魔法の国のティカ

舘野寧依

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第三章:魔術師見習いの少女と周囲の人々

第40話 装いも新たに

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「じゃあ、まずこの衣装に着替えてね」

 そう言ってラヴィニアが出してきたのは、淡い桜色の衣装と白いリボンの編み上げ靴だった。
 相変わらず衣装には深いスリットが入っていたが、スカート部に薄い布地が何枚も重なっているため普通にしていればそれとは気づかれない。
 千花はそれにほっとしていたが、ラヴィニアが彼女の顔を両手でぐいっと掴むと、うーん、となにかを思案していた。

 やはりこういうのは自分には似合わないのかと千花が思っていると、ラヴィニアは特になにも言わず、千花を大きな鏡がある椅子に座らせた。

「やっぱり、この色かなー」

 などといいながらラヴィニアは千花の瞼にピンクの色をのせていく。そして、その上に白を足していくと、目元が柔らかい印象になった。
 唇も千花の唇の色より少し濃いピンクで、頬紅もピンクだ。

 そんな女の子女の子した色で大丈夫だろうか、と千花は一瞬不安に思ったが、いざつけてみれば、結構似合っているような気がする。

「あら、ティカちゃん、とっても可愛いわよー」

 まさに女の子! という感じのメイクをされた千花はラヴィニアの言葉に思わずはにかむ。
 だが、普段は少し大人しいメイクをしているので新鮮ではあった。

「髪はどうしようかしらねえ……。そのままでも綺麗だけれど、ちょっと巻いてみましょうか」

 そう言うと、ラヴィニアは千花のサイドの髪を少し残してトップの髪を軽く結い上げ、コテを当て始めた。すると、千花のまっすぐな髪がくるんと踊る。

 既にもう千花はラヴィニアのされるがままになっていた。
 彼女のこの遊びに対して諦めもあるが、自分がどんな風に変わるのか興味もあった。
 ラヴィニアは千花のサイドの髪の下部分だけをコテに当て、後は全体的に緩く巻いていった。

「うわあ……」

 千花は鏡の中の自分に思わず溜息をつく。

「ふふ、結構印象が変わったでしょう?」
「はい」

 嬉しそうに尋ねてくるラヴィニアに千花は素直に頷いた。
 緩く波打つ髪は、優しげな感じに施したメイクと相まって儚げな印象を与える。

「髪に飾るのは薄い桃色のカップ咲きのバラにしましょうね」

 楽しそうにラヴィニアが千花の結い上げた髪の部分に花を差していく。
 すると、ラヴィニアが言ったとおり、華やかながらもまるで妖精のような神秘的な雰囲気を醸し出した。

「まあぁ、ティカちゃんたらわたしの予想ぴったり。こんなにわたしの理想通りに仕上がる娘珍しいわあ」

 ラヴィニアが感極まったように両頬をその手で挟みながら言う。

「そ、そうですか。それは、よかったです……」

 ラヴィニアのお遊びに、他になんと言ってよいか分からずに千花はそれだけ返す。
 それに鏡の中の自分に驚いてもいた。
 千花の本来の気の強さはなりを潜め、本当に妖精の姫君のようだ。

「装飾品は、んー、これがいいかしらね」

 ラヴィニアが出してきたのは細いシンプルな淡水パールのネックレスとブレスレット。それを首と左手首につけてもらった。

「さて、これで支度終わり! さあ、ティカちゃん、ちょっと立ってみて」
「は、はい」

 千花は立ち上がると、大きな鏡の前で等身大の自分を観察する。

 ──本当に化けるものだよねー……。

 妖精なんて自分とは正反対のイメージだと思っていたが、それを可能にしてしまうラヴィニアの技術は本当に確かで素晴らしいものだ。

「とても可愛く仕上げてもらってありがとうございます」

 儚げではあるが、これならこちらでも年相応に見られるだろう。

 千花は素直にラヴィニアに礼を言った。

「あらいいのよ、お礼なんて。わたしもティカちゃんで楽しませてもらってるんだし、それに着付けの研究にもなるもの」

 ラヴィニアが千花で楽しんでいたのは充分承知していたが、これが舞台の研究の内だと知って千花は驚いた。

「熱心なんですね」
「まあ、これで生活しているしね。でも一番はやっぱり好きだからかな」
「だからラヴィニアさん、こんな凄い技術があるんですね。『好きこそものの上手なれ』ですね」

