の舞台も観ていくわよね?」
「はい、もちろん」

 ラヴィニアの問いに千花は笑顔で頷いた。



 ラヴィニア達の今回の演目はガルディアの伝説の眠り姫、イルーシャの物語だ。
 今回は男性達に求婚されて困惑する前回と違って、イルーシャ姫が真実愛する人と結ばれるまでが演じきられていた。その相手は、千花もよく名を聞く人だったので驚いたが、エンディングはとても感動的で祝福出来るものだった。

 千花はここぞとばかりに花屋で買ってきた花びらをラヴィニア達の上から魔法で降り注ぐ。
 花びらが舞い落ちる中、イルーシャ姫の演技をしていたラヴィニアが本当に幸せそうに笑った。

 千花はその笑顔を見ていたら、カイルともこんな風に幸せになりたいと思って、彼の顔をちらりと見た。
 すると、カイルが彼女の手を優しく握ってきて、千花は目の前の演目に目を戻しながら嬉しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

少女ハイジ
2016.09.11 少女ハイジ

王子と面接するところまで、読みましたが、読めば読むほどカイルのことが嫌になりますね。でも、物語の展開だと、いつのまにか懐柔されて最後には、カイルのことが好きになることが多いので、その最悪の展開だけは、避けてほしいと思って今は、読んでいます。

舘野寧依
2016.09.12 舘野寧依

えーと、最初に言ってしまいます。
ぶっちゃけごめんなさい。

解除
少女ハイジ
2016.09.11 少女ハイジ

読み始めたばかりです。カイルとても嫌な人間ですね。自分のために他人は、道具位に思って、主人公を召喚したのですね。腕を磨いたら自分で帰還できる感じですから、お返しに、帰還する前にカイルをどこか違う世界に飛ばしてから、帰還してほしいですね。

舘野寧依
2016.09.12 舘野寧依

お読み下さりありがとうございます!
カイルのやったことは非人道的で、千花にはえらい迷惑なことだと思います。
言ってることも非道ですが、本人的にはきちんと保護するつもりでいました。でもまあ、大好きな家族や友人がいる千花にはたまったもんじゃないですね。

解除
キリン
2016.08.09 キリン

なろうでも読んでました! イジメられてる(と思ってる)主人公が(たぶん)お偉いさん方の前で告発。 それを本人が苦い顔してみてるってな処で削除されてたので残念に思ってましたが、また読めて嬉しいです(o^―^o)ニコ

舘野寧依
2016.08.09 舘野寧依

ありがとうございます! この作品のことを覚えていてくださってとてもありがたいです。
本編はそれほど話数を重ねずに完結になるかと思います。
番外編も書くつもりですが、そこまでお付き合いしていただいたら嬉しいです。

解除

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

訳ありな家庭教師と公爵の執着

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷 さらりと読んで下さい。 ※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)から、HOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。