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第三章:魔術師見習いの少女と周囲の人々
第45話 移動魔法
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そしてカイルはやってきた。
「……随分早くない?」
「おまえに渡す物があったからな。早めに来た。……ほら、これは映像を金属の板に撮る魔法道具だ」
「あ、ありがとう」
昨日カイルが去る時のゴタゴタですっかり忘れていたが、この魔法道具を譲り受ける約束をしていたのだった。
千花は慌てて箱に入った魔法道具を受け取った。
「金属の板は五十枚ほど持ってきた。当面はこれで足りるだろう」
魔法道具の上に薄い金属の板が入った箱が乗せられた。それは存外軽かった。
「うん、ありがとう。これは一回きりの使い捨て?」
「いや、上書きで保存できる。何度でも再利用可能だ。金属板が欲しければ魔法道具屋で買えるし、俺に言えば屋敷に余っているのがまだある。追加が必要だったら俺に言え」
「うん。この金属板っていくらくらい?」
高い物だったらどうしようと、千花は思いつつもカイルに聞いてみる。
「板十枚で銅貨一枚くらいだな」
銅貨一枚でだいたい二百円くらいなので、金属板一枚は二十円ということになる。
千花はそうと知ってほっとした。
「そうなんだ。それならお小遣いでまかなえるね。それはそうと、これの説明書とかあるの?」
肝心のものが使えないとなると問題なので、千花はしっかりと確認する。
「箱の中に入っている。操作は簡単だからすぐ覚えられるだろう」
「そっか、それならいいけど」
魔法の授業が終わったら、早速説明書を読んで試してみようと千花は思った。
「それから魔法書だが……」
「えっ、ちょっと待って」
なにもない空間から分厚い本を何冊か出してきたカイルに千花は慌てた。
それを見ていたエイミとディアナが気を利かせて千花から魔法道具を受け取る。
そんな千花の手に三冊の魔法書がずしりとした重さを持って乗せられた。
「……重っ」
ついつい口に出してしまった千花に、カイルはなんでもないことのように眉を上げた。
「これはまだ薄い方だぞ。おまえはもう少し体力を付けた方がいいな」
「え、これでも薄いの」
魔法修得への道のりの遠さに、千花は目眩がしそうになる。
「ああ。だが最近は分冊化が進んでいるから、それほど気にする必要もないかもしれないが」
……それを早く言ってよ、と千花は安堵する。
「これで、細かい魔法とか理論とか学べるだろう。……しかし、おまえはまだ半人前だ。くれぐれも一人で実行しようと思うなよ」
「うん、分かった。その時はカイルに見てもらうよ」
半人前というのは自分でも分かっているので、千花は素直に頷いた。
「ああ、そうしてくれ」
カイルも真面目な顔で頷いてくる。
そうしているうちに、千花は昨日のことが気にかかり始めていた。
「あの、ありがとう。……昨日は態度悪かったのに、ごめんね」
カイルに引っかかりはまだあるが、これだけのことをしてもらって、千花は昨日の態度は随分だったと反省し直した。
すると、カイルは千花のその言葉が意外だったらしく、瞳を見開いた後、かあっと頬を染めた。
「い、いや、おまえの立場からすれば当然のことだ。あれは俺が悪かった」
「う、うん。でもわたしも聞き流せたのにキレちゃったから、一応……」
相手に照れられると、こちらも気恥ずかしいものなんだと千花は知った。
二人して下を向きながらごにょごにょと言い訳らしきものを言い合う。
「まあ、ティカ様。カイル様と随分仲良くおなりですのね!」
二人の侍女が瞳をきらきらさせながら感激したように言ってきた。
「それだけはないから!」
「即答か!」
漫才のようなやりとりをしつつも、確かに今のはそう見えないこともないことに千花はショックを受けていた。
ああ、いけない。
こうやってなしくずしになっていくのは、向こうにいる家族にも悪いと千花は思った。
侍女達は、そうなんですか、残念ですわとがっかりしながらしきりに呟いていた。
「それはそうと、わたし移動魔法をカイルに教わろうと思っていたんだ」
「おまえにはまだ早い。……と言いたいところだが、初等魔法ばかりでは飽きるだろうな。いいだろう、教えてやる」
「本当!? 良かったあ」