 千花がそう言うと、ラヴィニアは少し瞳を見開いてから微笑んだ。

「ええ、本当にそうね。──それは、ティカちゃんの国の言葉?」
「はいそうです。わたしもラヴィニアさんに負けないように魔法を好きになって、もっと習得頑張ろうと思います」

 千花が両手をぐっと握ってそう宣言すると、ラヴィニアは破顔した。

「そうね、頑張ってね」

 背中をとんとんと励ますように叩かれて、千花もにっこりと笑った。

「はい」

 決意も新たに千花は頷くと、ラヴィニアに促されて天幕の外に出た。



「──ほう、化粧と衣装で随分と印象が変わるものだな」

 この毒舌はカイルかと思いきや、声が違う。
 見ると、さっき別れたはずのアラステアだった。

「……あなたは帰られたのでは?」

 うっかり殿下と言いそうになり、千花は少し口ごもった後、むっとして言った。

「ああ、そんな顔をするな。せっかくの可憐な支度が台無しだぞ」

 誰のせいだと千花は思ったが、せっかくラヴィニアに可愛らしく仕上げてもらったのに、当人が不機嫌にしていたのでは確かに台無しだ。

「……分かりました」

 千花が溜息をつくと、新たに登場した人物にラヴィニアが顔を輝かせた。

「まあ、やんごとなき方がまたお一人? ティカちゃんったら本当にもてるのねえ」
「いえ、それは誤解です!」

 アラステアが高貴な身分であるのは確かだが、とんでもない誤解をされてはあちらとしてもたまったものではなかろう。
 しかし、一目見ただけでラヴィニアはアラステアのことをトゥルティエール王族とまで判断したようだ。その点の観察眼はさすがとしか言いようがない。


「ティカ、とても綺麗で……可憐だ。このまま攫ってしまいたいくらいだ」

 普段冷静なエドアルドに熱っぽい視線で見られて、思わず千花は一歩引いた。

「あ、ありがとうございます?」

 後半はなんだか妖しいことを言われているようだが、一応は褒めてくれているので、千花は礼を言う。

「兄さん、そんなことはさせないよ。ティカには僕の妃になってもらうって決めてるんだからね。……ティカ、とても似合うよ。可愛くて食べてしまいたいくらいだ」

 エドアルドを牽制しながら、実に妖しげなことをレイナルドが言う。

「二人とも、そんなことはさせないぞ」

 ぎょっとしている千花の腕を引いて、カイルがその体を抱きしめる。

「ちょっと、なにするのっ」

 衆人環視の中でのカイルの暴挙に、思わず千花は彼の顎を拳で殴った。


「ティカちゃん、最強ねー……」

 超有能な魔術師を一発で撃退した千花に、ラヴィニアもぽかんとしたような顔で言った。その相棒のシルヴァンもびっくりした顔で千花を見ている。

「あ」

 皆の視線を受けて、拳を握って怒りに震えていた千花が我に返った。
 せっかくラヴィニアがセッティングしてくれたのに、これでは台無しである。

「す、すみません……っ」

 途端にかーっと赤くなり、涙目ぎみになる千花はさっきの光景も忘れさせる程可憐だった。
 エドアルドやレイナルド、千花に殴られたカイルも思わず彼女のその愛らしさに見とれる。


「は、ははははっ」

 すると、その空気を破る笑いが辺りに響いた。アラステアだ。

「カイル・イノーセンを殴る女か。これはいい」

 なにがいいのだか、千花にはさっぱり分からなかったが、アラステアは一人で大ウケしている。

 ──本当になにしに来たんだ、この王子様は。

 その無遠慮な笑いにむっとしながら、アラステアを若干冷ややかな目で見つめてしまうのを止められない千花であった。
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