千花もこの時ばかりは、えらそうなカイルの言葉も気にならなかった。
これで、大きな魔法をやっと教えてもらえるのだ。
満面の笑顔になった千花に、カイルが頬を染めて目を逸らす。
「やはり、ティカ様とカイル様は仲良くおなりですわ~っ」
侍女達に期待のこもった瞳で見つめられ、千花とカイルは思わず仰け反ってしまった。
それにしても、随分な誤解だった、と魔法師団の訓練所までカイルの魔法で移動してきた千花はつくづくそう思った。
カイルのこの容姿に、ときめかない娘はいないと侍女達はどうやら思っているようなのだ。もちろん、それは千花も例外ではない。
いや、それどころか、カイルが千花を無理矢理異世界から攫ってきたところが劇的と周りの女性に思われている節もある。
それはそれで不愉快ではあったが、カイルのこの容姿ではそう思われても無理はないと最近思うようになった千花だった。
「ティカ様、お待ちしておりました」
「今日はどんな魔術を学ばれるのですか」
二人の騎士団長が千花を出迎える。
それにしてもこんなに頻繁に持ち場を離れてて平気なのだろうか。
千花に求婚しているダグラスはまだともかく、付き合いでいるらしいルパートはいい迷惑なのではないだろうか。
見れば、アラステアも見学に来ている。彼は千花の姿を認めると軽く手を挙げた。……どうやら挨拶らしい。
「今日は移動魔法を学ぶんだよ」
嬉しさを堪えきれないため、自然と笑顔になる。
「そうか、随分と早いな」
アラステアが驚いた顔でそう言うのも無理はない。
頑張っているとは言え、今まで千花は初等魔法ばかり覚えてきていたのだ。
もちろん、基礎のこれらは大事だと千花も分かってはいる。
だが、カイルの弟子になりたかったと言っていたアラステアが自在に移動魔法を操るのだ。
カイルの弟子として、少しは気が焦るのも当然だろう。
「それはすごいですね」
ルパートが心底感心したように言う。
「確かにそれは素晴らしいですが、ティカ様充分気をつけてください」
「うん、分かってる。ありがとう」
ダグラスに心配そうに見つめられて、千花は大丈夫だ、というように頷いた。
移動魔法は確かに難易度の高い魔法だ。
だが、千花の目指す異世界召喚魔法はもっと位の高い位置にある。
だからこれは、元の世界へ帰るためのとっかかりでもあるのだ。
「……随分早くない?」
「おまえに渡す物があったからな。早めに来た。……ほら、これは映像を金属の板に撮る魔法道具だ」
「あ、ありがとう」
昨日カイルが去る時のゴタゴタですっかり忘れていたが、この魔法道具を譲り受ける約束をしていたのだった。
千花は慌てて箱に入った魔法道具を受け取った。
「金属の板は五十枚ほど持ってきた。当面はこれで足りるだろう」
魔法道具の上に薄い金属の板が入った箱が乗せられた。それは存外軽かった。
「うん、ありがとう。これは一回きりの使い捨て?」
「いや、上書きで保存できる。何度でも再利用可能だ。金属板が欲しければ魔法道具屋で買えるし、俺に言えば屋敷に余っているのがまだある。追加が必要だったら俺に言え」
「うん。この金属板っていくらくらい?」
高い物だったらどうしようと、千花は思いつつもカイルに聞いてみる。
「板十枚で銅貨一枚くらいだな」
銅貨一枚でだいたい二百円くらいなので、金属板一枚は二十円ということになる。
千花はそうと知ってほっとした。
「そうなんだ。それならお小遣いでまかなえるね。それはそうと、これの説明書とかあるの?」
肝心のものが使えないとなると問題なので、千花はしっかりと確認する。
「箱の中に入っている。操作は簡単だからすぐ覚えられるだろう」
「そっか、それならいいけど」
魔法の授業が終わったら、早速説明書を読んで試してみようと千花は思った。
「それから魔法書だが……」
「えっ、ちょっと待って」
なにもない空間から分厚い本を何冊か出してきたカイルに千花は慌てた。
それを見ていたエイミとディアナが気を利かせて千花から魔法道具を受け取る。
そんな千花の手に三冊の魔法書がずしりとした重さを持って乗せられた。
「……重っ」
ついつい口に出してしまった千花に、カイルはなんでもないことのように眉を上げた。
「これはまだ薄い方だぞ。おまえはもう少し体力を付けた方がいいな」
「え、これでも薄いの」
魔法修得への道のりの遠さに、千花は目眩がしそうになる。
「ああ。だが最近は分冊化が進んでいるから、それほど気にする必要もないかもしれないが」
……それを早く言ってよ、と千花は安堵する。
「これで、細かい魔法とか理論とか学べるだろう。……しかし、おまえはまだ半人前だ。くれぐれも一人で実行しようと思うなよ」
「うん、分かった。その時はカイルに見てもらうよ」
半人前というのは自分でも分かっているので、千花は素直に頷いた。
「ああ、そうしてくれ」
カイルも真面目な顔で頷いてくる。
そうしているうちに、千花は昨日のことが気にかかり始めていた。
「あの、ありがとう。……昨日は態度悪かったのに、ごめんね」
カイルに引っかかりはまだあるが、これだけのことをしてもらって、千花は昨日の態度は随分だったと反省し直した。
すると、カイルは千花のその言葉が意外だったらしく、瞳を見開いた後、かあっと頬を染めた。
「い、いや、おまえの立場からすれば当然のことだ。あれは俺が悪かった」
「う、うん。でもわたしも聞き流せたのにキレちゃったから、一応……」
相手に照れられると、こちらも気恥ずかしいものなんだと千花は知った。
二人して下を向きながらごにょごにょと言い訳らしきものを言い合う。
「まあ、ティカ様。カイル様と随分仲良くおなりですのね!」
二人の侍女が瞳をきらきらさせながら感激したように言ってきた。
「それだけはないから!」
「即答か!」
漫才のようなやりとりをしつつも、確かに今のはそう見えないこともないことに千花はショックを受けていた。
ああ、いけない。
こうやってなしくずしになっていくのは、向こうにいる家族にも悪いと千花は思った。
侍女達は、そうなんですか、残念ですわとがっかりしながらしきりに呟いていた。
「それはそうと、わたし移動魔法をカイルに教わろうと思っていたんだ」
「おまえにはまだ早い。……と言いたいところだが、初等魔法ばかりでは飽きるだろうな。いいだろう、教えてやる」
「本当!? 良かったあ」
千花もこの時ばかりは、えらそうなカイルの言葉も気にならなかった。
これで、大きな魔法をやっと教えてもらえるのだ。
満面の笑顔になった千花に、カイルが頬を染めて目を逸らす。
「やはり、ティカ様とカイル様は仲良くおなりですわ~っ」
侍女達に期待のこもった瞳で見つめられ、千花とカイルは思わず仰け反ってしまった。
それにしても、随分な誤解だった、と魔法師団の訓練所までカイルの魔法で移動してきた千花はつくづくそう思った。
カイルのこの容姿に、ときめかない娘はいないと侍女達はどうやら思っているようなのだ。もちろん、それは千花も例外ではない。
いや、それどころか、カイルが千花を無理矢理異世界から攫ってきたところが劇的と周りの女性に思われている節もある。
それはそれで不愉快ではあったが、カイルのこの容姿ではそう思われても無理はないと最近思うようになった千花だった。
「ティカ様、お待ちしておりました」
「今日はどんな魔術を学ばれるのですか」
二人の騎士団長が千花を出迎える。
それにしてもこんなに頻繁に持ち場を離れてて平気なのだろうか。
千花に求婚しているダグラスはまだともかく、付き合いでいるらしいルパートはいい迷惑なのではないだろうか。
見れば、アラステアも見学に来ている。彼は千花の姿を認めると軽く手を挙げた。……どうやら挨拶らしい。
「今日は移動魔法を学ぶんだよ」
嬉しさを堪えきれないため、自然と笑顔になる。
「そうか、随分と早いな」
アラステアが驚いた顔でそう言うのも無理はない。
頑張っているとは言え、今まで千花は初等魔法ばかり覚えてきていたのだ。
もちろん、基礎のこれらは大事だと千花も分かってはいる。
だが、カイルの弟子になりたかったと言っていたアラステアが自在に移動魔法を操るのだ。
カイルの弟子として、少しは気が焦るのも当然だろう。
「それはすごいですね」
ルパートが心底感心したように言う。
「確かにそれは素晴らしいですが、ティカ様充分気をつけてください」
「うん、分かってる。ありがとう」
ダグラスに心配そうに見つめられて、千花は大丈夫だ、というように頷いた。
移動魔法は確かに難易度の高い魔法だ。
だが、千花の目指す異世界召喚魔法はもっと位の高い位置にある。
だからこれは、元の世界へ帰るためのとっかかりでもあるのだ。
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